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13、リル

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 アルノルトが魔鳥の雛を拾ってきた。
 ロレインと魔王城の森を探険している時に見つけたらしい。
 アルノルトはキラキラした期待に満ちた目でデイノルトを見つめた。

「父様! この子飼いたい!」

「駄目だ。魔鳥は飼うのが難しい」

 デイノルトはアルノルトの言葉に間髪入れずに答えた。

「えー! 大丈夫だよー! 父様のケチ!」

 アルノルトは近頃、生意気を言うようになっていた。
 大人みたいな物言いをすることも多く、時々言い負かされそうになる時がある。

 もう八歳だもんな……
 本当に大きくなったな……
 あんなに小さかったのに……

 いけない。感慨に浸ってしまった。

「オレ、一生懸命お世話するから!」

「ペットを飼うのは責任が伴う。分かるだろう? とにかく、元の所に返してきなさい」

「やだ!」

 アルノルトが魔鳥の雛を持ったまま走り出した。

「こら! アル!」

 アルノルトを追いかけようとすると、魔鳥の雛がアルノルトの手から逃げ出した。

「待って!」

 アルノルトが魔鳥の雛を捕まえようとするが、なかなか捕まらない。

 魔鳥の雛がデイノルトの胸に飛び込んできた。

 デイノルトが抱き止めると、魔鳥の雛は機嫌良くピヨピヨと鳴いた。

 (リル?)

 デイノルトが心の中で魔鳥の雛に呼び掛けると、魔鳥の雛はピヨと鳴いた。
 デイノルトは昔、魔鳥を飼っていたことがある。
 魔王城内を散歩していたら、魔鳥の雛を見つけたのだ。
 デイノルトは魔鳥の雛を連れ帰って、育ててみることにした。
 それはほんの気まぐれだった。
 餌が合ったようで、魔鳥の雛はすくすく成長した。
 デイノルトは魔鳥の雛にリルと名付けた。
 リルは賢い奴で簡単な言葉を覚えた。

『デイノルト、好き!』

 リルは羽をパタパタさせながら、デイノルトの肩に止まるのが好きだった。

 デイノルトにとってサミュエルと人間の王以外で心を開ける数少ない友人の一人だった。
 そのリルとこの魔鳥の雛はどことなく似ている気がする。

「すごい! 父様にもう懐いてるね」

 アルノルトがデイノルトの手の中にいる魔鳥の雛に手を伸ばすと、魔鳥の雛は威嚇した。

「アル。ちゃんと世話出来るか?」

 デイノルトがアルノルトに尋ねると、アルノルトは目を輝かせた。

「もちろんだよ!」

「だったら、許可してやる」

 デイノルトは魔鳥の雛を撫でながら言った。

「ありがとう! 父様、大好き!」

 アルノルトがデイノルトの腰に抱きついて来た。
 デイノルトは優しくアルノルトの頭を撫でた。
 ちょっとアルノルトのことを甘やかし過ぎているかもしれない……

 でも、子どもに生き物を飼育させるのは良いと言われているしな!

 デイノルトは断じてアルノルトを甘やかしてはいない。

「名前付けないとね。リルにしようと思うんだけど、父様はどう思う?」

 アルノルトの言葉にデイノルトはゾクリとした。
 デイノルトが昔、魔鳥の雛に付けた名前と同じだった。
 こんな偶然あるのだろうか。

「その名前は良くないんじゃないか?」

「どうして? ロレインと相談して考えた名前なんだけど……」

 アルノルトが納得いかないと言うようにデイノルトに訴えた。
 アルノルトは頑固者だから、こういう時は絶対引かない。
 デイノルトが折れるしかなかった。

「そうか。だったら、その名前にしなさい」

「うん! そうするよ!」

 その魔鳥の雛はリルと名付けられた。
 アルノルトは一生懸命リルの世話をしていた。
 時々、ロレインもリルの世話をしにくる。
 その姿はとても微笑ましく、デイノルトは頬を緩めてしまう。

 魔鳥の雛はスクスク成長し、「王子! 王子!」と叫ぶようになった。
 アルノルトとロレインと魔鳥のリルはとても仲良しだった。
 何処に行くにも3人で行動するようになった。

 リルはいつもアルノルトの肩に止まっているが、時々デイノルトの肩に止まることがある。
 リルは静かにデイノルトを見つめるのだ。
 リルのつぶらな瞳に見つめられると、なんだか落ち着かない気分になる。

「リル。アルを頼む」

 デイノルトがリルを撫でると、リルは嬉しそうに鳴いた。
 その日、サミュエルとデイノルトは魔王の執務室で仕事をしていた。

「魔王様ー! 王子が! 王子が!」

 リルが慌てた様子で窓から執務室に入ってきた。

「アルに何かあったのか?」

 仕事なんかしている場合じゃない。
 今日、アルノルト達は魔王城の森で遊んでいたはずだ。
 デイノルトは急いで魔王城の森に向かった。
 リルがパタパタと飛びながら、先導してくれる。 

 リルが向かった先は湖だった。
 デイノルトは自分の血の気がサァと引くの感じた。
 アルノルトに湖には近づくなと言っていたのに……

「魔王様! アルが見つからなくて」

 ロレインが泣きそうになりながら、湖の中にたたずんでいた。

「ロレインは湖から出なさい。危ないぞ」

「魔王様、ごめんなさい」

 ロレインはシクシク泣いている。

 デイノルトが湖に入ると、湖の水がデイノルトを避けた。
 デイノルトのマントが魔力により舞い上がる。

 湖底にアルノルトが倒れているのを見つけて、デイノルトは心臓が止まりそうになった。

「アル」

 デイノルトはアルノルトを抱き上げた。
 アルノルトの息がない。

「息がないから、回復魔法が使えない……」

 デイノルトが呟くと、ロレインがわっと泣き叫んだ。
 たがロレインの泣き声はデイノルトの耳に届かない。

 怖い……怖い……
 アルノルトを失うのが怖い。
 デイノルトの膝に力が入らない。
 急に視界が狭くなる。

 青白いアルノルトの顔にはいつもの元気な笑顔がなかった。
 デイノルトは自分のマントでアルノルトを包んだ。

「アルノルト! 起きてくれ! 頼むから……」

 アルノルトを失ってしまったら、デイノルトは生きてはいけない。
 アルノルトのことが何より大切だ。
 アルを失うくらいなら、誰かアルの代わりに俺様の命を奪ってくれ。
 アルノルトが生きていてくれるなら、俺様は何でもする。

 リルがアルノルトの肩に止まった。
 リルが優しくデイノルトのことを見つめてくる。

「リル、王子を助ける。デイノルト、ありがとう」

 リルは柔らかく鳴くと、力なく地面に落ちてしまった。

 これ、見たことがある。

 デイノルトが封印していた昔の記憶がフラッシュバックした。
 その瞬間、デイノルトは吐きそうになる。
 デイノルトはリルの小さな体が落ちて行くのをただ見つめることしか出来なかった。

「ん……」

 その直後、アルノルトが小さく呻うめいた。

「アル!」

 アルノルトが息を吹き返した。
 アルノルトがゆっくりと目を開けて、デイノルトを見つめる。

「父様?」

「アル……良かった。本当に良かった」

「父様、泣いているの?」

 デイノルトはボロボロ涙をこぼしながら、アルノルトを抱きしめた。

「アル。湖には近づいちゃダメと毎日言っているだろう」

「父様のお誕生日に魚料理を作りたくて……父様に喜んで欲しくて……ごめんなさい」

 アルノルトが顔をグシャグシャにして泣き始めた。

「父様、さっきリルの声が聞こえたんだ」

 アルノルトがリルを拾い上げた。
 リルは穏やかな顔をしている。

「リル、ごめんね。リルは湖に入るオレを止めてくれたのに……」

 アルノルトは泣き過ぎて、なかなか声が出ないようだった。
 喉から絞り出すように言う。
 デイノルトとアルノルトとロレインはリルを地面に埋めた。
 アルノルトとロレインが顔をグシャグシャにして泣いている。
 デイノルトはアルノルトとロレインの頭を優しく撫でた。

 リル、俺様は貴様に二度も命を助けられてしまったな。
 少しの間だったが、俺様は貴様と一緒に過ごせて楽しかった。
 もっと貴様を大切にしてやれば良かったな……
 せっかく戻って来てくれたのに……
 本当にかわいそうなことをしてしまった。
 戻って来てくれて嬉しかった。
 ありがとう、俺様の大切な友よ。
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