料理がしたいので、騎士団の任命を受けます!

ハルノ

文字の大きさ
上 下
4 / 28

04.

しおりを挟む
 お屋敷のキッチンへ案内される。
 キッチンは広くて、レストランで働いていた頃の厨房を思い出した。ただし、ガスコンロではなくて、キッチンの奥に石を組み合わせて作ったかまどがあった。石窯もあったので、ピザやパンを焼くこともできそうだった。
 とはいえ、おなかはとっても減っている。簡単に手早く、美味しく食べられるものを作りたい。

 キッチンに筋肉質の大きな男性がいた。白くて裾の長い服と、同じく白い帽子をかぶっている。服には調理の汚れなのか、茶色い染みもある。

「彼はここの料理長だ。こちらはシズク殿」
「よろしくお願いします」

 わたしが手を差し出すと、料理長さんは大きな手でがしっと握った。

「あんたが……そうか、よろしくな!」

 顔は強面な感じだけれども、笑うとニカっと白い歯が見えて爽やかそうだ。
 グラファリウムさんは、さっそく料理長さんに話を通す。

「シズク殿は、聖女様と同様に異世界からきたのは知っているな。こちらと食事が違うから、街の食堂まで行ったが少しトラブルになってしまった。なので、屋敷のキッチンで調理をしてもらおうと思ったんだ」
「へぇへぇ、そういやそんな話、仕入れ先からもあったな。ジェミニがスープを替えに来たんで、口に合わないかと思ったら」
「もったいないことをしてしまって、すみません!」
「ああ、良いってことよ。俺も勉強すっから、好きに作ってみな」

 料理長さんは機嫌を損ねることもなく、調理器具の場所、食材の場所を教えてくれた。
 実はちょっと、ドキドキしていた。料理長さんの見た目は上司と変わらないくらいだったから。機嫌を損ねて、キッチンを使ってはだめだと怒鳴られたらどうしようと、勝手に想像していた。

「料理長さん、ありがとうございます!」
「なんか手伝うことがあれば言ってくれ」
「すみません、私の世界だと火力の調整は簡単にできたんですが、こちらはどうすれば……」

 コンロと違うので困ってしまったが、鍋のおき場所を変えるだけだそうだ。手前から強火、中火、弱火くらいになる並びとなっている。
 ちなみに調味料も揃っていた。嗅いだことのあるハーブの香りがあり、ガーリックや塩、コショウもあった。……道具は揃っているのに、なぜ味がまずかったのだろう。疑問は残っていたが、おなかの音が止まらないので、調理を始めることにした。

 こちらの世界に来て、最初から言葉が理解していたのは、自動的に私の知っている言葉に翻訳されているのかも……と気が付いた。
 目の前にある鶏肉も、ニンジンも、彼らは「鶏肉、ニンジン」と言っているが、唇の動きは違う。鶏肉は、見た目もちょっと変わっていて、鶏もも肉と聞いた部位は日本のものの数倍の大きさをしていた。鶏の体長も、にわとりよりも大きいらしい。

 ニンジンも大きくて、オレンジの大根だと言われても信じてしまいそう。ただ、皮を向いてみれば独特の匂いがあり、大きさだけが違うのかもしれないと思った。

 フライパンに油をしいて、塩コショウと少しガーリックを擦り付けた、鶏肉を焼く。じゅうじゅうと音を立てて、ガーリックの匂いが食欲をそそる。表裏と焼き色がついたら、一度取り出して、今度はニンジンを薄くいちょう切りにしたもの、玉葱も薄切りにしたものを投入する。しんなりしたら水を入れて、沸騰させる。その間に鶏肉をスライスして、野菜が煮えた後入れて、しっかりと加熱する。本当はじっくりコトコト煮込んだりしたいところだが、手早く簡単に食事をしたいので、我慢する。

 鶏肉と野菜のお出汁も出たスープの完成だ。
 カレーやシチューにもできるし、トマトがあればトマトスープにもなる。

 料理長さんが用意したスープ皿に移して、三人で食べる。
 今朝のスープとだいぶ違うだろうかと、ふたりの様子を見ながらだけれども、わたしは美味しく完食した。ふたりはと言えば、複雑そうな顔で食べるグラファリムさんと、ぺろっと食べる料理長さん。彼はこの料理を受け入れたらしかった。

「……お口に合いませんでしたか?」

 グラファリウムさんに聞くと、「いや、大丈夫だ」と返ってくる。そうして完食した料理長さんと、彼の皿を見比べた。

「料理長は、この料理をどう思った?」
「美味かったっすよ」
「……そうか」

 グラファリウムさんもお皿をからっぽにして、食事を終える。
 食器を料理長さんが洗うと言ったけれど、料理をしたのはわたしだ。片付けをさせるなんて申し訳ない。

「わたしが片づけをします」
「良いってことよ。上手い料理をくわせてもらったんだ。……へへっ。もし娘が大きくなれば、こんな感じなんだろうな」
「娘さんがいらっしゃるんですか?」
「あー。……まあな。今は離れて暮らしてるけど、な」

 と料理長さんは言葉を濁した。
 単身赴任や、もしかしたら離婚をしたのかもしれないと思い返して、踏み込んだことを聞いたと反省する。

「すみません」
「いや、良いんだ。……うん、オレが話したくなったんだ。気にせんでくれ」
「――料理長、夕食はどうする?」

 グラファリウムさんが話を切り替えた。
 うーんと料理長は唸って、でもニカっと笑い、わたしを見た。

「夕食も作ってみるか?」
「良いんですか?」
「おう、オレはあんたを気に入った」

 料理長さんの元気な声を聞いて、私たちはキッチンから離れた。
 食後のお茶を用意したとジェミニさんがやってきて、部屋に通される。花の香りの紅茶は香しくて、好みであればと砂糖も勧められた。ひとつだけ入れて、匙で混ぜる。

「シズク殿の料理は大変美味しかった。あれが本当の美味しいという料理なんだろうな」
「ありがとうございます。ええっと、料理長さんの料理もヘルシーだと思いますよ」
「気を遣わせたな。すまない。料理長は数年前から味覚の変化があった。だんだんと味が変わっていたのだが、本人に言い出せなかった。先代のレシピを守っているという自負していたのと……料理長を放っておけなくてな」
「そうなんですね……」
「娘の話をしただろう?……あれはな、事故で娘を亡くしているのだ」
 
 踏み込んでいいものか、ちょっと悩み、言葉が詰まる。
 わたしくらいの年齢の娘さんだと言った。結婚しているかもしれないし、もしかしたら孫がいて、おじいちゃんになっていた可能性もある。

「俺は彼をここに留め置くしかできない。シズク殿と料理をすることで、少しでも彼の心が癒えたようだ。感謝する」
「わたしは……料理をしたかっただけなので」

 原因のひとつを聞いて、こちらの世界との味覚の差があるわけでもなさそうで、ホッとした。
 こちらの世界の味付けが、こういったものなのだろうと思っていたから。

 でも、わたしもきっと日本では死んでしまっただろうから、向こうの世界で家族が同じように傷ついているかもと、ふとよぎって胸が痛んだ。

「そういった事情があってな。外での食事をなかなかできないので、実は街での食事も楽しみだった。トラブルはあったが、おかげでシズク殿から良い食事を得られた。感謝している」
「いえ、そんな……見ていただいた通り、難しいことはしていません。それに、料理長さんとグラファリウムさんさえ良ければ、許可をいただけるならば、私も料理がしたいです」

 美味しい料理を食べられた以外にも、私は満足したものがあった。
 それは、誰かと同じ食事をすること。美味しいと言ってもらえたこと。

 ひとり暮らしの長かった私には、久しぶりすぎる感覚を得て、うれしくて仕方がなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

最強陛下の育児論〜5歳児の娘に振り回されているが、でもやっぱり可愛くて許してしまうのはどうしたらいいものか〜

楠ノ木雫
ファンタジー
 孤児院で暮らしていた女の子リンティの元へ、とある男達が訪ねてきた。その者達が所持していたものには、この国の紋章が刻まれていた。そう、この国の皇城から来た者達だった。その者達は、この国の皇女を捜しに来ていたようで、リンティを見た瞬間間違いなく彼女が皇女だと言い出した。  言い合いになってしまったが、リンティは皇城に行く事に。だが、この国の皇帝の二つ名が〝冷血の最強皇帝〟。そして、タイミング悪く首を撥ねている瞬間を目の当たりに。  こんな無慈悲の皇帝が自分の父。そんな事実が信じられないリンティ。だけど、あれ? 皇帝が、ぬいぐるみをプレゼントしてくれた?  リンティがこの城に来てから、どんどん皇帝がおかしくなっていく姿を目の当たりにする周りの者達も困惑。一体どうなっているのだろうか?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

処理中です...