落ちこぼれぼっちテイマーは諦めません

たゆ

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137話 ゴブリン戦争1(2021.08.18改)

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 夜の静寂を打ち破り、ゴブリンの襲撃を知らせる鐘の音が町中に鳴り響く。
 テントの外からも〝急げ!ついにゴブリンが来たぞ〟〝もう戦闘は始まっているみたいだ。西門へ向かえ〟と多くの兵士たちの声が聞こえてきた。
 僕らもテントから飛び出した。急に現れたテリアとボロニーズの姿に、兵士たちは一瞬足を止めるが、横にいる僕を見て納得した表情ですぐに西門へと走り出す。
 騒ぎにならないのは助かるけど、これはこれで理不尽な気もする。不満気にブツブツ呟くも、モーソンに〝いいから、早く出発するよ〟と急かされてしまった。
 西門に向かう途中、町の外から叫び声や武器がぶつかり合う音に混じって、ゴブリンたちが打ち鳴らす銅鑼どらの音が聞こえてきた。
 壁際に急遽設置された櫓には、弓を持った兵士たちが登り、町の外にいるゴブリンに向けて矢を放つ。
 カカシ案山子たちも頑張っているだろうか……と愛らしい顔をした魔法生物たちの姿が脳裏をよぎる。

 投石機による攻撃だろう、町の至る所で石がぶつかる大きな音がした。

「あるじ、うえー」

 テリアの叫び声に気付き上を見る。僕たちの頭上からも石が降ってきた。

「モーソン右に飛んで!」

 僕の声を信じて、右に大きく飛びながら地面に転がるモーソン。直後モーソンが居た場所に直径二十センチ近い大きな石が音を立てて突き刺さる。次々と石が降り注ぎ、建物や石畳を壊していく。地面に落ち弾けた石の破片はボロニーズが盾で防いでくれた。
 ゴブリンの軍勢は、冒険者ギルドの到着予測よりも丸一日以上遅れていた。投石機などの攻城兵器を運んでいたため進軍が遅れたのかもしれない。

「ルフト急ごう」

 考え事をする僕の腕を、モーソンが強く引っ張る。
 モーソンを先頭に西門へと走った。足の遅いスライムたちは一旦従魔の住処に戻して、今はテリアとボロニーズとドングリの三匹が僕とモーソンを囲みながら走っている。
 戦争は訓練通りにはいかない。そんな言葉を思い出す。
 ゴブリンに対する準備はきちんと出来ていたはずなのに、町は混乱している。人々の怒号や悲鳴があちらこちらから聞こえてくる。長年戦争もなければ、魔物たちから攻められることも無かった平和な町だ。人々が浮足立つのも仕方がないのかもしれない。

「ルフト君怪我はありませんか」

 バルテルメさんが僕を見つけて声を掛けてきた。

「ありがとうございます僕は大丈夫です。投石機による被害も出ているようですが」
「まさかゴブリンが攻城兵器を持ち出すとは驚きました。そっちにはレールダムが兵士を連れて向かっていますので、投石機からの攻撃はそのうち止むはずですよ」
「信頼しているんですね」
「ええ、彼は私の右腕ですから」

 バルテルメさんは、慌てた様子もなく笑顔を見せる。

 ここ数日、ゴブリンの襲撃を警戒して西門と東門は閉ざされたままだ。
 西門のすぐ横には人一人がやっと通れる大きさの扉があり、兵士たちはその扉から中と外を行き来している。
 部隊に合流するモーソンとは、ここで一旦お別れだ。お互い声を掛け合い勝利を誓う。町の外では、兵士たちが横一列になって槍を持ち、突っ込んで来るゴブリン目掛け攻撃を繰り返す。ゴブリンの数がいくら多くても、棍棒片手に突っ込んで来るだけでは、無駄死にだろう。
 バルテルメさんは、進化種の姿を見ていないと話していたけど、西の砦と同じで、先に捨て駒のゴブリンたちを先遣隊として送ったんだろうか?
 今回、僕は自由行動が許可されていた。従魔みんなを呼びやすい様に、西門から少し離れた場所でゴブリンとの戦闘をはじめる。

 ゴブリンの繁殖力が高いといっても、ネズミの様に一度に十匹も子を産むわけじゃない。倒しても次から次へとゴブリンが湧くこの状況は、明らかにオカシかった。
 ゴブリンは人間と同じで、雄と雌が交尾をして子供を作る。
 ゴブリンの繁殖力が高いと言われる理由は二つある。
 一つは、人間をはじめとした人型の生き物であれば大抵の生き物と交わり子を産むことが出来る異種配合能力。もう一つは、人間が一度の出産で一人の子を産むのが多いのに対して、ゴブリンは一度の出産で双子や三つ子を産む確率が高いからだ。
 それでも、こんな使い捨ての様な使い方をしていては、いずれゴブリンはいなくなってしまうだろう。やはり、ゴブリンが湧くダンジョンを利用して兵隊を増やしていると考えるのが妥当なのかもしれない。
 ちなみに、ゴブリンは雄と雌の見分けが付きにくいのも特徴である。雌は人間と違い胸の膨らみがないため、同種族でもなければ、その違いを見破るのは難しい。

     ✿黒のゴブリン王✿

 同時刻、東門。
 東門を守備する冒険者たちも、西門の兵士たち同様、門に押し寄せてくるゴブリンたちと戦っていた。東門を攻めるゴブリンたちも体の小さな普通種のみで、進化種や上位種の姿は見当たらない。
 普通のゴブリンは、冒険者たちの敵ではない。
 あまりにも楽なクエストを前に、冒険者たちの緊張は緩んでいた。中には冒険者同士でゴブリンの討伐数を競う者や、付近のゴブリンが減ったことで逃げるゴブリンを深追いする者まで出始めている。兵士に比べて統率が取りにくいのも自由人たる冒険者たちの弱点だろう。
 空が雲っているのか、月や星は顔を隠し、町の明かりが届かない場所は暗闇に包まれていた。
 暗闇の中でゴブリンたちの目は赤く光る。新たに現れた複数のゴブリンの目の光に気付き、更なる戦果を求めた八人の冒険者が、ゴブリン目当てに暗闇へと走っていった。
 冒険者たちが暗闇に消えると、八人が消えた方向から立て続けに悲鳴が上がる。暗闇に消えた八人の冒険者の体が物凄い速度で空を飛び、町を囲む壁へと激突した。
 血を噴き出しながら地面に落ちる冒険者たちの亡骸に、思わず顔を顰める。
 冒険者たちは、緊張した面持ちで暗闇を見つめた。

 近付いて来た……町の明かりに照らし出されて浮かび上がる巨大な影。暗闇から姿を見せたゴブリンは四メートル近い背丈があり、全身を包む筋肉の鎧が、その姿を更に大きく見せる。顔はゴブリンに似ているが犬歯が長く口の外にまで飛び出している。
 何よりそのゴブリンを異様に見せたのは、手に握られた、身長と変わらない大きさの奇妙な形の黒い剣だった。刀身にはギザギザの歯が無数にあり、その刃で斬られた傷口は縫合不可能とまで言われる異形の大剣フランベルジュ。
 しかも、その黒いフランベルジュは全体が薄く発光しており、魔法武器だと一目で分かる。冒険者であればそれが何を示すか分かるだろう。魔法の武器こそゴブリンキングの証であると。

「よぉー、テメーらの中に強者はいるか?」

 ゴブリンキングは、人間の言葉で呼びかける。魂まで届きそうな重く低い声だ。

「ゴブリンが喋った……」

 冒険者の呟きは、ゴブリンキングの耳にも届いたのだろう。

「あったりめーだ、上位種のゴブリンてのは賢いんだぜ。人間の言葉くらい話せるわ」

 ゴブリンキングの存在感が大き過ぎた。冒険者たちの視線は、一匹のゴブリンに吸い寄せられて、王の後ろに並ぶ他のゴブリンの姿に気付けずにいた。

「おい、この中に強者はいねーのか、俺を倒せたら黒いゴブリン族はこの戦いから手を引いてやるぞ」

 ゴブリンキングの言葉を聞いても、冒険者たちはその圧倒的な存在感を前に動き出せない。そんな中、誰よりも早く正気に戻った三人の冒険者が動き出した。
 この町のトップパーティー『暴走の大猪』の三人は、武器を手にゴブリンキングへと挑むために走り出す。

「良い動きだな人間」

 三人を見たゴブリンキングは、ニヤリと口元を歪める。

「褒めてくれてありがとよ、テメーを倒せばその後ろのデカいのも引き揚げてくれるんだろう、大サービスじゃねーか」

 ライアンの軽口で、後ろで何もできずに呆然と立ち尽くす冒険者たちも、ゴブリンキングの後ろに黒いゴブリンの一団がいることに気が付いた。
 ライアンは思った。こんなにも大きな図体じゃ素早く動くのは無理だろうと、予想が的中したのかライアンが近付いてもゴブリンキングは一向に動かない〝やはり、俺の動きに付いてこれないか〟と、ライアンは確信する。
 そんなライアンの考えを余所に、大きなゴブリンは楽しそうだ。ライアンの体に目掛け短剣でも扱うような手付きで長さ四メートルはある巨大なフランベルジュを横殴りに振るう。予想を超えるゴブリンキングの動きに、ライアンは持っていた片手剣を前に出し攻撃を受け止めるのがやっとだった。
 なんとか防げたかと思った瞬間、ライアンの体は空中に浮きあがりそのまま後方に弾かれる。
 両手武器のデメリットは、その重さから剣を振り抜いた後に大きな隙が生まれることだ。
 グザンとアンドレの二人は、ライアンが吹き飛ばされるのには目もくれず、その隙を逃すまいとゴブリンへの攻撃を試みる。
 彼らは目の前の光景に驚愕した。ライアンを吹き飛ばすために振り抜かれたはずの剣の動きに……ゴブリンキングは腕の力だけで剣をぴたりと止めてみせたのだ。そのまま二人に向けて剣を返すと、アンドレが構えた戦斧ごとライアン同様、町へ向かって投げ飛ばす。投げ飛ばされたアンドレの体は、門の近くにいた冒険者たちへと人間砲弾の如く突っ込んでいく。
 二人のおかげだ。グザンは大きなゴブリンの懐に潜り込むことに成功した。両手でウォーハンマーを握りゴブリンキングの頭を横からおもいっきり殴る。全体重を乗せて振り抜いた……はずだった。グザンのウォーハンマーは城壁でも叩いたようにゴブリンキングの頭でピタリと止まる。殴られたゴブリンキングは効いていないとばかりに煌々と笑みをこぼした。

「良い一撃だな人間」

 グザンは心の中で愚痴る〝何が良い一撃だ、全然効いていねーじゃねえか〟と……。
 顔色一つ変えずゴブリンキングは、下から突き上げる様に拳を放つ。
 グザンの体はそのまま上空に打ち上がり、高さ十メートルを超えるカスターニャの町の壁を飛び越えた。
 建物の上に落ちたんだろう……屋根を突き破る大きな音が聞こえてきた。
 ゴブリン相手なら楽勝だと笑っていた冒険者たちの顔は、悲壮な表情に変わってしまった。この町最強の冒険者が手も足も出ずに負けたのだ。士気はどん底まで下がり、多くの冒険者たちは〝どうすれば生き残ることが出来るのか?〟そのことだけを考えて、目の前の現実から目を逸らそうとした。

※キャラクター紹介。2020.08.18追加
パーティー名:暴走の大猪。身長二メートルの大男三人が所属する。カスターニャの町のトップランクパーティー。
✿グザン。きらりと輝くスキンヘッドに立派な口ひげ。動きやすさ重視の魔物の素材で作ったワンショルダーの革鎧と、長さ百五十センチのウォーハンマーを愛用する。カスターニャの町最強の冒険者。暴走の大猪リーダー。
 
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