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前編
44.追い詰められた女王(3)
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__だが、エラが安心するのも束の間、すぐに場の空気が悪くなった。
「……皆気ぃつかってるだけだろ。全っ然似合ってねえし、どんだけ着飾ってもブスはブスだ。勘違いしてんじゃねえよ。」
針鼠の冷たい言葉がエラの心を突き刺した。エラはショックで何も言えなくなった。針鼠は小馬鹿にしたように笑うと、さっさと大部屋から出ていってしまった。
しばらく、沈鬱な空気が続いた。皆気まずそうに何も喋らなかった。
「……針鼠は私の事が嫌いみたいね。」
耐えきれなくてエラは震える声で言った。
「いや、鼠太郎は割と誰にでも冷たい態度とるよ。あーでも、確かにイシちゃんには少しあたりが強いねえ。」
兄ドラが困ったように、頭のふわふわの毛並みをかいた。
「針鼠は弱い人間が嫌いだわ。だから貴族の令嬢として育ってきた弱い私が気に食わないんだわ。それにあの人にとって、家族のため、家名のため、って言ってる私が、いかにも自分に陶酔している馬鹿な人間に見えるのよ!」
「イシちゃん……。」
昇り藤が心配そうな顔をした。エラは、今だけは昇り藤と目を合わせる事ができなかった。昇り藤は針鼠の事が好きなのだ。昇り藤の前で針鼠を悪く言うのは抵抗があった。昇り藤への申し訳なさと針鼠への怒りが頭の中で拮抗した。
「悪いなぁ、イシちゃん。あいつ、悪い奴じゃないんだけど、ここ最近は荒れてるんよ。昔はもっと……こう、なんていうんだ_」
「_可愛げがあった?」
神父が言うと、兄ドラはパチンと指を鳴らした。
「そうそう、可愛げがあったんだよ。それが仲間の死を目にする内にどんどんやさぐれちまった。」
「そんな訳ないじゃない!針鼠は自分の事しか考えていないわ!仲間が死のうがどうでもいいはずよ!というか、そもそもあなた達の事を仲間だと思っているかどうかも怪しいわ!」
エラはつい大声で叫んだ。
「イシちゃん、虎であるオレが思うに、あいつは『多くの人を死なせてしまった自分には誰かに愛される価値がない』って思ってるんじゃないかな。だから周りに冷たくあたってるんだ。」
「え……!?」
あまりにも予想外の言葉を聞いて、エラは開いた口が塞がらなくなった。冗談かとも思ったが、兄ドラは大真面目な顔をしていた。
「あの自己中心野郎がそんな事思ってるはずないじゃない! 針鼠の事、何もわかってないのね!」
「少なくとも、イシちゃんよりはよくわかってるよ。もう2年以上もの付き合いだもん。」
エラはまじまじと兄ドラを見た。針鼠と『白い教会』が出会ったのは2年ほど前だと黒目が言っていた。つまり、兄ドラは初期の頃の『白い教会』のメンバーだったという事だ。
「鼠太郎はあれで結構繊細でさあ。ずっと、闘いの中で傷つく人たちを見て、自分自身も傷ついていた。絶対に顔に出さなかったけどな。」
「でも、針鼠は、自分の復讐のために周りを犠牲にするような奴よ!」
「その周りのせいであいつの背負う復讐は膨れ上がったんだよ。死んでいく仲間には、鼠太郎に意志を託す者もいれば、そうでない者もいた。罪もない人々が死ぬ事だってあった。あいつはそういうのを全部ひっくるめて自分の復讐として背負ってんだよ。」
「……。」
「あいつが女王との間に何があったのかは誰も知らねえ。だが、自分がどうなろうと仲間がどうなろうとも、もうやめられない復讐である事は確かだ。でも、一方であいつは、心の底で怯えてるんだ。大切な人間がまた死ぬのが怖い。だから人を好きになるのが怖い。好かれるのも怖いってな。」
エラは言葉がでなくなった。正直、兄ドラの話は到底信じられなかった。針鼠は嫌な奴だ。そんな繊細な心を持っているはずがない__と、エラは思った。あるいはそう思いたいだけなのかもしれない。
「イシちゃん、無理にリーダーの事を好きになろうとしなくていいんだよ?それに、私の事なんて気にしないでね。でも、やっぱり私はリーダーの事が……好きだよ。リーダーにはできれば私たちの事を気にせず、幸せになってほしい……。」
昇り藤が言うと、周りも頷いた。
(本当に皆、針鼠の事が好きみたいね……。)
エラは正直ショックだった。憎い針鼠が皆から好かれているのが納得いかなかった。
「さて、そろそろお開きとしようかい。明日はいよいよ俺たちの待ち望んでいた日だ。さっさと寝て明日に備えよう。」
結局、その夜はそのまま解散となった。
エラは、針鼠に対するもやもやよりも、明日への緊張感が一気にぶり返してきた。『女の部屋』でもう一度窓を開け夜空を見上げるとお祈りをした。そして、すぐにベッドの中に入った。ベッドの中でエラはまたお祈りをした。
_おじさんとおばさん、『白い教会』の仲間達がどうか無事でいますように。
そうしている内に、眠りについた。
_眠るエラの頭上で赤い蝶がちらりと飛んだ。
「……皆気ぃつかってるだけだろ。全っ然似合ってねえし、どんだけ着飾ってもブスはブスだ。勘違いしてんじゃねえよ。」
針鼠の冷たい言葉がエラの心を突き刺した。エラはショックで何も言えなくなった。針鼠は小馬鹿にしたように笑うと、さっさと大部屋から出ていってしまった。
しばらく、沈鬱な空気が続いた。皆気まずそうに何も喋らなかった。
「……針鼠は私の事が嫌いみたいね。」
耐えきれなくてエラは震える声で言った。
「いや、鼠太郎は割と誰にでも冷たい態度とるよ。あーでも、確かにイシちゃんには少しあたりが強いねえ。」
兄ドラが困ったように、頭のふわふわの毛並みをかいた。
「針鼠は弱い人間が嫌いだわ。だから貴族の令嬢として育ってきた弱い私が気に食わないんだわ。それにあの人にとって、家族のため、家名のため、って言ってる私が、いかにも自分に陶酔している馬鹿な人間に見えるのよ!」
「イシちゃん……。」
昇り藤が心配そうな顔をした。エラは、今だけは昇り藤と目を合わせる事ができなかった。昇り藤は針鼠の事が好きなのだ。昇り藤の前で針鼠を悪く言うのは抵抗があった。昇り藤への申し訳なさと針鼠への怒りが頭の中で拮抗した。
「悪いなぁ、イシちゃん。あいつ、悪い奴じゃないんだけど、ここ最近は荒れてるんよ。昔はもっと……こう、なんていうんだ_」
「_可愛げがあった?」
神父が言うと、兄ドラはパチンと指を鳴らした。
「そうそう、可愛げがあったんだよ。それが仲間の死を目にする内にどんどんやさぐれちまった。」
「そんな訳ないじゃない!針鼠は自分の事しか考えていないわ!仲間が死のうがどうでもいいはずよ!というか、そもそもあなた達の事を仲間だと思っているかどうかも怪しいわ!」
エラはつい大声で叫んだ。
「イシちゃん、虎であるオレが思うに、あいつは『多くの人を死なせてしまった自分には誰かに愛される価値がない』って思ってるんじゃないかな。だから周りに冷たくあたってるんだ。」
「え……!?」
あまりにも予想外の言葉を聞いて、エラは開いた口が塞がらなくなった。冗談かとも思ったが、兄ドラは大真面目な顔をしていた。
「あの自己中心野郎がそんな事思ってるはずないじゃない! 針鼠の事、何もわかってないのね!」
「少なくとも、イシちゃんよりはよくわかってるよ。もう2年以上もの付き合いだもん。」
エラはまじまじと兄ドラを見た。針鼠と『白い教会』が出会ったのは2年ほど前だと黒目が言っていた。つまり、兄ドラは初期の頃の『白い教会』のメンバーだったという事だ。
「鼠太郎はあれで結構繊細でさあ。ずっと、闘いの中で傷つく人たちを見て、自分自身も傷ついていた。絶対に顔に出さなかったけどな。」
「でも、針鼠は、自分の復讐のために周りを犠牲にするような奴よ!」
「その周りのせいであいつの背負う復讐は膨れ上がったんだよ。死んでいく仲間には、鼠太郎に意志を託す者もいれば、そうでない者もいた。罪もない人々が死ぬ事だってあった。あいつはそういうのを全部ひっくるめて自分の復讐として背負ってんだよ。」
「……。」
「あいつが女王との間に何があったのかは誰も知らねえ。だが、自分がどうなろうと仲間がどうなろうとも、もうやめられない復讐である事は確かだ。でも、一方であいつは、心の底で怯えてるんだ。大切な人間がまた死ぬのが怖い。だから人を好きになるのが怖い。好かれるのも怖いってな。」
エラは言葉がでなくなった。正直、兄ドラの話は到底信じられなかった。針鼠は嫌な奴だ。そんな繊細な心を持っているはずがない__と、エラは思った。あるいはそう思いたいだけなのかもしれない。
「イシちゃん、無理にリーダーの事を好きになろうとしなくていいんだよ?それに、私の事なんて気にしないでね。でも、やっぱり私はリーダーの事が……好きだよ。リーダーにはできれば私たちの事を気にせず、幸せになってほしい……。」
昇り藤が言うと、周りも頷いた。
(本当に皆、針鼠の事が好きみたいね……。)
エラは正直ショックだった。憎い針鼠が皆から好かれているのが納得いかなかった。
「さて、そろそろお開きとしようかい。明日はいよいよ俺たちの待ち望んでいた日だ。さっさと寝て明日に備えよう。」
結局、その夜はそのまま解散となった。
エラは、針鼠に対するもやもやよりも、明日への緊張感が一気にぶり返してきた。『女の部屋』でもう一度窓を開け夜空を見上げるとお祈りをした。そして、すぐにベッドの中に入った。ベッドの中でエラはまたお祈りをした。
_おじさんとおばさん、『白い教会』の仲間達がどうか無事でいますように。
そうしている内に、眠りについた。
_眠るエラの頭上で赤い蝶がちらりと飛んだ。
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