落ちこぼれぼっちテイマーは諦めません

たゆ

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138 話 ゴブリン戦争2(2021.08.18改)

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 恐怖で足がすくみ動けない冒険者を前に、ゴブリンキングは落胆した。
 はじめはゴブリンキングに対して矢を放ち攻撃を試みる冒険者もいた。それが、矢を避けるそぶりもみせずに進むゴブリンキングの姿と、命中したはずの矢が刺さること無く弾かれてしまう現実に、冒険者たちは、弓を引く手を止めてしまったのだ。
 目を狙っていれば少しは違っていたのかもしれない。冒険者たちの多くは、恐怖のあまり冷静な判断が出来なくなってしまっていたのだ。
 一部の冒険者は、町の中に逃げ込もうと東門の脇にある小さな扉へと殺到した。一人一人順番に潜ればいいものを、我先にと競う様に逃げ出し、結果……扉の前で冒険者同士が言い争いや掴み合いをはじめる始末、失望したゴブリンキングの投げた人間砲弾が、扉の前で渋滞した冒険者を列ごと粉砕する。
 そんな冒険者たちにゴブリンキングは、心の底から呆れ果ててしまった。

「ここにも、強者はいないのか……」

 冒険者の前で立ち止まり不満そうにこぼした。さっきは剣の腹で冒険者を殴り壁に叩きつけたが、今度は刃の部分で、目の前で腰をぬかす冒険者をつまらなそうに斬り潰す。
 最初は斬った人間の数を数えていたが、今はそれも止めた……一人の冒険者がゴブリンキングの足に縋り許しを請う。

「お……お願いだ。た……助けてください」

 ゴブリンキングを前に、その冒険者は泣きながら助けてほしいと何度も頭を下げる。

「俺は……少し前まで『爆炎の槍』っていう有名なパーティーにいたんだ。か……金ならある、助けてください」

 冒険者は恐怖のあまり失禁していた。

「金など興味はない。生き延びたいなら戦ってみせろ、俺は強者との戦いを望む」

 殺す価値すらないとでも思ったのだろう、ゴブリンキングはその冒険者を虫でも見るかの様に蔑んだ目で見つめた。

「強者か、ああ……俺じゃないが……知っている。そいつが強いっていうか、そいつの従魔が強いんだ」
「ほーどこにいる?」

 ゴブリンキングは東門の前で震える冒険者たちの顔を見回した。俺と目を合わせない様に下を向く者ばかり、強者がいるとは思えないのだが……。

「ここじゃない……ここじゃなく西門にいるんだ……ルフトって名前のテイマーが」

 ゴブリンキングは、腰が抜けて動けない冒険者の手を持ち無理矢理体を引き起こした。

「嘘を付くなよ、殺さないでやるからそこまで案内しろ」
「ありがとうゴブリンキング様……ありがとう」

 冒険者は何度も頭を下げて、気に入られようと何度もその靴に口づけをした。
 ゴブリンキングは、ゴブリン語を使いゴブリンたちに向けて叫んだ。

「黒いゴブリン族は西門へ向かう。ここは緑のゴブリン族だけで何とかするんだな」

 ゴブリンキングを先頭に移動をはじめる黒いゴブリンたち。東門を守る冒険者たちは、西門へ向かうゴブリンの、がら空きの背中を前にしても、攻撃すること無くただ見送った。

     ✿

 僕は、出来るだけ目立たない様に、主戦場から流れてくるゴブリンだけをみんな従魔と一緒に倒していく。
 本当は、従魔全員を出して一気に戦いを終わらせたいんだけど、これだけ人目があると流石にそれも出来ない。
 数は明らかにゴブリンが上だ。西門の兵士たちの体力が消耗する前に、進化種のいるゴブリンの本隊を前に出したいんだけど……。
 そんな願いを神様が聞いてくれたのか、ゴブリンたちが大きく動く。普通種のゴブリンの中に、西の砦でも戦った、頭一つ背が高い進化種ゴブリンソルジャーが混ざりはじめたのだ。
 〝なんなんだ。急にゴブリンが強くなりやがった〟〝慌てるな、進化種とは二対一で戦うんだ〟とゴブリンが一段階強くなったことに気が付き、兵士たちは声を掛け合う。

「ナナホシ、例のあれをよろしく!」

 ドングリの背中の毛の中に身を潜めていた。身長十センチの小さなナナホシテントウのスプリガン虫の妖精のナナホシが顔を出す。

(やっと俺様の出番がきたか)

 僕の言葉の意図を汲み取り、ナナホシが魔法を唱えた。『イリュージョンゴブリンソルジャー』の魔法だ。
 戦場の中央に突如、五体のゴブリンソルジャーによく似た、実体を持つ幻影の魔物が姿を現した。
 五体のイリュージョンゴブリンソルジャーは、ナナホシの命令のもと軍勢に紛れて、町に攻め込もうとするゴブリンたちに襲い掛かった。
 イリュージョンモンスターは、眼球が無いだけで他の見た目は何も変わらない。急な仲間の裏切りにゴブリンたちの陣形は大きく乱れる。
 ドングリのモフモフの毛の中から、ナナホシより更に小さなアオハナムグリのスプリガンのハナホシが顔を出す。今回二匹にはドングリの背中に潜んでもらっていた。最初は二匹ともダニじゃないのにとブツブツと文句を言っていたが、ドングリの背中の気持ち良さを知り、今では自らドングリの背中での待機を希望するくらいだ。

(僕も頑張ります)

 今度はハナホシが『イリュージョンベア』の魔法を唱える。五体の実体を持つ幻想のクマが戦場の真ん中に突如現れた。急に大きなクマが現れたことでゴブリンだけじゃなく、兵士たちまでもが驚いている。
 アルトゥールさんやバルテルメさんなら、これも僕の仕業だって見抜きそうだけよね。
 ゴブリンの進化種の登場で陣形が崩れて戦場が広がりはじめた。さっきまで兵士の姿がなかった僕らの近くにまで兵士たちが流れて来ている。
 混乱した戦場を鎮めるかの様に、ゴブリンたちは銅鑼を打ち鳴らした。やっとゴブリンの本隊が現れた。

 雲が晴れ、今まで暗かった場所にも月明かりが差し込みはじめる。暗くて全容が見えなかったゴブリンの軍勢を月明かりが照らし出す。明らかに今までのゴブリンたちとは違うその一団に、兵士たちの顔にも緊張が走った。
 中心にいるゴブリンは、僕らが西の砦で倒したゴブリンジェネラルと特徴的にも合致する。恐らくこの部隊の指揮官だろう。その他にもゴブリンチーフや一年前に鍛冶工房で戦った二刀流のゴブリンソードマンやボロニーズが倒した両手武器を好むゴブリンウォリアーまでもがいる。
 その中には、見たことが無いゴブリンも多い。あれが今回の侵攻作戦の本隊なんだろう。東門にも同規模の部隊が配置されている可能性が高い。そして、銅鑼が連続で打ち鳴らされて最後に大きくゴーンと鳴らされるのと同時にゴブリンたちはピタリと足を止めた。よく統率されている。
 町を守る兵士たちも隊列を整え、そのゴブリンたちと平原を挟み正面から向き合う様に陣形を築く。
 兵士とゴブリンとの距離は、百メートルもないだろう。
 僕は、少し離れた場所で両軍を見つめていた。すると、兵士とゴブリンが向かい合う平原を分断する様に、黒い肌をしたゴブリンの一団が現れた。

 黒いゴブリンの数もかなり多い……百匹以上はいるんじゃないだろうか?黒いゴブリンたちは、兵士に攻撃するでもなく、緑のゴブリンに合流するでもなく平原を横切る様に進む。
 黒い肌をしたゴブリン。恐らくあれが地下に暮らすといわれる『ブラックゴブリン』なんだろう。兵士が攻撃を躊躇している理由は、その一団の先頭に一人の人間がいるためだ。装備からして冒険者だとは思うんだけど……、それより問題はその冒険者のすぐ後ろにいるゴブリンだ。大き過ぎる。
 思い出した〝このままだと、僕は黒い大きなモノに殺されてしまう〟と精霊は言った。精霊の話に登場した黒い大きなモノとは十中八九あの大きなゴブリンのことなんだと思う。
 戦場の全ての視線を集めて、黒いゴブリンの一団は動きを止める。
 ゴブリンたちの先頭にいる人間が何かを探すようにせわしなく頭を動かす。時折月の光に照らし出されるその顔はどこか苦しそうだ。後ろのゴブリンとも何か話しているみたいだし、何かを探しているんだろうか?
 あれ?今僕を指差してなかったか……冒険者が急に喚き出したけど、距離があるため何を言っているのか全然聞こえない。
 探し物が見つかったんだろうか?黒いゴブリンの一団が動きはじめる。大きなゴブリンは妙にご機嫌だ。真っ直ぐ僕のほうに歩いて来ている様な……兵士たちも見られてしまうけど、ローズやブランデルホルストも呼ぶべきだろうか。
 従魔たちが僕を守るように前に出ると、さらにゴブリンは嬉しそうな顔になった。
 僕から二十メートル程離れた場所で、黒いゴブリンの一団は止まった。あの冒険者は誰なんだろう?

「あれです……あれがルフトです。やっちゃってくださいゴブリンキング様」
「黙れ」

 大きなゴブリンはその冒険者を殴った。男の体は軽々と吹き飛び地面で何度も跳ねて転がる……百メートル以上は飛んだんじゃないか。距離があってよく見えないけど、腕や足があり得ない方向に曲がり、男はピクリとも動かなくなった。

(主様、あの男は一年前に主様とディアラが決闘した際に、邪魔をしようとした者ですぞ)

 フローラルが冒険者の正体を教えてくれた。ディアラが負けた後、乱入しようとしてアルトゥールさんに捕まった男か、確かにあんな顔だったような気がする。僕は結局その男のことを思い出せなかった。
 
 
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