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第三章

23.

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 ウルリッヒの城に着くと、大広間に通される。
 大勢の着飾った人たちが、一斉にこちらを見た。リゼットへ特に視線が向いている。

 すぐにウルリッヒが、アルフォンを連れて近づいてきた。そして、全員に聞こえるように、声をあげた。
 アルフォンの肩を叩いて、注目させる。

「こちらがアルフォン・レイシーモルド伯爵じゃ。湖の側の屋敷、その一帯を領地としておる」

 アルフォンがお辞儀をすると、次はリゼットが前に進む番だった。
 ヴォルターが隣に立つ。

「こちらがアルフォン伯爵のひとり娘のリゼット様じゃ。次の竜の力を継承することとなっておる」

 リゼットがお辞儀をする。
 たくさんの視線が刺さる。
 ざわめきの中に「竜の力」「あの姿は伝承の……」と聞こえてくる。この場にいる人々が、どういう目で見ているのか考えると、胸がドキドキする。
 それでも、隣のヴォルターが支えてくれてるのでどうにか立っていられる。
 さらにウルリッヒが、ヴォルターを紹介する。

「ヴォルター・シュメリング。彼は儂の曽祖父の兄弟の血筋じゃ。代々、王族の警護をしている。今回はリゼット様の警護を兼ねているのじゃが……」

 ヴォルターは紹介が終わるかと思い、一瞬、お辞儀をしかけた。しかし、ウルリッヒの続く言葉に驚くこととなる。

「この度、王の許可を得て、リゼットさまの婚約者候補となった!」

 ざわめきが大きくなった。
 リゼットは、ウルリッヒとヴォルターを交互に見る。
 ヴォルターも初めて聞いたとばかりに、ウルリッヒの言葉の続きを待った。

「リゼット様には、幼少期に第四王子のレオナード様と婚約の約束をされていたそうじゃ。しかし、ある件でそれは反故された」

 ある件とは、レオンの処罰があったことだろうか?リゼットは胸がぎゅっと痛んだ。
 ウルリッヒは話を続ける。

「……ミヨゾティースには、竜の力の継承者が必要じゃ。リゼット様の母も竜の力を持っていたが、生きながら湖の底に眠ってしまった」

 ウルリッヒの声は、抑揚がついて、リゼットは演劇を見ているように思った。
 この場の誰もが、ウルリッヒの演説を息を飲んで聞く。

「しかし、リゼット様が竜の力を継承した。そして、ミヨゾティースに来てくださった。ヴォルターとの婚姻が決まれば、ミヨゾティースの地に竜の力が戻る。この10年の土地の疲弊も回復できるのじゃ!ミヨゾティースの発展につながるのじゃ!!」

 大広間にどよめきが起こり、それが拍手に変わった。

「リゼット様は、伝承と同じ銀の髪と金と翠の瞳を持っている。これは竜の力をより強く持っている証じゃ。ぜひ、リゼット様にはミヨゾティースを選んでもらいたいと思う」

 リゼットに、また視線が集まる。
 ヴォルターがリゼットの手を握る。そしてリゼットに「もし危険があれば守ります」とささやいた。リゼットはこくこく頷く。
 ウルリッヒは、拍手を制して、一呼吸置いた。

「今日はアルフォン伯爵とリゼット様のミヨゾティースへの歓迎と、リゼット様とヴォルターとの婚約を皆で祝おう」

 そうして、手に持ったグラスを掲げた。続いて皆がグラスを掲げて、祝いの言葉となった。
 リゼットはと困惑した。ヴォルターの顔をちらりと見るが、表情が読めなかった。
 アルフォンがリゼットに近づいいて、謝った。

「リゼットすまない。レオナード様との婚約は、王が保留にされたのだ」
「どういうことですか?」

 リゼットにも、ヴォルターにも、レオンから連絡は届いていない。
 ウルリッヒの言葉だけでは、信用に足りなかった。

「……ここでは話せない。屋敷に帰ってから話すよ」
「ええ、わかりました」

 リゼットは本当はすぐにでも知りたかった。けれど、ここにいる人たちは、ヴォルターとの……シュメリングとの婚約を喜んでいた。
 ヴォルターが、リゼットの顔を伺っていた。

「リゼット?」
「ええ。ヴォルター、わたくしは大丈夫です」

 馬車の中でお互いの呼び名を練習した甲斐があり、自然に呼び合えている。思い出して、リゼットはクスクス笑ってしまいそうになる。
 リゼットの困惑の様子は伝わる、けれどヴォルターは自分にもリゼットへのチャンスが来たことに安堵していた。
 素直に喜びそうだった。
 しかし、警戒したほうがいいと気を引き締める。

 ウルリッヒに呼ばれると、ミヨゾティースの領主を紹介される。アルフォン以外の領主は、シュメリング一族で成っていた。
 そして、どの領主にも「婚約おめでとうございます」と祝いの言葉と告げられる。
 まだ正式に婚約をしたわけでもないけれど、彼らには確定したものだと思われていた。
 さらに、リゼットの混乱は続く。

「リゼット様、どうか私どものお茶会にいらっしゃいませんか?」
「私の屋敷にもぜひ」
「ヴォルター様同様、私も婚約者候補に……」

 様々な誘いの声がリゼットを取り囲む。最後の婚約者候補だけは、ヴォルターが「私よりも強いと証明できれば」と強い視線で制した。
 リゼットと繋いだ手は、決して離しはしなかった。

 あまりにも囲まれ、リゼットは疲れてきた。それもヴォルターが察して、夜会を途中で抜けることにした。

 少しふらつく様子のリゼットを、わざと横抱きにして顔を寄せる。
 もちろん、リゼットには了承を得て。

「リゼットが疲れたので、私たちはこれで。お茶会の招待などは、婚約者の私から返信をさせていただきます」

 アルフォンは残ることとなった。
 後日、今日のことについて話を聞く予定だ。

 馬車に乗り込むと、リゼットはヴォルターの肩を借りて目を瞑る。
 リゼットはとても疲れた様子で、馬車の揺れに抵抗できない。ヴォルターはリゼットの肩を抱き寄せ、手を取りさする。

「ヴォルター、様。ありがとうございます」
「様は不要です」
「ええと……」
「アルフォン様も否定しなかったということは、婚約の件は事実だと思います」
「では、レオンは……?」
「連絡をとってみましょう。それと、今後も名だけで結構です。私が盾になるのなら、他の男は近づけないでしょう」
「ええ。そうね。ありがとう」

 リゼットはあっさり了承した。
 ヴォルターは、決意した目でリゼットを見つめる。その顔が近づいて、呼吸が頬に触れる。リゼットは目を開けて、ヴォルターを見つめ返す。困惑したように、目が泳ぐ。

「……どう、したの?」
「いえ。今話してもリゼットを困惑させると思うのですが。どうしても伝えたいことがあります」
「……はい」

 ヴォルターの顔が近い。
 その睫毛も、鼻筋も、唇も、こんなに良くみたことはなかった。それを観察してリゼットは、照れてしまう。

「レオナード様との婚約がもし、本当に解消されていたとしたら。私は、シュメリング一族とは関係なく、貴女を大切にしたいと思っています」
「それって……」
「貴女が療養している頃、鳥を通じて会話をしたことを覚えていますか?」
「ええ、覚えています」

 少し回復して窓側のソファに座り、湖に来ていたヴォルターと、魔法の鳥でやりとりをした。

「あの時にはすでに、貴女のことが忘れられなくなっていました」

 唐突にヴォルターの気持ちが伝えられる。リゼットは、ヴォルターにそんな気配がなかったので、すっかり安堵していた。

「どうして……?」

 リゼットは自分に魅力があると思えなかった。どうして好きになると言うのか、ヴォルターは答えてくれなかった。

「今、話してしまうのは、卑怯だと思います。レオナード様がいない今は、リゼット様に、少しだけ私へ熱い視線を向けて欲しいのです。他の者が誰も触れられないように」

 そうして、リゼットの頬に軽く唇が触れた。

「屋敷につけば、また、警護の立場に戻ります。ですが、屋敷の外では、婚約者の立場で振る舞わせていただきます。これくらいは、必要かと思います。レオナード様のために、唇へキスはしませんよ?」
「そうじゃなくて……」
「私にも機会が訪れたのです。期間限定かもしれませんが、少しは気分が高揚しますよ」

 そう言って、リゼットの手を取り、自分の胸に当てる。
 鼓動が早い。
 リゼット自身もドキドキしていたが、ヴォルターの鼓動の方が早かった。

「冷静にしているつもりでも、心臓まではコントロールできません」

 ヴォルターは微笑んだ。
 リゼットは「そうなのね」と手を離そうとしたが、ヴォルターに再びつかまれ、引き寄せられる。

「屋敷に着くまで、良ければ私の胸をお貸ししますよ」

 リゼットは、「遠慮します」と言ったけれど、ヴォルターが腕を離すことはなかった。

 「わたくしの了承は必要ないのですか?こんなことする方ではなかったと思うのだけど」

 リゼットが呟くと、ヴォルターは「婚約者候補の特権ですから」と笑った。

「それに、警護中も何度もこうやって抱き寄せていましたよ。今更ですよ」
「そんなことは……」
「ありますよ、全部お伝えしましょうか?」

 リゼットは顔が赤くなって、無言になる。ヴォルターは「警護中は下心はありませんよ」としれっとした顔で笑った。
 リゼットは「狡いです」と呟く。

「顔が赤いですよ、それは私も期待していいのでしょうか?」

 リゼットの顔の熱を測るように、頬に手を触れた。ヴォルターの手も熱を帯びている。

「レオン以外に、触れられることがなかったので……」
「そうですね、レオナード様以外と触れる機会などなかった。けれど、それと恋をしているかは別ではないでしょうか?」

 ヴォルターが指摘する。
 リゼットの方から、レオンに積極的になることはほとんどなかったこと。
 先日の湖での、水の魔法で怒ったけれど、その中に「好きだから」というニュアンスがなかったこと。

「リゼットは、本当の恋をまだ知らないのではないでしょうか?」
「本当の……?」
 
 だから、とヴォルターはリゼットの目を見て微笑んだ。
 リゼットはヴォルターの目に惹き込まれる。

「私は、リゼットの恋の相手になりたいと思っています」

 そうして、リゼットの手をとり、また唇を落とした。警護中の、騎士としてのキスとの違いに、リゼットは全身が熱くなった。

 ◇◇◇

 屋敷につくと、マノンが支度をして待っていた。
 マノンにヴォルターが、夜会で発表されたことを伝えると、とても驚いていた。
 そうして、リゼットたちが出発した後に、レオンから手紙が届いたと見せてくれた。
 前回の手紙よりも、薄い封筒。
 リゼットは受け取り、開封して、手紙を読む。

 内容は、「しばらく他国に行くことになったこと。婚約解消したこと。でも、いつか戻ってきたら、リゼットを迎えに行くこと」が書いてあった。
 リゼットは目を通しているうちに、涙を流していた。けれども、この感情に「淋しい」はあっても、「恋」がないかもしれないのだと、リゼットは気がつかされる。

「リゼットお嬢様、お疲れでしょうから湯浴みをして休みましょうか」

 マノンが明るく声をかける。
 リゼットは頷いた。
 湯浴みと、簡単な食事をとり、部屋に戻る。
 しばらくして、ヴォルターが交代をしたと声をかけてきた。

「リゼット様。いつも通り、警護をしますので、ゆっくりお休みください」
「ええ。……ありがとう」

 様付けに戻っていて、リゼットは少し淋しく思った。
 けれど、その「淋しい」はレオンに感じたものと、違いがわからない。
 少し考え込むが、2人のことを考えると胸がじりじりと焦げるような痛みになる。
 そうして、軽く欠伸が出てしまい、大人しくベッドに入った。

 ◇◇◇

 その夜も、リゼットの悲鳴で、ヴォルターは部屋に飛び込んだ。
 昨夜と似たように、声を上げてうなされている。

「リゼット様!リゼット様!」

 声をかけて揺さぶるが、起きない。額に汗を流して、眉間にしわを寄せている。
 様子は昨日よりも酷い。
 隣の部屋のマノンも、リゼットの声で起きたようだった。2人がかりで声をかける。けれども、リゼットは何かに怯えて「やめて」と発するだけ。夢から目覚めない。

「リゼット!!」

 ヴォルターが必死に名前を呼ぶ。
 すると、ふっと息を吐いて、リゼットは目を開けた。周囲をぼんやりと見る。

「リゼットお嬢様?」

 マノンが手をとって、声をかける。意識を取り戻したように、マノンを見た。

「……あ、マノンどうしたの?」
「どうしたのじゃありませんよ、うなされていたのですよ」

 リゼットは「本当に?」と不思議そうな顔をする。

「喉が渇いていませんか?お茶かお水をお持ちします」

 マノンが部屋を慌てて出ていく。
 目尻に涙が溢れていた。
 ヴォルターも、大事にならずに安堵して息をついた。

「ヴォルター……そんなに、わたくしは迷惑をかけたのですか?」
「いいえ。迷惑などありません。ただ、酷くうなされてたので心配でした」

 リゼットの前に、害悪なものが現れても剣でなぎ払う自信はある。けれど、夢の中など、どうやって守りに行けると言うのだろうか。
 『闇の配下』は夢のなかに現れるのだろうか?
 ヴォルターはウルリッヒに聞いてみようと思った。一番知っているのは、ウルリッヒなのだから。

「リゼット様 ――」
「ヴォルター、お願い。もう、名前を戻さないで欲しいの」

 リゼットは、起き上がり、ヴォルターに手を伸ばす。
 昨夜と同じ状況だった。けれど、今はリゼットに意思がある。ヴォルターはベッドの端に腰掛けた。

「……わかりました。リゼット。でも、どうしてですか?」
「わからないの。でも、屋敷に戻ってから、呼び方が変わって淋しいと思ったの」
「それだけですか?」
「そうです。……ごめんなさい、嫌ならいいの」

 ヴォルターは「嫌ではない」と返し、良い傾向だと内心嬉しかった。
 リゼットの手に触れると、リゼットから指を絡ませてきた。

「リゼットの淋しさは、どうやったら消えるだろうか?」
「どうしたら……」

 リゼットが考え込む。そして「わからないの」と自信なさげに呟いた。
 そうして、マノンが、お茶の用意をして戻ってくる。
 2人が手を繋いでいる状況に、一瞬驚くが、気にしないようにしてくれた。
 リゼットがカップのお茶を飲み干すと、また片付けに部屋を出る。

「後はヴォルター様、お願いしますね」

 マノンも、ヴォルターが婚約者候補になったことは知っている。そして、特に問題が起こることはないと判断した結果だった。
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