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119 話 精霊結晶1(2021.08.12改)

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 忙しくて後回しになっていた溜まった手紙に手を伸ばす。
 一番上にあったのは、西の砦を出発する際にバルテルメさんに貰った手紙だ。誰からだろう?差出人を確認した。モーソン?……初めて見る名前。でも、不思議と懐かしい感じがする。モーソン……一瞬自分と同い年の少年の顔が浮かぶ。
 そして、急に頭痛に襲われて、そのまま椅子から転がり落ちた。
 みんな従魔たちが僕のそばに駆けてくるのが見えた。僕は唸りながらただうずくまり頭を押さえる。〝痛い……〟今まで感じたことのない痛みだ。
 今度は、はっきりとモーソンの顔と名前が浮かんだ。忘れていた友人の顔と名前、でもすぐに見えないナニかが、僕の頭に何本もの腕を伸ばし、思い出させるものかと押さえつけてくる。

 やっと思い出せた友人の顔と名前を、取り戻した大切な記憶を手放したくない。
 僕はその力に抵抗した。
 更に頭の痛みは酷くなっていく。モーソン……モーソ……モ……、……〝また忘れるんだろうか?〟。
 〝いやだ……大事な記憶なんだ。やっと思い出しだんだ。やめてください……大事な記憶なんです〟叫んだ。それでも僕の記憶を消そうとする力は緩まない。〝お願いだから……離して〟
 体を温かいものが包む。
 ホワイトさんが、体の一部を伸ばして僕に回復魔法をかけてくれていた。それでも……痛みは無くならない。
 その時だ。みんなを押し退けて、イポスさんから預かったソウコウムシが前に出た。ソウコウムシは口を開けた。口から出たのは鋼の糸ではなく、何本もの光の糸だ。光の糸は繭を作る様に僕の体を包み込む。
 光の繭は、天から僕へと伸びる一本の見えない糸を暴き出した。

(なるほどな……ルフトが自分の力で記憶を取り戻そうとすれば、その記憶を消そうと記憶の糸が具現化するのか、今なら切る事も出来そうだな……同じ魔物の王として、お前のことは本当に大嫌いなんだ)

 ソウコウムシから発せられる念話、イポスさんの声だ……。
 見えないはずのイポスさんの顔が見えた気がした。

     ✿魔物の王イポス✿

 ルフトは気を失ってしまった――。
 倒れる主を前に、従魔たちは心配そうにその顔を覗き込む。
 ソウコウムシの体を通してイポスは戸惑う従魔たちに話し掛けた。

(従魔たちよ一時的ではあるが糸は切った。だが糸は常にルフトの周りを漂ったままだ。ルフトが自分の力で記憶を取り戻すのはいい、だが……前に話したが、お前たちがそれを話してはいけない。奴とルフトの繋がりを完全に絶つのにはまだ時間が足りんのだ)
(繋がりを絶つのは、いつなんですの!)

 イポスに向かって恐れることもなくローズは言い放つ。

(今は、まだ言えぬ……)
(今はって!大事な話ですのよ)

 ローズが、ソウコウムシに向かって指を突き出し強く怒鳴った。

(そうピ―ピ―喚くな、面白いモノも手に入れた様だし……以前よりも光は見えてきている。今はゴブリンとの戦いに集中するんだ)
(光が見えてきたとうことは、正しい方向に向かっていると考えて良いんですのね)
(もちろんだ……ルフトは二日は目を覚まさないはずだ。あまり心配せずに待つことだ……じゃあな)
(ちょっと……待ちなさい!話はまだ終わってませんわ……待ちなさい)

 ローズがソウコウムシを両手で持ち上げブンブン振るも、魔物の王イポスの意識はもうそこには無かった。
 ローズは不満そうに頬を膨らますが、他の従魔たちは魔物の王相手にローズが見せた不遜な態度に、ただただ唖然とした。

     ✿白昼夢✿

 目を覚ますとベッドの中にいた。〝何があったんだっけ……記憶が曖昧なんだけど……そうだ手紙を見て僕は思い出したんだ〟そう、僕は幼馴染であり友人の顔と名前を取り戻した。その後、何者かに邪魔をされて気を失ったんだ。
 やっと思い出したんだ。たった一人だけだけど、あの村で一緒だった友達の名を。
 手紙は、どこかな?
 周囲を見渡す。僕が眠るベッドの周りには、初めて見る真っ白な樹皮の木が、何本も何本も伸びていた。従魔の住処にこんな木は無かったはずだ。
 〝それに誰もいない……〟僕以外誰もいない不思議な森。ベッドから起き上がると、白い木々の並ぶ森の中へと足を踏みいれた。
 迷子になるかもしれない。木に目印をつけようと木を傷めない特別な塗料を探す。〝あれ?ないな〟それどころか何一つ道具を持っていない。あるのは背中に吊るした生樹の杖のみだ。それならばと生樹の杖を使い木か地面に目印をつけようとしたが、生樹の杖がそれを嫌がった。

「木に印をつけるのも、地面に文字を書くのもダメなの?」

 僕の質問に、生樹の杖は先端を曲げて肯定を示す。
 他の方法を考える……結果何も浮かばなかった。この場所に止まっていても何の解決にもならないと、僕は白い木が生い茂る森の中を歩きはじめた。
 どれくらい進んだんだろう?遠くから水が流れる音が聞こえてきた。僕は、水の音に吸い寄せられる様に歩く。

 水の流れる音は徐々に大きくなっていった。今まで何の変化もなかった白い木が並ぶ森に、無数の光の蝶が舞いはじめる。光の蝶も水の音へと向かって飛んでいた。
 思わず光の蝶へ手を伸ばしてしまった。僕の指先が光の蝶に触れた瞬間、蝶はシャボン玉が弾ける様に消えてしまった。
 〝光の蝶は、生き物ではなく魔力の塊なのか……〟光の蝶が弾けた指先に、温かい魔力が貼り付いていた。
 この奇妙な森自体が、魔法で創り出されたモノなんじゃ?
 でも……こんな大きな空間を作る魔法って……そうだ僕も使える魔法だ!従魔の住処がそういう魔法だ。〝今は考えて止まるよりも、先に進まないと……〟そんな気がした。

 水の音の発生源に辿り着いた。
 目の前には奇妙な滝がある。
 五メートル程の高さの岩から、水が湧き出しては丸い泉に落ちていく。泉の横には人工的に造られたと思われる池もあった。
 大きさも違うし、あんな不思議な水が湧き出す岩もないけど、従魔の住処にあるフェアリーウエル妖精の泉に似ていた。
 光の蝶たちは、岩から流れ落ちる滝の中へと次から次へ吸い込まれていく。水に当たり弾けた光の蝶たちは、虹色の光を放ち滝に彩を与えた。
 
 
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