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136話 カルガリー村の赤毛熊討伐任務2(2021.08.18改)

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 兵士長の地位は伊達じゃない。プリョードルは剣の達人だ。魔物に変異した赤毛熊の攻撃を全て防ぎ、森の中にも村にも行かせない絶妙な間合を保ち続ける。
 何度も懐に踏み込んでは赤毛熊の体を斬りつけてみたが、支給品の剣大量生産の切れ味は悪く、魔物化で硬くなった赤毛熊の皮膚に大きな傷を与えることが出来ない。
 有利に戦いを進めるプリョードルとは違い、ダンブロージオとモーソンの二人は、魔物化した赤毛熊の人間とは違う不規則な動きに翻弄されていた。彼らが出来るのは赤毛熊を自分たちの後ろにある村に行かせないようにと、その攻撃を防ぐだけだ。
 体力にも限界がある。徐々に二人の息は乱れ、額には大粒の汗が目立ちはじめた。
 ダンブロージオには経験があった。プリョードルと共に長年戦場で肩を並べ戦ってきた経験が、しかし、彼が得意としたのは対人戦であり魔物や獣との戦いの経験は多くなかった。
 モーソンは、ダンブロージオ以上にこうした獣との戦闘経験がなかった。
 当たり前だ。彼はまだ新人の兵士なのだから、何度か家畜を襲う狼の駆除依頼を受けたことはある。でも、そのほとんどが、狼の群れを弓を持つ味方の潜む場所まで誘い込み、手傷を負った狼たちを剣や斧で止めを刺すだけといったものだ。こうして自分より強い魔物と戦うのは、この日が初めてだった。
 兵士たちが想定する戦いの多くは対人戦で、武器を持った人間とどう戦うか、相手の表情を見てどう動くか、言葉でどう揺さぶるかといったものばかり、それに比べ目の前の赤毛熊は魔物化していて、異様に長い腕と長い爪、腕の使い方も人間と違う、体力がどの程度あるのかすらも見当がつかない。
 兵士たちの様に、型にはまった戦いをする者にとって、これほどやり辛い相手はいない。
 剣と盾を構えながらも、モーソンは混乱していた。どう戦えばいいのか?と、ハッキリしているのは、ダンブロージオとモーソンのどちらか一方が倒れてしまえば、赤毛熊の突破を許して村人に被害が出るということだけだ。
 長い打ち合いの中、先に集中力を切らして隙を見せたのはダンブロージオだった。モーソンのフォローにいつも以上に気を配って戦っていたのが原因だろう。剣を弾かれて体制を崩すと、赤毛熊はおもいっきり体当たりをかける。ダンブロージオを吹き飛ばされてしまった。
 残されたモーソンも、何とか赤毛熊を止めようと剣を振るう。赤毛熊はその全てを防ぎ切った。
 赤毛熊はついに突破した。
 モーソンは咄嗟に剣を投げ捨て、走り出す赤毛熊の後ろ足にしがみ付いた。赤毛熊は、気にする様子もなくモーソンをぶら下げながら走る。
 モーソンはそれでも手を離さない。

 必死に赤毛熊の足を掴んだ手が、腕が熱くなった。
 熱いといっても焼けるような苦痛を伴う熱さではなく、運動後に体が温まるそんな熱さ、モーソンの頭の中に新しい技能スキルのイメージが浮かぶ。
 技能スキルの発現は才能の一つだといわれている。急に神から授けられる力……モーソンには、新しく手に入れたスキルがどんなモノなのかハッキリとイメージ出来た。
 スキルの名は【怪力】。モーソンは両手に力を込めて赤毛熊の足を掴み立ち上がった。急に片足を持ち上げられた赤毛熊はそのまま転び、はじめて自分の足を掴む人間を見ようと振り返る。次の瞬間、赤毛熊の体は宙に浮き一瞬で村とは反対側にある大きな木へと投げ飛ばされていた。
 夢中で放り投げたモーソンも、急に投げられた赤毛熊も、それを目の前で見ていたダンブロージオさえも、何が起きているのかさえ分からず、その光景をただ眺めた。
 我に返ったモーソンは、自分の手の甲にびっしりと生える獣の毛に驚き、思わず両手を自分の背中へと隠した。

「ダンブロージオ、モーソンさっさと止めを刺せ」

 二人を再び動かしたのはプリョードルの叫びだった。木に叩きつけられた赤毛熊は、頭を打ったのかまだ立ち上がれずにいる。
 ダンブロージオは、剣を槍のように持ちそのまま赤毛熊の急所の一つ喉元目掛け突き刺した。
 モーソンはすぐには動けなかった。獣の毛で包まれた自分の両手を見た衝撃が抜けずに混乱する。
 深呼吸をして心を落ち着かせると、もう一度自分の両手を、目の前に持ってきて確認した。ほっとした……獣の毛が消えていたのだ。目の前にあったのはいつもと変わらない自分の手だ。幻覚でも見たのだろうと、モーソンは胸をなでおろす。
 その後は、モーソンも加わり赤毛熊に止めを刺した。二人が赤毛熊を倒した時には、すでにプリョードルは戦いを終わらせていた。
 プリョードルの足元には、口から剣を差し込まれ絶命している赤毛熊の死体が転がっていた。切れ味が悪いなら口から剣を差し込んで倒せばいいと考えたのだろう。腰に吊るしていた大振りの短剣ダガーを持ち、早速赤毛熊の体を裂き魔石を取り出している。

「モーソンすげーな、あんなデカい熊を投げ飛ばすなんてよ」

 ダンブロージオが興奮した顔でモーソンの両肩を何度も叩いた。

「ほー投げ飛ばしたのか?どうやって投げたんだ」

 赤毛熊を解体しながらプリョードルは興味深そうに言った。

「スキルが発言したみたいなんです。でも、まだ自由には使えないみたいで」

 モーソンは頭を掻きながら答える。その後も何度もダンブロージオから〝すげー〟と連呼されるモーソンを見て、プリョードルは何故か顔を曇らせた。

     ✤ ✿ ★

 苦い記憶なんだろう。話を終えたモーソンは暗い顔をする。

「ふーん、その頃からモーソンの肩には、獣の毛が生えるようになったというわけだね」

 僕は、モーソンの肩の毛を触ってみた。何かで貼り付けたというより、その毛は完全に皮膚から生えている。

「うん、その時は、手の毛も消えていたから気のせいだったと安心したんだけどね、残念ながら夢じゃなかったみたいで、服を脱いだらこうなっていたんだ」

 この肩のことはプリョードルさんやダンブロージオさんにも話していないんだと、モーソンは寂しそうに言った。ずっと一人で悩み続けていたんだろう。
 モーソンは、すぐに自分の体の異変を村で飲まされた薬に結びつけた。それから〝名も無き村〟について調べはじめたという。

「名も無き村のことを話すことは禁じられているみたいでね、調べるのには苦労したよ」

 〝名も無き村〟については、誰に聞いても教えてもらえなかったんだそうだ。そんなある日、王都オリスの下町で、偶然、世界中を巡っていると話す旅人と出会った。その旅人から〝名も無き村〟について教えてもらったんだそうだ。
 旅人は怯えながらも話しはじめた。名も無き村は施設を隠すための偽りの名で、そこには実験施設があると、施設を出た子供たちは怪物に変わる危険性を秘めたまま世界中に放たれてしまうんだ。と……旅人は、あくまでそれを噂話だと言ったが、自分に起きた現象を知るモーソンは、その話を真実だと確信した。

「ルフトお願いがあるんだ。もし……万が一僕が怪物になってしまったら、キミが僕を殺してくれないか」

 モーソンは自分がいつか必ず怪物に変わってしまうと信じているんだろう、その眼は真剣で、とても辛そうだ。

「やだよ、殺すなんて」

 嫌なものは嫌だと、僕は答える。

「でも、怪物になるんだよ、みんなを殺してしまうかもしれないんだ。出来れば親友のキミに殺してほしいんだ」
!絶対殺したりするもんか!」

 僕は頑なにそれを拒む。あるコトを思い付いた僕は、従魔の住処に入りテリアとボロニーズを連れてきた。体の大きな二匹の登場でテントの中がさらに窮屈になる。

「モーソン、この二匹は僕の家族のテリアとボロニーズだよ、二匹は体も大きいし、はじめて見た人は怖がるかもしれない。でも凄く優しいんだ」
「あるじ、おいら、こわくない」
「おいらも、こわくない」

 テリアとボロニーズは僕に怖いと言われたことに、本気でショックを受けた様だ。

「ごめんね、二匹はカワイイ!怖くない!ね、モーソン」
「僕も可愛いと思うけど……ルフトは何が言いたいの?」
「モーソンが、モフモフ怪獣になったからって、ナゼ死ななきゃいけないの?テリアとボロニーズだってモフモフだよ!生きているんだ。仮にモーソンが魔物になったとしても、それを殺されなきゃいけないなんて理由にならないはずさ」

 僕の話は極端かもしれない。

「モーソン、おなじになるのか?」

 テリアの言葉はモーソンには届かない。

「だって……魔物になるんだよ、僕らは魔物になるかもしれないんだ」
「魔物の何が悪いのさ、テリアとボロニーズは、もし僕が魔物になったらどーする」
「あるじ、まもの、んーーー……かっこいい」

 テリアが嬉しそうに答える。

「おいら、あるじに、でっかい、きょうりゅうなってほーしい」

 ボロニーズは魔物になるなら恐竜になってほしいと種類までリクエストしてくる。

「きょうりゅう、でかい、あるじさいききょー」
「さいきょー」

 二匹は、はしゃいだ。
 目の前で二匹とじゃれる僕を見て、モーソンも吹っ切れた様だ。

「僕が魔物になったら、キミの従魔にしてもらうからね!責任はとってよ」

 最後はモーソンも一緒に笑ってくれた。
 
 
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