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23、勇者

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 サミュエルが執務室を出て数時間後、突然城の中が騒がしくなった。
 何かを倒す音、壊れる音が廊下から響いてくる。
 魔物達が驚く声、泣き叫ぶ声が聞こえてきた。

「魔王様! アルノルト殿下がご乱心です! 急に我らに斬りかかって……」

 手下の魔物は執務室の扉を開けて叫ぶと気絶した。
 背中に深い傷跡がある。
 デイノルトは手下の背中に手を置くと、傷を魔力で癒やそうとした。
 デイノルトの手の震えが治まらず、うまく癒すことが出来ない。
 デイノルトはなんとか押さえつけて震えを止めた。

「そうか」

 デイノルトは覚悟を決め、目を閉じた。
 なんとなく前から嫌な予感がしたんだ。
 あの悪夢の正体はこれだったのかもしれない。
 そもそもアルを育てることを決めた時から心の何処かで覚悟していたかもしれない。

 デイノルトにアルノルトは殺せない。
 アルノルトが死ぬくらいなら、自分が死ぬ。
 考える必要もない。
 それ以外の選択肢が選べない。

 デイノルトの心は不思議と穏やかだった。
 アルノルトは魔王と人間のハーフだ。 
 しかも勇者の血を引いている。
 色々考えて人間側に付くことに決めたのだろう。
 デイノルトに止める権利はない。

「だが殺しはいけない」

 デイノルトは城の中にいる魔物を全て城の外に魔力で追い出した。
 同時に城の全ての扉を閉めた。

「魔王様!」

「魔王様! 開けてください」

 魔物達が城の扉に縋り付いている。
 泣き叫ぶ者、扉を破壊しようとする者、アルノルトに怒りをぶつける者。

「デイノルト様! サミュエルです! 扉を開けてください! お願いです!」

 サミュエルは手下の報告を受け、戻ってきたようだった。
 サミュエルが泣いている姿を初めて見た。

「デイノルト様のお供を最期までさせてください。私はデイノルト様がいないと生きている意味も価値もありません。どうか……」

「今日は戻ってくるなと言ったのに……」

 デイノルトはサミュエルの声を聞きたくなくて耳を塞いだ。
 あのいつも澄ましたサミュエルの泣き声なんか聞きたくない。
 決意が鈍る。

 サミュエルにもアルは止められない。
 サミュエルはアルを自分の息子以上に可愛がっていた。
 サミュエルはアルに刃を向けることは出来ないだろう。
 死ぬのはデイノルトだけで十分だ。

 アルは息子としてではなく、勇者として魔王デイノルトを倒す。
 ようやく長年の魔王と勇者の戦いの決着が着くのだ。
 もしかしたら、アルの母親はコレを狙っていたのかもしれないな。
 だとしたら、かなりの策士だ。

 とりあえず部下の安全は確保した。
 手負いの魔物もいるかもしれないが、サミュエルが癒やしてくれるだろう。
 もう思い残すことはない。

 デイノルトは滲んだ額の汗を袖で拭き、黒いマントを羽織った。
 身だしなみを整え、玉座の上に座ってアルノルトを待った。

 廊下から剣を引きずるような音が響いてくる。
 ハアハアと荒い息遣いも聞こえる。

 姿を現したのは聖剣を血塗れにしたアルノルトだった。
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