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後編
71.誤ってステージの上に立ってしまったエラ。エラの醜い姿を見た人々の反応は……(1)
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王子様は優しい友人に頼ったにも関わらず、結局歌声の主に会う事ができなかった。
悲しみにくれ、彼は『悲しみの涙』を歌い出す。彼の歌声は虚しく響くばかりで、誰の耳には届かないだろう。彼は諦めて舞台から退場する。
だが、実は、歌姫は王子様の歌声に気がついていた。彼女は、その美しい姿を舞台上に現す____
___はずが、ステージ上に現れた女は、ボロボロの平民服をまとい、髪がなく、そして、見るに耐えない醜い顔をしていた。
観客席は、しんっ……と静まり返る。この劇『歌姫と王子様』はこの国では誰もが知っている物語だ。この後に登場するのは見目麗しい歌姫。それは誰もが知っている事だった。
「ば、……」
誰かが観客席で立ち上がる。
「ば、化け物……!!」
誰かが叫ぶ。
その一言が混乱の口火を切った。
観客席中から悲鳴が上がる。エラの恐ろしい姿に恐怖する声、憤怒する声、見せ物かと馬鹿にする声、様々な叫びだった。観客は徐々に立ち上がる。一刻も早くあのおぞましい姿から逃れようと走りだす者や、これはどういう事だと怒って責任者に問いただしに行こうとする者もいた。
___劇は中止だ。
誰もが確信した。
エラもまた、同じように感じた。
だが今、大勢がエラの姿を見て混乱しているというのに、不思議と気持ちは落ち着いていた。
エラの姿をみて、混乱する人々の顔。それが、普通の反応だ。それだけエラの姿は醜いのだ。
__だが、それでいい、とエラは思った。
どんなに自分から何かが奪われようともエラの魂はエラのままだった。エラは大勢にさらされる自分自身を恥ずかしいと思わなかった。寧ろ誇らしいとすら思った。
それは、自分の事がいつの間にか好きになっていたからだと気がついた。
針鼠や、エラの大事な人達。彼らを大切に思い、大切に思われる中で、自分の事を好きになる勇気を持った。自分の醜い部分もまとめて好きになる勇気を持ったのだ。
エラは、立ち上がり、背筋を伸ばした。そして、お腹に力を込めて息をいっぱいに吸った。
*
針鼠は、舞台裏の野外まで走り抜き、そこで蛇女と相対していた。
神父と白銀は他の手下と闘っており、針鼠は一対一で蛇女と闘っている。針鼠は的確に急所を狙って剣を打ち込むが魔獣と同化した蛇女の固い体を貫く事はできない。剣をあてる度に、木でできたレイピアがミシミシと嫌な音を立てる。
「____ウ__ガアア!!」
蛇女が巨大斧をふるう。バキッ!と音が鳴り、とうとうレイピアが折れてしまった。
「てめえ……! これ借りもんなんだぞ!」
「アンタまだそんな余裕なセリフ吐いてるの?」
蛇女は口角を吊り上げる。針鼠が疲弊している一方、蛇女は傷ついた部分が徐々に回復していった。
「魔獣と同化するとねぇ、不死身になるんだよ。つまり、アンタに蛇であるアタシを殺せないんだ。ふふ……ふ……。もうすぐだよ。4代目ギルド長を殺った針鼠を今度は蛇であるアタシが討つんだ。そうしたら、名実ともに蛇であるアタシが最強って事になる。でもまあ、聞く話によると、アンタは奴を正々堂々と殺した訳ではないようだねえ。」
「……。」
「ある朝、私室のベッドの上で腑がえぐりとられた奴の裸の死体が見つかった。お相手はとうの昔に逃亡していた。……なあ、アンタ若いのにやるじゃねえか。『歩く月』に居た頃は、女にも男にも可愛がられてたんだろ? 一体何人と相手してたんだい?」
瞬間、ドガァッ!!と針鼠の渾身の蹴りが蛇女の腹に入る。冷静に攻撃を入れていた針鼠は今だけは怒りに任せた蹴りを放った。蛇女は一瞬よろけるが、牙を剥き出して笑うと、針鼠の足を掴んで、強く地面に打ち付けた。痛みに耐えあぐねる針鼠に、蛇女は巨大斧を振り下ろす__
「鼠太郎!!」
白銀が剣を交えていた敵を吹き飛ばし、彼のファルシオンで蛇女の脇腹を斬りつける。傷は浅かったが、巨大斧の攻撃は針鼠に当たることなく地面に突き刺さった。
「……クソッ!!」
針鼠の目は怒りに燃え、再び無鉄砲な攻撃をしようとする。
「しっかりしろ! 挑発に乗ってんじゃねえ!! 怒りに身を任せても勝てねえぞ!」
白銀は、針鼠の腕を掴み後ろに投げ飛ばした。針鼠は白銀の警告を無視し、なおも立ち上がる。
その時___
<あなたは今、どこで何をしていますでしょうか?>
「!!!!!」
針鼠、白銀、神父も、『歩く月』も全員が驚き、動きが止まる。
__歌声だ。
今まで聞いた事のないような美しい歌声が舞台の方から聞こえてきた。オーケストラの伴奏もない、完全な一人の女性の歌声だった。
<私はあなたにもう会う事はかないません。ですが、叶う事ならもう一度。あなたの声が聴きたい。好きな食べ物はなんですか?と。そんなありきたりな会話でいい。どこにでもいる声。だけど私にはこの世でたった一つの声。>
針鼠は声に聞き覚えがあった。思わずぽつりと口にする。
「イシの声だ……。」
<叶う事ならもう一度。あなたの顔が見たい。私と話すと、いつもはにかむそんな顔。どこにでもいる顔。だけど私にはこの世でたった一つの顔。>
エラの歌声は続く。
針鼠は事態を察知した。ステージ下で何かあったのだ。そして、何故かエラがステージ上にあがってしまったのだ。
「鼠太郎!!」
白銀が叫ぶ。
「ここは俺たちに任せて、イシの方へ行け!!」
「ああ!!」
「__ぁア勝手に行くなァ!!!」
蛇女が怒りの声をあげ、斧を振るが、白銀がファルシオンで受け止めた。針鼠は素早くステージの方へ走った。
悲しみにくれ、彼は『悲しみの涙』を歌い出す。彼の歌声は虚しく響くばかりで、誰の耳には届かないだろう。彼は諦めて舞台から退場する。
だが、実は、歌姫は王子様の歌声に気がついていた。彼女は、その美しい姿を舞台上に現す____
___はずが、ステージ上に現れた女は、ボロボロの平民服をまとい、髪がなく、そして、見るに耐えない醜い顔をしていた。
観客席は、しんっ……と静まり返る。この劇『歌姫と王子様』はこの国では誰もが知っている物語だ。この後に登場するのは見目麗しい歌姫。それは誰もが知っている事だった。
「ば、……」
誰かが観客席で立ち上がる。
「ば、化け物……!!」
誰かが叫ぶ。
その一言が混乱の口火を切った。
観客席中から悲鳴が上がる。エラの恐ろしい姿に恐怖する声、憤怒する声、見せ物かと馬鹿にする声、様々な叫びだった。観客は徐々に立ち上がる。一刻も早くあのおぞましい姿から逃れようと走りだす者や、これはどういう事だと怒って責任者に問いただしに行こうとする者もいた。
___劇は中止だ。
誰もが確信した。
エラもまた、同じように感じた。
だが今、大勢がエラの姿を見て混乱しているというのに、不思議と気持ちは落ち着いていた。
エラの姿をみて、混乱する人々の顔。それが、普通の反応だ。それだけエラの姿は醜いのだ。
__だが、それでいい、とエラは思った。
どんなに自分から何かが奪われようともエラの魂はエラのままだった。エラは大勢にさらされる自分自身を恥ずかしいと思わなかった。寧ろ誇らしいとすら思った。
それは、自分の事がいつの間にか好きになっていたからだと気がついた。
針鼠や、エラの大事な人達。彼らを大切に思い、大切に思われる中で、自分の事を好きになる勇気を持った。自分の醜い部分もまとめて好きになる勇気を持ったのだ。
エラは、立ち上がり、背筋を伸ばした。そして、お腹に力を込めて息をいっぱいに吸った。
*
針鼠は、舞台裏の野外まで走り抜き、そこで蛇女と相対していた。
神父と白銀は他の手下と闘っており、針鼠は一対一で蛇女と闘っている。針鼠は的確に急所を狙って剣を打ち込むが魔獣と同化した蛇女の固い体を貫く事はできない。剣をあてる度に、木でできたレイピアがミシミシと嫌な音を立てる。
「____ウ__ガアア!!」
蛇女が巨大斧をふるう。バキッ!と音が鳴り、とうとうレイピアが折れてしまった。
「てめえ……! これ借りもんなんだぞ!」
「アンタまだそんな余裕なセリフ吐いてるの?」
蛇女は口角を吊り上げる。針鼠が疲弊している一方、蛇女は傷ついた部分が徐々に回復していった。
「魔獣と同化するとねぇ、不死身になるんだよ。つまり、アンタに蛇であるアタシを殺せないんだ。ふふ……ふ……。もうすぐだよ。4代目ギルド長を殺った針鼠を今度は蛇であるアタシが討つんだ。そうしたら、名実ともに蛇であるアタシが最強って事になる。でもまあ、聞く話によると、アンタは奴を正々堂々と殺した訳ではないようだねえ。」
「……。」
「ある朝、私室のベッドの上で腑がえぐりとられた奴の裸の死体が見つかった。お相手はとうの昔に逃亡していた。……なあ、アンタ若いのにやるじゃねえか。『歩く月』に居た頃は、女にも男にも可愛がられてたんだろ? 一体何人と相手してたんだい?」
瞬間、ドガァッ!!と針鼠の渾身の蹴りが蛇女の腹に入る。冷静に攻撃を入れていた針鼠は今だけは怒りに任せた蹴りを放った。蛇女は一瞬よろけるが、牙を剥き出して笑うと、針鼠の足を掴んで、強く地面に打ち付けた。痛みに耐えあぐねる針鼠に、蛇女は巨大斧を振り下ろす__
「鼠太郎!!」
白銀が剣を交えていた敵を吹き飛ばし、彼のファルシオンで蛇女の脇腹を斬りつける。傷は浅かったが、巨大斧の攻撃は針鼠に当たることなく地面に突き刺さった。
「……クソッ!!」
針鼠の目は怒りに燃え、再び無鉄砲な攻撃をしようとする。
「しっかりしろ! 挑発に乗ってんじゃねえ!! 怒りに身を任せても勝てねえぞ!」
白銀は、針鼠の腕を掴み後ろに投げ飛ばした。針鼠は白銀の警告を無視し、なおも立ち上がる。
その時___
<あなたは今、どこで何をしていますでしょうか?>
「!!!!!」
針鼠、白銀、神父も、『歩く月』も全員が驚き、動きが止まる。
__歌声だ。
今まで聞いた事のないような美しい歌声が舞台の方から聞こえてきた。オーケストラの伴奏もない、完全な一人の女性の歌声だった。
<私はあなたにもう会う事はかないません。ですが、叶う事ならもう一度。あなたの声が聴きたい。好きな食べ物はなんですか?と。そんなありきたりな会話でいい。どこにでもいる声。だけど私にはこの世でたった一つの声。>
針鼠は声に聞き覚えがあった。思わずぽつりと口にする。
「イシの声だ……。」
<叶う事ならもう一度。あなたの顔が見たい。私と話すと、いつもはにかむそんな顔。どこにでもいる顔。だけど私にはこの世でたった一つの顔。>
エラの歌声は続く。
針鼠は事態を察知した。ステージ下で何かあったのだ。そして、何故かエラがステージ上にあがってしまったのだ。
「鼠太郎!!」
白銀が叫ぶ。
「ここは俺たちに任せて、イシの方へ行け!!」
「ああ!!」
「__ぁア勝手に行くなァ!!!」
蛇女が怒りの声をあげ、斧を振るが、白銀がファルシオンで受け止めた。針鼠は素早くステージの方へ走った。
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