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122 話 西の砦の戦い1(2021.08.13改)

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 職員寮に籠って七日。
 いまだゴブリンに大きな動きは無く、部屋の扉に吊された黒板には『食事をきちんと食べているか?病気にはなっていないか?』といった、部屋に籠りきりの僕を心配する言葉ばかりが並ぶ。
 決まって『元気です。安心してください』と返事を書いて終わるのだが。
 職員寮に来てからというもの、黒板を確認するために部屋から出る程度で、建物どころか部屋からもほとんど出ない僕を、カストルさんをはじめとした冒険者ギルドの職員たちは心配しているようだ……従魔の住処の中なら食糧は豊富にあるし、運動も出来る。わざわざ冒険者に絡まれる可能性がある外に、進んで出て行こうとは思わない。
 部屋のカーテンの隙間から外を覗いた。やっと諦めてくれたのか、僕を見張る怪しい冒険者はいなくなった。町にリレイアスト王国の軍服を着た兵士が増えているのは、ゴブリンとの戦争が近付いているせいだろう。
 
 案山子カカシ作りもやっとひと段落した。カカシたちの顔は従魔たちが好き勝手にお絵かき感覚で描いたこともあり実に個性的だ。可愛いのやらオカシイのやらホラーなものまで……ローズ作の黒く塗りつぶしただけのタイトル『絶望』は、ちょっと怖い。
 ローズ本人は〝絶望くん、おはようですわ〟と挨拶するほど気に入っている。

 カカシ作りを終えた僕たちは、第二作戦に進んだ。大きなスコップを手にみんなで従魔の住処の一角をひたすら掘る。
 目指す穴の大きさは、縦十メートル、横五メートル、深さ十メートルとなかなかの深さ。ファジャグル族小人の村にあった地下冷凍庫を従魔の住処にも再現すべく、一心不乱に掘り続ける。
 現在僕らは、幾つかの小さな問題に直面している。
 その中で一番の問題が、みんなが強くなったことで戦う魔物が大型化しており、冷凍庫に入らない大きさのものが増えてしまったことだ。大きくなるほど解体にも時間がかかり、時間が無い時には、解体出来ずにそのまま従魔の住処で腐らせてしまうことも……従魔の住処は、僕らの家といっても過言でもない。家の中で腐敗臭などもってのほかだ。巨大冷凍庫の製作は急務となった。

 掘った穴り終えた後、崩れない様に四隅から一定間隔で木の柱を打っていく、従魔の住処なら虫は湧くことがないが、食材を入れる冷凍庫の中で土が見えるのは嫌なので、岩の森で暮らすイシザルたちに作ってもらった石製せきせいのパネルを冷凍庫の中、すべてに貼った。
 掘り出した土の処理に悩んでいると、山の様に積まれていた土はいつの間にか消えていた。
 確定ではないが、従魔の住処は、僕が必要だと願ったものは残り、必要ないと思ったものは消えていく、そんな僕に都合のいい空間らしい。
 地下冷凍庫を作るために掘った穴が塞がらないのも、僕が必要だと願ったからなんだろう。

 冷凍庫作りを急いだのには、もう一つ理由がある。
 高ランクのゴブリンを倒して下手に目立ちたくはない。他の高ランク冒険者たちが倒してくれると思うのだが、万が一僕らが、キングやジェネラルといわれるゴブリンの最上位種と戦うことになった場合、すぐに死体を従魔の住処に放り込んで知らないフリをしようと思う。戦争中に魔物の解体をする時間はないだろうし、この地下冷凍庫はそんなゴブリンを放り込むためのモノでもある。
 深さが十メートルもある冷凍庫には、上り下りするための階段も付けた。
 それに、これだけ大きな穴だと寝ぼけて落ちちゃう従魔もいるので、上部には取り外し可能な蓋もある。蓋には冷気が逃げにくいように、僕らが出入り出来る大きさの扉も付けた。
 空っぽな巨大冷凍庫は一部の従魔たちの遊び場と化した。スライムたちが誰が最後までこの寒さに耐えられるか競争したり、レッサースパルトイたちは鎧を冷やして僕の背後から首筋タッチという非常に迷惑な遊びにはまっている。僕の口から〝つめたっ〟と声が出るのを、寒いのが苦手なローズが羨ましそうに見ていた。やりたい?やられたい?どっちなんだろう。

 僕が完成した冷凍庫でみんな従魔とじゃれている頃、遠くでは、ついにゴブリンが動き出した。

     ✤ ✿ ★

 どうしてゴブリンたちが、それに気付いたのかは分からない。西の砦には幾つかの見張り台があり、兵士たちは交代で見張り台に立つ。見張りの兵士の交代直後を狙いそれは起きた。

 いつ雨が降り出してもおかしくない空だ。厚い雲が広がる夜だった。雲が月を覆い、砦周辺はいつも以上に暗い。砦に掲げられた松明タイマツの明かりだけが草原に建つ砦を照らしている。
 雨が降るのを心配したんだろう、松明から魔道具のランタンに兵士たちは交換に追われていた。ここ一年余りで建てられた急造の砦、魔道具のランタンは足りずいつも以上に砦の周囲を照らす明かりは少ない。

 そんな遠くの砦を眺めながら、森からゴブリンの大群が現れる。闇に紛れて息を殺し、西の砦へ向けて進軍をはじめる。

 ゴブリンの将校は、密約を交わす人間からこんな情報を貰った〝西の砦の見張り台に立つ兵士の交代時間は決まっておりまして、交代後はしばらく他の兵士は近付きません。人間は夜になれば眠ります。闇夜、見張り台に立つ兵士を気付かれることなく仕留めることが出来れば、西の砦への奇襲はほぼ成功したと言っていいでしょう〟と……砦近くの草原を、身を屈め黒ずんだ血染めのマントを被り、先遣隊のゴブリンたちが闇に紛れて進む。ゴブリンたちは矢の届く位置まで近付き止まった。
 見張りの兵士が交代するのを確認すると、全ての見張り台へとゴブリンは散らばり配置についた。矢を射るのは、ゴブリンの中でも弓の扱いに慣れたアーチャー弓兵のクラスを持つゴブリンの精鋭たち。
 人より体が小さく力の劣るゴブリンだが、唯一どんな人間たちよりも優れた能力がある。暗視能力ナイトスコープと呼ばれる能力だ。
 一匹のゴブリンが暗闇の中、仲間に矢を射るタイミングを伝えた。見張りの兵士の頭に向け一斉に矢は放たれた。ゴブリンの中でも精鋭と呼ばれるゴブリンアーチャーは成功を確信して笑みを浮かべる。

 ところが――。

「敵襲だああああ――――!!ゴブリンがきたぞおおお!!」

 ゴブリンアーチャーの矢は、見張り台に立つ兵士の頭を射抜くはずだった。だが、実際矢が刺さったのは、本来見張りの兵が持つことのない、矢避けと呼ばれる大きな木製の盾。

「「「カーン、カーン、カーン、カーン」」」

 見張りの兵士は、大声で叫びながら敵襲を知らせる鐘を打ち鳴らす。ゴブリンアーチャーたちは一斉に血染めのマントを投げ捨て逃走に走る。まだ兵士が揃わないんだろう、まばらではあるが壁の上から兵士が矢を放つ。

 ゴブリンの奇襲にいち早く気付けたのは、第六兵団に所属する一人の従魔師テイマーの手柄だった。男の名をゴドフという。
 彼は元々羊飼い見習いだった。テイマーはこの世界にある多くの職技能クラスの中でも役立たず、ハズレに分類される冒険者クラスだ。
 冒険者クラスであるのにも関わらず、冒険者たちからは嫌われ、仕事も、動物の世話しかできない役立たず扱い。動物の世話だって、動物の世話に特化した一般クラスの飼育者ブリーダー世話係ハーズマンよりも下に見られる。
 ゴドフもそんな状況に絶望していた一人だ。

 一年前そんな虐げられたテイマーに光が差した。リレイアスト王国軍は、テイマーを雇い入れるために偵察補助兵という新しい兵士階級を作りテイマーたちに手を差し伸べたのだ。
 その手を握ろうと国中からテイマーたちは集まった。
 偵察補助兵が新設されたのは、とあるテイマーの功績だった。ゴブリンの町への奇襲作戦で人間より聴覚も嗅覚も優れた従魔が、索敵任務において大きな成果を上げられると証明したのだ。
 『規格外の黒髪』と呼ばれる一人の少年従魔師に、この国のテイマーたちは感謝した。
 もし、当の本人がこの話を知ったら、顔を真っ赤にして従魔の住処に引き籠るかもしれない。

 ゴドフの従魔、大きな一つ目の黒ネズミ、ナイトワンドリングは、リレイアスト王国でテイマーのために養殖された魔物だ。ナイトワンドリングは魔物と呼ぶには弱く、その魔石もクズ魔石で、一つ目という奇怪な姿だけで魔物と呼ばれていた。
 人を害することが無く、討伐依頼が出されることもない名前だけの魔物。
 この魔物に目を付けたのが第四兵団兵士長のアルトゥールだ。彼が規格外の黒髪と一緒に活動した際、こんな話を聞いたそうだ。〝ギルドの図書館に魔物や動物の図鑑があるんですが、それによるとネズミは犬よりも鼻が良く、耳も人の四倍も良いそうです。斥候に役立てるなら、ネズミの従魔の方が適しているかもしれませんね……体が小さいから相手からも見つかりにくいですし〟と、この世界でもっとも数が多い魔物、角ネズミはテイム出来ない魔物だと言われている。そこで目を付けたのがこの一つ目の黒ネズミ、ナイトワンドリングだ。
 魔物だけにどんな闇夜も見通す、優秀な暗視能力ナイトスコープも持っている。耳や鼻だけでなく目も良いネズミ。それに、こんなおどろおどろしい見た目に反して、ナイトワンドリングは人によく懐く。

 ゴドフは、従魔である複数のナイトワンドリングを偵察役として草原に放ち見張っていた。
 ゴブリンの動きは、ゴドフからすぐさま上長に報告され、見張り台に登る兵士たちは矢避け用の盾を持たされた。ゴドフが居なければゴブリンの奇襲は成功していたかもしれない。

「東門にはまだゴブリンの姿はない、伝令兵は急いでカスターニャの町へ走れ―!」

 叩き起こされた兵士たちは、戦場へと駆り出される。

 奇襲作戦の失敗に顔を顰めながら、一匹のゴブリンは人には分からないゴブリン語で吐き捨てた。

「これだから人間は信用出来ねーんだ。なにがこの時間なら人間共は油断しているから楽に砦を落とせるだ。とっくに気付いているじゃねーか……まー抵抗してくれた方が殺しがいはあるんだがよ」

 内通者への愚痴を溢しながらも、これから起きる殺し合いを想像しながらゴブリンは涎を垂らす。
 弓を放った先遣隊のゴブリンの後方から、数百匹を越えるゴブリンの一団が西の砦へと迫っていた。

※2021.08.13、ルフトの日常シーンと、イロイロな事情で書籍版でカットされた従魔師ゴドフさん(32歳)のエピソードを追加しました。
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