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第一章

10.

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 レオンとリゼットは、城に招かれた。
 お茶会の事件と、今後についての話し合いのために。

 リゼットの屋敷に、レオンが馬車で迎えに来た。
 リゼットはレオンから送られた、華やかな銀糸の刺繍が施されたクリームイエローのドレスを身につけた。
 髪はハーフアップにし、お茶会の際と同じようにレオンの瞳に合わせた青い宝石が飾られている。
 イヤリングも同じく青い宝石。

「こんなに着飾って、大丈夫なんでしょうか?」
「ええ?可愛いリゼットが、もっと可愛くなって、良いことじゃないか」

 リゼットの手をとって、馬車へエスコートする。
 そうして、隣に座って、リゼットの髪に触ってキスをする。

「良い匂いだね」
「髪ですか?マノンが昨夜も張り切っていたんですよ」
「髪もだけど、リゼットが」
「……そういうのは、まだご遠慮させてくださいませ。い、一応、王子様なんですから」
「一応でしょ?リゼットの前ならいいでしょ」
「だから、何がですか……」
「こういうこと」

 顎をくいっと持たれた、レオンの顔が近づく。
 リゼットはどうしようかと思いつつ、目を閉じた。けれども、それは無かった。
 ふと、目を開けると至近距離でレオンが見つめていた。

「期待した?」

 青い目がキラキラしている。
 リゼットは、自分が期待していたことに気付き、両手で顔を隠して声をあげた。

「し、してません!!」
「ええ、そんな顔赤くしてるのに。可愛い顔しているのに?ねぇ、見せてよ」

 レオンがリゼットの手をとり、指を絡ませる。

「意地悪をしないでくださいませ」
「嫌だよ、リゼットは可愛いもの」

 そう言って、レオンから顔を近づけて、くちびるを重ねた。
 城までの道のりは、レオンがこうしてずっとリゼットを愛おしみ、あっという間だった。

 城に着くと、応接間に通された。
 国王が奥の椅子に座っていた。
 騎士団長、魔導師団の団長、それと王城の主要な貴族も、並んで座っている。

 レオンとリゼットはお辞儀をして、膝まづく。
 それを国王は、不要と促し、椅子に座るよう伝えた。
 二人は手前の椅子に案内される。

「まずはこちらから、お茶会で襲撃をしたブランティーヌの処分の件だが」

 国王が騎士団長に視線を送る。
 騎士団長が立ち、レオンとリゼットに向き、報告をした。

「ブランティーヌは捕らえた後、牢に入れたが、当時の一切の記憶を失っていました。魔導師や医師が調べたところ、どうやら誰かに意識を乗っ取られていた模様です。特定できたのは、灰になって消えた少年が関わっていると言うことだけです」

 次は魔導師団の団長が立ち上がる。

「こちらからも報告があります。我が魔導師団の一員で、リゼット殿の父上がその資料を提供してくださいました。リゼット殿の一族に関わる資料で、その中に『力の継承時期に、闇の配下が現れて命を狙う』という文があります。」
「リゼット以前の一族には、このような事件はなかったはずだが?」

 騎士団長が疑問を投げる。
 魔導師団の団長は、リゼットの父から
もらった資料の写しを全員に見せた。

「資料以上のことは、私どもにはわかりません。リゼット殿は、母君に逢われたとのことですが、何か伝えられませんでしたか?」
「気をつけるようにとは言われましたが、どのようにとまでは……」
「継承の年まであと2年あります。資料上では18歳で継承だとありますが、あと2年の間にまた「闇の配下」が現れる可能性はありませんか?」
「お母様は、これ以上は止めると話していました。それから、継承に関しては昨日でほとんど終わっています」

 今、初めて報告したので、国王以外がざわついた。
 レオンが補足する。

「リゼット自身も、『闇の配下』の影響で、竜の姿になりかけていました。それをリゼットの母がーー現在の竜の力の継承者ーーが、継承をすることで、竜の姿から戻してくれたのです。ただ安定するまでは2年かかります」

 貴族の一人が声を上げる。

「それでは、リゼット殿は完全に継承していないということか?またどこかで『闇の配下』に襲われれる危険があるのではないか」
「そうだ、今回のようにリゼット殿以外にも、被害が出るかもしれない」

 リゼットへの心配というより、身の不安の言葉が飛ぶ。
 リゼットは否定しようとしたが、先にレオンが貴族たちを制した。

「今回は、未だ力を得ていないリゼットが狙われたことが原因です。リゼットの母が今後は『闇の配下』から守ってくれることになっています。それよりも……リゼットに近寄ったこともないものが、どうやって『闇の配下』が狙うというのだ。ブランティーヌは、リゼットとお茶会で会う機会が多くて狙われた。ここにいる者で、男爵の娘をお茶会に呼ぼうと思った者は、どれくらいいるだろうね」

 ちなみに、とレオンが続ける。
 顔は笑っているが、目は氷のように冷ややかだ。

「ブランティーヌからリゼットへの招待状を、握りつぶした者も特定している。後で声をかけるので、言い逃れせぬように」

 レオンはぐしゃぐしゃになった招待状を、手に入れていた。
 場がひんやりとした空気に包まれる。

(いつも、今までも、よくあったことだわ)

 リゼットは、招待状がなくともブランティーヌが何も言わなかった理由がわかり、ほっとする。

「それと、今一度、ここで宣言する。リゼットは俺が惚れて愛して、婚約も無理やり頼んで、やっと受け入れてくれたんだ。竜の力なんか関係ない。」
「「は?」」
「俺はリゼットしか受け入れ……」
「レオナード、その話は私がよく聞こう。話を戻させてもらうぞ」

 国王が話の軌道を戻す。レオンは座り直す。

「二人が婚約は10年も前に決まった。レオンからの願いだった。それに意見があるものは、リゼットにではなく、私かレオナードへ」

 国王の一言で、貴族たちはもう何も言わなかった。

「それから、リゼット」
「は、はい」
「レオナードは、本当に小さい頃から、そなたの事ばかり考えている。迷惑をかけるが、よろしく頼む」

 頭を下げんばかりに国王が頼む。
 それは、父親の目をしていた。

「かしこまりました。わたくしの方が御迷惑をかけてばかりです。どうかよろしくお願いいたします」
「うむ。そうだ、父上が男爵から爵位を上げる事を、そなたからも聞いてもらえないだろうか?
「爵位ですか?」
「ああ、それについては魔導師団から頼む」

 国王が話すと、魔導師団長が立ち上がった。

「実は、リゼット殿の父上は、魔導師団でもとても優秀なのですが、リゼット殿の母上と婚姻後も男爵以上の爵位を断り続けているのです」
「父が……ですか?」
「どうも、爵位があがることで、娘との時間が取れなくなるとか、茶会がめん……どうにも苦手だとか、そういう理由ばかりで」

 普段の父は、表立つことは苦手そうだけれど、断り続けていることも驚いた。

「竜の力を持つ妻と、その継承をする娘がいて、どうして男爵のままでいられるでしょうか?さらに、レオナード王子との婚姻も結んでいる。どうか、見合う爵位をとお願いしてほしいのです」
「そうですか……。一度父に話してみます」
「リゼット殿の父上の魔導師としての実力も、男爵だけで収まってはなりません。どうか皆の上に立つ者になってほしいのです」

 父が仕事の話を持ち帰ることがないので、どんな仕事をしているかリゼットにはわからない。
 けれど、団長の話し方からして、男爵以上の技量を持っているようだった。

「では、これで話は終わりになる。レオナードとリゼットは、私と少し話をさせてくれないか。久しぶりに、二人と時間をとりたいのだ」

 国王からの提案で、二人は城の留まることにした。
 多少の待ち時間があるため、リゼットは魔導師団まで出向き、父と話すことにした。
 レオンも一緒に。

 城の敷地内に、魔導師団の詰所がある。
 リゼットは初めて詰所へ入る。
 レオンは仕事上で何度か出向いたことがあったため、入り口ですぐに父を呼ぶことができた。
 詰所の客間に通される。
 椅子に腰掛けると、しばらくして父が入ってくる。

「レオナード様、このような場所までおいでくださりまして……」

 一礼をする父。
 レオンはリゼットへ視線を送り、話を促した。

「俺のことは気にしないでくれ。リゼットから話があってついてきただけだ」
「お父様、先ほど国王様と話をして、お父様へのお願いをされました。男爵から爵位を上げたいとのことです」

 父は少し困ったような顔をする。

「そうか。リゼットにも継承されたら、もう男爵にこだわることはできないのだな」
「どうして男爵に?」
「爵位が上がれば、面倒ごとが増える。付き合いも増える。リゼットとの時間をたくさん作りたかった。でも、こうして良いレディに育ったリゼットに、レオナード様がついてくださっている」
「面倒って……わからなくもないけど」

 王子も面倒だ、とレオンが呟く。
 父はレオンに同意する。

「私よりも、王子の方が大変でしょう。リゼットとの時間をとるためにとお忙しい身でしょうに」
「リゼットに会えないほうが辛い」

 スパッと言い放つレオン。リゼットは聞かなかったことにして続ける。

「では、爵位を上げることを伝えてもよろしいですか?」
「ああ、リゼットに申し訳ないが、爵位を上げていただき、仕事をもう少しがんばるよ」
「無理なさらないでくださいませね、お父様」
「大丈夫だよ、心配ありがとう」

 丁度、王様からの使いが現れて、王様のところへ向かう。専用の客間に通される。
 すでに国王は座っており、それぞれ椅子に腰掛ける。
 良い香りのお茶、それと他国からの菓子でもてなされる。

 父の返答を聞くと、国王はニコニコと笑った。

「ようやく決めてくれたか。そなたの父には、婚約を決めた頃よりずっと打診をしていたのだよ。一度も首を縦に振ったことはなかった」
「それは大変失礼をしました」
「良いのだ。そなたと母が早くに離れて、寂しくさせたくなかったと聞いている。それを嫉妬した者もいて、そなたにも嫌な思いをさせたと思う。すまなかった」

 頭を下げる国王に、リゼットは慌てる。

「そんな、私は大丈夫ですから」
「俺がいるし」
「もう!レオン、そういうことでは」

 やりとりは夫婦漫才のようである。国王はそれをみて、また笑った。

「あと2年で、そなたらの式を挙げたい。きっとますます、母以上に美しくなるだろうな。それまでは、国としてもリゼットを守る」
「あ、ありがとうございます」
「私も、とても楽しみにしているのだよ」

 また、柔らかく笑う国王。
 それをみて、リゼットも、レオンも微笑んだ。

 帰路に着くリゼット。
 馬車のなか、隣にはレオンが座る。

「レオン、わたくしのこと、ずっと変わらずに好きでいてくださってありがとうございます」
「こちらこそ。どうしたの急に?」

 リゼットは、レオンの手をとり、指を重ねる。

「なんだか積極的だね」
「違います!ちょっと、緊張で手が冷たくなったのです」

 苦しい言い訳だと、自分でも思う。
 少し触れたくなった、と言えなくて気恥ずかしい。

「リゼットが願うなら、俺はなんでもするよ」
「いえ、多くは望みません。ただ……」
「ただ?」
「どうか、わたくしのことを、ずっと好きでいてくださいませ」
「もちろん。リゼットも、俺のことをすっと愛してくださいませ」
「ませ……って……っ」

 続きの言葉は、二人の口づけで塞がれた。
 二年後まで、これからも、二人の時間は甘い時が染まり続けるのであった。

「とりあえず、結婚式のドレスを決めようよ。俺、待ちきれない!」

 レオンは今すぐにでも、という勢いで言い放ち、リゼットに「ちょっと無理です」と切り返される。
2人が結婚をするのはもう少し後の出来事。

 ◇◇◇

一章 Fin
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