7 / 28
07.
しおりを挟む
食事を終えて、わたしとヘレンは部屋へと戻ろうとしたところ、調理補助をしていた男性に引き留められた。
「今日の食事はどうでしたか?」
「ええ、とっても美味しかったです」
「良かった。あなたが領主様が気に入られるほどの料理を作る方だと聞いていたので、緊張していたんですよ」
「えっ……あぁー、そんな大したものじゃないですよ。あなたの料理のほうが美味しかったです。お名前を聞いてもいいですか?」
「ええ、もちろんです。俺はハヤシケントと言います。ケントと呼んでください」
「ケントさんですね。わたしのことは、シズクと呼んでください」
ケントさんが右手を出したので、私も右手で握手をする。
「本当に流暢な言葉遣いで、驚いています」
「そうなんですか?私はみなさんの言葉はすべて、日本語で聞こえるんです。ケントさんもヘレンも、こちらの言葉で話しているんですよね?」
「ええ、もちろん」
「私もよ。シズクには言葉の壁がないの?」
「ぜーんぜん!けど、他のことは何にもわからないの。だから、ふたりとも教えてくれると、嬉しい」
ふたりとももちろん!と同意してくれた。
それからケントさんは、明日の仕込みをしてから寝るんだといって、調理場へと戻っていった。
「明日はどんな料理が食べられるんだろう」
「そっか、シズクは知らないんだよね」
ヘレンが言うには、食事の当番は日替わりで、今日はわたしが入所するからと特別メニューだったそうだ。普段はもう少し質素な、こちらの国の食事になっている。
「そっか、だからおかずが多かったりしたんだね」
「まあね、でも別にまずいわけじゃないんだよ。ちょーっと、担当する人によって個性が出るだけっていうか」
「ふーん……食べられないわけじゃないよね……?」
「ま、まあね。今日のケントさんは大当たり。あの人、こちらに来る前は料理を仕事にしてたんじゃないかなって、誰か言ってたよ」
……わざわざ料理の感想を聞きに来たんだもんね。気になったのかも。
おなかいっぱいになって、部屋に戻ったら眠くなりそうだった。けれど、施設での生活はお風呂も共同で、眠いけれどもお風呂の時間を逃せない。ヘレンといっしょに、タオルを持って大浴場へと向かう。
ホテルの大浴場みたいな大きなお風呂。こちらは男性と女性に分かれていて、決まった時間だけ開放されている。アメニティは備え付け、もしくは自分たちで持ってきているひともいる。
私は備え付けのものを借りて、頭と体を洗った。
……なんていうか、聖女様の考えた施設だけあって、思ったよりも快適。こちらに来る前はひとり暮らしなのもあって、ご飯を作るのも食べるのも片付けるのも自分がやらないと、誰もやるひとがいない。疲れて帰ってお風呂に入るのもしんどくて、眠いからお布団に入って朝にシャワーだけとか、むちゃくちゃな日々だった。
ここは誰かが作った温かい食事もあって、足を伸ばしてくつろげるお風呂もあって、部屋にはふかふかの布団があって。
なんて素敵な生活だろう……!
こちらにいるかわからない、神様への感謝の言葉が脳内をよぎっていた。
翌朝からは、ヘレンたちと一緒に、本格的な施設での生活が始まった。
ちなみに朝ごはんは、パンとベーコンエッグ、トマトサラダ、野菜をみじん切りにしたコンソメスープ。味付けは簡素だったけれども、それがまた美味しかった。ヘレンはこちらのほうが馴染みがあると言った。
授業のある講堂へと向かう。席は決まっておらず、ヘレンと隣同士座る。
クレハさんがやってきて、わたしの隣へ座っていいか聞いたので「もちろんですよ」と言った。
「まだわからないことがあるでしょうし。なんでも聞いてください」
「ありがとうございます、心強いです」
……言葉が最初からわかることで、授業への理解は高かったと思う。わからないこともすぐに質問できるし、何を言っているかわかるから授業にもそれなりについていける。英語をある程度聞き取れる人が、初心者コースで学んでいるようなものだ。
こちらの国の言葉を学ぶ、日本でいう「国語」の授業は、問題なく学ぶことができた。
歴史については、まず国の名前、地名、王様の名前やら各聖人の名前なんかもあって、全部が日本の名前と違うから、聞き取ってメモをするのが精いっぱいだった。
授業の合間の休憩時間、クレハさんが先に書いていたノートを見せてもらう。
綺麗な字で書いてあるけれども、残念ながらこちらの国の言葉なので、わたしには読めても書けない。単語の書き順や、一文字ずつの意味などを聞いて、日本語でノートに書き写す。その下には、書き順や、単語を使った言葉も書き足していく。
書き写すことも勉強だと言われて、小学生の時にひたすら漢字をのノートに書いた日々を思い出した。
「シズクさんは、文字を書けるようになったら施設を出られそうですね」
「まさか、まさか。こちらの国の仕組みだってまだわかってませんし、それに職につくことだって、まだ見通しがついていません」
「そうなんですか?てっきり、領主様のもとへ戻るのかと」
「えっ、やっぱりシズクさんは領主様と結婚するんですか?」
「え……なんで、そんなことを?」
私が領主様に拾われたことは、とっくに周知していたそうで。施設長に「くれぐれもよろしく」と念を押したので、領主様と恋愛関係なのかと思った人がそのうわさを広めたらしい。
「……ち、違いますよ!道端で拾われただけなので、ぜんぜんそんな関係じゃ」
「道端で拾われるって、それも運命のひとつじゃないの?」
「いや、ぜんぜん。っていうか、色気もないシチュエーションじゃないの」
「そうかなー?でもさ、わざわざ領主様が送り届けるんだよ?」
「いや、うん、まあ、うーん……」
そういえばそうか、とちょっと納得しそうになる。そういえばグラファリウムさんは領主様で、日本でいえば都道府県知事とか、そういった立場の人だもんね。お屋敷のひとに頼んで、私を送ることだってできたはずだ。
「ね?もしかしたらって、あるかもしれないよ?」
「うー……うーん。でもさ、私の心当たりはひとつしかないよ。あのお屋敷の料理があんまり美味しくなくて、頼み込んでキッチンを借りて料理を作ったってくらいだよ」
「えっ、領主様の胃袋つかんだの?」
「つかんだっていうか、料理がまずかったからっていうか……」
次の授業がはじまってしまい、その話はあとでになった。
ヘレンが期待するような、ときめきのある出会いでもなければシチュエーションでもなくて、話をしていくとだんだんと残念そうな顔になるのが申し訳なかった。
それにグラファリウムさんは既婚者だ。離れたとしても、今もきっとふたりのことを想っているのだろう。
クレハさんは、私たちの会話を聞きながら、なにやら思案をしていた。けれども、今日の食事の当番、料理補助がクレハさんの番だったそうで。先に寮へと戻っていった。
「今日の食事はどうでしたか?」
「ええ、とっても美味しかったです」
「良かった。あなたが領主様が気に入られるほどの料理を作る方だと聞いていたので、緊張していたんですよ」
「えっ……あぁー、そんな大したものじゃないですよ。あなたの料理のほうが美味しかったです。お名前を聞いてもいいですか?」
「ええ、もちろんです。俺はハヤシケントと言います。ケントと呼んでください」
「ケントさんですね。わたしのことは、シズクと呼んでください」
ケントさんが右手を出したので、私も右手で握手をする。
「本当に流暢な言葉遣いで、驚いています」
「そうなんですか?私はみなさんの言葉はすべて、日本語で聞こえるんです。ケントさんもヘレンも、こちらの言葉で話しているんですよね?」
「ええ、もちろん」
「私もよ。シズクには言葉の壁がないの?」
「ぜーんぜん!けど、他のことは何にもわからないの。だから、ふたりとも教えてくれると、嬉しい」
ふたりとももちろん!と同意してくれた。
それからケントさんは、明日の仕込みをしてから寝るんだといって、調理場へと戻っていった。
「明日はどんな料理が食べられるんだろう」
「そっか、シズクは知らないんだよね」
ヘレンが言うには、食事の当番は日替わりで、今日はわたしが入所するからと特別メニューだったそうだ。普段はもう少し質素な、こちらの国の食事になっている。
「そっか、だからおかずが多かったりしたんだね」
「まあね、でも別にまずいわけじゃないんだよ。ちょーっと、担当する人によって個性が出るだけっていうか」
「ふーん……食べられないわけじゃないよね……?」
「ま、まあね。今日のケントさんは大当たり。あの人、こちらに来る前は料理を仕事にしてたんじゃないかなって、誰か言ってたよ」
……わざわざ料理の感想を聞きに来たんだもんね。気になったのかも。
おなかいっぱいになって、部屋に戻ったら眠くなりそうだった。けれど、施設での生活はお風呂も共同で、眠いけれどもお風呂の時間を逃せない。ヘレンといっしょに、タオルを持って大浴場へと向かう。
ホテルの大浴場みたいな大きなお風呂。こちらは男性と女性に分かれていて、決まった時間だけ開放されている。アメニティは備え付け、もしくは自分たちで持ってきているひともいる。
私は備え付けのものを借りて、頭と体を洗った。
……なんていうか、聖女様の考えた施設だけあって、思ったよりも快適。こちらに来る前はひとり暮らしなのもあって、ご飯を作るのも食べるのも片付けるのも自分がやらないと、誰もやるひとがいない。疲れて帰ってお風呂に入るのもしんどくて、眠いからお布団に入って朝にシャワーだけとか、むちゃくちゃな日々だった。
ここは誰かが作った温かい食事もあって、足を伸ばしてくつろげるお風呂もあって、部屋にはふかふかの布団があって。
なんて素敵な生活だろう……!
こちらにいるかわからない、神様への感謝の言葉が脳内をよぎっていた。
翌朝からは、ヘレンたちと一緒に、本格的な施設での生活が始まった。
ちなみに朝ごはんは、パンとベーコンエッグ、トマトサラダ、野菜をみじん切りにしたコンソメスープ。味付けは簡素だったけれども、それがまた美味しかった。ヘレンはこちらのほうが馴染みがあると言った。
授業のある講堂へと向かう。席は決まっておらず、ヘレンと隣同士座る。
クレハさんがやってきて、わたしの隣へ座っていいか聞いたので「もちろんですよ」と言った。
「まだわからないことがあるでしょうし。なんでも聞いてください」
「ありがとうございます、心強いです」
……言葉が最初からわかることで、授業への理解は高かったと思う。わからないこともすぐに質問できるし、何を言っているかわかるから授業にもそれなりについていける。英語をある程度聞き取れる人が、初心者コースで学んでいるようなものだ。
こちらの国の言葉を学ぶ、日本でいう「国語」の授業は、問題なく学ぶことができた。
歴史については、まず国の名前、地名、王様の名前やら各聖人の名前なんかもあって、全部が日本の名前と違うから、聞き取ってメモをするのが精いっぱいだった。
授業の合間の休憩時間、クレハさんが先に書いていたノートを見せてもらう。
綺麗な字で書いてあるけれども、残念ながらこちらの国の言葉なので、わたしには読めても書けない。単語の書き順や、一文字ずつの意味などを聞いて、日本語でノートに書き写す。その下には、書き順や、単語を使った言葉も書き足していく。
書き写すことも勉強だと言われて、小学生の時にひたすら漢字をのノートに書いた日々を思い出した。
「シズクさんは、文字を書けるようになったら施設を出られそうですね」
「まさか、まさか。こちらの国の仕組みだってまだわかってませんし、それに職につくことだって、まだ見通しがついていません」
「そうなんですか?てっきり、領主様のもとへ戻るのかと」
「えっ、やっぱりシズクさんは領主様と結婚するんですか?」
「え……なんで、そんなことを?」
私が領主様に拾われたことは、とっくに周知していたそうで。施設長に「くれぐれもよろしく」と念を押したので、領主様と恋愛関係なのかと思った人がそのうわさを広めたらしい。
「……ち、違いますよ!道端で拾われただけなので、ぜんぜんそんな関係じゃ」
「道端で拾われるって、それも運命のひとつじゃないの?」
「いや、ぜんぜん。っていうか、色気もないシチュエーションじゃないの」
「そうかなー?でもさ、わざわざ領主様が送り届けるんだよ?」
「いや、うん、まあ、うーん……」
そういえばそうか、とちょっと納得しそうになる。そういえばグラファリウムさんは領主様で、日本でいえば都道府県知事とか、そういった立場の人だもんね。お屋敷のひとに頼んで、私を送ることだってできたはずだ。
「ね?もしかしたらって、あるかもしれないよ?」
「うー……うーん。でもさ、私の心当たりはひとつしかないよ。あのお屋敷の料理があんまり美味しくなくて、頼み込んでキッチンを借りて料理を作ったってくらいだよ」
「えっ、領主様の胃袋つかんだの?」
「つかんだっていうか、料理がまずかったからっていうか……」
次の授業がはじまってしまい、その話はあとでになった。
ヘレンが期待するような、ときめきのある出会いでもなければシチュエーションでもなくて、話をしていくとだんだんと残念そうな顔になるのが申し訳なかった。
それにグラファリウムさんは既婚者だ。離れたとしても、今もきっとふたりのことを想っているのだろう。
クレハさんは、私たちの会話を聞きながら、なにやら思案をしていた。けれども、今日の食事の当番、料理補助がクレハさんの番だったそうで。先に寮へと戻っていった。
132
お気に入りに追加
2,407
あなたにおすすめの小説

我が家に子犬がやって来た!
もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
転生幼女の異世界冒険記〜自重?なにそれおいしいの?〜
MINAMI
ファンタジー
神の喧嘩に巻き込まれて死んでしまった
お詫びということで沢山の
チートをつけてもらってチートの塊になってしまう。
自重を知らない幼女は持ち前のハイスペックさで二度目の人生を謳歌する。
料理屋「○」~異世界に飛ばされたけど美味しい物を食べる事に妥協できませんでした~
斬原和菓子
ファンタジー
ここは異世界の中都市にある料理屋。日々の疲れを癒すべく店に来るお客様は様々な問題に悩まされている
酒と食事に癒される人々をさらに幸せにするべく奮闘するマスターの異世界食事情冒険譚

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる