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後編
58.お風呂ハプニング!?(2)
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「その分ならキスもまだでしょ?」
針鼠は上機嫌でまだエラを煽る。
「あ、あたりま……」
エラはそこで言葉が止まった。そういえば、エラはキスだけはしたことがあった。針鼠の心肺蘇生をしたとき、人工呼吸でキスをした。
ガーンッとエラの頭の中で効果音が鳴り響く。
(初めて裸を見たのも……キスしたのもこんな……こんなクソガキなんて……。)
エラはショックで頭がフリーズした。
針鼠も気づいたらしく、ピンッ…と耳がたった。
「あ、もしかしてキスしたのって俺……」
「うっさい!! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか!」
「うるせえ……。」
エラはもっと針鼠から遠ざかろうと、壁まで移動し、彼に背中を向けて縮こまる。針鼠はこれ以上は何か言う気がないらしく黙って湯につかった。出ていく気はないらしい。
その後エラが、子供はノーカンじゃないか、と思い始めた頃、針鼠が口を開いた。
「そのリボン……。」
エラは針鼠の一言でやっと気づいた。リボンをつけたまま気づかずに浴場にきてしまった。リボンは、チビがくれた紺色のリボンだ。チビにもらった日以来ずっとエラはこれで髪を縛っていた。結局カゴを被るので、針鼠はこの事を知らなかったのかもしれない。エラはリボンを置きに脱衣所に戻りたくなったが、やはり針鼠がいて動けない。
ふいに針鼠がぽつりと言った。
「その……悪かったな。あんな事言って。」
「え……。」
エラは絶句した。
「あんな事」というのは、文脈から考えて、チビがエラにリボンをプレゼントした晩針鼠が罵倒した時の事だろう。針鼠の口から思わぬ謝罪の言葉が出てきて、エラは一瞬何を言われたのかすら理解できなかった。やがて、頭の中で咀嚼する。
「えぇぇぇええ!! 気にしてたの!!?」
エラは思わず振り返りそうになるが、慌てて体の向きを戻した。一瞬針鼠の申し訳なさそうな感情が伝わってくる。本心で謝ったみたいだった。
「うっせえ悪いかよ……。」
針鼠は若干逆ギレっぽい口調だった。だが長い耳はペタンと垂れ下がっていた。
「……いいえ。ちょっと意外で。」
というかもっと他にも謝る事沢山あるでしょ、とツッコミたかったがあまりにも針鼠がしおらしかったのでやめた。
「……別に似合ってなくもねえよ。……その色、お前の黒い髪に……合ってると思う。」
「……たとえ本心でなかったとしても、嬉しいわ。きっとチビもうかばれる。」
「……。」
針鼠はそれを最後に黙って立ち上がると、浴場から出て行った。
(子供ってやっぱりよくわからないわ……。)
エラは心の中で呟いた。
*
次の日の朝、針鼠は窓から差し込む日の光で目が覚めた。
まだ体をよく動かしていないからよくわからないが、昨日よりは体調が良い、気がした。いずれにせよ、針鼠は今日こそは本気で『魔法使いのうろ』を出ていく気だ。
寝室の入り口ではエラが立っていた。
「あら、今起こそうとしていた所よ。」
エラは言った。針鼠はなんだか違和感を感じた。妙にエラの声の調子が明るかった。エラはいつものようにカゴをかぶり、相変わらず表情が見えない。だが、いつもと違っていた部分もあった。
_エラの腕に紺色のリボンがまかれていた。
「おい、それ……。」
針鼠は最後まで言う事ができなかった。エラは針鼠が言わんとしている事がわかった。
「これね。髪にまくのもいいけど、結局カゴに隠れてしまうもの。丁度良かったわ。」
「……呪い、か。」
「……。」
エラの無言は肯定を意味した。
女性にとってそれを奪われる事がどれだけ辛い事か、男である針鼠にだってわかる。それに、エラにとってチビの形見を飾る事のできるそれを奪われる事はこの上なく心苦しい事だろう。
「……大丈夫よ。むしろ、スッキリしたわ。いつ何を奪われるかずっとビクビクしていたんだもの。それに結局カゴで隠しちゃうから変わらないわ。」
わざと明るく振る舞うエラに、針鼠はかけてやる言葉が見つからなかった。
針鼠は上機嫌でまだエラを煽る。
「あ、あたりま……」
エラはそこで言葉が止まった。そういえば、エラはキスだけはしたことがあった。針鼠の心肺蘇生をしたとき、人工呼吸でキスをした。
ガーンッとエラの頭の中で効果音が鳴り響く。
(初めて裸を見たのも……キスしたのもこんな……こんなクソガキなんて……。)
エラはショックで頭がフリーズした。
針鼠も気づいたらしく、ピンッ…と耳がたった。
「あ、もしかしてキスしたのって俺……」
「うっさい!! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか! ばーか!」
「うるせえ……。」
エラはもっと針鼠から遠ざかろうと、壁まで移動し、彼に背中を向けて縮こまる。針鼠はこれ以上は何か言う気がないらしく黙って湯につかった。出ていく気はないらしい。
その後エラが、子供はノーカンじゃないか、と思い始めた頃、針鼠が口を開いた。
「そのリボン……。」
エラは針鼠の一言でやっと気づいた。リボンをつけたまま気づかずに浴場にきてしまった。リボンは、チビがくれた紺色のリボンだ。チビにもらった日以来ずっとエラはこれで髪を縛っていた。結局カゴを被るので、針鼠はこの事を知らなかったのかもしれない。エラはリボンを置きに脱衣所に戻りたくなったが、やはり針鼠がいて動けない。
ふいに針鼠がぽつりと言った。
「その……悪かったな。あんな事言って。」
「え……。」
エラは絶句した。
「あんな事」というのは、文脈から考えて、チビがエラにリボンをプレゼントした晩針鼠が罵倒した時の事だろう。針鼠の口から思わぬ謝罪の言葉が出てきて、エラは一瞬何を言われたのかすら理解できなかった。やがて、頭の中で咀嚼する。
「えぇぇぇええ!! 気にしてたの!!?」
エラは思わず振り返りそうになるが、慌てて体の向きを戻した。一瞬針鼠の申し訳なさそうな感情が伝わってくる。本心で謝ったみたいだった。
「うっせえ悪いかよ……。」
針鼠は若干逆ギレっぽい口調だった。だが長い耳はペタンと垂れ下がっていた。
「……いいえ。ちょっと意外で。」
というかもっと他にも謝る事沢山あるでしょ、とツッコミたかったがあまりにも針鼠がしおらしかったのでやめた。
「……別に似合ってなくもねえよ。……その色、お前の黒い髪に……合ってると思う。」
「……たとえ本心でなかったとしても、嬉しいわ。きっとチビもうかばれる。」
「……。」
針鼠はそれを最後に黙って立ち上がると、浴場から出て行った。
(子供ってやっぱりよくわからないわ……。)
エラは心の中で呟いた。
*
次の日の朝、針鼠は窓から差し込む日の光で目が覚めた。
まだ体をよく動かしていないからよくわからないが、昨日よりは体調が良い、気がした。いずれにせよ、針鼠は今日こそは本気で『魔法使いのうろ』を出ていく気だ。
寝室の入り口ではエラが立っていた。
「あら、今起こそうとしていた所よ。」
エラは言った。針鼠はなんだか違和感を感じた。妙にエラの声の調子が明るかった。エラはいつものようにカゴをかぶり、相変わらず表情が見えない。だが、いつもと違っていた部分もあった。
_エラの腕に紺色のリボンがまかれていた。
「おい、それ……。」
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「これね。髪にまくのもいいけど、結局カゴに隠れてしまうもの。丁度良かったわ。」
「……呪い、か。」
「……。」
エラの無言は肯定を意味した。
女性にとってそれを奪われる事がどれだけ辛い事か、男である針鼠にだってわかる。それに、エラにとってチビの形見を飾る事のできるそれを奪われる事はこの上なく心苦しい事だろう。
「……大丈夫よ。むしろ、スッキリしたわ。いつ何を奪われるかずっとビクビクしていたんだもの。それに結局カゴで隠しちゃうから変わらないわ。」
わざと明るく振る舞うエラに、針鼠はかけてやる言葉が見つからなかった。
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