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案内されたキッチンは、普段グラファリウムさんが住むお屋敷とほぼ同じ大きさのキッチンだった。料理人の方は、今の時間はいないそうで、なおかつすでにジェミニさんが話を通してくれたらしく、「片づけさえきっちりしてくれれば、自由に使っても構わない」という許可をいただいた。
「それでシズク様、こちらで何を作られるのですか?」
ジェミニさんに食材の場所を教えてもらった後、問われる。
そういえばキッチンを借りると言ったけれども、何に使用するかまでは聞かれていなかった。わたしはテーブルに広げた材料のうち、パスタを指して言った。
「このパスタを、ラーメンにするんです」
「ラーメン?それはどんな料理なのでしょうか?」
「えーっと、日本というか……発祥は別の国なんですが。塩気のあるスープとウェーブのついた麺、野菜や茹でた肉などの具を乗せたものです。もしかして、聖女様が食べたいものって、これかなって思ったんです」
パスタじゃない麺類という話を聞いて、いくつか思い浮かべたもののひとつがラーメンだった。わたしもラーメンは好きだ。真夜中に帰宅して、カップ麺を食べるなんてことは良くあった。飲み会の後に、駅近くのラーメン屋であっさり煮干しラーメンを食べたりした。
ひとによってはとんこつ、味噌、塩、煮干しなどスープの好みはあったけれども、わたしはどれも好きだ。その日の気分で、どこで食べるかも変えていた。
「聖女様の好物ですか?」
「はい。ただ、ラーメンに使われる中華麺は、パスタではないんです。こちらで同じものを作る材料は、今のところ見たことがないんです。それに中華麺を一から作ったことはないので、材料があっても作れるかどうか……」
「それで、パスタを代用するのですか?」
テーブルの上にはロングパスタを何種類も用意してある。こちらの世界でも乾燥する技術はあるようだ。それからパンを作るときの膨らし粉。これもケンタさんが言うには、現代のベーキングパウダーと同一ものだと言っていた。現代のレシピと同量で、パンや菓子に使用できる。
この二つがあれば、パスタを中華麺に変えることができるはず……!
SNSでいわゆる「バズった」ものを思い出した。もしも上手にできたら、わたしも久しぶりのラーメンにありつける。とりあえず中華麺を作るところから、作業を始める。小鍋に水をたっぷりと入れて、沸騰させる。そこにティースプーンで計量した膨らし粉を投入。ぶわっと泡が出て、ちょっとびっくりするけれども、ちゃんと溶けたみたい。
それから塩も入れて、太めのロングパスタを入れる。ゆであがり時間のちょっと前に、一本を救い取って、流水で洗う。見た目はパスタのままだけど、ちょっと柔らかい中華麺になっているはず……。
口に入れた途端、おいしいという言葉よりも、苦みが口いっぱいに広がった。
「……うっ」
「どうされました?」
「み、水……」
ジェミニさんがグラスに水を注いで、手渡してくれた。食材に申し訳ないと思いつつ、パスタを吐き出して、水で口をゆすぐ。思ったより苦くて、何度も口をゆすいだ。
「食材を無駄にしてすみません」
「いえ、それよりもどこか食材に不審なものがありましたか?毒消しは必要ですか?」
「毒じゃないです。膨らし粉の苦みです。思ったより苦みが強くて、驚いたんです」
舌に乗った途端の強い苦みで、すっかり忘れていた情報を思い出した。
本来だったら重曹で作る、代用中華麺だけれども。膨らし粉でも作ることはできる。ただし、重曹と同じ分量だと、強い苦みがあってマズイので、分量を減らすこと。
ああ、失敗作を他の人に食べさせるなんてことがなくて、よかった。ジェミニさんが毒だって思うのだから、もしもグラファリウムさんやアキレウス様がいたら大変なことになっただろう。
小鍋のお湯を流し、きっちり洗ってからまた湯をわかす。
今度は水のうちに膨らし粉を、さっきよりも半量くらい減らして投入した。
沸騰してから塩を入れて、パスタを数本茹でる。流水で冷やしてから食べると、今度はちゃんと中華麺っぽい味になった。
「うん、これなら大丈夫そう。次はスープ作りだ」
といっても豚骨や鶏ガラなど、長時間煮込んだりする手間のかかるものは、作らない。いや、作れない。キッチンを借りているし、きっちり片付けることも条件になっている。
簡単に作れるスープとして使用したのは、ベーコン、玉ねぎ、バター、にんにく、牛乳、塩、胡椒。異論はたくさんあると思うけど、キッチンにある材料ではこれが限界。意外とこれが、ちゃんとラーメン風になるんだ。
ベーコンをちょっとのバターでカリッと焼いて、一度取り出す。その油でみじん切りにした玉ねぎとにんにくを、辛みがなくなるくらい軽く炒める。牛乳と塩、胡椒を入れて味を整える。先に茹でておいた代用中華麺を器に盛って、ぐつぐつのスープをかける。ベーコンを乗せて完成。
時間があったらゆで卵や野菜いためもあると、よりラーメンらしくなるかも。
試しに作ったラーメンは一人分。
「ジェミニさんも味見してみませんか?」
「良ろしいのですか?」
「はい、わたしもひとりで食べ切れませんし。それに良かったらおいしいかどうかの判定もしてほしいです」
「わかりました」
とりわけ用の小皿を用意していると、キッチンの扉が開いた。
「こちらにいたのか」
「アキレウス様!」
騎士団の服装をしたアキレウス様だ。
ジェミニさんがお辞儀をしたので、わたしもつられてお辞儀をする。
「ああ、頭をあげてくれ。騎士団の雇用についての話をしにきたのだが、それよりも……良い匂いがするな。何を作ったのだ」
アキレウス様は、器に盛ったラーメンを凝視している。そういえば寮でのビュッフェもよく食べていた。
「ラーメンです。聖女様が食べたいと言ったものが、もしかしたらこれかと思って、本物に近いものを再現したところです。味は、これから試すので、まだ――」
「俺も食べたい」
「えっ、でも試食段階ですし」
「君の料理の腕は、グラファリウムも保証しているだろう。食べられないほどまずいなど、ないだろう?」
絶対ない、と断言するアキレウス様に、さきほどの苦いパスタをみられなくてよかったと、心底ほっとする。スープは味見をしたので、一応大丈夫だ。
「わかりました。あちらの味が、お口に合うかどうかまでは保証できませんが、ご試食お願いいたします」
アキレウス様の分も小皿を用意する。そうして本当にひとくち分だけを盛り付けた。
「……これだけか?」
「お口に合いましたら、もう少し取り分けます」
「わかった」
言った側から、アキレウス様はフォークで麺を巻き付けてひとくちで食べる。
「うん、美味い!ただのパスタではないのだな。弾力も舌触りも変わっている」
それで中華麺の説明をすると、興味深げに質問攻めにあった。重曹はあるそうだけれども、麺を作る材料の「かん水」は知らないそうだ。重曹があれば、もう少し中華麺らしくなる。わたしは次の料理の機会に、心がときめいた。
根っから料理が好きなのだ。ただ、社会人になってからは仕事が忙しくて、だんだんと料理をする時間も気力もなくなって……結局死んじゃったけれども。
料理動画も好きだし、簡単にできる料理アカウントをSNSでフォローもしていた。
寮で料理をすることも、誰かが完食したお皿を洗うのも、今みたいに「美味しい」と感想を聞くのも、とても幸せだ。
「アキレウス様。わたし、料理がしたいので、騎士団の任命を受けます!どうか末永く雇用のほど、お願いいたします」
「ああ、もちろんだとも。これから毎日、俺たち騎士の胃袋を支えてくれ」
「はい!」
◇
返事をした数日後、騎士団への正式な手続きを済ませたわたしは、騎士団の施設へと向かうことになった。その前に、まだ病院にいるヘレンへと挨拶に向かう。
「ヘレン、具合はどう?」
「腫れはひいて、もう少しで退院できそうよ」
足首に補助のギブスをつけて、ひょこひょこと歩く。熱もすっかり下がり、それからわたしのように悪夢もみることはなかったと聞いて、内心とてもほっとした。ヘレンの心に傷が残らなくて良かった。
「わたし、これから騎士団で働くことになったの」
「うん、寮で聞いてた通りよね。就職おめでとう!」
「ありがとう。寮よりもたくさん食べる人がいるみたいだから、すごく楽しみ」
「私も退院したら就活がんばらなきゃ。……そうだ、休みが合ったら一緒に遊べたりする?」
「うん、出来ると思う」
ただし料理のできる異世界から来た人には、護衛が付く――というのはヘレンには明かしていない。今だって、病室の外にひとり待機している。
「ヘレンが就職したら教えて。わたし、お祝いするから」
「絶対よ、私も退院したらちゃんとお祝いを送るから」
「うん。約束ね」
わたしたちはぎゅっと握手をして、それから肩を抱き合った。
ひさしぶりに会って、ヘレンの顔を見たら嬉しくて、それにほっとして泣きそうなくらい安心した。
病室を出て、感情があふれてぽろっと涙がこぼれた。
それから馬車で騎士団へと向かう。
王都の中央にある騎士団の建物、そのなかに居住スペースがあった。男性ばかりと聞いていたが、わたしに与えられたのは上質な調度品がある……貴族のお部屋みたいな一室だった。
「……こ、ここが、わたしの部屋なんですか?」
「ええ、そうです。シズク様」
護衛をしていた騎士団のひとが答えてくれる。この人はアキレウス様の部下だそうだ。
「グラファリウム様からも、騎士団でただひとりの女性となるので丁寧に対応するようにとお聞きしております」
「丁寧に、ですか……」
丁寧の程度が、わたしの知っているものときっと違うのだろう。そういえばグラファリウムさんは、わたしが異世界に来た頃からずっと優しかった。
最近ちゃんとお会いできていないのだけど、今度会えたら改めてお礼を伝えなくちゃ。
部屋に通されて、騎士団で勤める際の制服も支給される。
調理用の服は、いわゆるシェフの服だ。男性と同様にスカートではなくてパンツスタイルなので、動きを制限されずに料理に集中できそうだ。
「着替えが終わりましたら、キッチンへと案内します」
「はい!今行きます」
キッチンでは騎士団を長年支える料理人のみなさんが、待っていた。
「スズキシズクです。どうぞよろしくお願いいたします」
異世界から来た人、しかも女性はわたしが初めてだそうで、けれどもとてもあたたかく迎えてくれた。
料理人のまとめ役になっている料理長が「さっそくだが」と挨拶を簡単に済ませて切り出した。
「料理をはじめたいんだが、ラーメンというものを騎士団長が所望している。シズクが知っているというので、教えてくれないか?」
アキレウス様は、数日前に食べたラーメンを料理長に話していたそうだ。料理長も聞いた話からレシピの再現をしようとしたが、見たことも食べたこともないものなので味の正解がわからない。だからこの日を待っていたと教えてくれた。
「わかりました!」
わたしも元気に返事をして、それから用意する材料を伝える。
料理長が指示をして、騎士団全員の料理を完成させた。
ちょうどお昼時になって、食堂へと騎士団のみなさんが集合する。食堂とつながっているキッチンの扉から、こっそりとみなさんの食事風景をのぞく。はじめてみる料理に戸惑ったり、興味を示したりとしていたみなさんが、ラーメンを受け入れて「美味しい」と喜ぶ姿をみることができた。
ほっと胸をなでおろして、それから後片付けまできっちりと仕事をこなす。
次の仕込みなども終える頃、アキレウス様がわたしを呼んだ。
「シズク。聖女様が食べたいものは、ラーメンで合っていた」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、だけど作れるものが城にいないので、付いてきてほしい」
「えっ」
驚いた途端に、わたしは光に包まれていた。
眩しさで目を閉じて、そうしてまたアキレウス様の声で目を開ける。
「着いたぞ」
アキレウス様の声で目を開ける。
薄いベールに包まれた大きなベッドには、わたしと同じ黒髪の女性が横たわっていた。うっすらと目を開けた瞳も、黒くて、そうして生気がうすいことも一目でわかった。
「……あなたは、」
「わたしは、スズキシズクです」
「……ふふ、わたしもスズキ。スズキハナコよ」
「聖女、様、ですよね」
確認しあうように、ゆっくりと会話を続ける。
「ええ、そう」
「あの、わたし、聖女様が食べたいっていうものがわかったみたいで」
「ハナコって呼んでくれる?」
「ハナコさんの食べたいもの、ラーメンですよね。……作ったら、食べますか?」
「もちろんよ。ずっと、ずっと食べたかったの」
念のために、スープのこだわりがあるか聞いたら、中華麺だったらなんでもいいと返ってきた。また戻ってくるからと念を押して、アキレウス様がまた魔法を使って騎士団のキッチンへと移動させる。
さきほどの料理のスープはまだあって、温める。代用中華麺を作り、スープといっしょに器に盛る。具も見た目が大事だと思って、さっきと同じように野菜炒めと焼きベーコンを添えた。
結果的に、弱弱しそうに見えたハナコさんは、食べるうちになんだか元気になっていき、完食をした。また食べたいという感想ももらって、わたしは大満足をした。
「シズクさん、これからも時々は会いに来てほしいわ」
「ええ、もちろんです……って、勝手に決めても良かったですか?アキレウス様」
「聖女様のお願いなのだ、かまわないだろう」
そんな簡単にいいのだろうかと思ったけれども、聖女様が元気になったおかげで神聖なる力も回復したらしいから良いとのことだった。
騎士団の食事作りは、料理長がレシピを考えていた。わたしも普段は新人として、皿洗いやら下準備やらが殆どだ。もちろん、特別扱いされないほうがほっとする。新社会人らしいというか、これが当たり前だと思うし。
だけど料理長もずっと考えるのは大変だし、味の変化がある方がみなさんに喜ばれるからと、わたしを含めて、料理人にレシピの提案する機会をくれる。わたしも現代から持ち出したアレンジレシピを提案した。採用されることも、まったく採用されないこともあるからおもしろい。
グラファリウムさんも、時々騎士団へとやってくる。
そうしてわたしのことを「シズク殿」と呼んだり、なにかと気にかけてくれるのは変わらない。それについてアキレウス様がからかったりするけれども、わたしからしたらこの世界でちゃんと生きられるようにしてくれるきっかけになった恩人なのだ。
お礼を伝えてもにこやかに笑い「君が幸せならよかった」という。
グラファリウムさんの好きな料理は何だろう?ケントさんと相談して、いつか好きな料理を作ってあげたいと思う。私にできることで、1番の得意なものは料理だから、美味しいものでお返しをしたい。
わたしは、今日も、この世界で元気に料理をつくって生きています!
「それでシズク様、こちらで何を作られるのですか?」
ジェミニさんに食材の場所を教えてもらった後、問われる。
そういえばキッチンを借りると言ったけれども、何に使用するかまでは聞かれていなかった。わたしはテーブルに広げた材料のうち、パスタを指して言った。
「このパスタを、ラーメンにするんです」
「ラーメン?それはどんな料理なのでしょうか?」
「えーっと、日本というか……発祥は別の国なんですが。塩気のあるスープとウェーブのついた麺、野菜や茹でた肉などの具を乗せたものです。もしかして、聖女様が食べたいものって、これかなって思ったんです」
パスタじゃない麺類という話を聞いて、いくつか思い浮かべたもののひとつがラーメンだった。わたしもラーメンは好きだ。真夜中に帰宅して、カップ麺を食べるなんてことは良くあった。飲み会の後に、駅近くのラーメン屋であっさり煮干しラーメンを食べたりした。
ひとによってはとんこつ、味噌、塩、煮干しなどスープの好みはあったけれども、わたしはどれも好きだ。その日の気分で、どこで食べるかも変えていた。
「聖女様の好物ですか?」
「はい。ただ、ラーメンに使われる中華麺は、パスタではないんです。こちらで同じものを作る材料は、今のところ見たことがないんです。それに中華麺を一から作ったことはないので、材料があっても作れるかどうか……」
「それで、パスタを代用するのですか?」
テーブルの上にはロングパスタを何種類も用意してある。こちらの世界でも乾燥する技術はあるようだ。それからパンを作るときの膨らし粉。これもケンタさんが言うには、現代のベーキングパウダーと同一ものだと言っていた。現代のレシピと同量で、パンや菓子に使用できる。
この二つがあれば、パスタを中華麺に変えることができるはず……!
SNSでいわゆる「バズった」ものを思い出した。もしも上手にできたら、わたしも久しぶりのラーメンにありつける。とりあえず中華麺を作るところから、作業を始める。小鍋に水をたっぷりと入れて、沸騰させる。そこにティースプーンで計量した膨らし粉を投入。ぶわっと泡が出て、ちょっとびっくりするけれども、ちゃんと溶けたみたい。
それから塩も入れて、太めのロングパスタを入れる。ゆであがり時間のちょっと前に、一本を救い取って、流水で洗う。見た目はパスタのままだけど、ちょっと柔らかい中華麺になっているはず……。
口に入れた途端、おいしいという言葉よりも、苦みが口いっぱいに広がった。
「……うっ」
「どうされました?」
「み、水……」
ジェミニさんがグラスに水を注いで、手渡してくれた。食材に申し訳ないと思いつつ、パスタを吐き出して、水で口をゆすぐ。思ったより苦くて、何度も口をゆすいだ。
「食材を無駄にしてすみません」
「いえ、それよりもどこか食材に不審なものがありましたか?毒消しは必要ですか?」
「毒じゃないです。膨らし粉の苦みです。思ったより苦みが強くて、驚いたんです」
舌に乗った途端の強い苦みで、すっかり忘れていた情報を思い出した。
本来だったら重曹で作る、代用中華麺だけれども。膨らし粉でも作ることはできる。ただし、重曹と同じ分量だと、強い苦みがあってマズイので、分量を減らすこと。
ああ、失敗作を他の人に食べさせるなんてことがなくて、よかった。ジェミニさんが毒だって思うのだから、もしもグラファリウムさんやアキレウス様がいたら大変なことになっただろう。
小鍋のお湯を流し、きっちり洗ってからまた湯をわかす。
今度は水のうちに膨らし粉を、さっきよりも半量くらい減らして投入した。
沸騰してから塩を入れて、パスタを数本茹でる。流水で冷やしてから食べると、今度はちゃんと中華麺っぽい味になった。
「うん、これなら大丈夫そう。次はスープ作りだ」
といっても豚骨や鶏ガラなど、長時間煮込んだりする手間のかかるものは、作らない。いや、作れない。キッチンを借りているし、きっちり片付けることも条件になっている。
簡単に作れるスープとして使用したのは、ベーコン、玉ねぎ、バター、にんにく、牛乳、塩、胡椒。異論はたくさんあると思うけど、キッチンにある材料ではこれが限界。意外とこれが、ちゃんとラーメン風になるんだ。
ベーコンをちょっとのバターでカリッと焼いて、一度取り出す。その油でみじん切りにした玉ねぎとにんにくを、辛みがなくなるくらい軽く炒める。牛乳と塩、胡椒を入れて味を整える。先に茹でておいた代用中華麺を器に盛って、ぐつぐつのスープをかける。ベーコンを乗せて完成。
時間があったらゆで卵や野菜いためもあると、よりラーメンらしくなるかも。
試しに作ったラーメンは一人分。
「ジェミニさんも味見してみませんか?」
「良ろしいのですか?」
「はい、わたしもひとりで食べ切れませんし。それに良かったらおいしいかどうかの判定もしてほしいです」
「わかりました」
とりわけ用の小皿を用意していると、キッチンの扉が開いた。
「こちらにいたのか」
「アキレウス様!」
騎士団の服装をしたアキレウス様だ。
ジェミニさんがお辞儀をしたので、わたしもつられてお辞儀をする。
「ああ、頭をあげてくれ。騎士団の雇用についての話をしにきたのだが、それよりも……良い匂いがするな。何を作ったのだ」
アキレウス様は、器に盛ったラーメンを凝視している。そういえば寮でのビュッフェもよく食べていた。
「ラーメンです。聖女様が食べたいと言ったものが、もしかしたらこれかと思って、本物に近いものを再現したところです。味は、これから試すので、まだ――」
「俺も食べたい」
「えっ、でも試食段階ですし」
「君の料理の腕は、グラファリウムも保証しているだろう。食べられないほどまずいなど、ないだろう?」
絶対ない、と断言するアキレウス様に、さきほどの苦いパスタをみられなくてよかったと、心底ほっとする。スープは味見をしたので、一応大丈夫だ。
「わかりました。あちらの味が、お口に合うかどうかまでは保証できませんが、ご試食お願いいたします」
アキレウス様の分も小皿を用意する。そうして本当にひとくち分だけを盛り付けた。
「……これだけか?」
「お口に合いましたら、もう少し取り分けます」
「わかった」
言った側から、アキレウス様はフォークで麺を巻き付けてひとくちで食べる。
「うん、美味い!ただのパスタではないのだな。弾力も舌触りも変わっている」
それで中華麺の説明をすると、興味深げに質問攻めにあった。重曹はあるそうだけれども、麺を作る材料の「かん水」は知らないそうだ。重曹があれば、もう少し中華麺らしくなる。わたしは次の料理の機会に、心がときめいた。
根っから料理が好きなのだ。ただ、社会人になってからは仕事が忙しくて、だんだんと料理をする時間も気力もなくなって……結局死んじゃったけれども。
料理動画も好きだし、簡単にできる料理アカウントをSNSでフォローもしていた。
寮で料理をすることも、誰かが完食したお皿を洗うのも、今みたいに「美味しい」と感想を聞くのも、とても幸せだ。
「アキレウス様。わたし、料理がしたいので、騎士団の任命を受けます!どうか末永く雇用のほど、お願いいたします」
「ああ、もちろんだとも。これから毎日、俺たち騎士の胃袋を支えてくれ」
「はい!」
◇
返事をした数日後、騎士団への正式な手続きを済ませたわたしは、騎士団の施設へと向かうことになった。その前に、まだ病院にいるヘレンへと挨拶に向かう。
「ヘレン、具合はどう?」
「腫れはひいて、もう少しで退院できそうよ」
足首に補助のギブスをつけて、ひょこひょこと歩く。熱もすっかり下がり、それからわたしのように悪夢もみることはなかったと聞いて、内心とてもほっとした。ヘレンの心に傷が残らなくて良かった。
「わたし、これから騎士団で働くことになったの」
「うん、寮で聞いてた通りよね。就職おめでとう!」
「ありがとう。寮よりもたくさん食べる人がいるみたいだから、すごく楽しみ」
「私も退院したら就活がんばらなきゃ。……そうだ、休みが合ったら一緒に遊べたりする?」
「うん、出来ると思う」
ただし料理のできる異世界から来た人には、護衛が付く――というのはヘレンには明かしていない。今だって、病室の外にひとり待機している。
「ヘレンが就職したら教えて。わたし、お祝いするから」
「絶対よ、私も退院したらちゃんとお祝いを送るから」
「うん。約束ね」
わたしたちはぎゅっと握手をして、それから肩を抱き合った。
ひさしぶりに会って、ヘレンの顔を見たら嬉しくて、それにほっとして泣きそうなくらい安心した。
病室を出て、感情があふれてぽろっと涙がこぼれた。
それから馬車で騎士団へと向かう。
王都の中央にある騎士団の建物、そのなかに居住スペースがあった。男性ばかりと聞いていたが、わたしに与えられたのは上質な調度品がある……貴族のお部屋みたいな一室だった。
「……こ、ここが、わたしの部屋なんですか?」
「ええ、そうです。シズク様」
護衛をしていた騎士団のひとが答えてくれる。この人はアキレウス様の部下だそうだ。
「グラファリウム様からも、騎士団でただひとりの女性となるので丁寧に対応するようにとお聞きしております」
「丁寧に、ですか……」
丁寧の程度が、わたしの知っているものときっと違うのだろう。そういえばグラファリウムさんは、わたしが異世界に来た頃からずっと優しかった。
最近ちゃんとお会いできていないのだけど、今度会えたら改めてお礼を伝えなくちゃ。
部屋に通されて、騎士団で勤める際の制服も支給される。
調理用の服は、いわゆるシェフの服だ。男性と同様にスカートではなくてパンツスタイルなので、動きを制限されずに料理に集中できそうだ。
「着替えが終わりましたら、キッチンへと案内します」
「はい!今行きます」
キッチンでは騎士団を長年支える料理人のみなさんが、待っていた。
「スズキシズクです。どうぞよろしくお願いいたします」
異世界から来た人、しかも女性はわたしが初めてだそうで、けれどもとてもあたたかく迎えてくれた。
料理人のまとめ役になっている料理長が「さっそくだが」と挨拶を簡単に済ませて切り出した。
「料理をはじめたいんだが、ラーメンというものを騎士団長が所望している。シズクが知っているというので、教えてくれないか?」
アキレウス様は、数日前に食べたラーメンを料理長に話していたそうだ。料理長も聞いた話からレシピの再現をしようとしたが、見たことも食べたこともないものなので味の正解がわからない。だからこの日を待っていたと教えてくれた。
「わかりました!」
わたしも元気に返事をして、それから用意する材料を伝える。
料理長が指示をして、騎士団全員の料理を完成させた。
ちょうどお昼時になって、食堂へと騎士団のみなさんが集合する。食堂とつながっているキッチンの扉から、こっそりとみなさんの食事風景をのぞく。はじめてみる料理に戸惑ったり、興味を示したりとしていたみなさんが、ラーメンを受け入れて「美味しい」と喜ぶ姿をみることができた。
ほっと胸をなでおろして、それから後片付けまできっちりと仕事をこなす。
次の仕込みなども終える頃、アキレウス様がわたしを呼んだ。
「シズク。聖女様が食べたいものは、ラーメンで合っていた」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、だけど作れるものが城にいないので、付いてきてほしい」
「えっ」
驚いた途端に、わたしは光に包まれていた。
眩しさで目を閉じて、そうしてまたアキレウス様の声で目を開ける。
「着いたぞ」
アキレウス様の声で目を開ける。
薄いベールに包まれた大きなベッドには、わたしと同じ黒髪の女性が横たわっていた。うっすらと目を開けた瞳も、黒くて、そうして生気がうすいことも一目でわかった。
「……あなたは、」
「わたしは、スズキシズクです」
「……ふふ、わたしもスズキ。スズキハナコよ」
「聖女、様、ですよね」
確認しあうように、ゆっくりと会話を続ける。
「ええ、そう」
「あの、わたし、聖女様が食べたいっていうものがわかったみたいで」
「ハナコって呼んでくれる?」
「ハナコさんの食べたいもの、ラーメンですよね。……作ったら、食べますか?」
「もちろんよ。ずっと、ずっと食べたかったの」
念のために、スープのこだわりがあるか聞いたら、中華麺だったらなんでもいいと返ってきた。また戻ってくるからと念を押して、アキレウス様がまた魔法を使って騎士団のキッチンへと移動させる。
さきほどの料理のスープはまだあって、温める。代用中華麺を作り、スープといっしょに器に盛る。具も見た目が大事だと思って、さっきと同じように野菜炒めと焼きベーコンを添えた。
結果的に、弱弱しそうに見えたハナコさんは、食べるうちになんだか元気になっていき、完食をした。また食べたいという感想ももらって、わたしは大満足をした。
「シズクさん、これからも時々は会いに来てほしいわ」
「ええ、もちろんです……って、勝手に決めても良かったですか?アキレウス様」
「聖女様のお願いなのだ、かまわないだろう」
そんな簡単にいいのだろうかと思ったけれども、聖女様が元気になったおかげで神聖なる力も回復したらしいから良いとのことだった。
騎士団の食事作りは、料理長がレシピを考えていた。わたしも普段は新人として、皿洗いやら下準備やらが殆どだ。もちろん、特別扱いされないほうがほっとする。新社会人らしいというか、これが当たり前だと思うし。
だけど料理長もずっと考えるのは大変だし、味の変化がある方がみなさんに喜ばれるからと、わたしを含めて、料理人にレシピの提案する機会をくれる。わたしも現代から持ち出したアレンジレシピを提案した。採用されることも、まったく採用されないこともあるからおもしろい。
グラファリウムさんも、時々騎士団へとやってくる。
そうしてわたしのことを「シズク殿」と呼んだり、なにかと気にかけてくれるのは変わらない。それについてアキレウス様がからかったりするけれども、わたしからしたらこの世界でちゃんと生きられるようにしてくれるきっかけになった恩人なのだ。
お礼を伝えてもにこやかに笑い「君が幸せならよかった」という。
グラファリウムさんの好きな料理は何だろう?ケントさんと相談して、いつか好きな料理を作ってあげたいと思う。私にできることで、1番の得意なものは料理だから、美味しいものでお返しをしたい。
わたしは、今日も、この世界で元気に料理をつくって生きています!
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悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした…
アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか?
痩せっぽっちの王女様奮闘記。
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