落ちこぼれぼっちテイマーは諦めません

たゆ

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116話 称号(2021.08.11改)

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 メルフィルさんと別れた後、僕はこの町で良くしてくれた人たちの店を順に訪ねた。
 肉屋のフラップおばさんと道具屋のキーリスさんの店にも行ってみたが店は閉まっており人の気配が無い。近くの空いている店の店主に尋ねたところ……フラップおばさんもキーリスさんも家族ごと他の町に避難したそうだ。残念ながら、何処の町に移ったのか?この騒動が終結した後にカスターニャの町に戻って来るのか……等、詳しいことは分からなかった。

 続いて、僕の防具作りの師匠でもあるハンソンさんの防具屋を訪ねる。
 〝良かった……〟師匠は元気に鎚を握り、防具の修理に励んでいた。八十を過ぎているのにテキパキと破れた革鎧を太い糸で縫い合わせていく。
 顔を出すと、師匠は作業の手を休めてまで僕を出迎えてくれた。

「ルフト……ルフトじゃないか、元気そうで何よりじゃ……おお、少し背が伸びたか、大きくなりおって」

 師匠は僕の肩を嬉しそうに何度も叩く。

「痛いです……痛い、あの……師匠、師匠は、この町から逃げないんですか?」
「逃げん、儂はここに残る。もう年だからな……万が一この町がゴブリンの奴らに攻め落とされるのなら、町と一緒に死を選ぶ、それにな、お前をはじめこの町の冒険者たちがそう簡単に負けないことも知っているからな」

 師匠は豪快に笑った。この後、僕は一年間の未開の地の探索で起こった様々な出来事を土産話として披露した。
 楽しそうに相槌を打って僕の話を聞いてくれる師匠、途中防具商人の血が騒いだのか、レッサースパルトイナイトツーの体を調べてみたいとペタペタ触りはじめてしまい止めるのに苦労したよ。一年ぶりの師匠との再会は、とても楽しいひと時となった。
 別れ際に〝さっきは言ったが、この老いぼれの命よりお前の命の方がずっと大事だ。もしもの時は迷わず逃げるんじゃぞ〟と手を握られた時は涙が溢れそうになった。
 師匠とこのカスターニャの町を何としてでも守ってみせる。僕は心の中で誓いを立てた。

     ✤ ✿ ★
 
 冒険者ギルドへと続く石畳の道を歩く。師匠の家に長居してしまったため日は少し傾きはじめていた。
 懐かしい扉の感触。重厚な鉄の扉を押して建物の中へ、冒険者や職員の視線が一斉に僕らに向けられた。冒険者たちの呟きを耳が拾う。その多くは、鎧竜が牽いた馬車の話題と、僕の後ろにいるレッサースパルトイナイトツーが人間なのか魔物なのかといった話題だ。
 ギルド内にいる冒険者たちは見事に知らない顔ばかり、ゴブリンの討伐依頼のために各地から集めらたんだろう。昨日西門で野次馬として集まっていた冒険者もちらほら。この人たちは、僕が『ぼっちテイマー』と揶揄されていることも知らないのだろう……彼らの僕に向ける視線は敵意や軽蔑といった馬鹿にするものではなく、その大半が僕への純粋な興味だ。
 レッサースパルトイナイトツーがいるお陰で、変な声は掛けられずに済んだけど。
 冒険者ギルドの窓口に座る職員の顔ぶれも変わっている。窓口にはイリスさんやセラさんといった若い女性職員の姿は見えず、こういったら悪いが、代わりにおじさんたちベテラン職員が並んでいた。そんな華やかさの消えた窓口の一つに僕は懐かしい人物の姿を見つける。

 向こうも気付いた様だ。小太りの人の良さそうなおじさん、従魔登録でお世話になったクラークスさんが、椅子から立ち上がって僕に向かって手を振ってくれた。僕もその窓口に走る。

「クラークスさんお久しぶりです。ただいま未開の地の探索から戻りました」
「おかえりルフト君。後ろにいる子は新しい従魔かい?大したものだね君は」

 ゴブリンとの戦争が近いため通常依頼が減っているのか、窓口はどこもガラガラだ。僕は、そのままクラークスさんの前に座った。

「クラークスさんが、どうして受付の席に座っているんですか?」
「人手が足りなくてね……若い職員たちの多くは他の町へと移動になってしまったんだ。ここからは私たち古株の仕事だよ」

 クラークスさんは、声をひそめて〝今回のゴブリンとの戦争で、町にも被害が出ると上は考えているのさ〟と他の冒険者たちには聞こえない声で囁いた。

「従魔登録もしてあげたいんだけど、今は時間が無くてね。色々と噂は聞いているけど……あまり無茶はしないでほしいかな」

 昨日の西門の騒ぎのことだろう、苦笑いを浮かべるクラークスさんに、僕は〝すみません。気を付けます〟と頭を下げる。
 特に並んでいる人はいなかったのだが、クラークスさんを独占するのもまずいだろうと本題とばかりにギルドカードを見せた。
 僕のギルドカードの記録を見つめたままクラークスさんの表情は明らかに固まっている。

「ルフト君すまない、少しの間そこのベンチに掛けて待っててくれるかな」
「分かりました」

 僕は頷き、壁際に置かれたベンチへと移動した。
 しばらくして、ギルドマスターの秘書をするレベッカさんがやって来た。若い女性で町に残った職員もいるようだ。

「久しぶりねルフト君。ギルドマスターのカストルがあなたからの報告を直接聞きたいらしいの、一緒についてきてもらっていいかしら」

 僕が冒険者ギルドの若い職員を目で追っていることに気付いたんだろう。歩きながらレベッカさんが〝いまカスターニャに残っている若い職員は、みな元冒険者や元兵士なのよ。自分の身を守れる職員だけが残っているの〟と僕の疑問に答えてくれた。心を読めるの?ちなみにレベッカさんも元Cランクの冒険者だったらしい。
 部屋の前でレベッカさんが〝ルフト君を連れて来ました〟と告げると、すぐに〝入ってくれ〟とカストルさんが返事をする。
 僕が部屋に入ると、カストルさんは奥にある机で、今日も大量の書類と格闘していた。

「おかえりルフト君、イリスやサラもキミに会いたがっていたんだが、状況が大きく変わってしまってね。彼女たちもこの町を離れたんだ。すぐに行くからソファ―に腰掛けてらくにしてくれ、今日はレベッカがいるからすぐにお茶も用意させるよ」

 一年前にこの部屋に来た時には、レベッカさんが不在で、カストルさんは水しか出せないんだとすまなそうにしていた。あの時のことを言ってるんだろう。僕のような末端の冒険者と話した内容を覚えているなんて本当に凄い。
 イリスさんとサラさんにも会いたかったなー。

「前回はごめんなさいね。ルフト君が来てくれたのに、うちのギルマスが水しか出さなかったみたで……本当にごめんなさい」

 レベッカさんも秘書として長いんだろうな、カストルさんを揶揄う様に謝った後泣き真似までするし、そんな二人の息の合った遣り取りがおかしくて僕も思わず笑ってしまった。
 その後レベッカさんがレッサースパルトイナイトツーを人間だと勘違いしてお茶や食べ物の好みを聞いてきた。すかさずナイトツーの種族がスパルトイだと答えると、今度はカストルさんから、竜の牙なんてどこで手に入れたんだいと質問攻めに合う始末……また、余計な一言を言ってしまった。

 ようやくカストルさんの仕事もひと段落したのか、今はテーブルを挟み向かい側に座っている。
 レベッカさんの淹れてくれたハーブティーで心は安らぐものの、流石にギルドマスターとの対面となると緊張してしまう。

「そう緊張しないでくれ、まずは西の未開の地の探索お疲れさま。ルフト君がこの依頼を引き受けてくれて本当に助かったよ、さて……まずはギルドカードを預かろうか」

 カストルさんに深く頭を下げられてお礼まで言われてしまった。予想外の状況に、僕はあたふたしながら首からギルドカードを外し手渡した。

「本当に新しいダンジョンを発見してしまうとはな……大したものだ」

 ギルドカードに表示された二つの未公開ダンジョンの攻略記録。冒険者ギルドから与えられるギルドカードは、それ自体が特殊な魔道具になっており、間近に攻略したダンジョンの名前が二つ残る様になっている。救いは、攻略回数や日時や場所といった細かい情報が残らないことだろう。
 指にあるウォリアーリングとスカウトリングの二つの魔法の指輪も、テーブルの下に手を置くことでさりげなく隠した。

「リレイアスト王国では、新ダンジョンの発見には国からも褒賞が出る仕組みでね。それとは別に、冒険者ギルドからも、新ダンジョンの捜索依頼を受けていたことにして賞金が出るんだ。しかも、広大なアリツィオ大樹海でのダンジョンの発見の難易度は非常に高く、キミが成し遂げた偉業は多くの冒険者たちから称えられるレベルさ」

 カストルさんは、自分のことの様に大興奮しながら話す。興奮しすぎて声が大きくなり度々唾が飛んでくるのは勘弁してほしい。

「レベッカ、ルフト君のギルドカードの更新を頼む」
「分かりました。ランクはどうしますか?」
「Cランクだ!新ダンジョンを発見したんだ。冒険者ランクの飛び級に誰も文句は言うまい」

 心臓が口から飛び出るかってくらいに驚いた。Eランクから一流冒険者の証でもあるCランクへの飛び級なんて前代未聞なんじゃ……僕が役立たずの代名詞である従魔師テイマーのクラス持ちでも、Cランクになれば絡んで来る冒険者も減るだろう。憧れであり目標のひとつでもあったCランク冒険者――あまりにも早い目標への到達に放心状態になってしまった。

「この広いアリツィオ大樹海の中だ。詳しくは覚えていないとは思うんだが、大まかな場所でいい。二つのダンジョンの場所と、君が馬車を牽かせていた恐竜についても話してもらえないだろうか?」

 僕が考えていた以上に、新ダンジョンと恐竜の生息地の発見は大事件みたいだ。もちろん、全てを話すつもりはないが、ある程度の情報は渡すつもりでいた。僕は、記憶が曖昧なフリをして、二つのダンジョンの場所と太古の大湿原の場所を、目の前に広げられた地図に書き込んでいく。小人の村が冒険者たちに見つからないためにも、キレイな沼ダンジョンの場所は、他の二つよりもさらに大きくズラして書いた。この地図を見てすぐに見つかるのは太古の大湿原くらいじゃないだろうか。
 太古の大湿原については、予定通り霧の晴れるタイミングや生息する恐竜の種類は伏せて伝えた。

 第一発見者ということで、それぞれの場所に名前を付ける権利を貰う。

 一番最初に発見した植物系の魔物が生息するダンジョンの名前は『植物ダンジョン』。二番目に発見した、ほぼ真っ暗でキレイな水で床が覆われている水棲生物の魔物が生息するダンジョンの名前を『キレイな沼ダンジョン』。霧の壁に包まれた恐竜たちの住処のある湿地帯を『太古の大湿原』と登録することが決まった。
 ネーミングセンスについては大目に見てもらいたい。

 今回の成果で僕は三つの称号を賜った。
 『初級ダンジョンの発見者』『恐竜の一大生息地の発見者』『大樹海の探索者』という三つの称号が追加されたらしい、らしいというのはギルドカードに文字として刻まれたわけではないからだ。一見、研究者に似合いそうな称号である。
 称号は、ギルドカードを確認する魔道具に翳してはじめて見ることが出来る内容で、僕の冒険者としての価値や信用度が大きく上がるものなんだという。肩書のようなものである。
 新ダンジョンと恐竜の生息地については、ゴブリンたちとの戦争の決着がつくまで黙っていてほしいとカストルさんからお願いされた。これは、メルフィルさんの予想通りだ。
 これらの情報については、強制依頼『ゴブリン戦争』の参加者報酬に追加されることが決まった。
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