料理がしたいので、騎士団の任命を受けます!

ハルノ

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 グラファリウム様が到着する前にと、わたしは着替えのために移動をする。騎士団の寮ではなく、騎士団の館にある応接間のひとつだ。

 何人もの女性の使用人が待っており、着替えを手伝うとのことだった。自分で着替えられると言おうとしたけれど、普段の服と違い、骨組みのあるコルセット、背面で編み上げるドレスはひとりで着られない。この世界の正装ドレスだと言われて、わたしは彼女らの言うままに、着せてもらった。

 顔の近くにさまざまな色の布を合わせて、似合う色を探す。濃く深みのある色が合っていると、ひとりの使用人が言った。
 決まれば、次はドレスがいくつも運ばれてくる。白、赤、黄、青、緑のドレスを見て、わたしが好むものを聞かれる。青と答えると、次は青いドレスがいくつもの種類となって、並ぶ。

「好みがございましたら、お申し付けくださいませ」
「わたしは……わからないです……」

 か細く、掠れた声を発した。
 どれと聞かれても、どれも素敵なのと同時に、どれが一番などと決められなかった。

「かしこまりました」

 答えたと同時に、着替えにうつる。
 ザザッと音がしそうなくらい、統一した動きで、ドレスを持ち、着せて、背中側から編み込みしていく。ひとつひとつリボンが穴を通るたびに、シュルシュルと音が立ち、わたしのウエストとドレスがフィットする。ヒールの低い靴を履いて、鏡を見せられる。見た目はすっかり綺麗な貴婦人のようで、わたしはコクリとただ頷いた。
 きっとこちらの女性はウエストのきつさすらも我慢せざるを得ないのだろう。ちらりと昔に見た西洋の映画を思い出し、ウエストの苦しさも美学なのだろうと思う。座った時、呼吸が薄くなったとしても。

 ターコイズブルーのドレス、目鼻立ちをくっきりとさせたメイク。テラコッタのルージュにグロスで艶をプラスする。
 なんだか結婚式のメイクをしているようだなと思う。ファッション雑誌やネットの情報でしかみたことがないけれど、華やかなドレスを着ることなんて、あちらの世界では一度もなかったから。

「ご用意できました」

 すべての支度を終えて、使用人がドアを開ける。
 待っていたのは、アキレウス様だった。彼も、グラファリウム様を出迎えるために着替えを済ませていた。金の髪をひとつに結っている。シングルブレストの上着は、燕尾服のようにウエストから裾が長い。歩くたびにひらりと揺れている。
 わたしが立ち上がると、アキレウス様は「そのままで」と言った。
 わたしの前に跪いて、片手を差し出す。
 一瞬どきりとしたが、ああ、そうだマナーだったと思い返し。恐る恐る、その大きな手に左手を添える。すると手の甲にキスをする仕草だけをした。

「綺麗だな」
「ありがとうございます」
「もうすぐグラファリウムが到着する。出迎えを」

 と、わたしを支えながら、立ち上がらせる。
 アキレウス様にエスコートされながら、わたしも通路へと出る。長い通路も、広々とした階段も、彼は丁重に案内をしてくれた。

 そうして、グラファリウム様の到着を待つために、玄関までやってきた。
 数分もしないうちに、馬車の音がして、玄関の扉が開かれる。
 馬たちがいななく音、それから馬車の扉が開く。ゆっくりと降りてくるグラファリウム様、とその前にわたしは貴族の礼をしながら待つ。つま先をみるように屈んでいると、コルセットで締められた場所が痛くなる。やっぱり緩めてもらえばよかっただろうかと、後悔するも、それは次回だなと思い直す。

「シズク殿。どうか顔をあげてくれないか?」
「かしこまりました」

 グラファリウム様の声で、わたしは顔をあげて、すぐさまに頬を両手でぎゅむっと挟まれる。内心、軽く悲鳴をあげたけれど、久しぶりのあたたかな眼差しの、グラファリウム様の顔を見あげた。
 グラファリウム様がわたしを保護してくれたおかげで、わたしはこの世界で徘徊うこともなく、こうして職に就くこともできた。
 眼差しがあたたかく、よく様子をみているようだ。

「顔色は良さそうだな。不便はないか?」
「ありがとうございます。アキレウス様に良くしていただき、おかげさまで元気になりました」
「そうか。良かった。少し遅かったようだが、見舞いの品を持ってきた」

 グラファリウム様が言うと、彼の屋敷から来ただろう男性たちがいくつもの箱を持ってきた。
 えっ、そんなに……!?と驚いていると、アキレウス様も大げさにため息をつく。

「だから、もう大丈夫だと言っただろう?」
「ああ、だからこそだよ」

 意図がわからず、次々と箱が運ばれていく様子を見遣る。

「シズク」
「は、はいっ」

 急にアキレウス様に呼ばれて、ハッとする。

「積もる話もあるようだから、茶を用意しよう」
「はい」

 アキレウス様に差し出された手を握って、それからグラファリウム様をみると、なんとも言い難い顔をした。それは一瞬のことで、笑顔になったかと思えば一緒に歩く。

 中庭では、季節の花が見頃なのだそう。
 中庭はそれなりに広くて、いったいどこでお茶をするのだろうかと見渡すほどだった。歩いているうちに、屋根のある小さな家のようなものが見えた。例えるなら西洋式の東屋で、石の彫刻を施した8本の柱が屋根を支えている。木の板を組み合わせた飾り窓があり、遠くからひと目みただけでもお洒落だ。
 床は一段高くあり、より景色を見渡すことができる。円形のテーブルと、各椅子は庭を見渡せるように置かれていた。

 わたしたちが到着すると、すぐにお茶の支度がはじまる。
 それを確認してから、グラファリウム様はおもむろに切り出した。

「こちらには慣れただろうか?」
「はい。良くしていただいていますので」
「不便なことはあるか?」
「まったく、ありません。とても良くしていただいてます。それに、体調が悪くなったらすぐに休ませてくれました」
「ああ、そうだったな。それで、俺にも連絡をくれたよ」
「……!そうなんですか?」

 アキレウス様が咳払いをする。

「……無理をしていないか?」
「いえ……そんなことは……ない、です……」

 否定を、しようとしたのに。喉に声が詰まった。平常心はどこかにいってしまった、一瞬で。

「全然……良くしていただいています。ほんとうです」

 声を振り絞るように、答えた。
 ちょうど、お茶が淹れられて、それぞれの前に置かれる。ふわりと香ったのは落ち着くもので、きゅっと締まった喉の奥が少しだけ緩やかになる。
 鼻の奥がつんと痛い。これ以上なにか聞かれても、答えるには時間がかかりそうだった。

「まあ、とりあえず飲まないか?」

 空気を変えるように、あえて明るい声を発したアキレウス様に、わたしたちは同意するよう頷いた。
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