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第14話 お仕事ください!!
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その日の夕食のあと、私はレイにあるお願いをするために、この屋敷の書斎にいた。
そこは、レイが屋敷にいる間、執務をおこなう部屋だ。
大きな窓には、ぶ厚い濃い緑色のカーテンが掛けられ、窓を背に大きな執務用の机と、部屋の真ん中あたりには同じ濃い緑色のビロードのソファと、濃い木彫のテーブルが置かれている。そのほかには、大きな本棚が壁際に一つあるくらいで、重厚でクラシック調の落ち着いた雰囲気の部屋だ。
レイは執務用の大きな机に両肘をついて、組んだ手の上に顎をのせてこちらを見ている。
うわあ~、上司だっ。
何かを計るかのように私の顔を見ていた。胡散臭そうに見る目で、と付け加えておこう。
そんな彼の前に私は立っている。
これって、完璧上司と部下の図ですよね。
内心つっこみつつ、ふと、この間まで働いていた派遣を思い出した。
「つまり、ミツキは働きたいのか?」
「はい」
「なぜ」
間髪入れず、なぜと言われてしまった。
「えっと、さきほども言いましたけど、タダで泊めて頂いてるのに、その上食事まで出して頂いちゃって、ほんとに申し訳ないので、せめてその分、労働でお返ししたいと思いまして。あ、でも、こんな豪華なお屋敷にご馳走なので、私の働きでは、ほんの少しにしか、ならないかも知れませんが」
「アンタは客人だ。この家にいることを何も気にする必要はないし、毎日のんびりしていてくれればいい。誰か家の者をつけてくれれば、街へ遊びに行ってくれてもいい」
彼はほとんど表情を変えず淡々と言う。
そうは言われても、ハイ、わかりました、と私もここは引きたくない。
「お客様というのも心苦しくて。だって、私のせいで聖女様も来れなくなってしまったし、ただのらりくらりと二週間過ごさせて貰うのは、ほんと申し訳なさすぎて」
「あんたが気にすることじゃない。あれは俺が…」
「いえ!レイは悪くないです」
あ、……食い気味に強めで言っちゃった。
彼も少し驚いたようで、目を丸くしている。
「あ、あの、すみません」
私は俯いて、小さな声で謝った。
「なんで謝る?」
「ちょっと強めに言っちゃったので」
レイは小さく溜息をついた。
顎を乗せて組んでいた手をほどき、今度は右手で頬杖をつくと、さっきよりは少し柔らかい表情で言った。
「あんたは、いつも謝ってるんだな」
「え」
急に彼が親しげな雰囲気になったような気がして、少し驚いてしまった。
「いや、別にいい。こっちの話だ」
「?」
伏し目がちに、口元には薄っすら笑みが浮かんでいるように見える。
よくわからないけど、レイには何か思うことがあるのかな。
私が彼に言われたことを不思議に思っていると、レイは先程よりは柔らかく言った。
「ミツキはほんとに気にしなくていい。貴族の姫は、ほとんどお茶してお喋りしてるか、散歩が日課なんだ。ああ、買い物もあるな」
うわぁ、言い方……。
なんか、毒、含んでるように聞こえます。
レイは、貴族の姫君たちに嫌われていないでしょうか?
古書店のイケメン眼鏡男子と同一人物とは思えない。あの爽やかさは、いったいどこへ……。
「あの、私は貴族の姫ではないので。一般庶民ですからお気になさらず。それに、花園家の家訓は“働かざる者は食うべからず”、なので。どうか働かせてください」
私は、ペコっと勢いよく頭を下げた。それは、本当だ。
ママはいつも明るく笑いながら、そう言って子供の頃の私をお手伝いに誘っていた。
「働かざる者は食う…く?」
「食うべからず、です」
「どういう意味だ?」
「“ 食べた分は働け ”、です」
「なるほど。……俺もそう思うときがある」
「え?」
レイは口元をあげ、ニヤリと笑った。
あれ?なんか、ちょっと嬉しそう?
へえ。レイって、いたずらっ子のような、そんな顔もするんだ。
いかにも本が似合う爽やかなイケメン眼鏡男子の顔か、クールでぶっきらぼうな感じのする仏頂面の顔しか知らないから、意外だった。
レイファンっていったいどんな人なのか、まだよくわからないな……
「俺も、もともと子供の頃は、庶民として育ったんだ」
あ、マリアンヌさんが今朝の2人だけのお茶会で、そんなことを言ってた。
9歳まではお母さんと二人で暮らしてたって。
お父さまが町で見つけたって言ってたから、ここに来るまで町でお母さんと二人で暮らしてたんだね。
「だからミツキが申し訳なく思って、働きたいと言うのも分かる」
レイも、もしかしてこの家に来た頃、同じ気持ちだったの?
ここに居てもいいのかな、自分がこの場所に居てもいい理由が欲しい。
いまの私のように。
子どもの頃のレイも、そんなふうに思っていたのだろうか。
「私、掃除でも買い出しでも、何でもします。だから、仕事をください」
私は身体を半分に折り、頭を深々と下げて、お願いしますともう一度言った。
ため息をつくのが聞こえて、彼が言った。
「……わかった」
「っ!じゃあ……」
私がそう言うのと同時に顔をあげると、いつものクールな表情の彼だった。
「ちょうどルーセルからもミツキを城へと提案されていた」
「お城?」
「ああ。だから俺と一緒に毎朝、城へあがるようにしよう。城ならなんなりと仕事も山のようにあるだろうしな」
(え……山のように?)
いま、山のあたり強調したよね、そんなに仕事あるの?
いやいや、ちょっと待って!?
別に、仕事をガツガツしたいわけではないんですけどっ……なんて、今さら言えるわけもなく。
少し撤回したい気持ちでいっぱいだった。
何か、間違えたかな。
「その前に条件がある」
「条件、ですか?」
な、なんだろう……
レイがスッと視線を横に外す。
「その、明日、町へ行き、自分のサイズに合うドレスを買ってくること」
思わず条件反射的に、胸元を抑えてしまった。
ええっ!?
そそ、そんなに急を要するほど、胸元ゆるゆるがばがばですか!?
なんとも腑に落ちない条件と引き換えに、私は仕事をさせて貰えることになった。
そこは、レイが屋敷にいる間、執務をおこなう部屋だ。
大きな窓には、ぶ厚い濃い緑色のカーテンが掛けられ、窓を背に大きな執務用の机と、部屋の真ん中あたりには同じ濃い緑色のビロードのソファと、濃い木彫のテーブルが置かれている。そのほかには、大きな本棚が壁際に一つあるくらいで、重厚でクラシック調の落ち着いた雰囲気の部屋だ。
レイは執務用の大きな机に両肘をついて、組んだ手の上に顎をのせてこちらを見ている。
うわあ~、上司だっ。
何かを計るかのように私の顔を見ていた。胡散臭そうに見る目で、と付け加えておこう。
そんな彼の前に私は立っている。
これって、完璧上司と部下の図ですよね。
内心つっこみつつ、ふと、この間まで働いていた派遣を思い出した。
「つまり、ミツキは働きたいのか?」
「はい」
「なぜ」
間髪入れず、なぜと言われてしまった。
「えっと、さきほども言いましたけど、タダで泊めて頂いてるのに、その上食事まで出して頂いちゃって、ほんとに申し訳ないので、せめてその分、労働でお返ししたいと思いまして。あ、でも、こんな豪華なお屋敷にご馳走なので、私の働きでは、ほんの少しにしか、ならないかも知れませんが」
「アンタは客人だ。この家にいることを何も気にする必要はないし、毎日のんびりしていてくれればいい。誰か家の者をつけてくれれば、街へ遊びに行ってくれてもいい」
彼はほとんど表情を変えず淡々と言う。
そうは言われても、ハイ、わかりました、と私もここは引きたくない。
「お客様というのも心苦しくて。だって、私のせいで聖女様も来れなくなってしまったし、ただのらりくらりと二週間過ごさせて貰うのは、ほんと申し訳なさすぎて」
「あんたが気にすることじゃない。あれは俺が…」
「いえ!レイは悪くないです」
あ、……食い気味に強めで言っちゃった。
彼も少し驚いたようで、目を丸くしている。
「あ、あの、すみません」
私は俯いて、小さな声で謝った。
「なんで謝る?」
「ちょっと強めに言っちゃったので」
レイは小さく溜息をついた。
顎を乗せて組んでいた手をほどき、今度は右手で頬杖をつくと、さっきよりは少し柔らかい表情で言った。
「あんたは、いつも謝ってるんだな」
「え」
急に彼が親しげな雰囲気になったような気がして、少し驚いてしまった。
「いや、別にいい。こっちの話だ」
「?」
伏し目がちに、口元には薄っすら笑みが浮かんでいるように見える。
よくわからないけど、レイには何か思うことがあるのかな。
私が彼に言われたことを不思議に思っていると、レイは先程よりは柔らかく言った。
「ミツキはほんとに気にしなくていい。貴族の姫は、ほとんどお茶してお喋りしてるか、散歩が日課なんだ。ああ、買い物もあるな」
うわぁ、言い方……。
なんか、毒、含んでるように聞こえます。
レイは、貴族の姫君たちに嫌われていないでしょうか?
古書店のイケメン眼鏡男子と同一人物とは思えない。あの爽やかさは、いったいどこへ……。
「あの、私は貴族の姫ではないので。一般庶民ですからお気になさらず。それに、花園家の家訓は“働かざる者は食うべからず”、なので。どうか働かせてください」
私は、ペコっと勢いよく頭を下げた。それは、本当だ。
ママはいつも明るく笑いながら、そう言って子供の頃の私をお手伝いに誘っていた。
「働かざる者は食う…く?」
「食うべからず、です」
「どういう意味だ?」
「“ 食べた分は働け ”、です」
「なるほど。……俺もそう思うときがある」
「え?」
レイは口元をあげ、ニヤリと笑った。
あれ?なんか、ちょっと嬉しそう?
へえ。レイって、いたずらっ子のような、そんな顔もするんだ。
いかにも本が似合う爽やかなイケメン眼鏡男子の顔か、クールでぶっきらぼうな感じのする仏頂面の顔しか知らないから、意外だった。
レイファンっていったいどんな人なのか、まだよくわからないな……
「俺も、もともと子供の頃は、庶民として育ったんだ」
あ、マリアンヌさんが今朝の2人だけのお茶会で、そんなことを言ってた。
9歳まではお母さんと二人で暮らしてたって。
お父さまが町で見つけたって言ってたから、ここに来るまで町でお母さんと二人で暮らしてたんだね。
「だからミツキが申し訳なく思って、働きたいと言うのも分かる」
レイも、もしかしてこの家に来た頃、同じ気持ちだったの?
ここに居てもいいのかな、自分がこの場所に居てもいい理由が欲しい。
いまの私のように。
子どもの頃のレイも、そんなふうに思っていたのだろうか。
「私、掃除でも買い出しでも、何でもします。だから、仕事をください」
私は身体を半分に折り、頭を深々と下げて、お願いしますともう一度言った。
ため息をつくのが聞こえて、彼が言った。
「……わかった」
「っ!じゃあ……」
私がそう言うのと同時に顔をあげると、いつものクールな表情の彼だった。
「ちょうどルーセルからもミツキを城へと提案されていた」
「お城?」
「ああ。だから俺と一緒に毎朝、城へあがるようにしよう。城ならなんなりと仕事も山のようにあるだろうしな」
(え……山のように?)
いま、山のあたり強調したよね、そんなに仕事あるの?
いやいや、ちょっと待って!?
別に、仕事をガツガツしたいわけではないんですけどっ……なんて、今さら言えるわけもなく。
少し撤回したい気持ちでいっぱいだった。
何か、間違えたかな。
「その前に条件がある」
「条件、ですか?」
な、なんだろう……
レイがスッと視線を横に外す。
「その、明日、町へ行き、自分のサイズに合うドレスを買ってくること」
思わず条件反射的に、胸元を抑えてしまった。
ええっ!?
そそ、そんなに急を要するほど、胸元ゆるゆるがばがばですか!?
なんとも腑に落ちない条件と引き換えに、私は仕事をさせて貰えることになった。
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