一人息子の勇者が可愛すぎるのだが

碧海慧

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20、最後の時間

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「ということだ」

 デイノルトは話し終えると、アルの表情を伺った。
 アルは何を考えているのか分からない表情で一点を見つめていた。

「アル?」

 デイノルトの呼び掛けにアルはびくりと体を震わせた。

 仕方ないよな。
 突然こんな話を聞かされて……
 多分、アルは混乱していると思う。

「俺は望まれた子どもじゃなかったってこと?」

 アルはポツリと呟いた。

「違う!」

 俺様は即座にアルの言葉を否定した。  

「俺様はアルが生まれてきてくれて嬉しかった。俺様はアルが一番大切だ。その事実は何があっても覆せない。俺様は自分の命よりアルが大切だ」

 アルは綺麗な微笑みを浮かべた。
 大人びた笑みであった。

「知ってるよ。ちょっと父様をからかっただけ」

 アルノルトの言葉にデイノルトは少しだけ胸をなでおろした。

「俺は母様の死の理由を知りたい」

 アルノルトは何かを決意したような顔をしていた。

「父様の今の話では母様が何故崖の下に倒れていたのか全く分からない」

「魔族の仕業なら俺様に報告しそうだしな」

 デイノルトは首を傾げた。
 魔族なら戦利品として持ち帰り、デイノルトに献上するはずだ。

「父様から聞いた話から推察すると、魔族の可能性は限りなく低いと思う」

 アルノルトはスプーンでコツコツとテーブルを叩いた。
 お行儀が悪いので止めさせるかデイノルトは迷ったが、キレられると困るので静かにしていた。

「そもそもアルの母親の存在を知ってるのはサミュエルと門番だけだったからな。二人には絶対に他言無用にしてくれと言ってあるし、二人とも口が固い奴だし。門番なんか俺様と目が合うたびに怯えていたし……」

「門番は父様が怖かっただけでは?」

 アルノルトはクスクス可笑しそうに笑った。
 小娘にそっくりな笑い方だった。
 だが、あの小娘と違って毒気がない分可愛らしい。
 美の女神も誘惑出来るんじゃないだろうか。
 さすが俺様の自慢の息子である。

「あの崖は人間も魔族も自由に立ち入ることが出来る地域にあるからな。人間の可能性もある。断定は出来ないが」

「父様」

 アルノルトはデイノルトに真正面から向き直った。

「俺は母様の故郷に行ってみたい」

 アルノルトの言葉を聞いた瞬間、一瞬思考が停止し、背中がゾクリとした。

「駄目だ」

 デイノルトは即座にアルノルトの提案を却下し、アルノルトの肩を掴んだ。

「俺様の話を聞いてなかったのか。あそこは勇者に異様なまでに執着している場所だぞ。アルは勇者が生まれやすい血を引いているんだ。アルの母親のように幽閉されて二度とここに帰れないかもしれない」

 最近ハイエナル城関連の悪い噂ばかりである。
 聖女が魔物を使役しているなんて話も聞く。
 もしやあの隷従の首輪を使っているのだろうか。
 あの首輪に逆らえる魔族はいない。
 デイノルトも含めて。

「ここにいるだけでは何も分からないよ」

「もう何も分からなくて良いんだ。アルが無事なら俺様は何もいらない」 

 デイノルトはアルノルトの頭をポンポンと叩いた。

「父様だって本当は知りたいでしょ?」

 アルノルトは不満げな表情を浮かべている。

 好奇心旺盛なのは素晴らしいが、これ以上この件に深入りして欲しくない。

「今さら調べたところで胸糞が悪くなるような話しか出てこないだろう。アルが危険をおかしてまで調べる必要はない」

「母様がかわいそうだよ」

「アルの安全が一番大切だ。アルの安全を脅かす方がアルの母親は悲しむと思うぞ。それは俺様にも分かる」

「でも……」

「話は終わりだ。ケーキでも食べようか?」

 デイノルトはアルノルトの為にケーキを切り分けた。
 デイノルトの手が恐怖で震え、ケーキを少し潰してしまった。

「父様は母様を愛していたの?」

 アルノルトが突然そんなことを言ってきた。

「俺様には愛するという感情が分からない」

 デイノルトは正直に答えた。
 未だにその感情は理解出来ない。
 何が正解なのか、何が間違いなのか。
 誰もデイノルトに教えてくれなかった。

「俺のことは?」

「とても大切に思っている。自分よりも大切だ」

 愛は理解出来ないが、アルノルトのことが一番大切だということはハッキリ分かっている。
 反抗期のアルノルトにしっかり伝えておこうと思った。

「そっか」

 アルノルトはちょっと照れくさそうにケーキを口に入れて頬張った。
 デイノルトはアルノルトを優しく見つめている。
 二人の間に久しぶりに穏やかな時間が流れた。
 それからアルノルトとデイノルトは昔話に花を咲かせたのだった。

 それが二人で過ごす穏やかな最後の時間になるとはアルノルトもデイノルトも気付いていなかった。
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