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154話 冒険者ギルド会議(2021.08.21改)
しおりを挟む冒険者たちは、アリツィオ大樹海で野営をし、日の出とともにゴブリンの町が遠くに見える丘へと登った。多くの魔物が潜むアリツィオ大樹海での野営任務など、誰が好きこのんで受けるものか……そんな冒険者の心を動かすほどの報酬が、この任務にはあった。
この依頼を担当した前任者たちが気になることを話していた〝ゴブリンの町が、沢山の魔物たちに襲われていた様だと……〟冒険者がいる丘からゴブリンの町までは、かなりの距離があるため真偽の確認は出来ていないが、それでも、この任務に当たる冒険者の多くは熟練者たちだ。適当なことを言うはずはない。
冒険者ギルドより『ゴブリンの町から上がる狼煙の確認依頼』が出てから六日目の朝だ。
「コンデンスさん狼煙です。ゴブリンの町の方角、少し西にずれていますが狼煙が上がりました!」
コンデンスと呼ばれた男は朝食を投げ出して丘の上へと駆け上がる。ゴブリン王討伐を示す緑色の煙とダンジョン攻略を示す黄色の煙、二色の狼煙が上がるのが遠くに見えた。
ゴブリン王を討伐するのためにゴブリンの町に侵入した冒険者は、パーティーを組まないソロの冒険者だという噂があった。信じられない話だ……それでも、狼煙が上がったなら、彼らはそのまま新しい任務『ゴブリンの町の調査任務』に動かなくてはならない。
自分は本当に運が悪いとコンデンスは心の底から思った。素早くパーティーを二つに分けると出発の準備をはじめる。
コンデンスは、今回の任務で隊長を任されていた。一つの班は狼煙の報告のため町に戻らせ、コンデンスを含む比較的経験豊富な五人の冒険者は残り、このままゴブリンの町の調査へと出発する。
彼らは愚痴りながらも先へ進んだ。
昼過ぎ、彼らはゴブリンの町に最も近い砦のひとつに到着した。
「この砦に近付けば、矢の雨が降ってくると聞いていたんだが……」
コンデンスは独り言のつもりでいったのだが、冒険者の一人が反応した。
「はい、この砦には百匹以上のゴブリンが常駐していて、砦に近付く冒険者には容赦なく矢を放つと私も聞きました」
何が起きているんだろう……目の前の砦からはまったく生き物の気配が感じられない。それどころか時折り、風に乗って血の臭いや肉の腐る臭いが漂ってきた。
五人の冒険者たちは、腹を決めて砦の中へと入った。〝酷い有り様だな……〟誰かが言った。喰いカスという表現が一番近いだろう、ゴブリンと思われる生き物の肉片が、砦の中の辺り一面に散らばっていたのだ。
「この殺し方は、剣で斬ったというより、食い千切ったか爪で引き裂かれた感じだな」
一人の冒険者が死体を見ながら呟く。
五人は探索を続けたが、ゴブリンの砦は、すでにもぬけの殻だった。正確には魔物に襲われて全滅していた後だった。
五人の冒険者は、使えそうな装備品を回収すると、すぐに砦を出て先に進んだ。
何も知らない新人冒険者ならば、わざわざゴブリンの町まで行かずに、虚偽の報告をして報酬を受け取ることを考えたかもしれない。しかし、今回のように重要とされる依頼では、報告の際、ギルドマスター立ち合いのもと『真眼の天秤』と呼ばれる魔道具を用いて、報告の真偽を確認するのだ。
嘘は全部見破られてしまう。
コンデンスたち五人の冒険者は、ゴブリンの町が一望できる高台を見つけて登った。
町を見下ろした五人は、目の前の光景に言葉を失ってしまった……。
町の中のそこら中にゴブリンの死体が転がり、死体には無数の蟻の魔物が群がっていた。その数は、優に千匹を超えている。
数日後、その報告を受けたカストルは、ゴブリンキングの討伐を心から喜んだ。それと同時に、新しくゴブリンの町に住み着いた蟻の魔物への警戒を強める。
そして、もう一つ不安がよぎる。蟻の魔物の暴走はテイマーであるゴブリン王が死んだからだ。それなら〝万が一、ルフト君が死ぬようなことがあったら、彼の従魔たちはどうなるんだろう〟まだ見ぬ脅威に大きく溜め息をついた。
✿
ゴブリン戦争から一ヶ月あまりの月日が流れ、カスターニャの町にも少しずつ賑わいが戻って来ている。
今、カスターニャの町は大きな問題を抱えている。急激に町を訪れる冒険者の数が増えているのだ。
カスターニャの町を訪れる冒険者が増えたのには、三つの理由があった。
一つは、ゴブリンの町に住み着き繁殖した蟻の魔物から取れる素材が思いのほか優秀だったこと。数が多くその討伐難易度も低いことから、若い冒険者からも人気の獲物となっている。
二つめ、新しく発見された二つのダンジョンが多くの冒険者を惹きつけたのだ。ただ、これに関しては、ハッキリとした場所が分かっていないことから、広いアリツィオ大樹海の中で小さなダンジョンの入口を探すことが困難だと、諦める冒険者が早くも増えはじめている……いくら大まかな場所が分かったとはいえ、魔物ひしめく森の中から地面にある人二人程度が潜ることが出来る入口を見つけるのは至難の業だ。
冒険者ギルドも場所を特定しようと多くの冒険者に依頼を出しているが、ハッキリとした場所が分かるのには、まだまだ時間が必要だろうと言われている。
三つめ、これが一番人が集まる理由だろう。恐竜の生息地が見つかったのだ。なんでも、既に恐竜の素材を買い取り、売りに出した商人がいたらしく、この情報は瞬く間にリレイアスト王国中に伝わった。
各都市の貴族たちが雇った冒険者たちが、競う様に国中から押し寄せたのだ。
恐竜の生息地については、場所は分かっているものの、四六時中晴れない霧の壁に覆われていて、そのため、探索は思うように進んでいないとの報告が上がっている。
霧が晴れても、恐竜の住処の入口には、大きな恐竜が一匹棲みついており、既に数十名の名の知れた冒険者たちが命を落としたという話もある。
なかなか手に入らないからこそ、恐竜の素材の値は上がり、結果、一攫千金を狙う冒険者たちがひっきりなしに集まる様になってしまった。
そんな話題を面白おかしく冒険者ギルドの会議室で話す六人の男女。その中には、この町の冒険者ギルドの長カストルの姿もあった。
「冒険者が増えるのはいいことだよ。ところでカストルさん、ルフト君って子に弱いフリをしたんだって?なんでなんだい」
話は不意に脱線した。カストルにそう尋ねた男は、六人の中で一番若く、金髪に碧眼の端正な顔立ちと貴族のような出で立ちをしていた。
「弱いフリを演じたつもりはないよ、私は元Bランクの冒険者だ。そこまで強いってわけじゃないさ」
「Bランクは十分上位の冒険者だと思うけどね、ルフト君はBランクより上ってことなのかな?カストルさんは冒険者時代にゴブリンキングも倒しているよね、今回もカストルさんが表に出ればすぐに事態は解決したんじゃないの」
男はカストルの反応を楽しんでいた。
「第一線で戦えるほど、私は若くはないよ。この国の冒険者ギルドのトップである、あなたの様に、老化を抑える力もないからね」
反撃とばかりにカストルが発した言葉を聞き、残りの四人も釣られて笑った。いまカスターニャの町に集まっているのは、リレイアスト王国の冒険者ギルドの中で、最も力のある六人なのだ。
「これは一本取られちゃったね」
苦笑いをしながら、ギルド総長は話題を変える。
「そうそう、モーソン君の魔物化についてなんだけど、無理して隠さなくてもいいってさ。あの人は僕らの上司てわけでもないし、でも……冒険者ギルドの大事なスポンサーではあるからね、情報を抑えるぐらいの協力はしようとしたんだけど、いらないって言われちゃったよ」
ギルド総長は椅子から立ち上がると、ヒョイっとテーブルの上に飛び乗り五人を見下ろしながら、そう告げた。
大人がテーブルの上に乗る、明らかに行儀の悪いその態度に、一人として気にした素振りを見せない。
「あらあら……今までは、〝名も無き村〟の情報は出来るだけ表に出さない様に協力してほしいって話してましたのに、あの方は心変わりでもしたんでしょうか」
頭をすっぽりローブで隠す老婦人が、不思議そうに洩らす。
「どうなんだろうね、ルフト君て子はさ、あの人が目印で付けていた糸を切ったらしいんだよね。それで興味が増し増しになったみたいなんだ。きっと、餌を垂らしてどこまで自分に近付けるか試したいんじゃないのかな?辿り着けたからといって、なにかが出来るとも思わないんだけどね」
「ふーん、その坊主邪魔になるんじゃないのか?なんなら俺が動こうか」
この国では珍しい、ドワーフの戦士と思しき男が言う。
「こわいなー、ルフト君を消す様なことはしちゃだめだよ怒られちゃうから。そうそう今回のゴブリンキングを手引きした犯人が分かったらしいよ。〝爆炎の槍〟ていうパーティーのディアラ君なんだって、隣のヴォラベルが捕まえてもう処刑も終わったってさ」
その言葉にカストルは、険しい顔でテーブルをおもいっきり両手で叩き立ち上がった。
「らしいというのは……どういう意味ですか、ヴォラベルからただ処刑したと報告があっただけということでしょうか?」
「うーん、ディアラ君も抵抗したらしくてね、彼は魔法で木っ端微塵になっちゃった。爆炎の槍のパーティーメンバー二人の首はキレイに箱に入れて届けられたそうなんだけど、ギルドカードも本物だったし、彼らの顔を知る冒険者にも確認をしてもらったから間違いないって!『真眼の天秤』も証人の話を真実と認めちゃったし、めでたしめでたして感じかな」
ギルド総長の話を聞いてもカストルの表情はスッキリとしない。
「不服そうだねカストルさん、でもこれで話はおしまいだよ、さーて、かいさーん」
ギルド総長がそう言い『パチン』と両手を合わせると、六人は立ち上がり会議室を後にした。
廊下を歩きながらギルド総長は〝名も無き村の場所をそれとなく、ルフト君に伝えてほしいか、あの人はいつも我が儘ばかりだ〟そう……独り言を漏らした。
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