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11、悪夢

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「魔王デイノルト。俺の刃を味わうが良い」

 デイノルトは目を見開いて、激しい痛みがある部位を見つめた。
 デイノルトの腹に聖剣が刺さっている。

 美しい緑の瞳を持つ勇者が目の前に立っていた。

 ゴボッとデイノルトの口から血がこぼれる。
 勇者は何かを言っているが、全く聞こえない。

 デイノルトは自分のうめき声に驚き、目が覚めた。
 父が勇者に倒されてから見続けている悪夢はいつも同じところで終わる。

「なんなんだろうな」

 あの勇者はデイノルトの父を倒した勇者ではない。
 誰なのだろうか。
 見覚えはあるが、思い出せない。

 隣で5歳になったばかりのアルノルトがすやすや眠っている。
 小さな口を開けて、頬っぺたを布団に擦り付けている。
 この寝顔は赤子の頃から変わらない。

「アルは可愛いな」

 デイノルトはアルノルトの小さなおでこにそっと口づけをした。
 温かくて気持ちが癒される。
 アルノルトの小さな手を握ると、デイノルトはゴロンと横になった。
 アルノルトの手を握れば、悪夢を見ることはない。

 朝起きると、デイノルトは視察の用意をした。
 今日は人間界との国境の視察だ。
 国境は遠いので、2日くらい帰って来れない。
 アルノルトは視察中、ロレインの家に預ける予定だ。
 サミュエルは視察に同行するので、サミュエルの妻がアルノルトのお世話をしてくれる。

「父様! いやだ! 何処にも行かないで」

 アルノルトがデイノルトのマントをグイグイ引っ張ってきた。 
 いつもこの言葉を言われると心が痛むのだ。

「嫌だ。オレを一人にしないで」

 アルノルトはシクシク泣き始めた。
 こんな姿もとても可愛い。
 うちの子最高!
 と言っている場合ではないな。
 視察の出発時刻が迫っている。
 デイノルトは心を鬼にして、アルノルトを静かに諭す。

「ロレインもいるぞ。今からお仕事だから、良い子で待っていなさい」

「イヤだ! オレも行く!」

 アルノルトは激しく首を横に振った。
 今日のアルノルトは強情である。

「駄目だ」

 デイノルトがきっぱりと言うと、アルノルトは動きを止めた。
 アルノルトは目に涙を溜めていたが、そっとデイノルトのマントを離してくれた。
 ようやく一緒に付いて行くことを諦めてくれたようだ。

「父様、ちょっと待ってね」

 アルノルトがポケットからごそごそ何かを取り出した。
 白い紙のように見える。

「父様にあげるね」

 アルノルトは何かが描かれた絵を渡してきた。

「アルが描いたのか?」

 アルノルトはコクリと頷く。

「これ、オレと父様だよ。お仕事中もオレのこと忘れないでね」

 アルノルトはあんまり絵が上手くないが、アルノルトの絵を見ていると何かが胸にこみ上げてくる。

 アルノルト、本当に大きくなったな……

「アル!」

 デイノルトは思わずアルノルトを抱きしめた。
 アルノルトはちょっと照れているような顔をしている。

「うっ、アルを置いて行きたくない……」

 デイノルトはアルノルトの頭を優しく撫でながら、アルノルトの額に口づけをした。

「父様、お仕事でしょ。行ってらっしゃい」

 アルノルトはニコニコしながら、手を振った。

 こいつ、なんて可愛いんだ。
 天使かな?
 多分、天使に違いない。

 トントントンと扉がノックされる。
 このノックはサミュエルだな。

「王子、迎えに来ましたよ」

 ロレインとサミュエルが部屋に入ってきた。

「ロレインだ!」

 アルノルトがデイノルトの腕から抜け出し、ロレインに駆け寄った。

 アルノルトとロレインははしゃぎながら、旅支度をしたサミュエルの周りを走り回っている。

 アルノルトに置いてきぼりにされて、デイノルトはちょっと寂しくなったのは内緒である。

「行ってらっしゃい! 気をつけてね!」

 アルノルトとロレインに見送られ、デイノルトとサミュエルは馬に乗った。
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