上 下
2 / 35

プロローグ ー闇ー

しおりを挟む
そこにあるのは漆黒の闇 。
重たい、深い。どこまでも暗く、そして、天も底もない。
ねっとりとした闇が渦巻き、全身を包んで纏わりついてくる。

闇の中に、白く小さな一点がぽつんと浮かびあがる。
ぼうっと生まれ出たそれは、右、左……、上に、下に……
不安定に、まるでこちらを嘲り笑いながらもてあそぶかのように大きくなったり小さくなったり繰り返して浮かんでいる。

いつ、そこに生まれたのか……
どのくらいそこにあったのか……

徐々に白い点は青白く膨張し始める。やがて、それは闇の中に浮かび上がる人の顔らしきものとなった。

その輪郭はとても曖昧で、不気味に誘うかのように光る。
ぼやけていてよくわからないが、まるで青白い炎のようにも見える。
膨張と縮小を繰り返しやがて輪郭が浮かび上がったとき、それは細面の女の顔を形作っていた。

青白く光る顔の中で、ただ薄く開かれた唇だけがやけに紅い。
まるで何かを喰らおうとするかのように、紅くぬるりと不気味に弧を描いている。

女は挑戦するようにと喉を鳴らし、嗤っていた。
その青白い顔は変わらず上下左右にゆらゆらと移動しながら、膨張と縮小を繰り返し続ける。まるで嘲り嗤うかのごとくだ。

やがて薄く真っ赤な唇が、大きくゆっくりと開かれた。

人間ひととは、なんと愚かなものよ……。その表情かおにやさしく残酷な笑みを見せながら、裏側では、もう一人の自分が邪悪な笑みを浮かべている―』

低く聞こえる声の主は女のものだろうか。
じつは声のように思えるそれは、本当のところ声ではないのかもしれない。
声のように聞こえる音なのか、それとも音すら持たないものなのだろうか。
そもそも耳に確かに届いているものなのか……。それすら、定かではない

闇に絡みながら溢れるように広がり響いていくそれは、まるで脳内にねじ込まれていくように浸透してゆく

『……自分の奥底深く秘めた影の囁きに、時折支配されそうになりながら、うごめく影に怯え、雑踏の中なんでも無いように自らを装い生きている。愚かと思わないか?』

『もし人間ひとは、もう一人の秘める自分に出会ったとき、それが認めたくない、己の姿であったなら、どうするのだろう……』

まるでと地を這う大蛇のように、音は地響きのように低くもあり、金切り声のように甲高くも聞こえ、声に似た何かが交錯して闇にドロリと絡みつく。

闇と思えるのは人間ひとの胸の中なのだろうか。
言葉が、感情が、うるさいくらい脳内に絡みつく。

ここは、冷たい。冷たい、冷たい。
寒い。寒い。息が、苦しい。
ひどく苛立つ。そして……、

……とても寂しい。

それらの感情は白く浮かび上がるその女のものなのか?この闇を生み出している人間のココロなのか。

女はと変わらず笑いながら続ける。

『そう。それが恐ろしい闇であったなら。……お前なら、どうする?』

青白い顔がぬるりと、動きを止めた。

静寂の闇に包まれる。
女の顔は捉えた目の前の獲物を凝視するかのように微動だにせず、そして嗤って言った。

『ねえ、……愛麗?』

声は、そこで途切れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

愛する人が妊娠させたのは、私の親友だった。

杉本凪咲
恋愛
愛する人が妊娠させたのは、私の親友だった。 驚き悲しみに暮れる……そう演技をした私はこっそりと微笑を浮かべる。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...