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前編
43.追い詰められた女王(2)
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その日の夜、エラは一人で『女の部屋』にいた。今は一人なのでエラは頭のカゴを外して窓から顔を出し静かに夜風にあたって涼んでいた。
(いよいよ明日ね……。作戦は本当にうまくいくのかしら……。)
エラは不安げに夜空を見上げた。距離の問題なのか、月や星の存在までは頭に流れてこない。ただ、遠くで鳴く虫の声と木々のさざめき、そして、頬を静かになでる冷たい夜風がとても心地よかった。
今日も、エラの呪いは進行する事はなかった。エラはこれ以上何かを失いたくなかった。それに叶うならやはり元の体に戻りたかった。それがもしかしたら明日叶うかもしれないのだ。それに叔父さん夫婦も一分一秒でも早く助けたい。そう思うと、はやる気持ちが抑えきれなくなる。だが、作戦がうまくいかなかったら『白い教会』の人たちが危険な目にあってしまうかもしれない。エラにとって彼らはとても大切な存在になりつつあった。チビや昇り藤、黒目には特にお世話になった。
(明日は彼らに何もなければいいのだけれど……。)
エラはため息をついた。
「あー!!」
「わああああ!!」
突然、耳元で子供に叫ばれてエラは叫び声をあげてしまった。咄嗟に手で口を塞ぐ。夜だが、大部屋ではまだ何人かが談笑している。うっすらと兄ドラのバイオリンの音も聞こえた。叫び声を聞かれなかったか心配した。エラはすぐにカゴを頭にかぶった。
「お、脅かさないでよ、チビ。」
「あうー!」
チビはいつものように母音を叫び、エラに、何かを渡した。
「え、もしかして、これ、私にくれるの?」
「あうあ!」
チビは元気に頷いた。贈り物を手にとって、チビと交互に見た。
「ど、どうやってこれを手に入れたの?」
「あうぁぁいうあううあ!」
「わからないわ……。」
チビは、それを持つエラの右腕を思いっきり上に押し上げた。どうやら身につけて欲しいようだった。戸惑っていたエラは思い切って、頭に被っていたカゴを外してそれを身につけた。
「あー♡」
チビは嬉しそうに飛び跳ねた。エラの腕をグイッと引っ張る。
「ちょ、ちょっと待って! カゴが!」
エラはカゴをかぶり直す事ができないまま、チビに引っ張られた。途中、チビがエラを大部屋に連れていこうとしている事に気づくと、エラは本気で抵抗した。大部屋にはまだ人がいる。エラは顔を見られたくなかった。引き返そうとするエラをチビも負けじと思い切り引っ張る。
「チビ! 私、人に顔を見られたくないの! や、やめて!」
エラは大声をはりあげた。二人の力は拮抗していた。大人であるエラは相手を傷つけないように無意識に加減しているのに対して、チビは無遠慮に体中のありとあらゆる力を振り絞ってエラを大部屋に連れていこうとする。互角の引っ張り合いをしている内に、エラとチビは大部屋のドアにぶつかった。ドアは内開きで、バタンッ……と開いて二人は中に入った。エラ達は大部屋にいた人々から一斉に注目を浴びる。
「え、えっと、これは……その……。」
エラは慌てて手で顔を隠した。カゴなしにこんなに人に見られたのは久しぶりだった。エラは恥ずかしくて消えてしまいたくなった。エラの醜い顔を見てきっと皆ドン引きするだろう。信頼する彼らに冷たい視線を向けられたらエラは二度と立ち直れない。
「リボンつけたの?可愛いね。」
「……!!」
兄ドラが微笑んだ。
チビがエラにくれた物は、紺色のリボンだった。
今はそのリボンで、エラの髪を後ろで縛っている。エラの長い黒髪は絹のようにきめ細かで綺麗だが、白い教会に来てからは特に縛ったり飾ったりする事がなかった。環境的にも精神的にもそんな事をする余裕はなかったのだ。チビのくれた紺色のリボンはエラの黒髪によく似合っていた。
エラは手で隠しながら恐る恐る顔をあげた。
予想に反して、人々はにこやかだった。
「うん、すごく可愛い! 手で顔隠さなくたって良いんだよ? ずっと思ってたけどイシちゃんは今のままでも十分かわいいよ!」
昇り藤が大袈裟にエラを褒める。それに続けて、黒目や神父など他の人もうんうん頷いて口々に「可愛い」と言ってくれた。エラは顔が熱くなるのを感じた。エラは、少しだけ顔を見せてみようかな、と手を顔から放しかけた。
(いよいよ明日ね……。作戦は本当にうまくいくのかしら……。)
エラは不安げに夜空を見上げた。距離の問題なのか、月や星の存在までは頭に流れてこない。ただ、遠くで鳴く虫の声と木々のさざめき、そして、頬を静かになでる冷たい夜風がとても心地よかった。
今日も、エラの呪いは進行する事はなかった。エラはこれ以上何かを失いたくなかった。それに叶うならやはり元の体に戻りたかった。それがもしかしたら明日叶うかもしれないのだ。それに叔父さん夫婦も一分一秒でも早く助けたい。そう思うと、はやる気持ちが抑えきれなくなる。だが、作戦がうまくいかなかったら『白い教会』の人たちが危険な目にあってしまうかもしれない。エラにとって彼らはとても大切な存在になりつつあった。チビや昇り藤、黒目には特にお世話になった。
(明日は彼らに何もなければいいのだけれど……。)
エラはため息をついた。
「あー!!」
「わああああ!!」
突然、耳元で子供に叫ばれてエラは叫び声をあげてしまった。咄嗟に手で口を塞ぐ。夜だが、大部屋ではまだ何人かが談笑している。うっすらと兄ドラのバイオリンの音も聞こえた。叫び声を聞かれなかったか心配した。エラはすぐにカゴを頭にかぶった。
「お、脅かさないでよ、チビ。」
「あうー!」
チビはいつものように母音を叫び、エラに、何かを渡した。
「え、もしかして、これ、私にくれるの?」
「あうあ!」
チビは元気に頷いた。贈り物を手にとって、チビと交互に見た。
「ど、どうやってこれを手に入れたの?」
「あうぁぁいうあううあ!」
「わからないわ……。」
チビは、それを持つエラの右腕を思いっきり上に押し上げた。どうやら身につけて欲しいようだった。戸惑っていたエラは思い切って、頭に被っていたカゴを外してそれを身につけた。
「あー♡」
チビは嬉しそうに飛び跳ねた。エラの腕をグイッと引っ張る。
「ちょ、ちょっと待って! カゴが!」
エラはカゴをかぶり直す事ができないまま、チビに引っ張られた。途中、チビがエラを大部屋に連れていこうとしている事に気づくと、エラは本気で抵抗した。大部屋にはまだ人がいる。エラは顔を見られたくなかった。引き返そうとするエラをチビも負けじと思い切り引っ張る。
「チビ! 私、人に顔を見られたくないの! や、やめて!」
エラは大声をはりあげた。二人の力は拮抗していた。大人であるエラは相手を傷つけないように無意識に加減しているのに対して、チビは無遠慮に体中のありとあらゆる力を振り絞ってエラを大部屋に連れていこうとする。互角の引っ張り合いをしている内に、エラとチビは大部屋のドアにぶつかった。ドアは内開きで、バタンッ……と開いて二人は中に入った。エラ達は大部屋にいた人々から一斉に注目を浴びる。
「え、えっと、これは……その……。」
エラは慌てて手で顔を隠した。カゴなしにこんなに人に見られたのは久しぶりだった。エラは恥ずかしくて消えてしまいたくなった。エラの醜い顔を見てきっと皆ドン引きするだろう。信頼する彼らに冷たい視線を向けられたらエラは二度と立ち直れない。
「リボンつけたの?可愛いね。」
「……!!」
兄ドラが微笑んだ。
チビがエラにくれた物は、紺色のリボンだった。
今はそのリボンで、エラの髪を後ろで縛っている。エラの長い黒髪は絹のようにきめ細かで綺麗だが、白い教会に来てからは特に縛ったり飾ったりする事がなかった。環境的にも精神的にもそんな事をする余裕はなかったのだ。チビのくれた紺色のリボンはエラの黒髪によく似合っていた。
エラは手で隠しながら恐る恐る顔をあげた。
予想に反して、人々はにこやかだった。
「うん、すごく可愛い! 手で顔隠さなくたって良いんだよ? ずっと思ってたけどイシちゃんは今のままでも十分かわいいよ!」
昇り藤が大袈裟にエラを褒める。それに続けて、黒目や神父など他の人もうんうん頷いて口々に「可愛い」と言ってくれた。エラは顔が熱くなるのを感じた。エラは、少しだけ顔を見せてみようかな、と手を顔から放しかけた。
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