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146話 魔物になった少年と父親2(2021.08.19改)
しおりを挟むドングリの鼻を頼りにモーソンの匂いを探す。歩き慣れない夜の森。モーソンは遠くまでは行っておらず、一時間たらずで彼の足取りを掴んだ。
背中が見える……モーソンはすでに人の姿をしていない。四足歩行で木を避けながら歩く獣の姿。
僕は、魔物に気付かれるのを気にせずに叫んだ。
「待ってよ、モーソン」
この距離なら僕の声は届いているはずだ。モーソンは振り向きもしない。魔物化の影響で記憶を失ってしまったんだろうか?人の言葉が分からなくなったのか、単に聞こえないフリをしているのかは分からない。
それでも追いかける……。いま、見失ってしまったら……モーソンは樹海の魔物に殺されてしまうだろう。
「モーソン、止まるんだ」
語気を強めて、もう一度叫んだ。
反応はない。少しして体力の限界が近いのか、モーソンの走るスピードは徐々に落ちていく。
ドングリはそれを見逃さなかった。モーソンの前へと回り込み行く手を塞ぐ。
モーソンもすぐに逃げようと後ろを向くが、そこには僕とテリアとボロニーズがいた。
逃げるのを諦めたのか、モーソンはそこから動かず、顔を隠すように地面に体を丸める。
モーソンは泣いていた。
「僕の声が聞こえる」
モーソンは僕の声に微かに肩を震わせた。
「聞こえているよ……ルフト、僕は魔物になってしまった……魔物になってしまったんだ。もうみんなの元には帰れない、プリョードル兵士長やダンブロージオさん、第五兵団のみんなにはもう会えないんだ」
我慢していたんだろう。思いの丈を吐き出すと……大声で泣きはじめる。
「見た目が変わっても中身は変わってないだろう。プリョードルさんや第五兵団の人たちも、説明すればきっと分かってくれるよ」
「もう放っておいてよ、君にはわからないんだ。ルフト……キミには家族に思える親しい人がいたか、魔物しか友達がいないキミに僕の気持ちはわからないんだ」
思わず言葉に詰まってしまった。メルフィルさんとは良い関係を築けていると思う……けど、それはあくまで店主と客の関係だ。イリスさんも僕のことを弟って言ってくれはしたけど、イリスさんとは冒険者ギルドの外ではあまり会ったこともないし、家族に思える親しい人……ムボやシザとは友達だよね、僕の頭に強く浮かんだのは仲の良い小人の顔だった。人間で親しい人……いないかも。
ショックを受ける僕の肩を叩き、テリアとボロニーズが〝あるじ、ドンマイ〟と慰める。
「お願いだから放っておいてよ」
顔を伏せたままモーソンは、言った。
どんな言葉も、今のモーソンには届かない気がした。
「レモン、お願いしてもいいかな」
(わかりました。あの少年も疲れているんでしょう、眠らせますね)
モーソンの体を魔法の霧が包んでいく、レモンの魔法『スリープミスト』だ。
よほど疲れていたんだろう。魔法が切れてもモーソンは眠り続けた。
モーソンの寝顔を見る。このまま一人には出来ないよ。
ローズとブランデルホルストとアルジェントの気配を感じて、襲ってくる命知らずは、この辺りにはいないだろう。僕はモーソンの目が覚めるのを待つことにした。
スライムのみんな、ブランデルホルストにレッサースパルトイたち、寝なくても平気な従魔たちが交代で見張りに立つ。
冒険者といえば野営は付き物って感じだけど、従魔の住処がある僕にとって外で寝るのは初めての経験だ。僕だけじゃなく、みんなもどことなくソワソワしている。
従魔の住処だとみんなそれぞれ専用のベットや寝床があるから、基本離れて寝るんだけど、ドングリに抱き付いて眠る僕に、従魔のみんながそれぞれお気に入りの枕を手に近付いてきた。今も僕の隣に誰が寝るかで揉めているし……甘えん坊だな。顔を赤らめ小さな葉っぱの枕を持っている見た目お爺さんなフローラルには、出来れば自分から辞退してほしい。
明日、目が覚めた時に、モーソンが少しは落ち着いてくれることを祈りながら、僕も目を閉じた
翌日。
モーソンが目を覚ましたのは、太陽が真上に昇った昼過ぎだった。目を覚ましたモーソンは自分の手を真っ先に見つめ、顔を触り項垂れる。
昨日の出来事が夢だったらと、期待していたのかもしれない。
「ルフト昨日はごめん、酷いことを言っちゃって」
僕から目を逸らしながら、モーソンは頭を下げる。
「親しい人がいないのは本当のことだし、気にしなくていいよ。僕にはみんながいるし」
強がってはみたものの少しだけ複雑だ。人間の友達ってどうすれば出来るんだろう?恐竜の素材とか値が張るみたいだしプレゼント作戦もありか……物で釣るのは違うかなー……難しいな親しい人を作るのって。
パーティー募集に応募して断られる度に、人との付き合い方を悩んだことがある。でも、上手くいかなかった。
人間は、お金が絡むと家族すら裏切ることがある、そんな話を聞いてからは、僕にはみんながいるんだし無理して関わる必要もないだろうと、人間たちと心のどこかで距離を置いた。
「ルフトはやっぱり凄いな、僕も君のように強くなりたいよ」
モーソンは逸らしていた目を、まっすぐ僕に向けて言った。
「あははは……そうかな、僕は強くないよ従魔が強いだけで」
モーソンに聞こえない様に、レモンが僕だけにフォローをいれる。
(主様、彼の話している強さは、力ではなく心の強さだと思いますよ)
それを聞いて、ただただ苦笑いだ。
この状況だと、後でモーソンに友達の作り方を聞くのも難しそうだよね。
「でも、救いは強そうな熊の魔物になれたことかな。ねぇルフト、逃げたりしないから少しだけ一人にしてもらってもいいかな……これからのことを考えたいんだ」
モーソンが、前向きなのか後ろ向きなのか、獣の顔からは判断がつかない。でも、声色は昨日よりずっと明るくて力がある。
「森には魔物もいるし、一人には出来ないよ。ホワイトさんだけでも側にいることを許してほしい。僕は、あっちにいるから考えが纏まったら声を掛けてね」
僕はそう言うと、ホワイトさんに小声で〝モーソンを、頼むね〟とお願いをして、その場から離れた。
うーん……どう伝えればいいんだろう。モーソンの姿は明らかにクマとは別の生き物だ。冒険者ギルドの図書館にある動物図鑑で、似た生き物を見たと思うんだけど……なんだったかなー?
そうだ!カワウソだ。あの愛嬌のある顔はカワウソで間違いない。カワイイし良いと思うんだけど、クマとは違うよね……モーソンは強くてカッコイイ魔物になりたかったんだろうか?自分がカワウソの魔物になったと聞いてショックを受けなければいいな。
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