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エピローグ ーはじまりー
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……ああ、月は嫌いだ。
手にした盃の中に映る月は、静かに白銀の光を放ち小さく揺らめいていた。
月の冴え冴えとした光には、今の情けない自分の姿だけでなく、この胸のうちさえもすべて見透かされているような気になる。
少し不愉快だ。
愁陽は右手の盃に映った月を、酒ごとクイッと煽ぎ呑み込んだ。
遠くからはまださっきまで自分もいた宴会のざわめきが、時々夜風にのって耳に届いてくる。
今は広間を抜け出して自室前の廊下に一人座り込むと、気だるげに欄干にもたれて酒を呑み直していた。
夜風が程よくひんやりとして心地よい。
愛麗がいなくなった春から、すでに二度目の夏が終わろうとしている。父王の補佐として、また一人の武将として政務に追われる毎日だが、目まぐるしく日々を過ごしているお蔭で、この一年と数ヶ月はあっという間に過ぎていった。
愛麗の消失は今も受け入れるには辛く難しいことだが、国の王の後継者である皇子として、武将として、以前と変わりなく日常の勤めもこなすことが出来るし、政務に追われている間は彼女の死に囚われることもない。だが、夜、こうして一人になると無理だ。
愛麗の屋敷が燃え上がったあの夜も冴え冴えと満月が光を注ぎ、ちょうどこんな月夜だった。こんな夜は酒の力を借りて過ごしてしまう。だから、こんな情けない姿を、月の光を通して愛麗に見られているような気がしてならない。だから月は嫌いだと思う。
ふたたび注いだ酒に月が映ると、それをまた煽って飲み干した。
はあ~、深く息をつくとそのまま突っ伏して、欄干にコツンと額をつける。
ひんやりと冷たくて気持ちいい。
あぁ、少し飲みすぎたか……
いつの間にか、ウトウトとしてしまう。
「ねえ、そんなところで寝ちゃったら、風邪引くわよ」
ずっと長い間、聞きたいと思っていた声がする。鈴を鳴らすように、笑みをふくんだ愛らしい声。
夢で会いたいと思っても、なかなか会いに来てくれないのに、彼女の声が聞けるなんて珍しい。
「ん……寝てないし……」
寝落ちしている酔っ払いのありがちな言葉で返す。
寝てない、と返事をしながら、嬉しい夢だと、どこかで思っている自分がいる。
目を開けたら夢が覚めてしまいそうだから、このまま目は閉じておこう。
この心地よい夢に、しばらく浸っていたいとも思う。まあ、ついでに瞼も重いし、起きるのが面倒だ。
「…………」
「……………………」
沈黙の中、さわさわと僅かに木の葉が揺れる音がする。遠くでは、相変わらず宴会のどんちゃん騒ぎが聞こえてくる。
「はあぁ~。ちょっと!いい加減起きてよ、酔っ払い!」
愛くるしい可愛い声に、とうとう怒気が混ざる。そんなところも愛麗らしい。
愁陽は欄干に突っ伏したまま片手をあげて、酔っぱらいらしくヒラヒラと振る。
「そんなに飲んでないし。……ん~、酔っ払いじゃないし……」
心地良い幸せな夢を邪魔しないでほしいなぁ、もう……。
がしかし、そこまで愁陽は答えてようやく気がついた。
今、耳に届いてるのは夢じゃない…… 。これは現実か!?
いったい誰だ、こんなに彼女に似た声の持ち主は!?
ガバッと愁陽は欄干から顔をあげ、声のした庭のほうを見た。
そこには明るい月明かりの下、少し離れた木の傍にずっと会いたくて、でも二度と会うことは叶わないハズの、その人の姿があった。
愁陽は息をのんだ。
「……愛、麗?」
彼女の名が、唇から零れる。いや……、そんなはずは。
やはり、夢なのか?
愁陽は弾かれたように、ふらふらと立ち上がった。立ち上がり、今は完全に目が覚めても、彼女の姿は消えないでそこにあった。
彼は欄干の手すりに手をかけると、一気に庭へ飛び降りた。酒のせいで少し地面についた足がふらつく。やっぱり酔っ払っている。
ザッザと、砂を踏む音を鳴らしながら、足早に彼女の傍へ向かう。
彼女はその間も消えることもなく、微笑みを浮かべて彼を待っていた。
愁陽がようやく彼女の傍に辿り着く。
そこに立っているのは、紛れもなく愛麗のようだ。ただ最後に見た彼女とは様子が違った。彼女が自分の手の中で息耐えたとき、彼女は白地に金糸で刺繍が施された衣を着ていたが、いま目の前で微笑む彼女はふわりとした薄桃色の衣を着て、何よりその瞳は赤く長く背に下ろした髪は真っ白だった。
聞きたいことはたくさんあるのに、愁陽が声を出した途端、やはりこれは夢であって、彼女の姿が消えてしまうのではないかと彼は訊くことが出来なかった。
「遅くなって、ごめんね」
先に言ったのは、彼女のほうだった。
呆然と見つめたまま、何も言えないでいる愁陽に変わり、愛麗が彼の疑問に答える。
「あっ、大丈夫。夢でも幽霊でもないわよ。ほらっ、足も二本ちゃあんとあるわ」
そう言って、愛麗は長い裾をヒラヒラと持ち上げて自分の二本の足を見せる。薄桃色の靴もちゃんと履いている。
「……夢、……じゃないのか……?」
愁陽が掠れる声で訊いた。
「うん、夢じゃないわ」
彼女の赤い瞳は人ではないものだろうが、邪悪な感じなどまったくない。その瞳は、綺麗で優しく輝いて見えた。
「ただいま!愁陽」
愛麗は小首をかしげて嬉しそうに笑った。
「なん、……で…」
うまく言葉にならない。愁陽の目にみるみるうちに涙が浮かんで溢れ出した。
愛麗が困ったように笑う。
「ほんとは、もっと早くに来たかっ……」
来たかったのだけど、と言いたかったけれど愛麗は最後まで言うことが出来なかった。
愁陽が愛麗を強く引き寄せ抱きしめたから。
「愛麗っ、……会いたかった」
彼女の肩に頬を寄せ首筋に顔を埋める。
「ずっと……、ずっと会いたくて……」
「うん」
愛麗はわかってるというように、彼の広い背中をトントンと幼子にするように優しく叩く。
「なんでだよ、今まで……。どこにいたんだよ……」
「そうね、説明しなきゃね。でも、その前にこれ、何とかならない?」
彼は、彼女の首筋にぎゅうっとしがみついたままだ。
「無理」
ぎゅうぅぅぅ……
「…………いや、いや、いや、無理じゃないし」
「…………」
「…………………………」
「…って、ぅぉおいっ!」
愛麗はべりっと音がしそうな勢いで愁陽を自分の首から引きはがした。
不満そうな愁陽が愛麗を見て言う。
「なんか愛麗、性格変わった?」
「ぅん?」
「お姫様じゃなくなった」
「殴ろうか?」
「遠慮しておく……」
そんなやり取りの後、愛麗はあの日から今日までの自分の身に起こった出来事を、愁陽に話して聞かせた。
それは不思議な話だった。
たしかにあの日、彼女は一度死んだ。
愁陽の腕の中で息絶えたのだ。
そして愁陽が愛麗の身体を高楼の最上階に残し、部屋の入口と高楼の階下から火をつけたのだが、その炎が高楼を包みまさに建物が崩れ落ちようとしていたそのとき、炎の中から彼女の身体をすんでのところで山の神が運び出し、その亡骸にもう一度命を吹き込んだのだ。半分は人間として、もう半分は精霊として。
あの夜、死んだ彼女は風の姫として、生き返った。空の王が本当の王となり、戦乱が静まり泰平の世が訪れるその日まで、彼の手助けせよ、という条件で。
空の王というのは、愁陽のこと。つまり彼が戦乱の世を終結させ、太平の世を築いていくその手助けを側でおこない見極めよということらしい。
風の姫となった愛麗は、魂は人ならざる者であり、器は人間の愛麗のままということなのだが、ただ自然の理に反することだから、その身体に慣れるまでにこれだけの時間が必要だったらしい。
蘇生するのに数ヶ月、身体に慣れるのに半年はかかり、山の神のもとで風の精霊としての修行などに月日を費やし、今ようやく愁陽のもとに来れた。これでも彼女いわく最短だそうだ。
「なんせ大怪我もしてたし、誰かさんが火をつけてくれるから、身体が燃えかかっていて蘇生が危なかったって。ほんと灰にならなくて良かったわよ」
「だって、また使うなんて思わなかったから」
不貞腐れたように彼が答えた。
「まあ、そうね。普通は使わないわね」
見た感じでは髪と瞳以外は、愛麗のままのようだ。ほんとに燃えてなくならなくて良かった。
それに……と彼は少し拗ねたように横を向くと、あとから役人が来て、自分以外の男が火付けの疑いがある愛麗の身体を触るのが嫌だったんだ、と付け加えて言った。
「はぁ?ええっと…、愁陽って、その役人のトップよね」
「そうだけど?」
「私って、一応大貴族の屋敷を燃やした火付け人、ってことよね」
「そうなるな」
「そのあと、都を火の海にしようとしてたわよね」
「それは未遂だろ?」
「……愁陽、それって大罪を犯した犯罪人をあなたは隠したってことになるんじゃない?」
そっぽを向く愁陽の耳が赤くなっている。
やがて観念したかのように、はあ~っと肩で大き息を吐くと、じとっと横目で愛麗を睨んだ。
「仕方ないだろ、嫌なもんは嫌だったんだ。ほかの男があれこれ触るなんてあり得ない」
案外、子供みたいなところがあるのね。
ぷっ、と吹き出してしまう。
可愛い~、て愛麗は思ってしまう。
「笑うなよ」
山の神の話では、目の前でむくれてる彼が空の王になるという話だけれど。
「うん、ありがとう。私もあれこれ触られるのは嫌だわ」
愁陽の可愛い理由と不貞腐れ方にクスクスと愛麗が笑ってると、もう一度、笑うなよ、と愁陽が愛麗の頭を引き寄せ、彼女のおでこを自分の胸に押し付ける。お蔭で愛麗の笑いも止まった。
「愛麗、好きだ」
少し掠れた低い声が甘く響く。
……ああ、こんなの反則だわ。目眩がしそう。
「うん。これからもよろしくね」
これからは自分の言葉で、彼に自分の想いを言えることが愛麗は嬉しかった。
空の王がこの戦乱の世を駆け巡り、王となるその日まで。
蒼空の王と風の姫の物語はまだ始まったばかりだ。
手にした盃の中に映る月は、静かに白銀の光を放ち小さく揺らめいていた。
月の冴え冴えとした光には、今の情けない自分の姿だけでなく、この胸のうちさえもすべて見透かされているような気になる。
少し不愉快だ。
愁陽は右手の盃に映った月を、酒ごとクイッと煽ぎ呑み込んだ。
遠くからはまださっきまで自分もいた宴会のざわめきが、時々夜風にのって耳に届いてくる。
今は広間を抜け出して自室前の廊下に一人座り込むと、気だるげに欄干にもたれて酒を呑み直していた。
夜風が程よくひんやりとして心地よい。
愛麗がいなくなった春から、すでに二度目の夏が終わろうとしている。父王の補佐として、また一人の武将として政務に追われる毎日だが、目まぐるしく日々を過ごしているお蔭で、この一年と数ヶ月はあっという間に過ぎていった。
愛麗の消失は今も受け入れるには辛く難しいことだが、国の王の後継者である皇子として、武将として、以前と変わりなく日常の勤めもこなすことが出来るし、政務に追われている間は彼女の死に囚われることもない。だが、夜、こうして一人になると無理だ。
愛麗の屋敷が燃え上がったあの夜も冴え冴えと満月が光を注ぎ、ちょうどこんな月夜だった。こんな夜は酒の力を借りて過ごしてしまう。だから、こんな情けない姿を、月の光を通して愛麗に見られているような気がしてならない。だから月は嫌いだと思う。
ふたたび注いだ酒に月が映ると、それをまた煽って飲み干した。
はあ~、深く息をつくとそのまま突っ伏して、欄干にコツンと額をつける。
ひんやりと冷たくて気持ちいい。
あぁ、少し飲みすぎたか……
いつの間にか、ウトウトとしてしまう。
「ねえ、そんなところで寝ちゃったら、風邪引くわよ」
ずっと長い間、聞きたいと思っていた声がする。鈴を鳴らすように、笑みをふくんだ愛らしい声。
夢で会いたいと思っても、なかなか会いに来てくれないのに、彼女の声が聞けるなんて珍しい。
「ん……寝てないし……」
寝落ちしている酔っ払いのありがちな言葉で返す。
寝てない、と返事をしながら、嬉しい夢だと、どこかで思っている自分がいる。
目を開けたら夢が覚めてしまいそうだから、このまま目は閉じておこう。
この心地よい夢に、しばらく浸っていたいとも思う。まあ、ついでに瞼も重いし、起きるのが面倒だ。
「…………」
「……………………」
沈黙の中、さわさわと僅かに木の葉が揺れる音がする。遠くでは、相変わらず宴会のどんちゃん騒ぎが聞こえてくる。
「はあぁ~。ちょっと!いい加減起きてよ、酔っ払い!」
愛くるしい可愛い声に、とうとう怒気が混ざる。そんなところも愛麗らしい。
愁陽は欄干に突っ伏したまま片手をあげて、酔っぱらいらしくヒラヒラと振る。
「そんなに飲んでないし。……ん~、酔っ払いじゃないし……」
心地良い幸せな夢を邪魔しないでほしいなぁ、もう……。
がしかし、そこまで愁陽は答えてようやく気がついた。
今、耳に届いてるのは夢じゃない…… 。これは現実か!?
いったい誰だ、こんなに彼女に似た声の持ち主は!?
ガバッと愁陽は欄干から顔をあげ、声のした庭のほうを見た。
そこには明るい月明かりの下、少し離れた木の傍にずっと会いたくて、でも二度と会うことは叶わないハズの、その人の姿があった。
愁陽は息をのんだ。
「……愛、麗?」
彼女の名が、唇から零れる。いや……、そんなはずは。
やはり、夢なのか?
愁陽は弾かれたように、ふらふらと立ち上がった。立ち上がり、今は完全に目が覚めても、彼女の姿は消えないでそこにあった。
彼は欄干の手すりに手をかけると、一気に庭へ飛び降りた。酒のせいで少し地面についた足がふらつく。やっぱり酔っ払っている。
ザッザと、砂を踏む音を鳴らしながら、足早に彼女の傍へ向かう。
彼女はその間も消えることもなく、微笑みを浮かべて彼を待っていた。
愁陽がようやく彼女の傍に辿り着く。
そこに立っているのは、紛れもなく愛麗のようだ。ただ最後に見た彼女とは様子が違った。彼女が自分の手の中で息耐えたとき、彼女は白地に金糸で刺繍が施された衣を着ていたが、いま目の前で微笑む彼女はふわりとした薄桃色の衣を着て、何よりその瞳は赤く長く背に下ろした髪は真っ白だった。
聞きたいことはたくさんあるのに、愁陽が声を出した途端、やはりこれは夢であって、彼女の姿が消えてしまうのではないかと彼は訊くことが出来なかった。
「遅くなって、ごめんね」
先に言ったのは、彼女のほうだった。
呆然と見つめたまま、何も言えないでいる愁陽に変わり、愛麗が彼の疑問に答える。
「あっ、大丈夫。夢でも幽霊でもないわよ。ほらっ、足も二本ちゃあんとあるわ」
そう言って、愛麗は長い裾をヒラヒラと持ち上げて自分の二本の足を見せる。薄桃色の靴もちゃんと履いている。
「……夢、……じゃないのか……?」
愁陽が掠れる声で訊いた。
「うん、夢じゃないわ」
彼女の赤い瞳は人ではないものだろうが、邪悪な感じなどまったくない。その瞳は、綺麗で優しく輝いて見えた。
「ただいま!愁陽」
愛麗は小首をかしげて嬉しそうに笑った。
「なん、……で…」
うまく言葉にならない。愁陽の目にみるみるうちに涙が浮かんで溢れ出した。
愛麗が困ったように笑う。
「ほんとは、もっと早くに来たかっ……」
来たかったのだけど、と言いたかったけれど愛麗は最後まで言うことが出来なかった。
愁陽が愛麗を強く引き寄せ抱きしめたから。
「愛麗っ、……会いたかった」
彼女の肩に頬を寄せ首筋に顔を埋める。
「ずっと……、ずっと会いたくて……」
「うん」
愛麗はわかってるというように、彼の広い背中をトントンと幼子にするように優しく叩く。
「なんでだよ、今まで……。どこにいたんだよ……」
「そうね、説明しなきゃね。でも、その前にこれ、何とかならない?」
彼は、彼女の首筋にぎゅうっとしがみついたままだ。
「無理」
ぎゅうぅぅぅ……
「…………いや、いや、いや、無理じゃないし」
「…………」
「…………………………」
「…って、ぅぉおいっ!」
愛麗はべりっと音がしそうな勢いで愁陽を自分の首から引きはがした。
不満そうな愁陽が愛麗を見て言う。
「なんか愛麗、性格変わった?」
「ぅん?」
「お姫様じゃなくなった」
「殴ろうか?」
「遠慮しておく……」
そんなやり取りの後、愛麗はあの日から今日までの自分の身に起こった出来事を、愁陽に話して聞かせた。
それは不思議な話だった。
たしかにあの日、彼女は一度死んだ。
愁陽の腕の中で息絶えたのだ。
そして愁陽が愛麗の身体を高楼の最上階に残し、部屋の入口と高楼の階下から火をつけたのだが、その炎が高楼を包みまさに建物が崩れ落ちようとしていたそのとき、炎の中から彼女の身体をすんでのところで山の神が運び出し、その亡骸にもう一度命を吹き込んだのだ。半分は人間として、もう半分は精霊として。
あの夜、死んだ彼女は風の姫として、生き返った。空の王が本当の王となり、戦乱が静まり泰平の世が訪れるその日まで、彼の手助けせよ、という条件で。
空の王というのは、愁陽のこと。つまり彼が戦乱の世を終結させ、太平の世を築いていくその手助けを側でおこない見極めよということらしい。
風の姫となった愛麗は、魂は人ならざる者であり、器は人間の愛麗のままということなのだが、ただ自然の理に反することだから、その身体に慣れるまでにこれだけの時間が必要だったらしい。
蘇生するのに数ヶ月、身体に慣れるのに半年はかかり、山の神のもとで風の精霊としての修行などに月日を費やし、今ようやく愁陽のもとに来れた。これでも彼女いわく最短だそうだ。
「なんせ大怪我もしてたし、誰かさんが火をつけてくれるから、身体が燃えかかっていて蘇生が危なかったって。ほんと灰にならなくて良かったわよ」
「だって、また使うなんて思わなかったから」
不貞腐れたように彼が答えた。
「まあ、そうね。普通は使わないわね」
見た感じでは髪と瞳以外は、愛麗のままのようだ。ほんとに燃えてなくならなくて良かった。
それに……と彼は少し拗ねたように横を向くと、あとから役人が来て、自分以外の男が火付けの疑いがある愛麗の身体を触るのが嫌だったんだ、と付け加えて言った。
「はぁ?ええっと…、愁陽って、その役人のトップよね」
「そうだけど?」
「私って、一応大貴族の屋敷を燃やした火付け人、ってことよね」
「そうなるな」
「そのあと、都を火の海にしようとしてたわよね」
「それは未遂だろ?」
「……愁陽、それって大罪を犯した犯罪人をあなたは隠したってことになるんじゃない?」
そっぽを向く愁陽の耳が赤くなっている。
やがて観念したかのように、はあ~っと肩で大き息を吐くと、じとっと横目で愛麗を睨んだ。
「仕方ないだろ、嫌なもんは嫌だったんだ。ほかの男があれこれ触るなんてあり得ない」
案外、子供みたいなところがあるのね。
ぷっ、と吹き出してしまう。
可愛い~、て愛麗は思ってしまう。
「笑うなよ」
山の神の話では、目の前でむくれてる彼が空の王になるという話だけれど。
「うん、ありがとう。私もあれこれ触られるのは嫌だわ」
愁陽の可愛い理由と不貞腐れ方にクスクスと愛麗が笑ってると、もう一度、笑うなよ、と愁陽が愛麗の頭を引き寄せ、彼女のおでこを自分の胸に押し付ける。お蔭で愛麗の笑いも止まった。
「愛麗、好きだ」
少し掠れた低い声が甘く響く。
……ああ、こんなの反則だわ。目眩がしそう。
「うん。これからもよろしくね」
これからは自分の言葉で、彼に自分の想いを言えることが愛麗は嬉しかった。
空の王がこの戦乱の世を駆け巡り、王となるその日まで。
蒼空の王と風の姫の物語はまだ始まったばかりだ。
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