一人息子の勇者が可愛すぎるのだが

碧海慧

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19、別れ

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 リルがいなくなってから数ヶ月後、デイノルトの元に赤ん坊だったアルノルトがやって来た。

 アルノルトがデイノルトのところに来てから数日間、サミュエルにも内緒でアルノルトの母親を探し回った。
 アルノルトの母親に聞きたいことがたくさんあったからだ。

 何故、アルノルトを捨てたのか。
 何故あの時、お腹にいるアルノルトのことを伝えなかったのか。
 そんなにデイノルトのことが信用出来なかったのか。
 どうしてデイノルトをもっと頼ってくれなかったのか。
 怒りと困惑と悲しみで胸が張り裂けそうだった。

 いくらあんな別れ方をしたからってあんまりな仕打ちだ。
 子供に罪はないし、親は子を育てる責任がある。

 いくら嫌いな男の子供でも、あんな風にアルノルトを手放さなくても良かったのに。
 アルノルトが可哀想だ。

 デイノルトは人間界と魔界の国境近くの崖の上に立っていた。
 下は荒くれている真っ黒い魔界の海である。
 崖の下を覗き込むと、吹き上げる強い風がデイノルトのマントと黒い髪を吹き上げた。

「あ……」

 崖の下の波打ち際にアルノルトの母親が力なく倒れていた。
 青白い顔に瞼が閉じられ、美しい銀色の髪は波に遊ばれていた。

 デイノルトはアルノルトの母親に近づくと、その体を抱き上げた。
 海水がデイノルトの服を濡らす。
 デイノルトはそんなことに構ってはいられなかった。

『魔王様。私、魔王様のことをお慕いしているかもしれません』

 娘のイタズラっぽく笑う顔を思い出した。

「何故なんだ?」

 デイノルトは動かぬ小娘に問う。
 何故デイノルトと子どもを残して先にいったのだ。

 俺様のことなんかどうでも良いと思っていたのではないのか。

 小娘の薬指にはデイノルトが渡した指輪が光っていた。

「本当に酷い女だ。大嫌いだ」

 デイノルトの頬を涙が伝って落ちる。
 涙を止めようとしたが、止められなかった。

「また俺様をからかっているのだろう? 目を開けてくれ」

 デイノルトはぎゅっと小娘の細い体を抱きしめた。
 あんなに温かくて柔らかかった体は、今は冷たく固くなっている。

「そんなに俺様をからかって楽しいのか」

 デイノルトは子どものように泣き叫んだ。
 小娘の冷たい頬にそっと触れる。

 自分の頬を流れ落ちる涙にデイノルトは我に返った。

「何故、俺様は泣いているんだ?」

 デイノルトには分からなかった。
 あの女は俺様を裏切ったのに。
 何故、俺様はここで裏切り者を抱いて泣いているのだ。

 魔族は裏切り者を絶対に許さない。
 それは俺様も例外ではない。
 本当はこのまま放っておかなければならないのに…

「酷い女だ。俺様は絶対許さないからな」

 デイノルトは小娘の海水で濡れた銀色の髪を乱暴に整えた。
 小娘の名を呼ぼうとしたが、デイノルトは小娘の名を知らなかった。
 その事実に胸が張り裂けそうになる。

 名前さえもデイノルトに教えてくれなかった。
 何故だ。どうして……

「貴様は最期まで酷い女だ」

 デイノルトは小娘の額にそっと口づけをした。

 デイノルトは魔界で一番美しい花畑がある場所に小娘を埋めた。
 その場所はデイノルトだけが知っている秘密の場所であった。

「綺麗だろう? 人間界にはこんなに美しい花畑はないから、こんな場所で眠れるなんて嬉しいだろ?」

 デイノルトは墓石もない墓に語りかけた。
 この事は絶対に魔族に知られる訳にはいかない。
 サミュエルにも言えない。

「もしかしたら、こんなに綺麗な場所なら貴様の息子も遊びに来るかもな」

 デイノルトはふっといたずらっぽく笑った。
 小娘の身に何があったのかは分からない。
 デイノルトはそれを知ろうとしなかった。

 アルノルトを育てる方が大切だったからだ。
 アルノルトの母親の存在は公にされていなかったしな。
 手下を使って調べさせることも出来なかった。

 デイノルトは小娘のことを忘れようとした。
 だが、いつまでもあの笑顔を忘れることなど出来なかった。
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