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聖女の儀式が行われた数か月前。
世界は暗黒に包まれた。陽がささないため、作物は枯れ、生き物も生命力を失っていた。千年に一度起こるかどうかの大災禍だと、大聖堂の司教様が言った。
大聖堂には過去の大災禍の記録があり、世界に光を取り戻すために「聖女」を呼ぶ儀式があった。
聖女の儀式でこちらの世界に呼ばれた人こそ、スズキハナコさん。彼女が、聖女様だけが使えるという祈りの言葉を告げると、一瞬で世界に光が戻ったという。
「……私は別に呼ばれたわけでもなさそうですね」
まあ、貴方が聖女様です!世界を救ってください!なーんて、急に言われても困っただろうし。
2杯目のお茶を飲み、手元の焼き菓子をかじる。見た目はクッキー、砂糖がたっぷり入っているのか甘い。お茶で甘さを中和して、またクッキーをかじる。食事が美味しくなかった分もあり、正直に言うとやめられない止まらない感じだ。
ジェミニさんがお茶のお代わりを淹れてくれて、クッキーは王族御用達の逸品だと教えてくれる。それは美味しいに決まっているけれど、あんまり食べるのも意地汚いかも……。手に持ったクッキーを食べたら、あとはお茶だけをいただいた。
「儀式の影響で、こちらに呼ばれた可能性はある。実際に、この領土ではないが、言葉の通じない民を保護した事例は騎士団から報告されている」
「……どれくらいですか?」
「月にひとりか、ふたり」
私と同様に保護されるけれども、言葉が通じないことと文化の違いで心を閉ざしたり、病んでしまうこともあるらしい。言語の知らない外国に急に放り込まれたようなものだろう。
「……私は、言葉が通じますね」
「ああ、そうだな。シズク殿のようにこちらの言葉を最初から話せる者は珍しい。大抵は一定の保護下に置かれてから、職を得て暮らしているのだ」
「あ……。帰る方法は……」
「すまない。こちらに呼ぶことはできても、帰る手段は今のところ見つかっていない」
うーん、これも漫画で読んだことがある。じゃあ、ここで暮らすことになるのかしら?
帰るといっても、勤め先は真っ黒すぎて、また体調を崩しかねない。再就職する時間も体力もなさそうだ。むしろ、最後の記憶はもう思い出したくないくらいしんどいから――。
「わかりました!じゃあ、ここで何とか暮らします♪」
日本の私はもう死んだと思って、思い切って新天地で生きよう。そうしましょう。
「良いのか?」
「良いもなにも、帰る方法もないですし」
「そうだな。すまない。だが、シズク殿がここでの生活に慣れるよう、色々と手配しよう」
「……そういえば、どうしてそんなに優しいのですか?ただの行き倒れですよね、私」
「……うっ!」
グラファリウムさんは、かぁっと顔を赤くして、目をきょろきょろと動かした。
あれ、何かまずいことでも言ったのだろうか。
ジェミニさんはそんな彼のカップにお茶を注いだ。
「旦那様が、シズク様を保護した話はしましたが。その時の詳細まではさらっとお伝えいたしました。シズク様も、状況がわからないままだったでしょうし、あれは不可抗力だったかと」
「だ、だが、未婚の女性の……は、肌を…………っ!」
肌……?
そういえばと、今朝のジェミニさんとの会話を思い出す。
道端に、身ひとつで倒れていたと言っていた。
「服、着ていなかったんです、よね……?」
ジェミニさんと目が合うと、彼女はこくりと頷いた。グラファリウムさんはとうとうテーブルに伏せてしまい、耳が真っ赤になっている。ちなみに背後に立っているであろうアスターさんは、気配も動く音もしない。壁のように止まっているのだろうか。
まあ……うん……。異性の裸って、あんまり見る機会ないですよね。色気のあるボディラインでもないし、申し訳ない気持ちになる。
「えーっと、事故なんで。セーフですよ、セーフ。それにそのまま倒れていたら行き倒れてたかもしれませんし。助けてくださって、ありがとうございます。えっと、私は気にしませんから」
何がセーフやねん!とつっこむ人もいないため、私の空笑いだけが部屋に響いた。
「ということで、旦那様。シズク様も気にしていませんので、本日は手続きをちゃちゃっとしちゃってくださいませ」
空気を変えたのはジェミニさんだった。
いつの間にか紙の束を抱えている。それをグラファリウムさんの前にどーんと置いて、インクとペンもセットした。
「ああ、すまない。シズク殿、文字は読めるか?」
グラファリウムさんは書類を一枚こちらへと渡した。英語の筆記体のようなくずし字がみえて、その文字は脳内で意味のある言葉に変わる。読んでいるというより、頭のなかで自動翻訳しているようだった。
「読めます。ここに名前や年齢を書けばいいんですね?」
「文字も読めるのか。じゃあ、わかるところだけ書いてくれ」
「はい」
名前を書こうとして、どの文字で書くか悩んだ。
「あの、文字はどう書けばいいでしょうか?日本語でも大丈夫ですか?」
「ああ、そうだった。ええと、ニホンの文字を書いてくれ。そのあと、こちらで読みを書くとしよう」
「わかりました」
漢字で名前と、日本の住所、誕生日、年齢を書く。
そうして紙をグラファリウムさんへ返すと、読み方を聞かれて、私の文字の上部、ルビを振るようにさらさらと文字を書いていた。
「次の書類は、今すぐ決めなくてもいいものだ。取り敢えず目を通してくれ」
書類を受け取り、文字を読む。
どんな仕事をしたいのか、そのサポートの為の書類だった。
「……そう、ですね。まだちょっと考えられないです」
「だろうな。皆、すぐには決められるものではない。この世界のことを知る学校がある。まずはそこに通って、得意なものを職にするといい」
「学校ですか?」
グラファリウムさんは疑問の答える代わりに、パンフレットを見せてくれた。寮付きの学校で、日本でいうならば小学校のように一から勉強をして、卒業する頃にはこの世界に馴染んでいる予定だそうだ。これも2か月前に整備された施設だそうだ。
施設ができてから保護された人たちは、健康面でも問題があまりないそうだ。
「聖女様が提案した施設だそうだ。実際の運営は国がやっているが、こちらの世界に来た者が馴染みやすくなっている」
「わかりました。学校に行きます」
「決断が早いな」
「悩んでも仕方ないですし、それにこの世界のこともわかって衣食住が得られるのですよね」
書類を読んで、説明された通りの内容を確認して、サインをする。グラファリウムさんも、説明をして同意を得たというサインをした。
そうしてひとつひとつの書類の内容を確認し、サインなどをしていると、外で鐘の鳴る音がした。
「旦那様、食事をお持ちしましょうか?」
「ああそうしようか」
お昼を知らせる鐘だったそう。そういえばおなかが減った気もする。と、朝ごはんも思い出して、心のなかで頭を抱えた。
食事、あんまり美味しくなかったんだった……!
わぁ、どうしよう。
パンだけなら食べられなくもなかったし、施設に行けばもしかしたら口に合うようなご飯があるかもしれないし。ちょ、ちょっとくらい我慢しなくちゃ。
道端から助けてもらっただけじゃなく、食事をもらえるだけでも、ありがたいことなんだから。
グラファリウムさんは、食事の用意をしようとドアに手をかけたジェミニさんに「ちょっと待ってくれ」と引き留めた。
「彼女の朝食は、いつも通りのものを用意していたのか?」
「ええ、左様ですが」
「そうか。ならば昼は外に食べに行く」
「かしこまりました。では馬車の用意をします」
「頼む」
ジェミニさんが出て行った後、グラファリウムさんはこそっと話した。
「聖女様が、こちらに来た後、なかなか食事を摂らなかったそうなんだ。それを思い出した。食事がどうも違うらしいじゃないか」
「……え、ええ。そうです」
「午後は施設見学もするので、ついでに街で食事をしよう。食堂で君の好みに合うものがあるだろう」
「……!いいんですか?」
するとグラファリウムさんはガハハと豪快に笑った。
「あまり食事をしなかったと報告があったので、もしかして口に合わなかったのかと思ってな。その食堂はニホンではないが、やはり言語の違う民が雇われている」
「……ありがとうござます!」
ということで、お屋敷から馬車に乗って、街へとやってきた。
賑やかな街にはたくさんの人がいて、外国にいるような街の風景が広がっている。
食堂といった建物は、大きな造りになっていた。木製のドアを開けると、ベルが鳴って、複数の男性が「いらっしゃい!」と大声をあげた。
ひとりの恰幅の良い、エプロン姿の男性がやってきて、席へと案内される。
テーブル席に座って、グラファリウムさんは男性へと声をかけた。
「彼はいるかい?」
「彼ですか。今お呼びします!」
男性はキッチンらしい場所へと行き、別の男性が水の入ったグラスを持ってきた。普通のレストランと対応は同じなんだろうか。
そうして水をちびっと飲んでいると、男性たちよりも泥だらけの格好のひょろ長い男性が一緒にやってきた。
「シズク殿。彼もこちらの世界にやってきた人だよ」
「こ、こんにちは!」
「…………」
男性は明るい茶色の髪と、薄茶色の瞳をして、彫りのが深い顔立ちをしている。
「あの、私もここにやってきたばかりです。鈴木雫といいます。貴方の名前を、良かったら教えてもらえますか?」
すると彼はキッと私を睨んだ。
「……お前、なんで言葉がわかるんだよ」
「えっと、なんでって言われても」
「聖女様か?それとも特別な何かでも持ってるのか?」
「エリック、領主さまの前で何を……!」
エリックと呼ばれた彼は、わめきちらして暴れて……。
私はグラファリウムさんに庇われて、彼が大声で怒鳴り散らす声がだんだん遠く消えていくのを、聞いていた。
グラファリウムさんは、傷つけるつもりで来たわけじゃないと詫びた。彼も異世界からやってきて、この場所で就職をしていた。元々料理人をしていたそうで、だったら私の口に合うような食事ができるのではと思ったらしかった。
「……気を遣っていただき、ありがとうございます」
そう答えたものの、エリックさんの声は耳に残って離れなかった。
空腹のまま屋敷へと戻る。
食欲がなくなるくらいショックだなどとしょげて、悲劇のヒロインに……なれる状態でもなかった。
お茶は美味しいけれども、固形物を食べたい。それも美味しいやつ!!おなかが空いて仕方がない。
馬車のなかで、恥ずかしげもなくぐーぐー鳴るおなかを押さえて、私はグラファリウムさんに懇願した。
「一度でいいので、お屋敷のキッチンを貸していただけないでしょうか?食材の費用は、就職してからきちんとお返ししますから!お願いします!!」
グラファリウムさんはあっさりと了承した。
「いいだろう、その代わり俺もお願いがある。その料理、俺にも食べさせてくれないだろうか?」
私は「もちろんです!」と答えて、キッチンを借りることに成功した。
世界は暗黒に包まれた。陽がささないため、作物は枯れ、生き物も生命力を失っていた。千年に一度起こるかどうかの大災禍だと、大聖堂の司教様が言った。
大聖堂には過去の大災禍の記録があり、世界に光を取り戻すために「聖女」を呼ぶ儀式があった。
聖女の儀式でこちらの世界に呼ばれた人こそ、スズキハナコさん。彼女が、聖女様だけが使えるという祈りの言葉を告げると、一瞬で世界に光が戻ったという。
「……私は別に呼ばれたわけでもなさそうですね」
まあ、貴方が聖女様です!世界を救ってください!なーんて、急に言われても困っただろうし。
2杯目のお茶を飲み、手元の焼き菓子をかじる。見た目はクッキー、砂糖がたっぷり入っているのか甘い。お茶で甘さを中和して、またクッキーをかじる。食事が美味しくなかった分もあり、正直に言うとやめられない止まらない感じだ。
ジェミニさんがお茶のお代わりを淹れてくれて、クッキーは王族御用達の逸品だと教えてくれる。それは美味しいに決まっているけれど、あんまり食べるのも意地汚いかも……。手に持ったクッキーを食べたら、あとはお茶だけをいただいた。
「儀式の影響で、こちらに呼ばれた可能性はある。実際に、この領土ではないが、言葉の通じない民を保護した事例は騎士団から報告されている」
「……どれくらいですか?」
「月にひとりか、ふたり」
私と同様に保護されるけれども、言葉が通じないことと文化の違いで心を閉ざしたり、病んでしまうこともあるらしい。言語の知らない外国に急に放り込まれたようなものだろう。
「……私は、言葉が通じますね」
「ああ、そうだな。シズク殿のようにこちらの言葉を最初から話せる者は珍しい。大抵は一定の保護下に置かれてから、職を得て暮らしているのだ」
「あ……。帰る方法は……」
「すまない。こちらに呼ぶことはできても、帰る手段は今のところ見つかっていない」
うーん、これも漫画で読んだことがある。じゃあ、ここで暮らすことになるのかしら?
帰るといっても、勤め先は真っ黒すぎて、また体調を崩しかねない。再就職する時間も体力もなさそうだ。むしろ、最後の記憶はもう思い出したくないくらいしんどいから――。
「わかりました!じゃあ、ここで何とか暮らします♪」
日本の私はもう死んだと思って、思い切って新天地で生きよう。そうしましょう。
「良いのか?」
「良いもなにも、帰る方法もないですし」
「そうだな。すまない。だが、シズク殿がここでの生活に慣れるよう、色々と手配しよう」
「……そういえば、どうしてそんなに優しいのですか?ただの行き倒れですよね、私」
「……うっ!」
グラファリウムさんは、かぁっと顔を赤くして、目をきょろきょろと動かした。
あれ、何かまずいことでも言ったのだろうか。
ジェミニさんはそんな彼のカップにお茶を注いだ。
「旦那様が、シズク様を保護した話はしましたが。その時の詳細まではさらっとお伝えいたしました。シズク様も、状況がわからないままだったでしょうし、あれは不可抗力だったかと」
「だ、だが、未婚の女性の……は、肌を…………っ!」
肌……?
そういえばと、今朝のジェミニさんとの会話を思い出す。
道端に、身ひとつで倒れていたと言っていた。
「服、着ていなかったんです、よね……?」
ジェミニさんと目が合うと、彼女はこくりと頷いた。グラファリウムさんはとうとうテーブルに伏せてしまい、耳が真っ赤になっている。ちなみに背後に立っているであろうアスターさんは、気配も動く音もしない。壁のように止まっているのだろうか。
まあ……うん……。異性の裸って、あんまり見る機会ないですよね。色気のあるボディラインでもないし、申し訳ない気持ちになる。
「えーっと、事故なんで。セーフですよ、セーフ。それにそのまま倒れていたら行き倒れてたかもしれませんし。助けてくださって、ありがとうございます。えっと、私は気にしませんから」
何がセーフやねん!とつっこむ人もいないため、私の空笑いだけが部屋に響いた。
「ということで、旦那様。シズク様も気にしていませんので、本日は手続きをちゃちゃっとしちゃってくださいませ」
空気を変えたのはジェミニさんだった。
いつの間にか紙の束を抱えている。それをグラファリウムさんの前にどーんと置いて、インクとペンもセットした。
「ああ、すまない。シズク殿、文字は読めるか?」
グラファリウムさんは書類を一枚こちらへと渡した。英語の筆記体のようなくずし字がみえて、その文字は脳内で意味のある言葉に変わる。読んでいるというより、頭のなかで自動翻訳しているようだった。
「読めます。ここに名前や年齢を書けばいいんですね?」
「文字も読めるのか。じゃあ、わかるところだけ書いてくれ」
「はい」
名前を書こうとして、どの文字で書くか悩んだ。
「あの、文字はどう書けばいいでしょうか?日本語でも大丈夫ですか?」
「ああ、そうだった。ええと、ニホンの文字を書いてくれ。そのあと、こちらで読みを書くとしよう」
「わかりました」
漢字で名前と、日本の住所、誕生日、年齢を書く。
そうして紙をグラファリウムさんへ返すと、読み方を聞かれて、私の文字の上部、ルビを振るようにさらさらと文字を書いていた。
「次の書類は、今すぐ決めなくてもいいものだ。取り敢えず目を通してくれ」
書類を受け取り、文字を読む。
どんな仕事をしたいのか、そのサポートの為の書類だった。
「……そう、ですね。まだちょっと考えられないです」
「だろうな。皆、すぐには決められるものではない。この世界のことを知る学校がある。まずはそこに通って、得意なものを職にするといい」
「学校ですか?」
グラファリウムさんは疑問の答える代わりに、パンフレットを見せてくれた。寮付きの学校で、日本でいうならば小学校のように一から勉強をして、卒業する頃にはこの世界に馴染んでいる予定だそうだ。これも2か月前に整備された施設だそうだ。
施設ができてから保護された人たちは、健康面でも問題があまりないそうだ。
「聖女様が提案した施設だそうだ。実際の運営は国がやっているが、こちらの世界に来た者が馴染みやすくなっている」
「わかりました。学校に行きます」
「決断が早いな」
「悩んでも仕方ないですし、それにこの世界のこともわかって衣食住が得られるのですよね」
書類を読んで、説明された通りの内容を確認して、サインをする。グラファリウムさんも、説明をして同意を得たというサインをした。
そうしてひとつひとつの書類の内容を確認し、サインなどをしていると、外で鐘の鳴る音がした。
「旦那様、食事をお持ちしましょうか?」
「ああそうしようか」
お昼を知らせる鐘だったそう。そういえばおなかが減った気もする。と、朝ごはんも思い出して、心のなかで頭を抱えた。
食事、あんまり美味しくなかったんだった……!
わぁ、どうしよう。
パンだけなら食べられなくもなかったし、施設に行けばもしかしたら口に合うようなご飯があるかもしれないし。ちょ、ちょっとくらい我慢しなくちゃ。
道端から助けてもらっただけじゃなく、食事をもらえるだけでも、ありがたいことなんだから。
グラファリウムさんは、食事の用意をしようとドアに手をかけたジェミニさんに「ちょっと待ってくれ」と引き留めた。
「彼女の朝食は、いつも通りのものを用意していたのか?」
「ええ、左様ですが」
「そうか。ならば昼は外に食べに行く」
「かしこまりました。では馬車の用意をします」
「頼む」
ジェミニさんが出て行った後、グラファリウムさんはこそっと話した。
「聖女様が、こちらに来た後、なかなか食事を摂らなかったそうなんだ。それを思い出した。食事がどうも違うらしいじゃないか」
「……え、ええ。そうです」
「午後は施設見学もするので、ついでに街で食事をしよう。食堂で君の好みに合うものがあるだろう」
「……!いいんですか?」
するとグラファリウムさんはガハハと豪快に笑った。
「あまり食事をしなかったと報告があったので、もしかして口に合わなかったのかと思ってな。その食堂はニホンではないが、やはり言語の違う民が雇われている」
「……ありがとうござます!」
ということで、お屋敷から馬車に乗って、街へとやってきた。
賑やかな街にはたくさんの人がいて、外国にいるような街の風景が広がっている。
食堂といった建物は、大きな造りになっていた。木製のドアを開けると、ベルが鳴って、複数の男性が「いらっしゃい!」と大声をあげた。
ひとりの恰幅の良い、エプロン姿の男性がやってきて、席へと案内される。
テーブル席に座って、グラファリウムさんは男性へと声をかけた。
「彼はいるかい?」
「彼ですか。今お呼びします!」
男性はキッチンらしい場所へと行き、別の男性が水の入ったグラスを持ってきた。普通のレストランと対応は同じなんだろうか。
そうして水をちびっと飲んでいると、男性たちよりも泥だらけの格好のひょろ長い男性が一緒にやってきた。
「シズク殿。彼もこちらの世界にやってきた人だよ」
「こ、こんにちは!」
「…………」
男性は明るい茶色の髪と、薄茶色の瞳をして、彫りのが深い顔立ちをしている。
「あの、私もここにやってきたばかりです。鈴木雫といいます。貴方の名前を、良かったら教えてもらえますか?」
すると彼はキッと私を睨んだ。
「……お前、なんで言葉がわかるんだよ」
「えっと、なんでって言われても」
「聖女様か?それとも特別な何かでも持ってるのか?」
「エリック、領主さまの前で何を……!」
エリックと呼ばれた彼は、わめきちらして暴れて……。
私はグラファリウムさんに庇われて、彼が大声で怒鳴り散らす声がだんだん遠く消えていくのを、聞いていた。
グラファリウムさんは、傷つけるつもりで来たわけじゃないと詫びた。彼も異世界からやってきて、この場所で就職をしていた。元々料理人をしていたそうで、だったら私の口に合うような食事ができるのではと思ったらしかった。
「……気を遣っていただき、ありがとうございます」
そう答えたものの、エリックさんの声は耳に残って離れなかった。
空腹のまま屋敷へと戻る。
食欲がなくなるくらいショックだなどとしょげて、悲劇のヒロインに……なれる状態でもなかった。
お茶は美味しいけれども、固形物を食べたい。それも美味しいやつ!!おなかが空いて仕方がない。
馬車のなかで、恥ずかしげもなくぐーぐー鳴るおなかを押さえて、私はグラファリウムさんに懇願した。
「一度でいいので、お屋敷のキッチンを貸していただけないでしょうか?食材の費用は、就職してからきちんとお返ししますから!お願いします!!」
グラファリウムさんはあっさりと了承した。
「いいだろう、その代わり俺もお願いがある。その料理、俺にも食べさせてくれないだろうか?」
私は「もちろんです!」と答えて、キッチンを借りることに成功した。
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