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128話 内通者1(2021.08.17改)
しおりを挟む「じゃあ、帰ろうか」
西の砦の全ての建物と壁が燃えるのを確認すると、僕はアルジェントに乗ってカスターニャの町へと帰還した。
町から離れた森に降りて、そこからはレッサースパルトイ一匹だけを連れて町へと向かう。西門前で手を振るウーゴさんの姿が見えた。
「ルフトやっと戻って来たか、たく……狼に乗って制止も聞かずに飛び出していくもんだから大騒ぎになっていたんだぞ」
「ごめんなさい……」
完全に僕が悪い、僕は素直に頭を下げる。本来ウーゴさんは、この時間の担当ではなかったはずだ。僕のせいで急遽仕事に狩り出されたんだと思う……そんな想いを見透かすように、ウーゴさんは僕の肩に優しく手をまわした。
「俺がここにいるのは、ルフトのせいじゃねーよ、西の砦だけじゃなく南のキャンプ地も落ちたんだ。まー詳しい話は明日だ。冒険者は朝一番で冒険者ギルドに来てほしいってことだぜ……伝えたからな、今日はもう休め」
「ハイ……」
南のキャンプ地まで落ちたって、あれ……南のキャンプ地の襲撃は、西の砦を落とすための罠だったんじゃ、見当違いだった?
住民の多くが避難したカスターニャの町は、日中でも人が少なく静かだった……いまは、西の砦や南のキャンプ地から移動してきた兵士や冒険者たちでごった返している。
それにしても、西の砦と南のキャンプ地が同じ日に落ちるなんて……これも内通者の仕業なんだろうか。
冒険者ギルドの職員宿舎に戻ると、建物の前には大勢の兵士がいた。僕が原因かもしれないと思い、おっかなびっくり職員寮の鍵を見せたところ意外にもにもすんなり建物の中へと通してもらえた。
部屋に戻ると一通の手紙が、ドアと床の隙間に差し込まれていた。手紙の内容はこうだ……『西の砦の兵士たちを救ってくれてありがとう。明日朝九時に各代表者を交えて冒険者ギルドで話し合いがある。それにルフト君も参加してほしい――ギルドマスターカストル』
ギルド職員の指示を無視したことについては何も書かれていなかった。
翌朝、数字の〝一〟の文字が入ったタワーシールドを持ったレッサースパルトイを従えて冒険者ギルドへと向かう。僕のお供は防御重視と呼ばれる装備に身を包んだ〝一〟から〝五〟の数字が書かれた装備を持つレッサースパルトイたちが交代で行う。
魔物を連れた僕が目に入らないほど、一度に二つの拠点を失ったことがショックなんだろう、僕らに興味を示すひとはいない。
冒険者ギルドの中に入ると、すぐにクラークスさんが近付いて来た。
「おはようルフト君、待っていたよ」
「おはようございます。クラークスさん」
カストルさんから、僕が到着次第すぐに会議室に案内するように言われていたらしく、クラークスさんに手を引かれながら廊下を歩いた。
クラークスさんがドアを開けると、中では中央に置かれたテーブルを囲む様に多くの人が座っていた。
ギルドマスターのカストルさんに町長のルアーノさん、カスターニャの町の兵士たちを纏めているバティンガ隊長、それに、第六兵団の兵士長のバルテルメさんに第四兵団の兵士長のアルトゥールさんと、意外にも知っている人が多い。
今回僕が呼ばれたのは、西の砦を一番最後に出た者として証言を求められたからだ。中央のテーブルから少し離れた場所には、僕と同じ理由で集められた冒険者たちか座っていた。彼らは南のキャンプ地を最後に出た冒険者なんだそうだ。
僕も彼らに倣い同じように座る。少しして僕の順番がきた。
カストルさんが代表して質問を行い、それに僕らが答えていく。
「ルフト君、キミはゴブリンの襲撃を確認してから西の砦に火を放ち逃げたと報告を受けている。襲撃したゴブリンについて知っていることを話してほしい」
ゴブリンについての聞き取りに集められた冒険者たちは、自分の聴取さえ終わってしまえば自由に退席してもいいようだ。多くは、少しでも情報を得ようとその場に止まってはいるが……。
僕は後から襲って来たゴブリンたちが、全て普通のゴブリンでなかったことと、その中に特別大きなゴブリンが三匹混ざっていたことを順に説明していく。そして、同じゴブリンでも仲間意識が薄い者がいる点については、あくまで僕がそう感じたと、確証がない旨を織り交ぜて説明した。
もちろん、後から来たゴブリン全てを倒したことやザズカから得た情報についてはヒミツにしてある。
「なるほど、ルフト君の話を聞く限り、ゴブリンも一枚岩ではないようだね」
僕と同じように、カストルさんから質問を受けた冒険者たちは、ゴブリンについて見たこと、感じたことを憶測を交えて話していた。
冒険者の話で気になったのは、大きな蟻に乗ったゴブリンがいたという目撃情報だ。ゴブリンたちが着ていた装備に使われていた蟻の魔物の素材と、その蟻は同じ魔物なんじゃないだろうか、そんな予感がする。
冒険者たちの話を聞く中、我慢の限界だ。といった様子で、一人の男がテーブルを両手でおもいっきり叩き立ち上がる。
「我々には、ちんたら冒険者の話を聞いている余裕はないんだ。さっさと捜索に向かわせてもらうぞ」
声を荒げる男を、カストルさんが宥めた。
「お待ちください、今キャンプ地に向かえばゴブリンたちに襲われてしまいます」
「フン、我々には秘術があるのだよ。ゴブリンの目を盗みながらキャンプ地の探索も朝飯前さ。ディアラ様のいないこの町を守る大義はもう我々にはない。ディアラ様の生死を確認した後、そのまま本国に帰らせてもらう」
ゴブリンに襲われない秘術とか胡散臭いにもほどがある。あそこで喚いている男の名はパスフェール、ああ見えて支援として合流したヴォラベル魔導中隊の総指揮官なんだそうだ。胸に軍事国家ヴォラベルの国旗が刺繍された灰色のローブを纏っており、時折ローブのフードから覗く顔が実に胡散臭さい。
隣にいる冒険者数人が小声でひそひそ話をしていた。南のキャンプ地がゴブリンに襲われて以来、ディアラは行方不明になっている。
ヴォラベル魔導中隊が町を出て行くことは、カスターニャにとって大きな痛手だ。彼らの持つ二百体近いレッサーガーゴイルの戦力は大きく、今出ていかれては困ると、カストルさんを中心に必死に説得を繰り返す。
ゴブリンたちに襲われない自信があるのも、彼らが内通者だからじゃないんだろうかと僕は疑っている。
自分の発言を終えていたこともあり、部屋の隅に控えていたギルド職員に声を掛けて退席を申し出た。
「すみません。証言が終わったので先に退席します。それと、レッサーガーゴイルを見てみたいんですがどこに行けば見れますか?」
「ああ、それなら東門の外に置かれた荷馬車の中だよ。ただ……あまり近寄ると怒鳴られるらしいからキミも注意した方がいい」
「ありがとうございます」
冒険者ギルドを後にした。
東門へと向かうと、二百体の魔法生物を乗せた、軍事国家ヴォラベルの紋章の入りの馬車が並んでいた。滅多に見る機会の無い魔法生物が乗っているだけに、見物人も大勢集まっている。パスフェールさんと同じローブを着た男が、そんな見物人たちに釘を刺した。
「それ以上近寄るなよ、これは我らヴォラベルの軍事兵器だ。見世物ではない」
僕は、ナイトワンを従魔の住処に戻すと、スカウトリングの力を使い気配を消して、ゲコタと一緒に馬車の中へと忍び込んだ。馬車の中にはクチバシがあるゴブリンに似た奇妙な石像がびっしりと並んでいる。
馬車一台につき十体のレッサーガーゴイルが積み込まれていた。僕を前にしてもレッサーガーゴイルは動こうとしない、自動で動くのではなく、命令を受けてはじめて動き出すタイプの魔法生物なんだろう。音を消して馬車から馬車へ移動する途中、男たちの話し声が聞こえてきた。
聞き耳をたてる――。
「カスターニャの町の馬鹿どもは、今頃必死にパスフェール様に泣きついているんだろうな、俺たちがゴブリンに情報を渡したと知らずにバカな奴らだ……」
「よく知らねえが、ディアラとかいうバカのせいで面倒な仕事は増えたらしいぞ、まっ……戦争がはじまる前にさっさと終わらせて、俺たちは国でノンビリしようぜ」
内通者を送ったのは、軍事国家ヴォラベルで間違いないみたいだ。証拠がないからこの事を話したとしても誰も信じないだろうけど。
僕は馬車の中で従魔の住処の扉を開くと、中から黒々とした液体の入った壺とハケを取り出した。
壺の中にはゴブリンジェネラルの血が入っている。昔は魔物の血や内臓を見るのが苦手で、魔物の解体をする度に吐いていたんだけど、今ではまったく見た目も匂いも気にならなくなった。慣れるって怖い……。
馬車を牽くのに馬を使うのか牛を使うのかはわからないけど、ゴブリンジェネラルの血の匂いで馬車を牽く動物が暴れない事を祈ろう。僕は壺の中に入った血を馬車の底や車輪の軸など見えない部分に塗っていく。ゴブリンも人よりは鼻が利くはずだし、ヴォラベルとゴブリンたちが通じ合っていたとしても、仲間の血の臭いがする馬車をみすみす素通りさせはしないだろう。
一部のゴブリンの結束は固いと、ザズカは話していた。
ゴブリンジェネラルの血を塗り終えた僕は、東門から少し離れた茂みに身を隠しながら馬車の動きを見守った。
一時間後くらいか、交渉が決裂したんだろう。パスフェールさんを先頭に、同じローブを着た一団が大きな牛を連れて東門から現れる。戦場で使うため魔物の血の匂いにも慣らされているらしく、牛たちは僕が馬車に塗り付けたゴブリンジェネラルの血に何の反応も示さない。
諦めきれないんだろう。カストルさんとルアーノさんが、必死にパスフェールさんの説得を試みる。――だめだった。
「お待ちくださいパスフェール殿、キャンプ地に向かうのは危険です」
「何度も言ったはずだ、我々にはゴブリンに襲われない秘術がある。心配は無用!あなた方は自分たちの町を守ることに集中するんだな。我々もあなた方が無事生き残れるよう神にでも祈っておきましょう」
こうして、パスフェール率いるヴォラベル魔導中隊は、カスターニャの町を出ていった。
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