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125話 西の砦の戦い4(2021.08.17改)

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 四三匹のゴブリンの一団は足を止め、壊れた正門から砦の中を覗いた。建物の一部は焼け落ち、木片などが散乱している。戦いの跡は生々しく残っているが、妙に静かだ。

「人間共は、もう逃げ出しちまったんじゃねーのか?」

 一匹のゴブリンが呟いた。……あまりにも静かだったからだ。

「中に入ればわかる、さっさと歩け」

 ザズカは、きょろきょろと辺りを見回し進もうとしない部下を、イライラしながら面倒臭そうに尻を叩く。
 砦の中に入ってすぐに、違和感を感じた……。
 争った形跡はあちらこちらにあるのに、ゴブリンの死体も人間の死体も、キレイさっぱり片付けられているのだ。奇妙な景色を前にゴブリンたちはバラけず群れをなして進むことを決めた。
 しばらくして笑い声が聞こえてきた。獣の唸り声も……ナゼこんな場所で笑い声や獣の声がするのか?ゴブリンたちは戸惑いながらも、惑わされるなと自分に言い聞かせて先へ進む。
 ゴブリンたちは奇妙な光景に立ち止まった。広場に、建物から運び出したであろうテーブルや椅子を並べて、その場で談笑をしながら楽しげにお茶を飲む人間と魔物の姿。
 おまけに、広場には先に攻め込んでいった、ゴブリンたちの死体で山が三つ積み上げられていた。
 ザズカは思う――仲間を殺したことを見せつけて、俺たちを動揺させるつもりか……と〝仲間でもない者の死体の山を見ても、何の感情も湧かんがな……〟ただ何かがモヤモヤしている。
 ザズカは、死体の山よりもテーブルを囲む奇妙な組み合わせに興味を抱いた。
 コボルトの上位種に、角のあるシルバーウルフ、スライムも俺の知るモノよりもずっと体が大きい気がする。小さく動いているのは妖精か?石の獣と緑色の大蛇は全く知らない魔物だ。何故こんなところにアリツィオ大樹海の中域に生息する魔物が人と楽しく茶を飲んでいるんだ。まっ、どれも俺よりは弱いがな。ふと酒を飲んでいる時に空を飛んでいた魔物がいたのを思い出した。ワイバーンか何かだろうが、あれは一体なんだったんだろう。
 ザズカは恐れず進んだ。死体の山は広場を囲む様に置かれている。

「おい、人間、お前はそこで何をしている」

 ザズカが声を掛けても、目の前の人間は不思議そうな顔をするだけだ……〝そうか、人間に俺たちの言葉ゴブリン語は通じないんだったな〟改めて人間の言葉でもう一度話し掛ける。

「おい、人間、お前はそこで何をしている」

 ゴブリンの上位種には、人の言葉をを理解してる者も多い。

     ✿

 ゴブリンたちが重い腰を上げて動き出す。
 空の上からゴブリンたちの様子を観察していたアルジェントが戻ってきた。〝やっと動き出したのか……もう朝じゃん〟というのが僕の感想だ。
 花の魔物アルラウネのローズ、アースドラゴンの牙から生まれたスパルトイの進化種、ダークナイトのブランデルホルスト、シルバーフライングシャークのアルジェントの三匹と二八匹のレッサースパルトイには、建物の中に隠れてもらった。明らかに格上の相手がいては戦う前にゴブリンが逃げてしまうかもしれないと考えたからだ。レッサースパルトイは単に数が多いからだけど……僕はお茶を飲みながら広場で待つことにした。〝トドメはイリュージョンゴブリンに!〟という約束をみんなは守ってくれるだろうか。
 もし、あの大きなゴブリンが召喚出来るようになったら、ナナホシが一気に僕らの中で最強に近付くよね……慢心しないか心配だなー。
 ゴブリンの死体は、魔石を抜き出した後穴を掘って埋めた。残りの死体は作戦に使う。魔物とはいえ死屍に鞭打つ行為は気が引けるけど、戦いを有利に進めるためにも必要だった。
 ちょうど二枚目のハーブクッキーに手を伸ばした時、ゴブリンたちは姿を見せる。警戒しているんだろう、距離を置き僕らを観察している。先頭に立つゴブリンが指揮官といったところか、明らかに他のゴブリンより体が大きく、身長は三メートル近い、もうオーガだよね。
 僕は出来るだけ平静を装いながらお茶を飲んだ。準備が出来たんだろう、念話が入る。

(ルフト準備は出来たぜ、いつでも行ける!)
(ルフト様、僕の方もOKです。ホワイトさん師匠も準備万端とのことです)

 ナナホシとハナホシからの連絡。僕はクッキーを口に放り込みながら違和感がない程度に頭を縦に動かす。
 一番大きなゴブリンが僕に話し掛けてきた……たぶんだけど、ゴブリン語で話しているせいで、何を言っているのかサッパリだ。
 ゴブリンは言い直した。

「おい、人間、お前はそこで何をしている」

 流石に上位種、人間の言葉も話せるのか……。

「お茶だよ、お菓子を食べながらお茶を飲んでいるんだ」

 あえて相手がイライラする様に、余裕なそぶりで答える。正直、この大きなゴブリンは怖い。それでも僕は下がらない。一番大きなゴブリンは馬鹿にするなとばかりに険しい顔をした。

「ごめん、ごめん……そんなに怒らないでよ、キチンと答えるから……聞きたいことがあって君たちを待っていたんだ」

 僕が椅子から立ち上がると、攻撃されると思ったのかゴブリンたちは武器を構える。戦場で子供が魔物を連れて平然とお茶を飲んでいるんだ、相手からすれば不気味だろう。相手も僕らが怖いのかもしれない。一番大きなゴブリンは、怯える部下を諫めるようにゴブリン語で怒鳴った。もちろん何て言っいるのかは分からない。
 そして、僕の方を見る。

「何を知りたいんだ?」
「ナゼ仲間が殺されている間、あなた方は助けに来なかったんですか」

 僕の質問に、大きなゴブリンは声を出して笑う。

「ガハハハハ、仲間……仲間だって、この役立たず共がか、これだけの人数がいて人間の砦ひとつ落とせないカスを仲間に思ったことなんてねーよ」

 ゲコタの予想が当たったな、姿を隠していて見えないけど、予想的中でドヤ顔をするゲコタの顔が思い浮かぶ。

「ゴブリンって薄情な魔物なんですね。同じ種族を見捨てるなんて」

 と、すかさず皮肉を言う。

「フン、人間も変わらんだろうが、貴様らも人間同士で戦争をするはずだ。俺たちは仲間と認めた相手は大事にするが、こいつらはまだそこには至っていない」

 大きなゴブリンが一瞬死体の山に目を向けた。それは、とても冷たい視線だった。
 ゴブリンに人の様な習慣があるかは謎だが、まだ、名前を名乗っていないことを思い出す。

「僕はルフト、冒険者をやっています。あなたの名前を教えてもらってもいいでしょうか?」
「変なガキだな、俺か……俺はザズカ、偉大なる王よりこの部隊を任せられた誇り高いゴブリンジェネラルだ」

 偉大なる王、そう話した時の彼が、今までで一番満足気に見えた。それなら……そこを煽る。怖いけど、何かあればみんなが助けてくれるはずだ。

「ザズカさんですか、提案なんですが、王を裏切って僕の従魔になりませんか?」
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!」

 ザズカの顔の血管が浮かび上がる。仲間と決めた相手は大事にするという発言は真実ホントだったんだろう。その中でも王は特別な存在。
 テリアとボロニーズが僕を守ろうと前に出るが……そんなテリアとボロニーズに二匹のゴブリンが体当たりをして、僕とザズカの前に道を作った。
 ザズカの動きに反応出来たのは、このゴブリン二匹だけだった。他のゴブリンより一回り以上大きなこの二匹も普通の上位種とは違うんだろう。

「俺を舐めるなよ小僧!俺が尽くすのは我が王唯一人」

 ザズカは、僕に向けて巨大な鉄の棍棒を振り下ろした。鉄同士がぶつかる甲高い音が響く。
 建物から飛び出したブランデルホルストが、ザズカの一撃を自身のスキルで創り出した黒煙の大斧で受け止める。タイマツの明かりを反射して、ブランデルホルストの黒水晶の鎧が怪しく光る。
 ゴブリンの中でも最も上位に近い魔物だけあり、ザズカはブランデルホルストにも力負けしていない。更に押し込もうと棍棒に体重を乗せる。
 されど、二対一ではザズカに勝ち目はない。ローズが一気にザズカとの距離を詰めると、全力でスコーピオンを振りザズカの体を殴り飛ばす。斬るのではなく……投げたのだ。
 ザズカの大きな体が宙を舞い、そのまま近くの建物へと吹き飛んでいく。

「ローズとブランデルホルストは、ザズカの相手をよろしく!ブルーさんレッドさんグリーンさんはテリアとボロニーズのフォローを、ナナホシ、ハナホシ、ホワイトさんは予定通り動いて、ドングリとレッサーのみんなとビセンテとペルハは僕と一緒に広場のゴブリン退治だ。アルジェントは砦から逃げるゴブリンをお願い。一匹も逃がさないでね。フローラルとレモンはゴブリンの魔法使いを頼むよ」

 僕の指示で一斉に従魔たちは動き出す。

 ザズカが動き出した直後、出遅れたゴブリンたちの道を塞ぐ様に、積み上げられたゴブリンの死体の山が勢いよく崩れ落ちる。死体の山に潜んでいたイリュージョンゴブリンとイリュージョンベア、インスタントマッドゴーレムが姿を見せる。
 不意を突かれたたんだろう、複数のイリュージョンゴブリンにとりつかれて棍棒で殴り殺される者。イリュージョンベアの爪の一撃を受けて首から血を噴き出し倒れる者。インスタントマッドゴーレムの拳を正面から受けて骨を砕かれる者と。その一瞬で十匹近いゴブリンが地面に転がった。
 指揮官から分断されたゴブリンたちは明らかに浮足立っている。特にゴブリンの姿をしたイリュージョンゴブリンにはかなり混乱しているようだ。

「あるじ、おいら、ひとりで、たたかいたい」
「おいらも、いちいちきぼー」

 テリアとボロニーズが、ゴブリンとの一対一の戦いを望み声を上げる。ちらっとブルーさんに目を向けると、手持ちの黒板に『もしもの時はフォローに入るから大丈夫!!』と頼もしい答えが返ってきた。

「しょうがないなー、その二匹はテリアとボロニーズに任せるから絶対倒すんだよ」
「あるじ、まかせろー」
「おいら、がんばる」

 テリアとボロニーズは満足そうに笑顔を見せた。
 
※2021.08.17追加。キャラ紹介。
従魔
✿ビセンテ。種族ロックジャガー。召喚の壺から出てきた魔物。岩の体をしたネコ科の肉食獣の魔物。重そうな岩の体をしているが動きは俊敏で豹や虎と変わらない。
✿ペルハ。種族プラントパイソン。召喚の壺から出て来た魔物。一見全長5メートルの大蛇に見えるが、実は食虫植物。魔物を呑み込んで強力な酸で溶かす。
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