上 下
2 / 24

2、父と子

しおりを挟む
「大魔王様! アタシには手に負えません!」

 赤子の育児を命じた手下が泣きながら言う。
 その腕には赤子が抱かれて、ギャアギャア泣いていた。

 デイノルトはギロリと手下を睨み付けた。

「貴様、コレの面倒もみれないのか?」

 手下はヒィと怯える。

「王子様の魔力が強すぎて癇癪を起こす度に部屋が破壊されるのです。アタシ自身も消し飛びかけました」

「コレを王子と呼ぶな」

「とにかくアタシでは無理です」

「たかが人間の赤ん坊一匹に手こずるとは我が手下ながら情けない」

 側に控えていたサミュエルがデイノルトに耳打ちする。

「王子の魔力を封印した方が良さそうですね」

「王子と呼ぶな」

「王子の魔力は強力ですからね。かなり強い封印結界じゃないと破られますよ」

 サミュエルにはデイノルトの言葉が聞こえていないようだ。
 デイノルトは諦めてサミュエルに尋ねた。

「何日で用意できる?」

「最短で6日です」

 デイノルトはうんうんと頷いた。

「魔王様。準備が出来る間、魔王様がお世話してくださいね」

 デイノルトはうんうん頷きかけて、目を見開いた。

「は? なんで俺様が?」

 サミュエルはデイノルトににっこり笑いかけた。

「私が王子に消し炭にされますよ。我が子なんですから、しっかりお世話してあげてくださいね」

「俺様は仕事がある。暇ではない」

 俺様は魔王デイノルト様だ。
 仕事も忙しいし、育児なんかするわけがないだろう。
 そもそも俺様はコレを我が子とは認めていない。

「魔王様の御子ですよ。6日間は頑張ってくださいね」

 サミュエルはギャアギャア泣いている赤子をデイノルトに押し付けてきた。
 と同時に魔物と人間の育児書を押し付けてくる。
 これを読まなきゃいけないのか?

「コレはなんで泣いているんだ?」

 意志疎通が出来ない相手をどうやって世話しろと言うのだ。
 難し過ぎるぞ。

「オムツかミルクか眠いのでしょう。一度、流れをやるので見ていてくださいね」

 サミュエルは慣れた手つきでオムツを替えた。

「ポンポンと優しく拭いてあげるんですよ」

「慣れているな……」

「これでも三児の父ですからね。魔王様が育児休業に理解を示してくれなくて、本当に大変でした」

 悪魔は恨めしそうな顔をして言った。 

「男の貴様が休んでどうする。育児は女の仕事だろう?」

「魔王様は育児をやったことがないから、そういうことが言えるんです」

 サミュエルがプイッと顔を背けて言った。

「貴様の奥さんってセイレーンだったよな。奥さんの親戚沢山いるんじゃないのか? 親戚に助けてもらえば良いではないか」

 セイレーンは海の中に住んでおり、群れで育児や家事、仕事をする種族だ。
 非常に家族思いで有名である。

 そういえば、サミュエルが「育児のためお休みを頂きたいのです」と何かの申請書を出してきた時があったな。

 デイノルトはコイツ何言っているんだ?と思って、申請書を無言で破り捨てた気がする。
 実際、コイツの穴を埋められるやつがいないし…

「妻の親戚はみんな働いていて忙しいらしいです。うちは夫婦で乗り切るしかありませんでした。因みに今、第四子妊娠中です」

 悪魔が不安そうな顔をしていた。
 いつも自信満々で生意気なコイツがこんな顔をするなんて珍しい。

「大変だな」

 デイノルトはよく分からないが相づちを打っておいた。

「ご理解頂きありがとうございます。次はミルクですね」

 悪魔は人間用ミルク缶とポットを空中に出した。
 手早くミルクを作り始める。

「ミルク濃度も決まっていますからね。間違えるとお腹を壊しますよ。きちんと粉ミルクを測って入れて、熱湯を注いでください。哺乳瓶を振ってよく混ぜてくださいね」

「はいはい」

「適当にやると王子お腹を壊しますよ。このままだと火傷してしまうので、必ず冷ましてください」

 サミュエルはお腹を壊しますよを連呼しながら、氷を空中に出して哺乳瓶を冷ました。

「はい、どうぞ」

 サミュエルがミルクをデイノルトに差し出してきた。

「俺様が本当にやるのか?」

 悪魔は当たり前でしょうという顔で、デイノルトにミルクを押し付けてくる。

 デイノルトは赤子にミルクを咥えさせた。
 小さな口でグビグビよく飲んでいる。

 赤子は飲み終わると、デイノルトにニコニコ笑いかけてきた。

「よく飲んだな」

 デイノルトは思わず、赤子の白いぷくぷくしたほっぺに触れてしまった。

 デイノルトの中に何とも言えない感情が生まれた。
 こんな感情は初めてだった。

「どうしたんです? 魔王様」

 サミュエルはニヤニヤ笑っている。

「う、うるさい!」

「魔王様、すごくパパの顔をしていましたよ」

「黙れ! 俺様はまだ認めて……」

 赤子がデイノルトの顔を必死に触ろうとした。
 あまりのいじらしさに思わず頬が緩む。
 可愛いなと思いかけて、慌てて自分の感情に蓋をした。

「コレの名前どうする?」

 デイノルトの口から自然と言葉がこぼれた。

「名付け親にはなる気になったんですね」

 サミュエルはますますニヤニヤしている。

「黙れ。いつまでもコレじゃ良くないだろう?」

 サミュエルにコレのことを王子と呼ばれるのも癪に触る。
 デイノルトがコレを我が子だと認めているように外からは思われるかもしれないしな。

「確かにそうですね。私は王子とお呼びしていますが。これからも王子とお呼びしますよ」

 デイノルトは考え込んだ。
 コレの顔を見て、ふと頭に浮かんだ名前がある。

「アルノルトはどうだろう?」

「親子って感じの名前ですね。デイノルトとアルノルト」

 サミュエルは主の意外な姿にフフッと可笑しそうに笑っている。
 デイノルトは気恥ずかしさに顔を真っ赤にした。

「うるさい。アルノルトに決まりだ」

 デイノルトは赤ん坊を見つめて言った。

「貴様の名はアルノルトだ」

 アルノルトはキャッと笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

無能力剣聖~未知のウイルス感染後後遺症で異能に目覚めた現代社会、未感染だけど剣術一筋で生き抜いていきます~

甲賀流
ファンタジー
2030年、突如として日本に降りかかったアルファウイルス。 95%を上回る圧倒的な致死率で日本の人口を減らしていくが不幸中の幸い、ヒトからヒトへの感染は確認されていないらしい。 そんな謎のウイルス、これ以上の蔓延がないことで皆が安心して日常へと戻ろうとしている時、テレビでは緊急放送が流れた。 宙に浮く青年、手に宿す炎。 そして彼が語り出す。 「今テレビの前にいる僕はアルファウイルスにより認められた異能に目覚めた者、【異能者】です」 生まれた時から実家の箕原道場で武道を学んできた主人公、『箕原耀』。 異能者が世界を手に入れようする中、非異能者の耀はどうやって戦っていくのか。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

元勇者、魔王の娘を育てる~血の繋がらない父と娘が過ごす日々~

雪野湯
ファンタジー
勇者ジルドランは少年勇者に称号を奪われ、一介の戦士となり辺境へと飛ばされた。 新たな勤務地へ向かう途中、赤子を守り戦う女性と遭遇。 助けに入るのだが、女性は命を落としてしまう。 彼女の死の間際に、彼は赤子を託されて事情を知る。 『魔王は殺され、新たな魔王となった者が魔王の血筋を粛清している』と。 女性が守ろうとしていた赤子は魔王の血筋――魔王の娘。 この赤子に頼れるものはなく、守ってやれるのは元勇者のジルドランのみ。 だから彼は、赤子を守ると決めて娘として迎え入れた。 ジルドランは赤子を守るために、人間と魔族が共存する村があるという噂を頼ってそこへ向かう。 噂は本当であり両種族が共存する村はあったのだが――その村は村でありながら軍事力は一国家並みと異様。 その資金源も目的もわからない。 不審に思いつつも、頼る場所のない彼はこの村の一員となった。 その村で彼は子育てに苦労しながらも、それに楽しさを重ねて毎日を過ごす。 だが、ジルドランは人間。娘は魔族。 血が繋がっていないことは明白。 いずれ真実を娘に伝えなければならない、王族の血を引く魔王の娘であることを。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

処理中です...