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後編

64.朝の弱い針鼠を起こしにいくと……(1)

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 次の日の朝、まだ空が暗い内にエラは目が覚めた。
 廊下の方からドタドタという複数の足音が聞こえて起きたのである。リビングに行くともう既に針鼠以外の人たちが起きていた。

「おう、起きたか、女イシ。虎である俺達の目的のためにこれからちょっと伝手に話をつけに行く所だったんだ。」

「なら私もついていくわ。」

 弟ドラは、いらねえよ、と首をふった。

「戦いに行く訳じゃねえ。交渉しに回るだけだ。お前は魔力を回復するためにもここで待ってろ。」

 エラは少し不満気だった。翡翠まで一緒に連れていこうとしているのに、エラだけ役立たず扱いされている気がしたからだ。

「針鼠はまだ起きてこねえのか。」

「ガハハハ!! 鼠太郎がこんな朝早くに自分で起きれる訳ねえだろ!」

「誰かが……犠牲にならないといけませんね……。」

 蜘蛛達が表情を曇らせる。

「あら? それなら私が起こしに行くわよ。」

 男達は驚いて一斉にエラを見た。
 神父が何か言いたげだったが、エラは気づかず針鼠の部屋の扉を開ける。

「針鼠。少し早いけど朝よ、起きて。弟ドラさん達が出かけるって。」

 エラは針鼠の体を揺さぶる。

「うぅ……。」

 しつこく揺らし続けると、長い耳がピクピクと動いてむくりと上体を起き上がらせた。目がうっすらと開いたり閉じたりを繰り返す。エラが引っ張ると素直に立ち上がった。

「あ……う……。」

 寝ぼけているのか、ドアの角に額をぶつけて壁に後頭部をぶつけ、ベッドに倒れ込んだ。

「もう何やってんのよ。あなたってやっぱり朝弱いのね。」

 エラがまた針鼠を起こす。『魔法使いのうろ』では針鼠はずっと寝たきりだったため無理に朝起こす事がなかったのだが、朝が苦手なやつだな、とは薄々思っていた。

「う~……。」

 針鼠は寝ぼけて今度はエラの胸に額をこすりつけた。そして、また、すーすーと寝息を立て始めた。普段は嫌味なやつなのに、寝顔は意外と可愛らしい。エラはつい針鼠の頭をさわっと撫でる。長い耳は安心しきっているのかペタンと垂れ下がった。

(い、いや、可愛いなんて思ってはだめよ、エラ……! こいつは針鼠、こいつは針鼠。)

 エラはブンブンと頭を振った。
 ドアの向こうで蜘蛛達がこそこそと何事か話しながら様子を伺っていた。

「暴れた?」

「暴れてない。幸せそうに女イシの胸に顔埋めてる。」

「てか、あいつ絶対起きてるよな……?」

 彼らの会話はエラには聞こえなかった。
 その後なんとか針鼠を起こすと、エラ以外全員出かけてしまった。

 彼らが帰ってきたのは夕方ごろだった。エラは心配していたが、彼らの交渉はうまくいったらしい。まず収穫として食糧や武器装備を手に入れてきた。何をどうやったのかはエラは知らない。とにかく、皆それぞれいつもの武器を装備し、満足気だった。

「さて、どうやって女王の元まで辿り着くかについてなんだが、__」

 一通り情報の共有が終わり皆が落ち着いた頃、蜘蛛が口を開いた。

「この間みたいにロウサ城に抜け道から侵入する事はできない。」

「一回使っちまった手だからあいつらも警戒マックスだもんな。」

「それもある。だが、エルフ連合教会の連中がまだいるから警備が更に厳重になっているというのもあるんだ。」

 蜘蛛の言葉にエラは、え!と驚く。

「まだ大司教様がいらっしゃるの? いつもだったら2、3日程度で行ってしまうわよね?」

「それなんだが、大司教がまだ去っていない理由は__あくまで噂だがからだそうだ。」

 これには一同が騒然となった。

「どういう事だ? 盗んだ『王家の指輪』が偽物だったって事は虎である俺達が城に侵入する前に女王が偽物と本物を予め入れ替えていたって事だよな? 『白い教会』を罠にはめた後、本物の指輪を別の賊に盗まれた事にしといて後々見つかったって周りに言えば済む話だろ。なんでまだ本物を出さないんだよ。」

「……わからない。なんらかの理由で大司教を足止めしたいのか、本物の『王家の指輪』を表に出せない理由があるのか。どのみち、あくまで噂だ。」

 弟ドラの疑問に蜘蛛は首をふった。

「とにかく、そういう事情なのでこの間とは別の方法でロウサ城に忍び込もうと思う。___明日『劇場車』に乗って城に侵入するんだ。」

「!」

 劇場車というのは、その名も通り大きな劇場に車輪がくっついている、移動式の劇場の事だった。
 エラは思いがけず出てきた単語に困惑する。

「さっき話した通り、何故か大司教の滞在が長引いている。従って、女王は国が豊かである事を見せつけるために更になんらかの催しをして大司教らをもてなす必要がある。そこで、導入されたのが劇場車だ。劇場車は明日、上級街と下級街の境にある中心区で公演をし、その後ロウサ城に入城するそうだ。大司教だけじゃなく民達にも見せる気前の良さを大司教に見せつけたいんだな。」

「……民達が求めているのは娯楽でなく衣食住だというのに……。」

 神父は珍しく吐き捨てるように言った。神父の険しい顔を尻目に針鼠が立ち上がる。蜘蛛に代わり針鼠が説明を続けた。

「……俺達は劇場車に入り、関係者のふりをして中に侵入する。劇団団長は『白い教会』と縁のある人間なんだ。俺と蜘蛛で奴とはもう既に話をつけてきた。」

「さっすが二人がいるととんとん拍子に話が進むなあ! ガハハハ!!」

 白銀は大声で笑い、針鼠の頭を大きな手で撫でようとしたが嫌がられた。

「劇場車が使われるのは一回きりだ。つまり、これが、城に侵入する俺たちの最後のチャンスだ。」

 針鼠の言葉に男達はコクリと力強く頷いた。エラはごくりと唾をのむ。



_『白い教会』、そしてエラにとって最後の作戦が始まろうとしていた。
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