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後編

55.成人するエラ。明かされる針鼠の年齢

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 次に針鼠が起きたのは次の日の朝だった。

 それまでにエラは多くの収穫を得ていた。

 まず、ここ魔法使いのうろの元々の主である魔法使いが生前残した書類を発見した。その中にはありがたい事に森の生物に関する、生態・毒の有無・危険度・味・見た目・調理の仕方などがまとめられた書物があった。魔法使い直筆の物だ。最初のページに、『この森に迷い込んだ者へ。役に立ててほしい。』と書かれていた。エラはこれを使って食料調達することにした。『魔法使いのうろ』には食べ物がなかったのだ。だが、最初の2、3ページをめくってエラはげんなりした。虫についてばかりだったからだ。本には、虫は獣を狩るより手に入れやすいので初心者にお勧めだと書いてあった。

(や、やってみるしかないわね……。針鼠にはとにかく何か食べさせなければならないし。)

 エラは腹をくくった。針鼠は血を流しすぎた。何か栄養のある物を食べさせないと今度こそ死んでしまう。

 次に、エラは湖のほとりで今の自分がどれだけ魔法が使えるのか調べた。魔力は少し回復しているようで、「燃えろ!」と叫ぶと、人の顔くらいの大きさの火の玉が出るようになった。後何発かできそうだ。他の魔法も使えるか試したかったが魔力が尽きるのを恐れてやめた。危険な森の中で食料調達するには魔法に頼る必要がある。
 エラは湖に飛び込んだ。すると、目の前には『迷いの森』が広がっていた。やはり、『魔法使いのうろ』の湖と『迷いの森』の沼はつながっていたのだ。エラは魔法使いの本を頼りにひとまず沼の周りで食糧になりそうなものを探してみた。結果として、きのこを何種類かと植物の葉を収穫した所で日が暮れたのでその日の収穫は諦めた。

 『魔法使いのうろ』に帰ると、エラは早速調理にとりかかった。『魔法使いのうろ』にはキッチンなど生活に必要な部屋や道具は全て揃っていた。エラは収穫した物を細かく切ってきのこは適当に焼いた。ありがたい事に魔法使いは塩だけは保存していたらしく、それを使って味付けをした。その日の夜は針鼠は目をさまさなかったので、エラは一人で先に自分の分を食べた。

 その後は『魔法使いのうろ』をもう少し探索してみた。物置で丁度よさそうな大きさのカゴを見つけたのでエラはそれを被った。気持ちが少しだけ落ち着いた。




 その日の収穫はそんな感じで、次の日の朝針鼠が目をさました時、昨日作ったものを食べさせた。針鼠が食べづらそうだったのでもっと食べ物を細かく切って水を加えて味を整えスープにした。針鼠はまた起きあがろうとして苦痛そうに顔をしかめた。

「……ッ……クソ……これじゃ動けるようになるまで数ヶ月はかかっちまう…!」

 そんなに待ってはいられない、と針鼠は悔しそうに言った。それにはエラも同感だった。エラに残された寿命はわずかだ。3ヶ月もすればエラは呪いで死んでしまう。そうなれば復讐は果たせない。かといって、途中で針鼠の治療を投げ出して出ていくわけにもいかない。昇り藤達のためというのもある。だが、エラはエラ自身が針鼠を救う事を望んでいる事に薄々気づいていた。
 エラは周囲を見渡した。

「いいえ。どうやら、この『魔法使いのうろ』には癒しの魔法が施されているみたいだわ。頭に伝わってくるの……。だから、多分もっと早く治るんじゃないかしら。」

 エラはそう言って、針鼠が上体を起こすのを手伝った。右腕は動かせるようで、スプーンを渡してベッドの上で飲ませた。
 しばらくそうやってスープをすする。すると、ふいにエラの様子が気になって針鼠が口を開いた。エラがじっと何か言いたげに針鼠がスープを飲んでいるのをみていたのだ。

「? ……なんだよ?」

 エラはなんとなく言いづらそうに口元をもごもごする。

「あの、私、『白い教会』の本拠地に連れてこられたあの日からずっと日にちを数えてたの……。」

「で?」

「その、……実をいうと、今日で私誕生日なのよ。20歳、成人になりました……。」

 この国ローフォードでは20歳から成人である。お酒も飲めるようになるし、いよいよ一人前のレディーとして扱われる。エラは今日誕生日を迎えて大人になったのだ。

「だから?」

「いや、だから、その……『おめでとう』って言ってほしくて……。」

 ホール家では大貴族だった時代、毎年この日エラをお祝いする盛大なパーティーが開かれていた。大貴族から小貴族に落ちぶれた後はパーティーを開く事はなくなったが、おじさん夫婦に贈り物をもらい、夜にはエラの大好物の料理を並べてもらったものだ。毎年誕生日はエラは幸せな気持ちになった。19歳の誕生日の日、おばさんに「来年は成人だから今まで以上に盛大に祝おうね」と言われていた。まさか、来年こんな寂しい誕生日を迎える事になるとはその時の自分は思いも寄らなかった。

(それに、今日が、私にとって最後の誕生日になるのね……。)

 エラは息がつまった。せめて、誰かには祝ってほしかった。

「お_……」

「!!」

「おーまいがー。」

「……。」

「おめ……おめめが痛いなあ。」

「……別にあなたに期待なんかしてなかったわ……。」

「なんで俺がお前の誕生日を祝わなきゃなんねえんだよ。」

「なんでって聞く前に、たった一言『おめでとう』って言えば済む話じゃない。あなたって本当に意地が悪いのね。……はあ、もういいわ……。」

 エラは大きなため息をついた。

「……それにしてもなんだか拍子抜けね。……こう……大人になったら、もっと……大人になった実感あるのかなって……。でも、なんにも変わらないものね。」

 エラは感慨にふけった。
 子供の頃は、20歳になれば大人になると思っていた。だが、いざなってみると、まるで子供の延長線のようだった。

「私、周りの大人みたいになれてるかな。」

「……世の中年齢に置いてかれた大人だらけだよ。」

「……。」

 その後針鼠は黙々とスープを飲んだ。ある時、エラはなんとなく気になって質問した。

「……そういえばあなたはもう成人なの?針鼠って私と同い年くらいよね?」

 そう言いながら、エラは記憶をたどる。
 そういえば、女王が王に即位し追放されたのが、針鼠が10歳の時だったといっていた。

(……あれ?)

 たしか、エラの記憶では女王の即位は6年前だ。それなら、針鼠の年齢は…

「俺? 俺はまだ16だぜ?」

「___!!!?」

 エラは衝撃で目がくらんだ。

「……なんでそんなショック受けてんだよ。」

「だ、だって、あなたって大人っぽいから……え、よ、4つも年下……?」

 思いがけない歳の差にエラは再びショックを受けた。
 ずっと、針鼠は年上か、最低でも同い年だろうと思っていた。
 14歳の時から『白い教会』のリーダーとして人々を引っ張ってきたという事だろうか。あまりにも若すぎる。
 でも確かに、エラと同じくらいの身長や細身の体はまだ未発達の少年の体に見えなくもない、とエラは思った。女性的な顔立ちは大人の顔にも子供の顔にも見えた。

「おねえちゃんが子供っぽいだけだよぉ。」

 針鼠は馬鹿にしたようにニヤニヤした。余程エラの反応が愉快だったのか、長い耳がぴこぴこと上下している。

(こいつ、いちいち相手を煽らないと生きていけないのかしら。)
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