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後編

75.お城の仮面舞踏会。壁際で立ち尽くしていた姫に声をかけたのは金髪の青年だった。(1)

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 ロウサ城は外部の者にはあまり知られていないが、小さな街になっている。
 そして、その丁度中心の位置に巨大なダンスホールのある建物が設置されている。

 その中では、今晩、高貴な身分の貴族達が集まり仮面舞踏会が開かれていた。華やかな装飾を身につけた貴族達が皆楽し気に踊っている中で、壁際で居心地悪そうに立っている少女がいた。金髪に赤い目をした小太りの少女は、この国の姫だった。

 姫は仮面の下で暗い顔をして、人々のダンスを見ている。催しに参加する時は、彼女はいつもこうなのだ。つまらなそうに、壁際で立っている。そうしていると、心優しい友人のレナードがよく声をかけてきてくれたものだった。だが、そんな彼ももう今はいない。

「お手をどうぞ、レディー。」

 姫の目の前に手が差し伸べられる。姫はびっくりして顔をあげた。そこには仮面を被った金髪の青年が立っていた。

(……レナード?)

 一瞬、かつての友人が目の前で立っているのかと思った。だが、よく見ると別人だ。仮面の隙間から見える瞳の色は赤ではなく、碧色だった。だが、別人だと分かった後も、姫は目の前の男から目を離せずにいた。仮面ごしでもわかる整った顔に凛とした声と佇まい。周りの貴婦人達が皆チラチラと彼の事を見ている。

 姫は彼に見覚えがなかった。仮面をつけていて顔は見えないが、知っている相手かどうかは流石にわかる。誰かの紹介でこの舞踏会に来たのだろうか、と姫は思った。

「あの……あなたは誰?」

「恐れながら、今夜は仮面舞踏会。相手に身分を明かす事はできません。今は、なんの肩書きもないただの男の手を取っていただけませんか?」

「……。」

 姫はしばらく何も返事をせずただじっと差し伸べられた手を眺めた。

(きっと彼は私が姫だって事は分かってるんでしょうね。そうでなきゃ、壁際で佇んでるでぶっちょの女に声なんかかけないわ。)

 姫は惨めな気持ちになる。一瞬、誘いを断ろうかとも思った。が、しばらく考えた後、彼の手をとった。姫は仮面舞踏会が始まってから一度も踊っていない。ずっと壁際で立っていた。一国の姫として、流石に一回はダンスを踊らないと誰かしらにどやされてしまいそうだ。

「一曲だけなら……。」

「光栄に存じます。」

 青年は仮面の下で微笑んだ。青年の笑顔があまりにも眩しくて、姫は思わず顔が熱くなる。
 曲が始まり、二人はダンスを踊る。しかし、最初の一歩目で姫はズッコケてしまった。

「ご、ごめんなさい……! え、えっと、私そんな上手くなくて……!!」

 姫はただでさえ赤い頬をさらに真っ赤に染める。

「や、やっぱり私もう踊りたくないわ……。ダンスが下手っていうのもあるけど、今は踊る気分じゃないの。」

 姫はそう言って壁際に戻ろうとする。しかし、青年は姫の手を掴んだまま放さない。

「お待ちください。僕は気にしませんよ。それにあなたはこんなに魅力的な方なのに、端に戻られてはもったいない!」

「お世辞は結構よ!」

「お世辞じゃありません。あなたはとても可愛らしい方だ。もっとご自分に自信を持っても良いと思います。」

 青年は仮面の奥にある碧い瞳を真っ直ぐに姫に向ける。姫は思わず息をのんだ。たとえ彼の言葉がお世辞だと分かっていようとも、彼の碧い瞳に心を奪われない女はいるだろうか。
 姫は再び、青年の手を取り、ダンスを再開する。数分後、踊っていた曲が終わる頃には姫はすっかり青年の事が気になっていた。
 だが、ふと姫は青年の背後を見てに気づく。

「すみません、それじゃあ……。」

 姫はそれだけ言うと、青年から離れる。姫はどこに行くのか、ダンスホールからも出て行ってしまった。

 青年はすぐ後ろから咳払いが聞こえて後ろを振り返った。他の貴族達とは比べものにならない程豪華な装飾に身を包んだ女性が立っていた。姫と同じ、金髪に赤い瞳。仮面ごしでも、誰にも引けを取らない美しさが際立つ。
 青年_針鼠が、随分長い間会いたかった女。

 針鼠は、今、女王と対面していた。

 針鼠はしばらくの間、女王の顔を見続けた。母や仲間達を殺し、自分の人生を狂わせ、エラに呪いをかけた人間が今目の前にいる。

「何か?」

 女王は自信満々な笑みを浮かべた。針鼠は慌てて頭をさげる。

「……大変失礼いたしました。あまりにもお美しくて見惚れてしまいました。」

「あなたさっき姫にも同じように褒めちぎっていましたよね?そうやってすぐ女の機嫌を取ろうとする男は信用できません。」

「……ッ! あの方は殿下だったのですか!? そんな……! 僕は存じ上げませんでした!」

 針鼠は大いに驚いたふりをする。

「嘘おっしゃい。自分の娘ながらあんな器量の悪い子、姫だと分かっていなければ誰も声なんかかけないわ。」

「自分の娘って……じゃあ……あなたは……。」

「ふふっ……まだ演技を続けたいようですね。良いわ。私の方から言ってあげます。___私は、この国の女王です。」

 針鼠はまた大胆に息をのむふりをする。

「私の事も姫の事もわかっていたから、そのように甘い顔をして近づいてきたのでしょう? 小賢しい男だ。」

「……。」

 手にじわりと汗を感じる。女王は針鼠の事を疑っているのか。
 周りの貴族は不安げにチラチラ女王と針鼠のやりとりを見ている。

「でも……」

 女王は針鼠の顎をクイッと引き上げる。

「悪くない顔をしている。」
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