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後編
66.皆で酒盛りした夜、エラは再び針鼠の部屋に訪れた。すると…?(1)
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個室に戻った針鼠はベッドに入り、そのまま眠りにつこうとした。
だが、全然寝付けられない。個室には棚があり、古びた本が何冊かあった。針鼠は手持ち無沙汰にその中の一冊の本を取り出し、読む。この国や周辺国に関する歴史の本だ。内容は小難しく、この分ならそのうち眠くなりそうだな、と思いながらペラペラとページをめくる。
「針鼠、入るよ?」
エラの声が扉の向こうから聞こえた。エラは針鼠の了承を得る事なく入ってくる。
「年頃の男の部屋にずかずか入ってくんなよ。……それともおねえちゃん、俺とシタいの?」
エラは一瞬針鼠の言葉の意味がよくわからなかったが、数秒後遅れて理解した。
「ええー。また下ネタ? あなたってほんとガキね。」
「……。」
「部屋に勝手に入ってきたのは悪かったわよ。次からちゃんとノックする。って言ってももう、『次』なんてこないかもしれないけれど。……とにかく、今来たのはあなたでちょっと試したい事があったのよ。」
エラはそう言って針鼠に杖を向けた。針鼠は慌てて杖を持つエラの腕を掴んだ。
「な、何すんだよ! 急に魔法使うな!!」
予想に反して針鼠が魔法をかけられるのを嫌がり、エラは少し驚いた。
「魔術書に回復魔法のやり方があったから、針鼠で試してみようと思ったのよ。あなたまだ古傷治ってなかったから。そんなに不安がらなくても多分大丈夫よ。」
「別に魔法が失敗すんのが怖いんじゃねーよ。……魔法を使えばイシの呪いが進行するから…嫌がったんだ。」
「え……。」
今度こそエラは驚いて言葉を失った。針鼠はエラを心配して魔法を使わせたくなかったのだ。
「……驚いたわ。あなたが私の心配をしてくれてたなんて。」
「別に俺は心配した訳じゃねえ。作戦に支障が出ると思ったから…。」
針鼠は目を伏せて長い耳をペタンと閉じた。
「それに呪いが解けても、元の姿に戻れるかわからないんだろ? だったらこれ以上体から何もなくならないように魔法をなるべく使わないべきだろ。」
「しっかり私の心配してるじゃない。」
エラは、自分の呪いが解けず死んでしまうという事を知っている。だから魔法を使いまくって呪いの進行が早まろうがどうでも良い。だが、針鼠からしたら、エラの呪いが解けるかもしれないと思っているので、なるべく魔法を使わせたくないのだ。
「別に……俺は……。」
「ごめんね。あなたのいう通りもっと自分の事を大事にしてみる。魔法も今日は使わない。」
「……。」
エラは杖をしまった。
「……前に兄ドラさんが言っていたわ。『針鼠は愛する事にも、愛される事にもおびえてるんだ』って。でも、私思ったの。針鼠だけじゃなくて、私自身にも当てはまる事だったんだわ。私は、愛する事も愛される事も心のどこかで怯えていた。それは心の奥底で自分自身を愛せなかったからだと思うの。」
「……。」
「でも、もっと素直になろうかなって最近思ったのよ。自分を愛する事も、誰かを愛する事も、愛される事も、もっと素直に向き合おうかなって思った。私の方がお姉さんだしね。」
エラは少し迷うようにカゴ付きの頭で上に向いたり横に向いたりした。やがて、決心したように口を開く。
「あのね、さっき『私が女だろうが男だろうが誰にとってもどうでもいい』って言ったでしょ。あれ、顔の事とか髪の事とか気にして言ったんじゃないの。」
「……。」
「生理、来なくなっちゃったみたい。……日数何度も確認したんだけどね。」
針鼠は伏し目になりながら無言でずっとエラの言葉に耳を傾けている。
「別にあんなの、血出るし、頭もお腹も痛くなるし、嫌な事沢山思い出すし、酷い時なんて一日中泣きながらベッドの上で過ごす時もあったわ。だから無くなったって全然構わないわよ。ただ、その、……私が言いたかったのは__」
エラは息をつまらせた。
「___苦しみもまた私にとって幸福だったんじゃないかって。女である事、毎月生理を経験する事、ホール家の一人娘として立派な身分の相手と結婚する事。全部誰かから押し付けられた不幸な事であると思って生きてきた。でも、いざ呪いで奪われたら、残ったのは…空虚だった。そうして私は気づいたの。私にとってそれらは幸せな事でもあったんじゃないかって。嫌な部分ばかり見て、自分の人生は自分ではどうにもできない不幸な物だと勝手に思い込んでいただけで。」
エラはそこで口を閉ざした。カゴの中で一筋の涙が流れる。
一方、針鼠は馬鹿にしたように鼻をならした。
「おねえちゃんってほんと根暗だよね。たかが生理来なくなったくらいで泣く事ねえじゃん。」
「……ごめんね、生生しい話しちゃったよね。」
「ほんとだよ。男に血の話とか、マジで冷めるわ。」
針鼠の予想外に冷たい反応に、エラのこめかみに大量の怒りマークがぶちぶちと出現する。
「……別にあなたに共感なんか期待してなかったわよ! ぶ、ぶえぇぇっ。ぶえぇぇええ!!」
「おいなんだその泣き声は。」
エラはその後も、ぶええ! ぶええ! 、と泣き声(?)をあげる。
だが、全然寝付けられない。個室には棚があり、古びた本が何冊かあった。針鼠は手持ち無沙汰にその中の一冊の本を取り出し、読む。この国や周辺国に関する歴史の本だ。内容は小難しく、この分ならそのうち眠くなりそうだな、と思いながらペラペラとページをめくる。
「針鼠、入るよ?」
エラの声が扉の向こうから聞こえた。エラは針鼠の了承を得る事なく入ってくる。
「年頃の男の部屋にずかずか入ってくんなよ。……それともおねえちゃん、俺とシタいの?」
エラは一瞬針鼠の言葉の意味がよくわからなかったが、数秒後遅れて理解した。
「ええー。また下ネタ? あなたってほんとガキね。」
「……。」
「部屋に勝手に入ってきたのは悪かったわよ。次からちゃんとノックする。って言ってももう、『次』なんてこないかもしれないけれど。……とにかく、今来たのはあなたでちょっと試したい事があったのよ。」
エラはそう言って針鼠に杖を向けた。針鼠は慌てて杖を持つエラの腕を掴んだ。
「な、何すんだよ! 急に魔法使うな!!」
予想に反して針鼠が魔法をかけられるのを嫌がり、エラは少し驚いた。
「魔術書に回復魔法のやり方があったから、針鼠で試してみようと思ったのよ。あなたまだ古傷治ってなかったから。そんなに不安がらなくても多分大丈夫よ。」
「別に魔法が失敗すんのが怖いんじゃねーよ。……魔法を使えばイシの呪いが進行するから…嫌がったんだ。」
「え……。」
今度こそエラは驚いて言葉を失った。針鼠はエラを心配して魔法を使わせたくなかったのだ。
「……驚いたわ。あなたが私の心配をしてくれてたなんて。」
「別に俺は心配した訳じゃねえ。作戦に支障が出ると思ったから…。」
針鼠は目を伏せて長い耳をペタンと閉じた。
「それに呪いが解けても、元の姿に戻れるかわからないんだろ? だったらこれ以上体から何もなくならないように魔法をなるべく使わないべきだろ。」
「しっかり私の心配してるじゃない。」
エラは、自分の呪いが解けず死んでしまうという事を知っている。だから魔法を使いまくって呪いの進行が早まろうがどうでも良い。だが、針鼠からしたら、エラの呪いが解けるかもしれないと思っているので、なるべく魔法を使わせたくないのだ。
「別に……俺は……。」
「ごめんね。あなたのいう通りもっと自分の事を大事にしてみる。魔法も今日は使わない。」
「……。」
エラは杖をしまった。
「……前に兄ドラさんが言っていたわ。『針鼠は愛する事にも、愛される事にもおびえてるんだ』って。でも、私思ったの。針鼠だけじゃなくて、私自身にも当てはまる事だったんだわ。私は、愛する事も愛される事も心のどこかで怯えていた。それは心の奥底で自分自身を愛せなかったからだと思うの。」
「……。」
「でも、もっと素直になろうかなって最近思ったのよ。自分を愛する事も、誰かを愛する事も、愛される事も、もっと素直に向き合おうかなって思った。私の方がお姉さんだしね。」
エラは少し迷うようにカゴ付きの頭で上に向いたり横に向いたりした。やがて、決心したように口を開く。
「あのね、さっき『私が女だろうが男だろうが誰にとってもどうでもいい』って言ったでしょ。あれ、顔の事とか髪の事とか気にして言ったんじゃないの。」
「……。」
「生理、来なくなっちゃったみたい。……日数何度も確認したんだけどね。」
針鼠は伏し目になりながら無言でずっとエラの言葉に耳を傾けている。
「別にあんなの、血出るし、頭もお腹も痛くなるし、嫌な事沢山思い出すし、酷い時なんて一日中泣きながらベッドの上で過ごす時もあったわ。だから無くなったって全然構わないわよ。ただ、その、……私が言いたかったのは__」
エラは息をつまらせた。
「___苦しみもまた私にとって幸福だったんじゃないかって。女である事、毎月生理を経験する事、ホール家の一人娘として立派な身分の相手と結婚する事。全部誰かから押し付けられた不幸な事であると思って生きてきた。でも、いざ呪いで奪われたら、残ったのは…空虚だった。そうして私は気づいたの。私にとってそれらは幸せな事でもあったんじゃないかって。嫌な部分ばかり見て、自分の人生は自分ではどうにもできない不幸な物だと勝手に思い込んでいただけで。」
エラはそこで口を閉ざした。カゴの中で一筋の涙が流れる。
一方、針鼠は馬鹿にしたように鼻をならした。
「おねえちゃんってほんと根暗だよね。たかが生理来なくなったくらいで泣く事ねえじゃん。」
「……ごめんね、生生しい話しちゃったよね。」
「ほんとだよ。男に血の話とか、マジで冷めるわ。」
針鼠の予想外に冷たい反応に、エラのこめかみに大量の怒りマークがぶちぶちと出現する。
「……別にあなたに共感なんか期待してなかったわよ! ぶ、ぶえぇぇっ。ぶえぇぇええ!!」
「おいなんだその泣き声は。」
エラはその後も、ぶええ! ぶええ! 、と泣き声(?)をあげる。
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