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前編

42.追い詰められた女王(1)

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「なっ……『王家の指輪』が盗まれた!?」

 女王は、ヒステリックな叫び声をあげた。

 華の街ハリスは、王都から半日馬車を走らせた所にある。その中心にあるアイアンズ城にて、エルフ連合教会の大司教御一行を歓迎するために女王は滞在していた。昨晩は城で歓迎の宴が盛大に催された。
 今朝には支度をし、大司教らと共に王都にむけて出発する予定だった。朝食をとっている最中に『王家の指輪』が盗まれたという知らせが来て、女王は怒りで爆発しそうになった。この場には大司教がいた。客人の目の前で、盗賊にまんまと国宝を盗まれるという恥をかき、益々怒りで我を忘れそうになった。

「『王家の指輪』は国の財産なのよ? それを盗賊ごときにまんまと盗まれた……? お前達……うじ虫にでも変えられたいのか?」

 状況報告をしていた兵士たちは顔を真っ青にして怯えた。女王は一人の兵士の腕を引っ掴むと兵士の頭に杖を突きつけた。女王が何か呪文を唱える。兵士は、ヒッ……と小さく悲鳴をあげた。杖の先から出た光が兵士の頭を通り抜けた。だが、兵士の体が変化する事はなく、光が空間を散漫して立体的な映像を形作った。
 映像はロウサ城の様子を映し出していた。兵士の記憶を元にした映像だ。女王の私室が荒らされた様子、魔獣が何体も倒れている様子、一部大規模に焼け焦げている様子などが映し出された。

「これは残念じゃ。王都についたら『王家の指輪』の鑑定をしようと思っていたのに、肝心の指輪がないんじゃあ……」

 大司教は残念そうに首をふった。女王は目を見開いた。

「なんですって……!? 指輪の鑑定? そんな話、私は聞いていません!!」

「それはそうじゃ。貴女にはわざと知らせていなかったのだから。」

「な、何故そのような事を……?」

「なに、最近貴女の国で、ある噂が流れているという話を耳にしましてな。なんでも、『今の女王は正統な王位継承者ではなかった。先王と亡き王子を出し抜き、偽の指輪を造って王位を奪ったのだ』と。」

「____っ」

 大司教の信じられない話に、女王は顔色を失った。

「……そ……そんな事、誰が噂していたのですか?」

「下級街の平民達じゃ。1ヶ月前に王都に行った視察隊がそのような噂を耳にしたんじゃよ。それが一部の貴族にも伝わってるようじゃ。」

「……なっ……」

 女王は怒りで一瞬言葉を失った。
 つまり、少なくとも1ヶ月の間、女王の知らない所で噂が王都中で流れていたという事だ。しかも平民だけでなく貴族まで噂している者がいたのだ。ひょっとしたら王都だけでなく国中に広まっているかもしれない。女王は恐怖と怒りで顔を真っ赤に染め上げた。

「一体誰がそんなくだらない話をいいだした!? ただの平民風情が女王である私を愚弄するだなんて!!全員捕らえて首をはねてやる!! それに大司教猊下! 貴方も貴方です!そのような戯言を信じて私を疑い、あまつさえ指輪を鑑定するなんて、あまりにも馬鹿げている!」

「指輪の鑑定は女王様にとっては屈辱かもしれん。だが、儂はこの国の初代王との契約により、王位を正当な者が継承している事を確かめなければならないんじゃ。まあ、それが盗まれた今となってはできなくなってしまいましたがね。__もっとも、貴女が指輪の鑑定の話をで、賊に盗まれたと偽って指輪を隠したというのなら話は別ですじゃ。」

 エルフの大司教は垂れた白い目でじっと女王を見た。
 女王はやっと、自分が疑われている事に気がついた。大司教からすれば抜き打ちで鑑定をしようとしていた所、偶然指輪が盗まれたのはあまりにも。まるで女王が指輪を隠したように見えるのだ。

「この火の魔法……。」

 大司教は女王が魔法で映し出した映像を見た。ロウサ城内の道や建物が一面焼け焦げていて魔獣が数匹倒れている映像だ。

「単純な現代魔法ですが、魔力が尋常じゃないのう。こんな強力な魔法、果たしてただの賊にできましょうか。国内でも指折りの魔法使い……いや、それ以上の、強力な魔法使いにしかこのような魔法を放つ事はできないじゃろう。例えば、貴女のような……」

「ぶ、無礼者……! 大司教の分際で女王である私を疑うっていうの!?」

「先ほど申し上げた通り、疑うのが儂の仕事なんじゃ。貴女にやましい事がないのなら何も心配する事はない。」

 女王はほぼ反射的に杖を取り大司教に向けた。だが、大司教は平然としていた。

「儂に貴女の魔法は効かないですぞ、女王様。それに儂に逆らうという事は初代王の意向に逆らうのと同じじゃ。それでも儂に害を及ぼすというのならエルフ連合教会、更には周辺の諸国を一挙に敵に回す事になりますぞ。」

「こ、この私を脅すというのね……!?」

 女王は怒りでわなわなと身体を震わせた。

「脅しでなく忠告じゃ。やれやれ、貴女と会話するのは骨が折れますじゃ。エミリアならばもっと円滑に話ができるというのに。」

「___っ」

 女王は頭が真っ白になった。
_『エミリア』
 彼女にとって、その名前は禁句だった。
 エミリアは女王にとって最も憎くてたまらない女___今は亡き、先王の王妃だ。今になって、『エミリア』の名前を聞く事になるとは思わなかった。

「罪人の女と私を比べるなんて……なんて屈辱なの……。それに、あんな馬鹿な女に女王なんて務まらないわ!」

「罪人だろうと、王だろうと、儂にとっては皆平等な子供達じゃ。」

「平等? あんな田舎出の、大した取り柄もないような女と私が同じだっていいたいわけ?」

 女王は大司教に詰め寄った。もはや指輪の事が二の次になっていた。どうしても、エミリアと同等だという大司教の言を撤回させたかった。

 先王には王妃が二人いた。現女王とエミリア・リー・ロエだ。二人は同じ王妃として対等な関係だった。そのため、王妃時代の女王にとってエミリアはずっと目の上のたんこぶだった。先王も二人に同じだけ愛情を注いでいた。その事もまた女王を苛立たせた。女王は西の国ハワースの第一王女として生まれた。この国ローフォードと長年親交があるハワースで王妃になる教育を受けてきた。一方、エミリアは田舎のぽっと出の貴族だった。同じだけ愛するなんてありえない。女王はずっとそう思っていた。だが、先王はとうとう最後の瞬間までどちらかに愛情を傾けるという事はなかった。

「……女王様は少々、人を……。」

 大司教は残念そうに顔をゆがめた。大司教の態度に女王は腑が煮えくりかえった。

「何? あなたまで私を悪者にしようとしてるの? 私が上でエミリアが下なのは当たり前の事よ! 私はねえ、生まれた時から王妃になるためにずっと厳しく教育されて、努力してきたのよ!王妃にふさわしくなるため必要な知識を身につけ、優秀な成績を残してきた! 顔だってエミリアより私の方が美しいと皆からもてはやされていたわ! それなのに、頭も悪ければ器量もなく、毎日ヘラヘラ笑ってるような女と同じですって!?そんなはずないじゃない!!」

「……。」

「……皆、皆私を悪者にするわ!私が女のくせに王なのが気に食わないの? それとも若いから? そうやって寄ってたかって私をいたぶって一体どうしたいっていうのよ!?」

 女王は一通り叫んだあと、嗚咽を漏らし始めた。

本当は、女王は学問において全体として並より少し上くらいのレベルだった。それでも女王の自尊心を高めたのは、魔法だった。ハワースにおいて魔法は貴族階級の学生たちの必修科目で、女王は同年代の誰よりも強力な魔法使いだった。しかし、ローフォードに来て女王は愕然とする。この国は魔法に対する知識があまりにも乏しい。それどころか魔法に関する法整備すらまともにできていないのだ。自分の魔力の凄さを語っても、周りの人間は物珍しいものを見るくらいの反応だった。女王はローフォードに来て初めて自分の信じてきた世界が崩れるような感覚を感じた。女王のプライドは深く傷ついたのだ。

黙って聞いていた大司教はやっと口を開いた。

「そんなに怯えなさんな、ノドムの子よ。儂は貴女をどうにかしたいとは思っておらん。味方じゃないが、敵でもない。儂はあくまでも中立の存在ですじゃ。」

 大司教は静かに女王の肩に手をおいた。

(やれやれ、王がこれではこの国も行く末が厳しいのぅ。国の経済状況に、国際関係、民の貧困。南の国、ヒートンと全面戦争になればこの国の未来はないじゃろう。我が友、初代王ヴィクターが生涯かけて築き上げた国が今、終わりの時を迎えようとしておるのやもしれん……。……じゃが、儂は儂の役目を果たすまでじゃ。)

 大司教は胸の内でため息をついた。

「とにかく、『指輪を受け継いだ者に王位が継承されているのを見届けて欲しい』という初代王との契約がある以上、教会としても『王家の指輪』を探すのを手伝いますぞ。……____っ……!!!」

 大司教は途中で言葉を失った。

 いつの間にか、女王の周りに白い蝶が集まっていた。蝶は一匹、また一匹と集まって、女王の周りを飛び回った。

「……っ……そう……ああ、……そう言う事……じゃあ……のね……」

 女王は一人でに何かブツブツと喋っている。まるで、蝶達と会話しているようだった。大司教は垂れた目を大きく見開いた。
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