上 下
44 / 82
前編

44.追い詰められた女王(3)

しおりを挟む
__だが、エラが安心するのも束の間、すぐに場の空気が悪くなった。

「……皆気ぃつかってるだけだろ。全っ然似合ってねえし、どんだけ着飾ってもブスはブスだ。勘違いしてんじゃねえよ。」

 針鼠の冷たい言葉がエラの心を突き刺した。エラはショックで何も言えなくなった。針鼠は小馬鹿にしたように笑うと、さっさと大部屋から出ていってしまった。

 しばらく、沈鬱な空気が続いた。皆気まずそうに何も喋らなかった。

「……針鼠は私の事が嫌いみたいね。」

 耐えきれなくてエラは震える声で言った。

「いや、鼠太郎は割と誰にでも冷たい態度とるよ。あーでも、確かにイシちゃんには少しあたりが強いねえ。」

 兄ドラが困ったように、頭のふわふわの毛並みをかいた。

「針鼠は弱い人間が嫌いだわ。だから貴族の令嬢として育ってきた弱い私が気に食わないんだわ。それにあの人にとって、家族のため、家名のため、って言ってる私が、いかにも自分に陶酔している馬鹿な人間に見えるのよ!」

「イシちゃん……。」

 昇り藤が心配そうな顔をした。エラは、今だけは昇り藤と目を合わせる事ができなかった。昇り藤は針鼠の事が好きなのだ。昇り藤の前で針鼠を悪く言うのは抵抗があった。昇り藤への申し訳なさと針鼠への怒りが頭の中で拮抗した。

「悪いなぁ、イシちゃん。あいつ、悪い奴じゃないんだけど、ここ最近は荒れてるんよ。昔はもっと……こう、なんていうんだ_」

「_可愛げがあった?」

 神父が言うと、兄ドラはパチンと指を鳴らした。

「そうそう、可愛げがあったんだよ。それが仲間の死を目にする内にどんどんやさぐれちまった。」

「そんな訳ないじゃない!針鼠は自分の事しか考えていないわ!仲間が死のうがどうでもいいはずよ!というか、そもそもあなた達の事を仲間だと思っているかどうかも怪しいわ!」

 エラはつい大声で叫んだ。

「イシちゃん、虎であるオレが思うに、あいつは『多くの人を死なせてしまった自分には誰かに愛される価値がない』って思ってるんじゃないかな。だから周りに冷たくあたってるんだ。」

「え……!?」

 あまりにも予想外の言葉を聞いて、エラは開いた口が塞がらなくなった。冗談かとも思ったが、兄ドラは大真面目な顔をしていた。

「あの自己中心野郎がそんな事思ってるはずないじゃない! 針鼠の事、何もわかってないのね!」

「少なくとも、イシちゃんよりはよくわかってるよ。もう2年以上もの付き合いだもん。」

 エラはまじまじと兄ドラを見た。針鼠と『白い教会』が出会ったのは2年ほど前だと黒目が言っていた。つまり、兄ドラは初期の頃の『白い教会』のメンバーだったという事だ。

「鼠太郎はあれで結構繊細でさあ。ずっと、闘いの中で傷つく人たちを見て、自分自身も傷ついていた。絶対に顔に出さなかったけどな。」

「でも、針鼠は、自分の復讐のために周りを犠牲にするような奴よ!」

「その周りのせいであいつの背負う復讐は膨れ上がったんだよ。死んでいく仲間には、鼠太郎に意志を託す者もいれば、そうでない者もいた。罪もない人々が死ぬ事だってあった。あいつはそういうのを全部ひっくるめて自分の復讐として背負ってんだよ。」

「……。」

「あいつが女王との間に何があったのかは誰も知らねえ。だが、自分がどうなろうと仲間がどうなろうとも、もうやめられない復讐である事は確かだ。でも、一方であいつは、心の底で怯えてるんだ。大切な人間がまた死ぬのが怖い。だから人を好きになるのが怖い。好かれるのも怖いってな。」

 エラは言葉がでなくなった。正直、兄ドラの話は到底信じられなかった。針鼠は嫌な奴だ。そんな繊細な心を持っているはずがない__と、エラは思った。あるいはそう思いたいだけなのかもしれない。

「イシちゃん、無理にリーダーの事を好きになろうとしなくていいんだよ?それに、私の事なんて気にしないでね。でも、やっぱり私はリーダーの事が……好きだよ。リーダーにはできれば私たちの事を気にせず、幸せになってほしい……。」

 昇り藤が言うと、周りも頷いた。

(本当に皆、針鼠の事が好きみたいね……。)

 エラは正直ショックだった。憎い針鼠が皆から好かれているのが納得いかなかった。

「さて、そろそろお開きとしようかい。明日はいよいよ俺たちの待ち望んでいた日だ。さっさと寝て明日に備えよう。」

 結局、その夜はそのまま解散となった。
 エラは、針鼠に対するもやもやよりも、明日への緊張感が一気にぶり返してきた。『女の部屋』でもう一度窓を開け夜空を見上げるとお祈りをした。そして、すぐにベッドの中に入った。ベッドの中でエラはまたお祈りをした。
_おじさんとおばさん、『白い教会』の仲間達がどうか無事でいますように。
 そうしている内に、眠りについた。




_眠るエラの頭上で赤い蝶がちらりと飛んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

俺の妖精すぎるおっとり妻から離縁を求められ、戦場でも止まらなかった心臓が止まるかと思った。何を言われても別れたくはないんだが?

イセヤ レキ
恋愛
「離縁致しましょう」 私の幸せな世界は、妻の言い放ったたった一言で、凍りついたのを感じた──。 最愛の妻から離縁を突きつけられ、最終的に無事に回避することが出来た、英雄の独白。 全6話、完結済。 リクエストにお応えした作品です。 単体でも読めると思いますが、 ①【私の愛しい娘が、自分は悪役令嬢だと言っております。私の呪詛を恋敵に使って断罪されるらしいのですが、同じ失敗を犯すつもりはございませんよ?】 母主人公 ※ノベルアンソロジー掲載の為、アルファポリス様からは引き下げております。 ②【私は、お母様の能力を使って人の恋路を邪魔する悪役令嬢のようです。けれども断罪回避を目指すので、ヒーローに近付くつもりは微塵もございませんよ?】 娘主人公 を先にお読み頂くと世界観に理解が深まるかと思います。

処理中です...