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16、勇者を生む姫君
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アルの母親は銀色の美しい髪を持つ女だった。
今から16年前のことだ。
デイノルトは世界中から勇者に関する情報を集めていた。
その中の一つが「勇者を生む姫君」と人間達から崇められている小娘だ。
なんでも神の血を引いているとか何とか。
この血筋から何人も勇者が生まれているらしい。
歴代魔王の何人かはこの血筋の者に倒されている。
先代魔王もこの血筋の者に倒された。
まあ、先代魔王は別に良いんだが。
むしろ倒してくれて良かったくらいだ。
デイノルトはくだらないと思いながらも、興味本位で「勇者を生む姫君」を見に行くことにした。
「勇者を生む姫君」は不可侵契約締結をした人間の王の曾孫にあたるらしい。
しばらく手紙は来ていないが、元気にしているだろうか?
便りがないのは良い便りというから、あまり心配していないが……
ついでに人間の王である友のことも探してやろう。
デイノルトが訪ねてきたと分かったら、あいつビックリするだろうな。
「デイノルト、本当に行く?」
魔鳥のリルが心配そうに言った。
「貴様は近くで待て。心配しなくて良い」
デイノルトがリルの頭を撫でると、リルは嬉しそうに鳴いた。
かつては友に会うためによく通った城である。
名は確かハイエナル城だったか。
デイノルトはハイエナル城の構造をよく知っていたから、すぐに「勇者を生む姫君」がいる部屋を見つけ出した。
窓に結界は張られていたが、デイノルトの前では意味をなさなかった。
窓を少し開け、中を覗くと……
「勇者を生む姫君」は泣いていた。
歳は十八歳ほどであろうか。
美しい銀の髪が月の光でキラキラ輝いている。
風がカーテンを揺らしたのに気づいたのか、「勇者を生む姫君」は顔を上げた。
「誰かいるのですか?」
「勇者を生む姫君」は涙に濡れてキラキラとしている緑色の瞳でデイノルトを見た。
人間は下等生物だと思っているデイノルトでも美しいと思えるほどに、美しい娘だった。
「どうして泣いている?」
デイノルトはそんな言葉が出たことに自分で驚いた。
そんな他人を思いやる言葉が出たのはサミュエルと人間の王以外初めてだ。
「貴方は妖精ですか?」
「勇者を生む姫君」は少し首をかしげた。
目元があいつに似ている気がする。
「まあ、そうだ」
デイノルトの配下に妖精くらいいるしな。
間違いではないであろう。
「俺様の質問に答えろ」
デイノルトが素っ気なく言うと、「勇者を生む姫君」はハンカチで涙を押さえながら小さい声で言った。
「父……王様が早く勇者を生めと言ってくるのです……勇者様はお歳を召していますから」
「ほう」
なかなか人間界は面白いことになっているではないか。
勇者ごときの力に縋らねばならぬほど、状況は緊迫しているのか。
魔界は平和そのものなのだがな。
何故、人間界だけ緊迫しているのだろう?
今度、その話題であいつをからかってやろう。
それにしても……あいつがそんなことを言うなんて珍しいな。
あいつはデイノルトより平和主義者である。
それに曾孫の結婚に口を挟むタイプには見えない。
今度会ったら、あいつに一応忠告しておこう。
このままでは曾孫娘に嫌われてしまうぞ。
もしかして、そんなに玄孫やしゃごが見たいのか……?
人間は理解出来ぬ。
「それは難儀だな」
デイノルトはふふっと面白そうに顔を歪めた。
友の意外な一面を知れて嬉しかった。
「他人は面白いでしょうね」
「勇者を生む姫君」はデイノルトを強い眼差しで睨み付けた。
デイノルトを睨み付けるのは今ではサミュエルくらいだから新鮮さを感じる。
デイノルトは気の強い小娘は嫌いじゃない。
「毎日毎日、王様が何処かの貴族男性を連れて来るのですよ。嫌になってしまいます」
「勇者を生む姫君」は忌々しそうに呟いた。
人間界は思ったより混乱しているようだ。
あいつ、一体何を考えているのか全く分からんな。
「確かにそれは嫌だな」
デイノルトも宰相から毎日毎日同じことをされているしな。
この小娘の気持ちは分かるような気がする。
「私は勇者を生む道具ではないのです」
「勇者を生む姫君」はまるで小動物が威嚇するように怒っている。
下等生物だが、なかなか可愛らしい。
その姿を見て、デイノルトは魔が差してしまった。
何故この時デイノルトはこんなことを思ってしまったのかは分からないし、今でも理解出来ない。
普段のデイノルトでは絶対あり得ないのだ。
それはかなり魔王的な考えだった。
この小娘をデイノルトに惚れさせたらちょっと面白いかもしれない。
デイノルトに惚れたら、人間の男と結婚を拒むだろう。
そうなると、もう勇者は生まれない。
この小娘の血族でもう子どもを生めるのはこの小娘だけだ。
下等生物達に絶望を味わせるのも悪くない。
決して人間の王に似ている小娘を気に入ったからではない……と思いたい。
弁解させて欲しいが、デイノルトには友の曾孫に手を出すような趣味は全くない。
勇者と戦わずに勇者抹殺は魔王の本能のようなものだったのだと思う。
だとすると、勇者の誕生を急ぐのも人間の本能か……
デイノルトはそっと窓から中に入り、「勇者を生む姫君」の手を取った。
小娘はビクッと身体を震わせる。
うん、良い反応だ。
甘く優しく気取って見せた。
「俺様は貴様が好きだ」
小娘はこんな口説き文句が好きなんだろう?
さあ、俺様に惚れるが良い。
もう俺様にメロメロであろう?
デイノルトの顔を見て、「勇者を生む姫君」は呆然としていた。
うんうん、デイノルトの魅力に当てられてしまったのだな。
貴様は人間の小娘だ。無理もない。
勇者を生む姫君」は我にかえると、鼻で笑った。
「聞き飽きましたわ」
あれ? 聞き間違いか?
今、拒否されたような気がするが。
拒否ってなんだ?
たかが人間の小娘が魔王であるデイノルトの誘いを拒否?
あり得ない!
「あまりに安い口説き文句で驚いてしまいました」
「勇者を生む姫君」はふふっと笑う。
この小娘、魔王であるデイノルト相手に良い度胸をしている。
デイノルトはムキになって小娘を落とそうとした。
「貴様を愛している」
デイノルトは熱っぽく小娘の緑色の瞳を見つめた。
小娘はデイノルトを正面から見つめ返してくる。
この感じちょっと懐かしい感じがする。
あいつもデイノルトをこんな風に見つめ返してくる時があったな。
「毎日、数十人の男性から言われています」
「勇者を生む姫君」はクスクス笑った。
その笑い方、あいつにぞっとするほど似ているから止めてくれ。
「俺様と結婚してくれ。貴様が欲しい」
「もう少しマシな口説き文句はないのかしら?」
デイノルトは怒りで顔が赤くなった。
この小娘、魔王デイノルトを挑発してやがる。
たかが人間の小娘のくせに!
「俺様は魔王だ! 俺様は強いぞ!」
はっ! しまった……つい口が滑ってしまった。
「勇者を生む姫君」は目を丸くした。
「魔王……?」
「ち、違う! 妖精だ!」
「ふーん……」
「勇者を生む姫君」は面白いおもちゃを見つけたような顔をした。
すごく悪い顔をしている。
この表情、何かを企んでいる時の人間の王にそっくりだ。
「魔王様。失礼いたしますね」
「勇者を生む姫君」がデイノルトの頬にそっと触れた。
無礼者と言いかけたデイノルトの唇に柔らかいものが押し付けられる。
デイノルトの頭が思考停止した。
「勇者を生む姫君」は恥ずかしそうに自分の頬を押さえている。
「魔王様に唇を奪われてしまいましたわ。私、初めてでしたのに……」
デイノルトは顔に血がのぼるのを感じた。
「もしかして、魔王様も初めてでしたか?」
「勇者を生む姫君」はクスクス笑いながら言った。
「ち、違う!」
デイノルトは慌てて言うと、窓から逃げた。
あの小娘の笑った顔が頭から離れなかった。
デイノルトは人間の王に会いに来たことを完全に忘れてしまった。
「デイノルト、顔真っ赤! どうして?」
リルがデイノルトを追って飛んできた。
「う、うるさい!」
デイノルトは自分の頬の熱さに気が付かないふりをした。
今から16年前のことだ。
デイノルトは世界中から勇者に関する情報を集めていた。
その中の一つが「勇者を生む姫君」と人間達から崇められている小娘だ。
なんでも神の血を引いているとか何とか。
この血筋から何人も勇者が生まれているらしい。
歴代魔王の何人かはこの血筋の者に倒されている。
先代魔王もこの血筋の者に倒された。
まあ、先代魔王は別に良いんだが。
むしろ倒してくれて良かったくらいだ。
デイノルトはくだらないと思いながらも、興味本位で「勇者を生む姫君」を見に行くことにした。
「勇者を生む姫君」は不可侵契約締結をした人間の王の曾孫にあたるらしい。
しばらく手紙は来ていないが、元気にしているだろうか?
便りがないのは良い便りというから、あまり心配していないが……
ついでに人間の王である友のことも探してやろう。
デイノルトが訪ねてきたと分かったら、あいつビックリするだろうな。
「デイノルト、本当に行く?」
魔鳥のリルが心配そうに言った。
「貴様は近くで待て。心配しなくて良い」
デイノルトがリルの頭を撫でると、リルは嬉しそうに鳴いた。
かつては友に会うためによく通った城である。
名は確かハイエナル城だったか。
デイノルトはハイエナル城の構造をよく知っていたから、すぐに「勇者を生む姫君」がいる部屋を見つけ出した。
窓に結界は張られていたが、デイノルトの前では意味をなさなかった。
窓を少し開け、中を覗くと……
「勇者を生む姫君」は泣いていた。
歳は十八歳ほどであろうか。
美しい銀の髪が月の光でキラキラ輝いている。
風がカーテンを揺らしたのに気づいたのか、「勇者を生む姫君」は顔を上げた。
「誰かいるのですか?」
「勇者を生む姫君」は涙に濡れてキラキラとしている緑色の瞳でデイノルトを見た。
人間は下等生物だと思っているデイノルトでも美しいと思えるほどに、美しい娘だった。
「どうして泣いている?」
デイノルトはそんな言葉が出たことに自分で驚いた。
そんな他人を思いやる言葉が出たのはサミュエルと人間の王以外初めてだ。
「貴方は妖精ですか?」
「勇者を生む姫君」は少し首をかしげた。
目元があいつに似ている気がする。
「まあ、そうだ」
デイノルトの配下に妖精くらいいるしな。
間違いではないであろう。
「俺様の質問に答えろ」
デイノルトが素っ気なく言うと、「勇者を生む姫君」はハンカチで涙を押さえながら小さい声で言った。
「父……王様が早く勇者を生めと言ってくるのです……勇者様はお歳を召していますから」
「ほう」
なかなか人間界は面白いことになっているではないか。
勇者ごときの力に縋らねばならぬほど、状況は緊迫しているのか。
魔界は平和そのものなのだがな。
何故、人間界だけ緊迫しているのだろう?
今度、その話題であいつをからかってやろう。
それにしても……あいつがそんなことを言うなんて珍しいな。
あいつはデイノルトより平和主義者である。
それに曾孫の結婚に口を挟むタイプには見えない。
今度会ったら、あいつに一応忠告しておこう。
このままでは曾孫娘に嫌われてしまうぞ。
もしかして、そんなに玄孫やしゃごが見たいのか……?
人間は理解出来ぬ。
「それは難儀だな」
デイノルトはふふっと面白そうに顔を歪めた。
友の意外な一面を知れて嬉しかった。
「他人は面白いでしょうね」
「勇者を生む姫君」はデイノルトを強い眼差しで睨み付けた。
デイノルトを睨み付けるのは今ではサミュエルくらいだから新鮮さを感じる。
デイノルトは気の強い小娘は嫌いじゃない。
「毎日毎日、王様が何処かの貴族男性を連れて来るのですよ。嫌になってしまいます」
「勇者を生む姫君」は忌々しそうに呟いた。
人間界は思ったより混乱しているようだ。
あいつ、一体何を考えているのか全く分からんな。
「確かにそれは嫌だな」
デイノルトも宰相から毎日毎日同じことをされているしな。
この小娘の気持ちは分かるような気がする。
「私は勇者を生む道具ではないのです」
「勇者を生む姫君」はまるで小動物が威嚇するように怒っている。
下等生物だが、なかなか可愛らしい。
その姿を見て、デイノルトは魔が差してしまった。
何故この時デイノルトはこんなことを思ってしまったのかは分からないし、今でも理解出来ない。
普段のデイノルトでは絶対あり得ないのだ。
それはかなり魔王的な考えだった。
この小娘をデイノルトに惚れさせたらちょっと面白いかもしれない。
デイノルトに惚れたら、人間の男と結婚を拒むだろう。
そうなると、もう勇者は生まれない。
この小娘の血族でもう子どもを生めるのはこの小娘だけだ。
下等生物達に絶望を味わせるのも悪くない。
決して人間の王に似ている小娘を気に入ったからではない……と思いたい。
弁解させて欲しいが、デイノルトには友の曾孫に手を出すような趣味は全くない。
勇者と戦わずに勇者抹殺は魔王の本能のようなものだったのだと思う。
だとすると、勇者の誕生を急ぐのも人間の本能か……
デイノルトはそっと窓から中に入り、「勇者を生む姫君」の手を取った。
小娘はビクッと身体を震わせる。
うん、良い反応だ。
甘く優しく気取って見せた。
「俺様は貴様が好きだ」
小娘はこんな口説き文句が好きなんだろう?
さあ、俺様に惚れるが良い。
もう俺様にメロメロであろう?
デイノルトの顔を見て、「勇者を生む姫君」は呆然としていた。
うんうん、デイノルトの魅力に当てられてしまったのだな。
貴様は人間の小娘だ。無理もない。
勇者を生む姫君」は我にかえると、鼻で笑った。
「聞き飽きましたわ」
あれ? 聞き間違いか?
今、拒否されたような気がするが。
拒否ってなんだ?
たかが人間の小娘が魔王であるデイノルトの誘いを拒否?
あり得ない!
「あまりに安い口説き文句で驚いてしまいました」
「勇者を生む姫君」はふふっと笑う。
この小娘、魔王であるデイノルト相手に良い度胸をしている。
デイノルトはムキになって小娘を落とそうとした。
「貴様を愛している」
デイノルトは熱っぽく小娘の緑色の瞳を見つめた。
小娘はデイノルトを正面から見つめ返してくる。
この感じちょっと懐かしい感じがする。
あいつもデイノルトをこんな風に見つめ返してくる時があったな。
「毎日、数十人の男性から言われています」
「勇者を生む姫君」はクスクス笑った。
その笑い方、あいつにぞっとするほど似ているから止めてくれ。
「俺様と結婚してくれ。貴様が欲しい」
「もう少しマシな口説き文句はないのかしら?」
デイノルトは怒りで顔が赤くなった。
この小娘、魔王デイノルトを挑発してやがる。
たかが人間の小娘のくせに!
「俺様は魔王だ! 俺様は強いぞ!」
はっ! しまった……つい口が滑ってしまった。
「勇者を生む姫君」は目を丸くした。
「魔王……?」
「ち、違う! 妖精だ!」
「ふーん……」
「勇者を生む姫君」は面白いおもちゃを見つけたような顔をした。
すごく悪い顔をしている。
この表情、何かを企んでいる時の人間の王にそっくりだ。
「魔王様。失礼いたしますね」
「勇者を生む姫君」がデイノルトの頬にそっと触れた。
無礼者と言いかけたデイノルトの唇に柔らかいものが押し付けられる。
デイノルトの頭が思考停止した。
「勇者を生む姫君」は恥ずかしそうに自分の頬を押さえている。
「魔王様に唇を奪われてしまいましたわ。私、初めてでしたのに……」
デイノルトは顔に血がのぼるのを感じた。
「もしかして、魔王様も初めてでしたか?」
「勇者を生む姫君」はクスクス笑いながら言った。
「ち、違う!」
デイノルトは慌てて言うと、窓から逃げた。
あの小娘の笑った顔が頭から離れなかった。
デイノルトは人間の王に会いに来たことを完全に忘れてしまった。
「デイノルト、顔真っ赤! どうして?」
リルがデイノルトを追って飛んできた。
「う、うるさい!」
デイノルトは自分の頬の熱さに気が付かないふりをした。
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