幼馴染が蒼空(そら)の王となるその日まで、わたしは風の姫になりました ~風の言の葉~

碧桜

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愛麗の夢 1

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『青い空   光に満ちて
 吹く風は  やさしく過ぎる
 白い羽   この背に抱いて
 飛び立とう 遙かなる時空ときを超えて』


……………。

……………………。


あぁ……、懐かしい歌 


子供のころ、よく歌っていた、……彼と、いっしょに。


十六歳になった愛麗は、幼い頃の夢を見ていた。
大好きなこの歌をよく歌っていたあの頃は一人じゃなかった。いつも隣りには彼がいた。
この国の王の息子で、第一後継者。名は愁陽。
色白で、女の子と見まがうほどに可愛らしく、人形のように整った顔。こっそり出掛けた街では、よく女の子と間違えられていたが、とても利発そうな瞳をしていた。

ただ無邪気に幼かったあの頃、愛麗には身分や後継者など、難しいことはよく解かっていなかった。
お互い気の合う大好きな幼馴染み。気が付けば、許す限りいつも一緒にいたし、それが二人にとっても自然なことだった。成長して大人になっても当然、ずっと一緒にいられると思っていた。

夢の中で、幼い愛麗は無邪気に楽しそうに笑っていた。
そこは若草に混ざって色とりどりの花が咲いている。ここは二人のお気に入りの草原くさはら
大人たちには内緒の秘密の場所。

二人はお日さまの匂いがする草の上に大の字に寝転んで、全身に陽の光を浴びて体中めいっぱいにお日さまを感じていた。

見上げた青い空には、小さな白い雲が二つ並んでゆったりと流れていく。
遠くのほうで、二羽の雲雀が楽しげに啼いていた。

「あっ!!」

突然愛麗が何か名案を思い付いたというように可愛らしく元気な声をあげた。

愁陽が声に驚いて愛麗のほうを向くと、ぱぁぁぁっと表情かおを輝かせる彼女と目があった。
そして、とても素晴らしいことを思いついたかのように、弾んだ声で言ったのだ。

「ねえ!しゅうよう!」
「えっ?な、なに?」
「わたし、決めたわっ」
「決めたって、なにを?」
「わたし、あのになるわ!」


「…………は?」


………………は?


「おおきくなったら、あのになりたい!」

「…………。ええっとぉ……」 


前から、変わってる姫だとは思ってたけど……


空、ときた……

愁陽は、返答に困った。
それは無理だよ?と教えてあげるべきなのかな。それとも、そうか!頑張れ!と、とりあえず応援すべき、なのかな? 
愁陽は綺麗な眉を寄せて、幼いなりに真剣に考える。

大人になったら空になるって、なれないだろーって、それぐらい愛麗もわかるよね?
まず、人間が成長しても大自然にはなれないし、そもそも空は生き物ではないから、次元が違いすぎるよねっ。いや、待って。もしかしたら、愛麗なら、そんなこともあるのかも!? 
え?あるのかな!
愛麗は満面の笑みで嬉しそうに青空を見上げている。彼女の濡れたようにきらめく大きな黒い瞳が、キラキラと輝いて見えた。

いやいやいや……えええ!?
愛麗、マジなの!?

そんな嬉しそうな愛麗の横顔を見ていると、愁陽は否定する気になれなかった。

どのように返答したらよいのか愁陽が考えを巡らせていると、ふたたびと勢いよく愛麗が振り向いた。あまりに唐突に振り向いたので、驚いた愁陽の目が丸くなった。
愛麗、急に振り向くと、大きな目でちょっと怖いからさ。

「だってねっ、はとおくのしらないまちや、ひろぉーいくさはら、というものも、わたしが、まだみたことのないけしきを、たっくさんしってるのよ」

「う、……うん。そうだね」

あぁ、そっかぁ……
愛麗に、空になれないって、なんて答えればいいんだろうって悩んでたけど必要なかった。
彼女は、他人に聞くんじゃなくて、自分で考えて、答えを選ぶ子だったなぁ

愁陽がこのときそんなことを思っていたなどと彼女は知らないけれど。
愛麗はその小さな手を、どこまでも高い空へとグンッと精一杯伸ばした。広げた小さい指の隙間から透ける青い空を覗いた。

「それにね!は、どこまでもあおくて、ふかくて、きれいでとうめいなの。まるで、のココロみたいだなぁって。ひかりにあふれてて、あったかくて……いつも、わたしをやさしくみまもっててくれる。わたしがはなしかけると、やさしく、わらいかけてくれるの」

そう言って、愁陽に向けられた少女の微笑みは、なぜか不思議と泣いてるようにも見えて、でも、とても眩しくて、とても綺麗だと、愁陽は一瞬息をするのも忘れて彼女の笑顔に釘付けになった。
その瞬間、今まで見慣れていたはずの幼馴染みの笑顔が、彼の中でとても特別なものに変わった。

愁陽は慌てて愛麗から空のほうへ顔を向けた。ほっぺたが熱く感じる。どきどきしている自分の気持が愛麗に気付かれないように。

青い空を白い雲が変わらずゆったりと流れていく。
やさしい春の風にほっぺたを撫でられるとひやっとして心地よかった。

以前から、姫らしくない変わった姫だとは思っていたけれど


……やっぱり、すごく変わってる。


だけど……


そんな姫が、なんだかすっごく可愛いと思った。
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