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後編
73.最後の夜(1)
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舞台の壁を破壊し、入ってきたのは、魔獣と同化した蛇女だった。
「__ガ……アアア!!! ハリ……針鼠イイィぃぃッッッッ!」
「……なっ!?」
エラは驚いて尻餅をついた。観客がどよめく。
針鼠はエラの持っていた折れたレイピアを奪い返すと、それを構える。
「悪い魔女め!! ついに本性をあらわしたな!!」
(まだ劇を続ける気!?)
エラは針鼠の正気を疑った。
観客席を見ると、客たちは驚いているようだが、パニックになる様子はない。咄嗟に針鼠がセリフを言った事によって、演出の一貫だと思っているようだ。
「……きゃ!?」
舞台の上手からも蛇女の手下が武器を構えてやってきた。あっという間に囲まれてしまう。針鼠は険しい表情を浮かべて剣を構える。そこへ__
「助けに来たぞ!! 王子様!」
蜘蛛の声が響いた。下手から蜘蛛が武器を持って登場する。
「こんな事もあろうかと、仲間を連れてきたんだ!」
蜘蛛に続いて、白銀と翡翠、神父、弟ドラが武器を持って飛び出してきた。
「二人きりになるよう取り計らうって言ってなかった!?」
エラは思わずツッコミを入れるが、誰も取り合わない。
「ほらよ、王子様!」
白銀が針鼠に投げ渡したのは、針鼠の愛剣のロングソードだった。針鼠はロングソードを一振りすると、高く掲げた。
「ぅし、行くぞおめぇらッ!!」
途端に口が悪くなる王子様。針鼠の掛け声と共に戦闘が始まる。
とうとう針鼠はステージを飛び出す。観客席とステージまでの間には空間があり、そこに蛇女をおびき寄せる。ステージ上で戦う仲間達を背景に、観客のすぐ目の前で王子様と魔女が刃を交わす。観客は皆短い悲鳴をあげたり息を呑んだりして食い入るように舞台を見る。本物の戦いが繰り広げられているのだ。観客からしたらど迫力な演出だ。
エラも杖を抜き、魔法で応戦する。ステージが壊れたり、観客に被害が出たりしないようにうまくコントロールする。「あれ、歌姫って魔法が使えたの?」と突っ込まれそうだが、いちいち気にしていられない。
「……お前ら、本当にこの間俺たちから尻尾巻いて逃げたのと同じ奴らかよ!?」
『歩く月』の手下の一人が叫ぶ。蜘蛛達の攻撃は凄まじく、かなり優勢だ。
「私達をなめない方が良いですよ。」
神父が見た目に似合わぬ大剣を振りかざす。
「あの時は、散々ボコされた後だった!」
「ガハハ! あれから飯を食ったし、よく寝た!」
「……武器も新調した。」
翡翠がむふうっと目を輝かせて新しいダガーを両手で掲げた。
確かに彼らの動きは前に処刑台から救出した時と比べると、格段によくなっていた。皆それぞれにあった武器を持ち、体力が回復されていた。針鼠でさえ、動きが俊敏になっているように見える。
きっと、それは武器や体力回復のおかげだけじゃない。多分、希望_仲間と目的のために闘っているという希望が彼らの強さを引き出しているとエラは感じた。エラでさえ、力がみなぎってくる感覚がする。
しかし、___
「針鼠!!」
エラは叫ぶ。針鼠の方は魔獣と同化した蛇女に押されていた。巨大化した斧を針鼠はロングソードでひたすら受け続ける。ガッと剣を弾かれて針鼠の体がよろける。
エラは慌てて魔法を放とうと杖をかざした。だが、神父に肩をつかまれ止められる。
「待ってください……! イシさん!」
「神父様! なんで止めるの!?」
「針鼠はきっと一人で倒したいはずです!」
「そ、そんな事言われたって……。」
「良いから、信じてやってください。」
神父がそっと針鼠の方へ視線を送る。エラも見ると、針鼠が追い詰められていた。まさに、巨大斧の刃先が頭を叩き潰す寸前まできていた。エラは思わず目を覆いたくなった。しかし、針鼠はそれを待っていたかのように、巨大な蛇女の股下をくぐり抜ける。蛇女は完全に油断していて、動きが遅れる。針鼠は間髪入れずに、蛇女の膝裏の筋を斬りつける。蛇女は奇声をあげて地面に尻をつく。ドシンッと地面が揺れて、観客がざわつく。針鼠は続けて蛇女の巨大な両腕を深く切り裂いた。蛇女はさっきよりも甲高い悲鳴をあげて仰向けに倒れる。針鼠は蛇女の上に立って、ロングソードで首を斬った。アッと観客が短い悲鳴をあげる。しかし、
「言っただろ? 魔獣と同化した、蛇であるアタシは不死身。蛇であるアタシを倒す事はできないよ。」
死んだはずの蛇女はニタリッと笑う。しゅうしゅうっと音が鳴って蛇女の首や腕、足が素早く回復していく。
「……確かにお前を剣で殺す事はできないみたいだな。だが、お前は『歩く月』だ。」
「それがどうしたよ。」
「『歩く月』は女王と契約している。その中には『拷問されたら死ぬ』なんて意味わかんねえルールもあったはずだ。」
「……まさか……!?」
「『拷問』の定義が曖昧だな。だが、とにかく、逃げられない状況を作って痛めつけて情報を引き出そうとすれば『拷問』は成立するんじゃないか?だからさ__」
「___やめろ!!」
「__とりあえず、経験人数でも吐いてもらおうか?クソババア。」
「キサマアアあああああああああ___!!!!!」
蛇女の狂った様な叫び声と共に眩い光を体中から放射する。針鼠も、観客達も、蜘蛛達も目を細める。
目を開けた時にはもう、蛇女の姿はなくなっていた。彼女は女王の魔法の契約、いや、女王の呪いによって死んでしまったのだ。
『歩く月』のボスが死んだ事により戦いの決着がついた。他の『歩く月』達は全て蜘蛛達が打ちのめしていた。
勝利と共に、観客席では歓声がわきあがった。
「__ガ……アアア!!! ハリ……針鼠イイィぃぃッッッッ!」
「……なっ!?」
エラは驚いて尻餅をついた。観客がどよめく。
針鼠はエラの持っていた折れたレイピアを奪い返すと、それを構える。
「悪い魔女め!! ついに本性をあらわしたな!!」
(まだ劇を続ける気!?)
エラは針鼠の正気を疑った。
観客席を見ると、客たちは驚いているようだが、パニックになる様子はない。咄嗟に針鼠がセリフを言った事によって、演出の一貫だと思っているようだ。
「……きゃ!?」
舞台の上手からも蛇女の手下が武器を構えてやってきた。あっという間に囲まれてしまう。針鼠は険しい表情を浮かべて剣を構える。そこへ__
「助けに来たぞ!! 王子様!」
蜘蛛の声が響いた。下手から蜘蛛が武器を持って登場する。
「こんな事もあろうかと、仲間を連れてきたんだ!」
蜘蛛に続いて、白銀と翡翠、神父、弟ドラが武器を持って飛び出してきた。
「二人きりになるよう取り計らうって言ってなかった!?」
エラは思わずツッコミを入れるが、誰も取り合わない。
「ほらよ、王子様!」
白銀が針鼠に投げ渡したのは、針鼠の愛剣のロングソードだった。針鼠はロングソードを一振りすると、高く掲げた。
「ぅし、行くぞおめぇらッ!!」
途端に口が悪くなる王子様。針鼠の掛け声と共に戦闘が始まる。
とうとう針鼠はステージを飛び出す。観客席とステージまでの間には空間があり、そこに蛇女をおびき寄せる。ステージ上で戦う仲間達を背景に、観客のすぐ目の前で王子様と魔女が刃を交わす。観客は皆短い悲鳴をあげたり息を呑んだりして食い入るように舞台を見る。本物の戦いが繰り広げられているのだ。観客からしたらど迫力な演出だ。
エラも杖を抜き、魔法で応戦する。ステージが壊れたり、観客に被害が出たりしないようにうまくコントロールする。「あれ、歌姫って魔法が使えたの?」と突っ込まれそうだが、いちいち気にしていられない。
「……お前ら、本当にこの間俺たちから尻尾巻いて逃げたのと同じ奴らかよ!?」
『歩く月』の手下の一人が叫ぶ。蜘蛛達の攻撃は凄まじく、かなり優勢だ。
「私達をなめない方が良いですよ。」
神父が見た目に似合わぬ大剣を振りかざす。
「あの時は、散々ボコされた後だった!」
「ガハハ! あれから飯を食ったし、よく寝た!」
「……武器も新調した。」
翡翠がむふうっと目を輝かせて新しいダガーを両手で掲げた。
確かに彼らの動きは前に処刑台から救出した時と比べると、格段によくなっていた。皆それぞれにあった武器を持ち、体力が回復されていた。針鼠でさえ、動きが俊敏になっているように見える。
きっと、それは武器や体力回復のおかげだけじゃない。多分、希望_仲間と目的のために闘っているという希望が彼らの強さを引き出しているとエラは感じた。エラでさえ、力がみなぎってくる感覚がする。
しかし、___
「針鼠!!」
エラは叫ぶ。針鼠の方は魔獣と同化した蛇女に押されていた。巨大化した斧を針鼠はロングソードでひたすら受け続ける。ガッと剣を弾かれて針鼠の体がよろける。
エラは慌てて魔法を放とうと杖をかざした。だが、神父に肩をつかまれ止められる。
「待ってください……! イシさん!」
「神父様! なんで止めるの!?」
「針鼠はきっと一人で倒したいはずです!」
「そ、そんな事言われたって……。」
「良いから、信じてやってください。」
神父がそっと針鼠の方へ視線を送る。エラも見ると、針鼠が追い詰められていた。まさに、巨大斧の刃先が頭を叩き潰す寸前まできていた。エラは思わず目を覆いたくなった。しかし、針鼠はそれを待っていたかのように、巨大な蛇女の股下をくぐり抜ける。蛇女は完全に油断していて、動きが遅れる。針鼠は間髪入れずに、蛇女の膝裏の筋を斬りつける。蛇女は奇声をあげて地面に尻をつく。ドシンッと地面が揺れて、観客がざわつく。針鼠は続けて蛇女の巨大な両腕を深く切り裂いた。蛇女はさっきよりも甲高い悲鳴をあげて仰向けに倒れる。針鼠は蛇女の上に立って、ロングソードで首を斬った。アッと観客が短い悲鳴をあげる。しかし、
「言っただろ? 魔獣と同化した、蛇であるアタシは不死身。蛇であるアタシを倒す事はできないよ。」
死んだはずの蛇女はニタリッと笑う。しゅうしゅうっと音が鳴って蛇女の首や腕、足が素早く回復していく。
「……確かにお前を剣で殺す事はできないみたいだな。だが、お前は『歩く月』だ。」
「それがどうしたよ。」
「『歩く月』は女王と契約している。その中には『拷問されたら死ぬ』なんて意味わかんねえルールもあったはずだ。」
「……まさか……!?」
「『拷問』の定義が曖昧だな。だが、とにかく、逃げられない状況を作って痛めつけて情報を引き出そうとすれば『拷問』は成立するんじゃないか?だからさ__」
「___やめろ!!」
「__とりあえず、経験人数でも吐いてもらおうか?クソババア。」
「キサマアアあああああああああ___!!!!!」
蛇女の狂った様な叫び声と共に眩い光を体中から放射する。針鼠も、観客達も、蜘蛛達も目を細める。
目を開けた時にはもう、蛇女の姿はなくなっていた。彼女は女王の魔法の契約、いや、女王の呪いによって死んでしまったのだ。
『歩く月』のボスが死んだ事により戦いの決着がついた。他の『歩く月』達は全て蜘蛛達が打ちのめしていた。
勝利と共に、観客席では歓声がわきあがった。
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