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後編

69.城に侵入するため『劇場車』に乗らせてもらったエラ。しかし、それには条件があった(2)

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「__始まったな。」

 劇場車の舞台全体の幕があがる。ステージを袖から見ながら弟ドラが呟いた。幕が上がると、オーケストラの華やかな序曲が奏でられる。続いて舞台真ん中の幕が開く。仮面舞踏会を背景に針鼠達が踊っている。

_この劇は『歌姫と王子様』というこの国では誰もが知っているお話だ。

 王子様役のノドム族の男性が仮面をつけて脇から登場する。彼も針鼠と同じ金髪の青年で、この劇団の2枚目ポジションなのだろう。

_王子様はある日、訪れた仮面舞踏会でどこかから聞こえる美しい歌声に心を奪われる。

 ヴァイオリンのコンマスが高らかに高音を響かせる。物語では、王子様は『歌声を聞く』のだが、舞台ではヴァイオリンの音をG_A_C_と無造作に響かせるだけだ。ビブラートの音色が甘く観客を包み込む。観客が本物の歌声を早く聞きたい早く聞きたいと思う気持ちと王子が歌声の主に会いたいという気持ちを重ね合わせる。

_王子様はそれ以来何度も何度も仮面舞踏会に訪れるが、いつもあともう少しという所で、意地悪な王様_王子様の父親に邪魔をされて思うように会いに行けない。

「特等席だな。」

 弟ドラが小さな声でボソリとエラに言った。

「虎である俺みたいな貧民はまず観劇なんて機会に巡り会えない。それが、こんな間近で演技を見れるんだ。最後の闘いの前にこんな機会をくれた団長には感謝しねえとな。」

 エラは静かに頷いた。エラ達のいる袖とは向かいの方で姫役の女性が舞台の様子を眺めている。時が来たら、彼女はステージ下から上に上がる装置_『迫り』という所で待機する事になるだろう。

_王子様はどうしても歌声の主に会いたくてたまらない。ある日心の優しい友人にその事を打ち明ける。

「それなら、君たちが二人きりになれるよう僕の方でとりはかろう。」

 友人役の蜘蛛が言った。

「すまない。大丈夫か?」

「ああ、人っ子一人ここを通さないさ。」

 蜘蛛はそう言って、意気揚々と下手しもて_エラ達のいる側の袖へはける。どうやら蜘蛛の出番はあそこだけだったらしく、やりきった表情で帰ってくる。それを確認すると、歌姫役の女性がいよいよ向こう側の袖で動き出した。

「…?」

 エラは違和感を感じた。一瞬、歌姫役の女性が去って行った時、困惑した表情に見えた。

 傍では蜘蛛と弟ドラ、白銀、翡翠が夢中で舞台を眺めている。王子役の男がソロで『悲しみの涙』を歌っているのだ。美しいテナーの響きが観客にため息をつかせる。神父と針鼠は今は見当たらないが、舞台上にはいない。ステージ裏のどこかで待機しているだろう。

 エラはそっとその場を離れて、ステージ下へ行ってみる。
エラはステージ下に初めて来たが、予想以上に広く、予想以上に暗かった。『劇場車』はかなり巨大な車だが、まさか、ステージ下がこんなに広大に広がっていると思わなかった。まばらに浮く魔法の光を頼りに、気をつけながら移動しなければならない。だが、エラは魔法の目が見えるので、ステージ下を広く見渡す事ができた。

_そして、エラは、見た。
 歌姫役の女性が、金糸のような美しい金髪を一面に散らばして倒れていた。
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