65 / 149
連載
130話 内通者3(2020.08.18改)
しおりを挟む席を立つ僕を呼び止めたのはプリョードルさんだった。
「すまんルフト君、待ってくれないか」
「何でしょうか?」
プリョードルさんとは初対面だし、ナゼ呼び止められたのかも分からない。
「そう強張らんでくれ、君に会わせたい奴がいる。うちの部隊には君と同郷の少年兵がいてな、名をモーソンと言うんだが良ければ会ってくれないか」
モーソン……モーソンだって、目を見開く。そんな僕をプリョードルさんはまじまじと見つめた。
「顔と名前しか覚えていないんです。でも僕が唯一覚えているのがモーソンで……大切な友達だったんだと思います」
急に涙が溢れてきそうになった。歯を必死に食いしばり堪える。声を出すのがやっとだ。
「そりゃー良かったアイツも喜ぶよ、ダンブロージオ、ルフト君をモーソンのいるテントまで案内してやってくれ、この時間アイツは備品のチェックでもしているだろう。備品のチェックは明日でもいいと伝えてくれ」
「隊長も、モーソンにはゲキアマだな」
ダンブロージオさんは笑い、プリョードルさんは顔を赤らめる。
「ウルサイ、とっとと行け」
「ヘイ、ヘイ」
アルトゥールさんも砕けているけど、ダンブロージオさんはそれ以上に砕けた印象を受けた。兵士と言うよりはどこにでもいる近所のおじさんって感じだし。
兵士たちは、カスターニャの町の広場にテントを張りそこで寝泊まりしている。
カスターニャの町には幾つかの広場がある。普段はイベントや緊急時の避難場所として使われているのだが、今回のように沢山の冒険者や兵士を集める際には、広場には寝泊まり用のテントが設置されて、宿泊施設として開放される。宿屋に比べて強盗にあう可能性は高くなるが、これだけ多く兵士が集まるテントに手を出すバカはいないだろう。
ダンブロージオさんが案内してくれたのは、リレイアスト王国の第五兵団の兵士たちが使う区画で、兵士たちは馬の世話をしたり装備の手入れをしたりと忙しそうに動いている。モーソンはこの部隊で備品の管理を担当しているそうだ。
「すぐにモーソンを呼んで来るから、ここで待っていてくれ」
僕が案内された場所は、壁はないが屋根代わりに日除けの布が張られた、木製のテーブルとベンチが置かれた休憩室だ。モーソンとの再会を前に緊張して喉がからからだ。従魔の住処から水筒とコップを取り出して喉を潤す。
しばらくして一人の少年が歩いてくる。僕はその顔を覚えていた。僕の記憶に比べてだいぶ大人びてはいたけど、くすんだこげ茶色の髪と少し垂れた目、優しそうな顔は記憶と変わらない。彼の名はモーソン、僕が覚えている唯一の幼馴染。
「ルフト!ルフトーーーーよがった……やっと会えた」
モーソンは走り出し真っ直ぐ僕に抱き付いた。その突進をナイトスリーが止めなかったのは、モーソンから僕に似た何かを感じたからかもしれない。
僕は立ち上がりモーソンを受け止めたものの、何と言葉を掛けていいのか分からなかった。僕にはモーソンの顔と名前の記憶はあっても、彼と遊んだ思い出が一切残っていないのだから。
「久しぶりだね、モーソン」
再会の挨拶と言えばこれかな?頭の中にある言葉を選んで口に出す。
「僕の名前覚えていてくれたんだね、嬉しいよルフト」
僕以上にモーソンの瞳はまっすぐでキラキラだ。僕には眩しすぎるくらいに……嘘はつけないよね。正直に話すことにした。
「モーソンごめん、僕は君の顔と名前しか覚えていなんだ。それだけなんだよ」
僕の言葉にショックを受けて俯くモーソン。それでも、何かを決心した様に彼は顔を上げる。
「あれだけの量の薬を飲ませられたんだ。僕の顔と名前を忘れなかっただけで十分だよ」
顔を上げたモーソンは、自分の頬を両手で挟む様に叩くと気持ちを切り替えたのか、しっかりとした目で僕と向き合った。
「ルフト、僕は君に話したいことがあるんだ。僕たちの暮らした村について」
他の人に話を聞かれたくないんだとモーソンは言った。その深刻な顔に、僕は、冒険者ギルドの職員寮に彼を連れて来たんだけど……モーソンは今スライムたちと戯れている。
何故こうなってしまったんだろう……それはモーソンのこんな一言からだった。
「ルフトってテイマーなんだよね!スライム従魔にいない」
「ん?いるけど」
――と、ブルーさん、グリーンさん、レッドさん、ホワイトさんを従魔の住処から呼んだところ、モーソンがスライムたちに抱き付いてこうなってしまった。彼はスライムマニアだったようだ……いや目覚めたてかもしれない。僕のスライムたちは可愛いから……。メロメロにもなるさ。
「お前たちプニプニでかわいいな!」
スライムたちも僕と似た匂いがするモーソンに抱き付かれて悪い気はしないのか、一切抵抗もせずにされるがまま。ホワイトさんは手持ちの黒板を出し『主様、この方はどなたでしょうか?』と書き込み聞いてくる。
「僕の幼馴染だよ、モーソンっていう名前なんだ」
兵士の仕事に追われて普段自由に遊ぶ時間も無いんだろうと、僕はモーソンが飽きるまで待とうと思った。でも……すでに一時間近くこんな感じだし、大事な話があったんじゃないのか。
没収だな……うん没収だ。僕はスライムたちにモーソンの手元から逃げるように命じる。
「るふとおお、スライムちゃんに触らせてくれよーー」
本気で泣きそうな顔で僕を見るモーソン。
「モーソン、大事な話があったんじゃないのか?スライムに触るのはその後だ」
「相変わらずルフトは厳しいな、ああーーわかったよ、もうっ!」
何故か逆ギレする友人を前に頭を抱えながら、僕は昔厳しい人間だったんだろうか?と考える。
モーソンが落ち着いたところで、改めて話を進めた。
モーソンの大事な話というのは、僕らの育った村、名も無き村についての話だった。何度か聞いた言葉であるけれど、この時初めて自分の故郷の名前が〝名も無き村〟であると、僕の心の大事な部分にストンと収まった。
僕は先にモーソンから貰った『ディアラとヴォラベルに気を付けろ』と書かれた手紙のお礼を言った。モーソンもこの手紙をナゼ書いたのかはハッキリとは分からないらしい、それでもモーソンは過去の僕との約束を覚えていて、この手紙を書いたそうだ。
「これは、僕が偶然聞いてしまった話なんだ」
モーソンは、以前兵士たちが話していた内容を僕にも教えてくれた。
モーソンの記憶では、十歳を迎えた子供たちの中で、村で不要な子供だけが集められてリレイアスト王国へと売られていくとなっていたのだが、名も無き村の子供たちが、前にこの国に来たのは七年も前のことなんだそうだ。
名も無き村には、ある噂話がある。
攫うのか、買うのか、集め方は知らないが、名も無き村と呼ばれる施設には、世界中から小さな子供たちが集められて、魔法や薬で人体実験を行い、改造しては、特殊な能力を持った人間として様々な国に売られているという、都市伝説。……僕は覚えていないけどモーソンは、みんなの髪の色や肌の色がバラバラだったことを覚えているそうだ。自分たちの記憶すら全て作りモノなんじゃないかと泣きそうな顔で言った。
僕はモーソンの話を聞いても驚かなかった。イシザルの長老からも、僕からはエントの珪化木の香りがするって言われたし、人体実験っていうのは、あながち間違っていないんじゃないかと思う。でも今は、そのこと以上に今はモーソンの気持ちが気になる。
「ねーモーソン。モーソンはその話を聞いてどう思ったの」
「僕は、みんなを助けたいって思ったんだ。もし、噂が本当なら名も無き村から僕らと同じような境遇の子供たちを解放してあげたいって」
モーソンの目は何処までも真っすぐだ、でも、もし子供たちを解放したとして、その子供たちはどうなるんだろう。子供は親がいないと育たない。
「ルフト僕を手伝ってくれないか、名も無き村の情報は隠されていて僕はまだ何も掴めていない。それでも絶対手掛かりを見つけてみせる。だから、君にも手伝ってほしいんだ」
モーソンは僕の手を握る。
「モーソンはそのために全てを捨てるの、もし名も無き村のことを国が隠しているのなら、それは 今のままじゃいられなくなるってことなんだよ」
「第五兵団のみんなは僕にとって大切な家族だよ、別れたくない……でも僕は、それ以上に同じ境遇の子供たちがいるなら助けたいんだ」
モーソンが絵本に出てくる勇者に見えた。
それでも僕は答えを出せずに、少し考えさせてほしいとモーソンに言った。
11
お気に入りに追加
4,123
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
側妃に追放された王太子
基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」
正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。
そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。
王の代理が側妃など異例の出来事だ。
「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」
王太子は息を吐いた。
「それが国のためなら」
貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。
無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。