上 下
1 / 35

プロローグ ー帰還ー

しおりを挟む
透けるように澄んだ青い空は、どこまでも突き抜けるように高い。
広がるそのずっと先は、はるか遠く地平線のかなたへと続いていき、やがて天と地の境目が混じり合うと、消えて白く溶ける。

まだ若い色をした草原くさはらはたっぷりと春の風を含み、さわさわと大きく波打っている。
それは、まるで海のようだ。

大きく波打つ緑の波間を裂くように、馬で駆け抜けていく影が二つ。

少し先を駆ける青年の名は、愁陽しゅうよう。青年というには、まだ少し少年の面影が残る。眉目秀麗で涼しげで端正な顔立ちだ。
青毛の愛馬に跨り、力強くドッドッドッ、と音を立てて駆け抜ける。
肩から羽織った鮮やかな蒼の外套マントの裾を大きく翻し、その下には黒い鎧が見える。
さらさらと風に靡く黒い髪と、まっすぐ正面を見据える瑠璃色の瞳。前髪が風で流されて露わになった額には、瞳の色に似た青い宝石いしをあしらった額飾りをしている。

それに付き従うように、愁陽より少し遅れて駆ける栗毛の馬で少年が続く。
まだ齢は十を過ぎたくらいだろうか。名をマルという。
ふわふわと風に靡くくせっ毛の柔らかな銀髪と、蜂蜜色で少し吊り上がり気味のまあるい大きな瞳が印象的だ。
つるりと茶色いなめし革で作られた簡易的な鎧と麻色の半袖シャツは、彼の元気で明るい性格によく似合っていた。
その姿は人懐っこい子犬を連想させる。

いま、二人が目指すのは大陸にいくつもの小国が存在し互いがせめぎ合う中で、ここ数年で力をつけてきた蒼国の都。愁陽の故郷だ。
多種多様な人々が行き交う交易と華やかな文化で発展している。

先ほどまで、まるで何かの土塊のように霞んで見えていた城壁も、今はそれとはっきりわかるまでに近づいていた。
色鮮やかな鳶色の城門、その上にはためく鮮やかな群青色の旗が、今でははっきりと見てとれる。
そこは、何も変わっていない。愁陽が門を出て行ったあの頃のままだ。
愁陽は、まだ十二歳だった。隣には剣の師匠である将軍の一人が並び、兵士たちが列をなして、街の者達に見送られながら門をくぐって出て行った。

あれからもう四年が過ぎた……
もちろん隣にいた師匠も無事で今回生還するのだが、彼らはあとから兵士たちとともに軍を牽いて還ってくる。

愁陽は、凛としたまなざしで、懐かしい城門を目指す。
あぁ…ようやく、だな。
懐かしい見慣れた故郷の城門が見えて、ようやくここまで帰ってきたのだと自覚する。
戦場にいると、あっという間に日々が過ぎていったが、今思うと随分長かった。
背も見違えるほど伸びた。声もあの頃はまだ低くはなかった。

陽射しは春らしく若葉も青々しく香るけれど、馬で駆ける頬を打つ風はまださすがに冷たい。けれど今はそれがひんやりとして気持ちいい。きっと高揚しているからだろう。

彼女と最後に会ったあの日から、何度目の春だろうか。
やっと、……君に会える。

愁陽は、城壁の向こう側にいる幼馴染みの姫を思い出していた。
遠い地にいても、思い出さない日はなかったかもしれない。
彼女は、元気にしているだろうか。
何度も文を出そうかとも思った。実際、何度か書いてみたのだが、ただの幼馴染みというのにまるで恋文のようだと思われないだろうか、恋人でもないのにと呆れられないだろうか……などと色々と考えてしまい、結局出すまでに至らなかった。

愁陽は長い間故郷を離れ、いくさのため遠い地に赴いていた。愁陽の父は、この国の王であり、愁陽はその後継者になる。国で政を行う父王に代わり、将軍として戦地に向かうと兵士達とともに戦い、また新たに加わった領土には自分が残り新しい政が軌道にのるまで補佐したり、次期統治者として見聞を広めるためにと父王の考えもあって、随分長い間、各地を旅して故郷を離れていた。

十二歳のときに大将軍と呼ばれる者達と都を離れて、今は十六歳になった。
遠い北の辺境の地での長きに渡った戦がようやく終結し、このたび愁陽も兵士たちとともに故郷に帰還することになったのだ。
つい先程までみなと一緒だったのだが、はやる気持ちを抑えられず、先に帰還し父王に報告をするという名目で、あとは信頼できる将軍に任せて、自分たち二人は先に馬を走らせ帰還してきたのだ。戦勝をいくつかあげたのだから、これくらいの我が儘はいいだろう。
老将たちは、若いのぉ~仕方がない、ふぁ、ふぁ、ふぁと笑って許してくれた。

懐かしい草の匂いと、まだ少し冷たいけれど優しい風を頬に感じながら、ふと愁陽は青い空を見上げた。
幼い頃もこうして空を見ていた。幼馴染みの姫と二人で。

どこかから、雲雀の鳴く声が聞こえる。
まるで、あの頃のようだ……
そんなことを思い出しながら、愁陽は故郷の城門を目指した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

少年、その愛 〜愛する男に斬られるのもまた甘美か?〜

西浦夕緋
キャラ文芸
15歳の少年篤弘はある日、夏朗と名乗る17歳の少年と出会う。 彼は篤弘の初恋の少女が入信を望み続けた宗教団体・李凰国(りおうこく)の男だった。 亡くなった少女の想いを受け継ぎ篤弘は李凰国に入信するが、そこは想像を絶する世界である。 罪人の公開処刑、抗争する新興宗教団体に属する少女の殺害、 そして十数年前に親元から拉致され李凰国に迎え入れられた少年少女達の運命。 「愛する男に斬られるのもまた甘美か?」 李凰国に正義は存在しない。それでも彼は李凰国を愛した。 「おまえの愛の中に散りゆくことができるのを嬉しく思う。」 李凰国に生きる少年少女達の魂、信念、孤独、そして愛を描く。

化想操術師の日常

茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。 化想操術師という仕事がある。 一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。 化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。 クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。 社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。 社員は自身を含めて四名。 九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。 常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。 他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。 その洋館に、新たな住人が加わった。 記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。 だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。 たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。 壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。 化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。 野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン政治家・山下泉はコメントを控えたい

どっぐす
キャラ文芸
「コメントは控えさせていただきます」を言ってみたいがために政治家になった男・山下泉。 記者に追われ満を持してコメントを控えるも、事態は収拾がつかなくなっていく。 ◆登場人物 ・山下泉 若手イケメン政治家。コメントを控えるために政治家になった。 ・佐藤亀男 山下の部活の後輩。無職だし暇でしょ?と山下に言われ第一秘書に任命される。 ・女性記者 地元紙の若い記者。先頭に立って山下にコメントを求める。

遥か

カリフォルニアデスロールの野良兎
キャラ文芸
鶴木援(ツルギタスケ)は、疲労状態で仕事から帰宅する。何も無い日常にトラウマを抱えた過去、何も起きなかったであろう未来を抱えたまま、何故か誤って監獄街に迷い込む。 生きることを問いかける薄暗いロー・ファンタジー。 表紙 @kafui_k_h

ニンジャマスター・ダイヤ

竹井ゴールド
キャラ文芸
 沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。  大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。  沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

失恋少女と狐の見廻り

紺乃未色(こんのみいろ)
キャラ文芸
失恋中の高校生、彩羽(いろは)の前にあらわれたのは、神の遣いである「千影之狐(ちかげのきつね)」だった。「協力すれば恋の願いを神へ届ける」という約束のもと、彩羽はとある旅館にスタッフとして潜り込み、「魂を盗る、人ならざる者」の調査を手伝うことに。 人生初のアルバイトにあたふたしながらも、奮闘する彩羽。そんな彼女に対して「面白い」と興味を抱く千影之狐。 一人と一匹は無事に奇妙な事件を解決できるのか? 不可思議でどこか妖しい「失恋からはじまる和風ファンタジー」

処理中です...