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婚礼衣装

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愛麗は大きな鏡の前で、着せ替え人形のように婚礼衣装を着せられていた。
「お似合いですよー、愛麗様」
「ほんとにお美しい」
仕立て屋と侍女と三、四人に囲まれて、婚礼衣装を選んでいる。
愛麗は別に一番最初に着たシンプルな白い衣装でよかったのだが、仕立て屋も持ってきたものすべて着てみて欲しいと言わんばかりの勢いで、若い侍女たちも憧れの婚礼衣装にきゃぴきゃぴ大騒ぎで、本人よりも周りの者たちのほうが積極的だった。
正直どれでもいいのだけど……と愛麗は思いつつ、周りが言うことに、そうね、とにこやかに相槌を打っている。

「旦那様になられる方はどのようなお色を着られるの?」
侍女の一人が仕立て屋に訊いた。
「青ですねぇ。やはり私どもの国の色ですから」
「それは素敵だわ」
「蒼国の貴族の方ですものね」
「そうです、本日は色合いを見られるのに良いかとちょうどお持ちしてるのですよ」
そう言って仕立て屋が持ってきた大きな箱へ衣装を取りに行く。

愁陽が待ってるのに……

部屋で待たせてしまってる彼のことが気になって仕方がない。忙しい政務の合間をぬって来てくれてるのだろうに。
ああ、早く部屋に戻りたい。
なかなか言い出せない自分がもどかしかった。
子供の頃の愛麗なら迷わずさっさと出ていったに違いない。いや、とっくに一着目を着る前に飛び出していっただろう。
勇気の出ない自分に内心ため息をついた。

侍女がこの衣装にはこの髪飾りがいいと思います、と言いながら、薄桃色の髪飾りをつけ、耳飾りも揃いのをつけていく。髪飾りも耳飾りも今ついてるのだから、まとめてこれでいいじゃない。もう今着ているこの薄桃色のでいいって、仕立て屋が戻ってきたら今度こそ、そう言おう。
そうしているうちに、仕立て屋が新郎の衣装を手に戻ってきた。

「っ!」
見た瞬間、思わず愛は息をのんだ。
仕立て屋が持ってきたのは、愁陽にとても似合いそうな淡く綺麗な水色の衣装だった。

彼が着たら、よく似合いそう……

つい彼が着ている姿を思い浮かべてしまう。

仕立て屋が気を効かせて、薄桃色の衣装を着た愛麗の横に新郎の水色の衣装を持って並び立つ。
鏡にうつる薄桃色の衣装を着た自分と水色の新郎用の衣装。
愛麗と愁陽の姿が重なる。
一瞬ときめいてしまった。

けれど、これを着て並んで立つのは自分たち二人ではない。この衣装を着るのは別の男。それも顔もよく知らない話しすらしたこともない自分より十以上離れている男だ。
縁談の話があったときに、絵姿を持ってきたことがあったが、ちらっと見ただけであまりよく見なかったから、どんな顔だったか記憶も残っていない
どうして愁陽じゃないのだろう……
この衣装を着て、隣に立つのが彼だったら、どんなに良かっただろうか。
現実に引き戻されて胸が苦しく感じた。顔から作った笑みも消えて、頬が強張っていくのがわかった。

知らない男に嫁ぐなんて……嫌だ。
初めて、そんなことを思う。姉の代わりだと言われて、結婚の話をされたときも、わかりましたと、何の感情もなく受け入れることが出来たのに。
愁陽がよかった……

自分の気持に気づいてしまったら、もう鏡を見ることが出来ない。
愛麗は両手で顔を覆ってしまった。
急に落ち込み泣き出してしまった愛麗に、まわりの侍女達は慌てた。
「あらまあ!どうしました?愛麗様?」
「まあまあ、結婚前の花嫁にはよくあることですよ」
というのは、心得ているとばかりに仕立て屋だ。
「そうそう、嫁入り前は感情が不安定になるって言いますからね」
「愛麗様、きっと結婚式の日を想像して感激しちゃったんですわ」
「まあ、気の早いこと」
「素敵な殿方ですものね」

みんな違うのに。どうしてわかってくれないの?
我慢できずに、とうとう涙が溢れてしまった。
鏡に映る二つの衣装が涙で滲んで見えない。
結婚式当日、どうしよう。また愁陽のことを思い出してしまったら。
笑顔でいられるか、わからない。

このあとどんな顔をして、愁陽に会えばいいというのだろう。
今日はもう会えない……
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