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4、魔力封じ

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「魔王様、こちらです」

 サミュエルが古めかしい大きな重い扉を開けた。
 その部屋の床には複雑な魔法陣が描かれていた。
 血で描かれているようだ。

 デイノルトは酷く泣き叫ぶアルノルトを抱きかかえて、魔法陣に入った。

「王子を魔法陣の中心へお願いいたします」

 デイノルトはアルノルトを魔法陣の中心に置いた。
 アルノルトは心細いのか泣き叫んでいる。
 いや、違うな。
 心細いから泣いているのではない。

 デイノルトには分かる。

 この泣き方はミルクだな。

「やっぱり止めようと思う」

 デイノルトはミルクを欲しがり独り泣き叫ぶアルノルトを見て決意が揺らいでしまった。
 このまま強行してしまってはこの部屋ごと崩落するかもしれない。

「魔封じでアルの体調は悪くならないのか? あと、ミルクの時間がもうすぐ来る」

 サミュエルがそんな弱気なデイノルトを見て、ため息をついた。

「デメリットよりメリットの方が大きいですよ。今のままでは魔王様以外王子のお世話が出来る人はいないのですから。ミルクはちょっと我慢して頂きましょう。魔封じが優先です」

「デメリットはなんだ?」

 一応アルノルトの保護者である以上、デメリットも聞いておかなければならない。
 まだアルノルトを俺様の子とは認めていないけどな。
 アルノルトの保護者だとは思っている。
 魔王は魔界の全ての民の保護者であると法律に定められているしな。

「魔法が使えなくなることくらいですね。ですが、魔王様の庇護下にいる以上何の問題もないでしょう」

 デイノルトはサミュエルの言葉に納得し、アルノルトに頑張れよと声をかけ、魔法陣から出た。

「もしアルが大人になって俺様の元から巣立ったらどうなる?」

「そうですね……王子は次期魔王様ですので巣立つことは多分ないでしょうが。王子が16歳になると自然に魔封じは効果がなくなります。だから問題はないでしょう」

 アルノルトが16歳になる頃には、アルノルトが自分で自分の力を制御出来るようになっているはずだ。
 そうなれば魔封じは不要になる。

「魔王様、お願いいたします」

 デイノルトは目をつぶり、アルノルトに向かって手をかざす。
 魔封じは一部の上級魔物しか使えない。
 相手が自分より弱いことが大前提だ。

 まあ、アルノルトは赤子だから容易にアルノルトの魔力を封じることが出来るだろう。
 しかも、今回は魔法陣も使用する。
 デイノルトにとって朝飯前である。

 魔法陣によってデイノルトの魔力が何倍も増幅されていく。
 デイノルトの黒いマントが魔力によって舞い上がる。

 デイノルトは泣き叫ぶアルノルトに心の中で語りかける。

 アルノルト……魔法が使えなくて、少しだけ不便かもしれないが耐えてくれ。
 それまで、俺様がアルノルトを守るから。

 おっと、俺様は何か柄にもないことを考えてしまったようだ。
 アルノルトを世話して情が移り過ぎたかな……
 とその時はそんなことを考えるくらい余裕だった。
 その時までは。

 デイノルトはアルノルトを睨み付け、ハアハアと口で息をした。

 う……結構手強いな……
 あ……まずい……
 危ない危ない……
 危うくアルノルトの魔力に引きずられるところだった。

 デイノルトの額から汗が絶えず流れ落ちる。
 アルノルトはギャアギャア泣いている。

 そろそろミルクの時間だ。
 急がなければ……

 アルノルトは魔力どれだけ持っているんだ?
 念には念をとサミュエルに言われ、強力な魔法陣を用意して正解だった。

 将来が末恐ろしい。
 赤子でこの魔力量か……
 間違いなく、デイノルトより強くなる予感がする。
 もしかしたら、歴代魔王最強になるかもしれない。
 俺様は早めにアルノルトに魔王の位を譲り渡し、隠居しよう。
 いや、アルノルトが俺様の子とはまだ認めていないが……

「魔王様!」

 サミュエルが突然大声を出した。

 魔法陣が描かれた床が粉々になる。

 まずい!

 デイノルトは暴れまわるアルノルトの魔力を無理やり封じた。
 そのせいで、デイノルトの魔力が一気になくなるのを感じる。
 身体がグラリと傾く。

「アル」

 デイノルトは泣き叫んでいるアルノルトを抱きかかえ、救出した。

「よく頑張ったな」

 デイノルトの膝がガクガクしているが気にしない。
 これは気のせいだ。
 断じて魔力量が急激に減って、貧血みたいになっている訳ではない。
 俺様はそんなに柔じゃない。
 デイノルト様は魔界を統べる魔王であるぞ。
 デイノルトは膝に力を込めた。
 うん! 問題ない!

 アルノルトは呑気にチュパチュパ指を吸っている。
 デイノルトは手早くミルクを作って、アルノルトに飲ませた。
 このミルク作りの早さは常人には真似は出来まい。
 デイノルトは数日間でミルク作りの達人になってしまった。

「魔王様、お疲れ様でした」

 サミュエルはほっとしたような安堵の表情を浮かべている。
 かなり心配していたようだ。
 サミュエルがあ!と目を見開く。

「王子が目を開けました!」

 デイノルトはアルノルトの目を覗きこんだ。
 アルノルトがゆっくりと目を開くと、美しい緑色の瞳が現れた。
 それはどこか神聖な美しさを持っている。

「瞳の色が魔王様と同じ赤から緑に変わりましたね。魔王様、成功ですね」

 サミュエルはそう言ってから、少し首をかしげた。

「この瞳の色……どこかで……」

 魔王の赤い瞳は魔力の高い者の証である。
 歴代の魔王は全員赤い瞳だ。

「そうだな……」

 アルノルトのふわふわの銀髪を撫でると、アルノルトがニコニコ笑った。

 綺麗な赤い瞳だったんだけどな。
 自分と同じ瞳の色が変わってしまって、ちょっと残念だと思ってしまったのは内緒である。

 そして、デイノルトは知っていた。
 おそらく、サミュエルも気づいたであろう。

 アルノルトの緑色の瞳は勇者である証だということを。
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