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8、ロレイン

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 国立魔界学校にアルノルトを預けるようになって数ヶ月経った。

 アルノルトはその間に掴まり立ちをマスターした。
 離乳食も順調に進んで、そろそろミルクは卒業出来そうだ。
 そして、ついに!

「サミュエル! アルが歩いた!」

 アルノルトが覚束おぼつかない足取りで、必死に前を向いて歩いている。
 デイノルトは自分で思ったより感動してしまって、前が涙で見えなくなった。
 サミュエルは必死にカメラを構えている。

「王子ー! 笑顔をお願いします!」

 アルノルトは天真爛漫な笑みを浮かべた。
 うちの子は世界で一番可愛い。
 デイノルトは思わずアルノルトを抱きしめて、頬擦りをした。

「とー」

 アルノルトがデイノルトの頬を触りながら言った。

 うん……うちの子最高。

 アルノルトをいつまでも守り抜きたいと心からそう思った。

「魔王様、ロレインを王子の付き人にしようと思うのですが……」

 サミュエルが遠慮がちに目を伏せて言った。

 アルノルトの付き人を巡り、魔族の子ども達の間でいじめやけなし合いが発生していると教師から報告があった。

 早めに決める方が賢明だろう。
 アルの教育にも良くないしな。

「許可しよう。サミュエルの子だから、将来有望だろう。アルが魔王になった時の宰相候補だな」

 デイノルトはサミュエルの提案にウンウンと頷いた。
 ロレインは魔力量が魔族の中ではピカイチだ。
 アルノルトの付き人にピッタリであろう。

「有り難き幸せでございます」

 サミュエルは少し顔を赤くした。
 貴方様は本当に人たらしですねと小さな声で言った。

「貴様もロレインに宰相を奪われるかもしれないな」

 デイノルトはサミュエルをちょっとからかってやろうと思い、わざと意地悪なことを言ってみた。

「何を縁起でもないことを! ロレインはそんなことはしません! でも、私から宰相を奪うほど成長してくれるのは大歓迎ですね」

 ロレインへの愛が深い。
 サミュエルの父親しかり、サミュエルしかり、飄々としている割には子どもへの愛情が深いのだ。
 悪魔族の特徴なのかもしれない。

「ロレイン。アルのことをずっと守ってくれ」

 デイノルトはロレインを抱き上げて言った
 ロレインは不思議そうに首をかしげている。

「ははっ、言っている意味が分からないか。良い良い。ロレインもすくすく大きくなるのだぞ」

 ロレインはキャッと天使のように笑った。
 うん、デイノルトの親友の子も可愛い。

「魔族の子ども達がみんな健やかに大きくなることを俺様は願っているぞ」

「魔王様……」

 国立魔界学校の教師達が何故か咽び泣いている。

「邪魔をしたな。サミュエル帰るぞ」

 デイノルトはロレインに引っ付いているサミュエルを引き剥がし、執務室に戻った。
 執務室の椅子に座ると、やりかけの仕事に手をつけ始めた。

「サミュエル。人間界に動きはあるか?」

 デイノルトがそう言うと、デレデレしていたサミュエルは真面目な宰相の顔に戻った。

「手段を選ばず勇者を探し続けているらしいです。人さらいが横行しているとか……」

「ふーん。そうか」

「神のお告げでもうすぐ勇者が現れるとか何とか言われたそうですよ。緑色に近い瞳を持つ者は城に閉じ込められているという噂がございます」

 デイノルトはサミュエルのこちらを伺うような視線に気がついた。

「貴様はアルが勇者じゃないか?と疑っているのだな」

 デイノルトはサミュエルから視線を反らした。

「王子の瞳は先代魔王を倒した勇者にそっくりです」

 サミュエルはデイノルトと目線を合わせた。

「貴様は勘がよいな」

 デイノルトはサミュエルに笑いかけた。
 上手く笑えているだろうか。

「魔王様、私にも話せないことですか?」

「まだ無理だな。気持ちの整理がついていない」

「分かりました」

「もう少ししたら、ちゃんと話すからな」

 サミュエル、すまない。
 俺様はまだ俺様を裏切ったあの女を憎んでいるのだ。

 それに……
 デイノルトは腕の古傷にそっと触れた。

 サミュエル。俺様があの城でされたことを話したら、きっと貴様は怒り狂うに違いない。
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