上 下
54 / 82
後編

54.針鼠の過去。復讐への誓い。(2)

しおりを挟む
 針鼠はそこまで話して、ひ…ひひ…ヒ、とまたあの奇妙な笑い声をあげた。声は乾いていて、虚しい響きだった。

「その後、俺だけは国外への追放を言い渡された。まだ幼かったし、王の血をひく者だったからさすがに死刑にできなかったんだろう。だが、その道中山賊に出くわした。後でわかった話だが、それは女王の差金だった。山賊に殺されかけた俺を、密かに母を支持していた兵士が命懸けで逃がした。俺は再び王都に戻り、身分を隠し下級街の一画にあるギルド『歩く月』に転がりこんだ。当時はまだ国に吸収されていない、荒くれ者の巣窟だった。奴らはガキだった俺を快く受け入れたよ。知識もなく剣もろくに振れないガキの何を気に入ったと思う?__顔だよ。」

 針鼠は、ヒヒヒッと口角を吊り上げた。

「信じられるか? まだ10歳だったガキにあいつら興奮してんだ! 詳しく聞きたいか?」

「……いいえ。」

 エラは静かに首をふった。

「……そこからは、2年前『白い教会』に出会うまでずっと『歩く月』にいた。そこで剣の腕と人を殺す知識を身につけた。…俺の身の上話は終わりだ。」

 針鼠は奇妙な笑い声をあげるのをやめた。エラはなんだか泣き終わった後みたいに感じた。
しばらく二人とも何も言わなくなる。やがて、エラは沈黙を破った。

「……あなたの事情は理解したわ。でも女王様は暴君だけれど、国の元首なのよ。女王様が今亡くなれば、貴族達の激しい権力争いの末にこの国はますます疲弊するわ。ひょっとしたら、そこを狙われて南の国のヒートンに攻めいられてしまうかもしれない。__大勢の罪の無い人々が血を流す事になってしまうわ。」

「……お前は俺を止めたいのか? あれだけの事をあの女にされてもなお、あいつを守るのか?」

「私が守りたいのは女王様じゃない! あなたよ!」

 エラは思わず叫んだ。

「そんな重要な人を殺してあなた無事で済むと思ってんの? 大勢に憎まれて、想像もできないような残酷なやり方で処刑されてしまうかもしれないわ。というか、そもそもたった一人で復讐しに行くなんて無茶も良いところよ! なんのために私があなたを生かしたと思っているの? 女王様を殺して欲しいからじゃない。あなたに生きて欲しいと思ったからよ。……それが皆の願いだから。」

「……あいつらが俺に生きていて欲しいと願うのは俺に王になって欲しいからだ。それが叶わなくなった今となってはその願いは無効だ。」

「あなたに生きていて欲しいのは願いを託すためじゃないわ! 幸せになって欲しいからなのよ!」

 針鼠から驚愕の感情が頭に流れてきた。
 エラは革命前夜、針鼠が部屋を出て行った後に皆が話していた事を話した。皆最後には、針鼠に幸せになって欲しいと笑っていたのだ。エラはそれをどうしても針鼠にわかってほしかった。
 語り終えたあと、針鼠から、初めて悲しみの感情が伝わってきた。針鼠の長い耳が少しだけ下がった。

「……それを聞いてもなお俺の気持ちは変わらない。俺は、自分のために生きる。周りがどう思おうとも、周りにどんな影響が及ぼされようとも俺は自分の決めた道を進む。」

「…………復讐は何も生まないわ。」

「……。」

「……そう。」

 エラは力なく答えた。
 わかっていた。針鼠は何を言ってももう止まる気が無い事ぐらい。皆の気持ちを知った所で針鼠は復讐を曲げる男ではない。


「___なら、私も行くわ!!私も…女王様に復讐するためにあなたについていく!」


「____っ」

 針鼠は息をのんだ。エラは立ち上がった。

「勘違いしないでよね。あなたのためについていきたいなんて微塵も思っていないわ。私自身はあなたがどうなっても構わないんだから。これは、___私の戦いなのよ!勿論、叔父様と叔母様の事がある。女王様から解放して魔法を解いてあげたいわ!」

 エラはカゴなしに自分の醜い顔がさらけだされているのにも構わず叫んだ。

「でもね、それだけじゃない!私にだって消えない炎が燃えてんのよ! 復讐は何も生まない? 結構よ! 誰の迷惑になろうとも世界中から悪魔と罵られようとも私は行くわ!そうでないと……そうでないと、もう誰も叫び続ける人がいなくなってしまう……! チビや昇り藤、黒目、皆の無念を__あの優しい人たちが確かにいたんだっていう事実を__叫び続ける人が! ……これが私のわがままだってのはわかってるわ。彼らは『白い教会』であった以上、こうなる日を覚悟していたのはわかってる。それでも私は納得ができない。たとえ、皆が復讐を望んでいなくても、私自身がそうしたいと望むから……だから私は復讐する!!」

 エラは残りわずかな命である。黒目は、残された時間を何に使うか自分の頭で決めろ、と言っていた。ようやく今、結論が出た。もしかしたら、ずっと前から心に決めていたのかもしれない。
 エラは針鼠に向き直った。

「だから、ここからは協力しあいましょう。あなたは自分の目的のために私を利用する。そして、私は自分のためにあなたを利用するわ。」

「……そうか。」

 針鼠は、小さく頷いた。

「……イシ、…………………ありがとう。命を助けられた事にじゃない。もう一度……復讐する機会をくれた事に、感謝する。」

 針鼠はそういうと、体力の限界が来たのか静かに寝息をたて始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

俺の妖精すぎるおっとり妻から離縁を求められ、戦場でも止まらなかった心臓が止まるかと思った。何を言われても別れたくはないんだが?

イセヤ レキ
恋愛
「離縁致しましょう」 私の幸せな世界は、妻の言い放ったたった一言で、凍りついたのを感じた──。 最愛の妻から離縁を突きつけられ、最終的に無事に回避することが出来た、英雄の独白。 全6話、完結済。 リクエストにお応えした作品です。 単体でも読めると思いますが、 ①【私の愛しい娘が、自分は悪役令嬢だと言っております。私の呪詛を恋敵に使って断罪されるらしいのですが、同じ失敗を犯すつもりはございませんよ?】 母主人公 ※ノベルアンソロジー掲載の為、アルファポリス様からは引き下げております。 ②【私は、お母様の能力を使って人の恋路を邪魔する悪役令嬢のようです。けれども断罪回避を目指すので、ヒーローに近付くつもりは微塵もございませんよ?】 娘主人公 を先にお読み頂くと世界観に理解が深まるかと思います。

サラシがちぎれた男装騎士の私、初恋の陛下に【女体化の呪い】だと勘違いされました。

ゆちば
恋愛
ビリビリッ! 「む……、胸がぁぁぁッ!!」 「陛下、声がでかいです!」 ◆ フェルナン陛下に密かに想いを寄せる私こと、護衛騎士アルヴァロ。 私は女嫌いの陛下のお傍にいるため、男のフリをしていた。 だがある日、黒魔術師の呪いを防いだ際にサラシがちぎれてしまう。 たわわなたわわの存在が顕になり、絶対絶命の私に陛下がかけた言葉は……。 「【女体化の呪い】だ!」 勘違いした陛下と、今度は男→女になったと偽る私の恋の行き着く先は――?! 勢い強めの3万字ラブコメです。 全18話、5/5の昼には完結します。 他のサイトでも公開しています。

処理中です...