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前編
34.城侵入作戦決行(1)
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「___だが、これで、城の案内をさせる事ができるな。」
急に背後から声がして、エラ達は振り返った。いつの間にか、食堂の出入り口に針鼠が立っていた。
「地図だけでは心許ない。女イシをロウサ城侵入作戦に直接連れて行けるのならそれに越した事はない。」
黒目達が驚いていると、「あんだけバイオリン鳴らしてたら起きるよ。」とイライラしたように兄ドラを睨んだ。
「女イシにはロウサ城内にある王家の城の執務室まで道案内をしてもらう。」
「ちょっと待て! 作戦にイシを連れていくなら、本当に見えるようになったか、もっとちゃんと検討してから……」
「そんな時間はない。誰かが勝手にフリン牢獄を襲撃したせいで、捕まった奴らの公開処刑までもうあとわずかだ。」
「……。」
「私、行きたいわ!」
エラは意気込んで叫んだ。
「女王様の執務室に行けば、書類とかが見れるかもしれないわ。文字も目が見えるとき程じゃないけど、なんとなく頭に入ってくるの。書類を読めば、ホール家の処遇について何かわかるかもしれない!」
「決まりだな。」
黒目がまだ何か言いたげな顔でいたが、針鼠は頷いてさっさと食堂を出ていってしまった。これでエラはもう後には引けなくなった。
その日の夕方、一通り家事を終えると、エラは白い教会の近くの木の下に来た。今は監視がついておらず、一人でいた。信頼されているのか、まだ一人で遠くまで行く能力がないと思われているのかはわからない。
エラは木の下で座った。明暗は未だにわからないので今が夕方かどうかは認識できない。だが、ひんやりと額にあたる風の感触が、1日の終わりを告げていた。
目が見えなくなって以来、エラは外が怖くて、外出する事はなかった。それどころか、寝室と食堂の往復でいっぱいいっぱいだった。だが、今日は、目が見えていた頃と同じとまではいかないものの、ほとんど普通の人と同じくらいに動けた。長い間、縛られ牢獄に閉じ込められていたのが解放されたような気分だ。嬉しくなって今日は一日中働き続けた。普段話しかけないような人にまで話しかけて何か仕事はないか聞いて回ったくらいだ。針鼠には流石に話しかけなかったが。
「あー!」
木の下で休んでいると、チビが寄ってきた。この数日間、チビには精神的にも多くを助けられた。自分の苦しみを理解してくれる仲間がいるというのはエラにとって心強かったのだ。エラは相変わらず子供が苦手だったが、チビは好きだった。
「あら、チビ。いらっしゃい。」
エラはカゴの下でニッコリ微笑んだ。チビは「あ」と「う」を連呼しながら身振り手振りでエラに何かを伝えようとした。
「一緒に追いかけっこしてほしい?」
エラはチビに追いかけっこのジェスチャーをした。
「うー。」
チビは頭をふった。
「ご飯早くたべたい?」
エラはご飯を食べるジェスチャーをした。
「うー。」
チビはまた頭をふった。その後もいくつかやりとりをしてチビが何を伝えたいのか考えた。チビの動きがちゃんと見える訳ではなかったが、チビがエラに何かをしてほしいという感情なのが頭に伝わっていた。
「歌を歌ってほしいとか?」
質問を繰り返す内に、何の気なしに言ったのだが、この言葉に(というよりジェスチャー)に大きく反応して、
「あー!」
と嬉しそうに叫んだ。前に昇り藤とチビとエラの3人の時に、昇り藤が「イシちゃんは声が綺麗だからきっと綺麗な歌声だろうなぁ。」と言っていた時の事をエラは思い出した。チビは会話は聞こえないはずだが、なんとなく内容が伝わっていたのかもしれない。
「歌って言ったってあなた耳が聞こえないじゃない。」
チビは毛むくじゃらの小さな手をエラの口に押し付けた。エラはずれ落ちそうになったカゴを慌てて右手で抑えた。ワクワクと昂ったチビの感情がエラの脳内に伝わってきた。しかたなしに、エラは歌を歌う事にした。
(なんの歌を歌おうかしら……。)
エラが選曲に悩んでいると、ふと、ある曲が頭に浮かんだ。
_『愛の歌声』だ。
エラの一番好きな曲。過去にレナードと踊った曲だ。正直この曲はダンスパーティーの事を思いだしてしまうのでエラとしては複雑だった。だが、今は、なんとなく歌いたい気分だった。
エラは静かに、静かに、その歌を歌い始めた。チビの手が口に押し付けられていて歌いづらかったが、あえてチビの手を避ける事はしなかった。口元の空気の振動を手で感じようとしているのかもしれない。チビは、歌が聴こえていないはずなのに、うっとりしてギョロ目を閉じた。
(容姿も身分も家族も友人も目も奪われて、もう自分には何もないとおもってたけど、残された物が確かにあったのね……。)
エラは歌っている内に、目から一筋の涙がこぼれた。どんどん、気持ちが昂ってくる。最初は遠慮してささやくように歌っていたのが段々と声を大きくしていった。
『愛の歌声』の作曲者、ベン・ケンプは故郷の誰かを想ってこの曲を作ったらしい。今ならエラはベン・ケンプの気持ちが痛いほどわかった。
(叔父様、叔母様……。不甲斐ない私をお赦しください。どうか、ご無事でいてください。)
エラは最後には祈る気持ちで歌を歌った。
急に背後から声がして、エラ達は振り返った。いつの間にか、食堂の出入り口に針鼠が立っていた。
「地図だけでは心許ない。女イシをロウサ城侵入作戦に直接連れて行けるのならそれに越した事はない。」
黒目達が驚いていると、「あんだけバイオリン鳴らしてたら起きるよ。」とイライラしたように兄ドラを睨んだ。
「女イシにはロウサ城内にある王家の城の執務室まで道案内をしてもらう。」
「ちょっと待て! 作戦にイシを連れていくなら、本当に見えるようになったか、もっとちゃんと検討してから……」
「そんな時間はない。誰かが勝手にフリン牢獄を襲撃したせいで、捕まった奴らの公開処刑までもうあとわずかだ。」
「……。」
「私、行きたいわ!」
エラは意気込んで叫んだ。
「女王様の執務室に行けば、書類とかが見れるかもしれないわ。文字も目が見えるとき程じゃないけど、なんとなく頭に入ってくるの。書類を読めば、ホール家の処遇について何かわかるかもしれない!」
「決まりだな。」
黒目がまだ何か言いたげな顔でいたが、針鼠は頷いてさっさと食堂を出ていってしまった。これでエラはもう後には引けなくなった。
その日の夕方、一通り家事を終えると、エラは白い教会の近くの木の下に来た。今は監視がついておらず、一人でいた。信頼されているのか、まだ一人で遠くまで行く能力がないと思われているのかはわからない。
エラは木の下で座った。明暗は未だにわからないので今が夕方かどうかは認識できない。だが、ひんやりと額にあたる風の感触が、1日の終わりを告げていた。
目が見えなくなって以来、エラは外が怖くて、外出する事はなかった。それどころか、寝室と食堂の往復でいっぱいいっぱいだった。だが、今日は、目が見えていた頃と同じとまではいかないものの、ほとんど普通の人と同じくらいに動けた。長い間、縛られ牢獄に閉じ込められていたのが解放されたような気分だ。嬉しくなって今日は一日中働き続けた。普段話しかけないような人にまで話しかけて何か仕事はないか聞いて回ったくらいだ。針鼠には流石に話しかけなかったが。
「あー!」
木の下で休んでいると、チビが寄ってきた。この数日間、チビには精神的にも多くを助けられた。自分の苦しみを理解してくれる仲間がいるというのはエラにとって心強かったのだ。エラは相変わらず子供が苦手だったが、チビは好きだった。
「あら、チビ。いらっしゃい。」
エラはカゴの下でニッコリ微笑んだ。チビは「あ」と「う」を連呼しながら身振り手振りでエラに何かを伝えようとした。
「一緒に追いかけっこしてほしい?」
エラはチビに追いかけっこのジェスチャーをした。
「うー。」
チビは頭をふった。
「ご飯早くたべたい?」
エラはご飯を食べるジェスチャーをした。
「うー。」
チビはまた頭をふった。その後もいくつかやりとりをしてチビが何を伝えたいのか考えた。チビの動きがちゃんと見える訳ではなかったが、チビがエラに何かをしてほしいという感情なのが頭に伝わっていた。
「歌を歌ってほしいとか?」
質問を繰り返す内に、何の気なしに言ったのだが、この言葉に(というよりジェスチャー)に大きく反応して、
「あー!」
と嬉しそうに叫んだ。前に昇り藤とチビとエラの3人の時に、昇り藤が「イシちゃんは声が綺麗だからきっと綺麗な歌声だろうなぁ。」と言っていた時の事をエラは思い出した。チビは会話は聞こえないはずだが、なんとなく内容が伝わっていたのかもしれない。
「歌って言ったってあなた耳が聞こえないじゃない。」
チビは毛むくじゃらの小さな手をエラの口に押し付けた。エラはずれ落ちそうになったカゴを慌てて右手で抑えた。ワクワクと昂ったチビの感情がエラの脳内に伝わってきた。しかたなしに、エラは歌を歌う事にした。
(なんの歌を歌おうかしら……。)
エラが選曲に悩んでいると、ふと、ある曲が頭に浮かんだ。
_『愛の歌声』だ。
エラの一番好きな曲。過去にレナードと踊った曲だ。正直この曲はダンスパーティーの事を思いだしてしまうのでエラとしては複雑だった。だが、今は、なんとなく歌いたい気分だった。
エラは静かに、静かに、その歌を歌い始めた。チビの手が口に押し付けられていて歌いづらかったが、あえてチビの手を避ける事はしなかった。口元の空気の振動を手で感じようとしているのかもしれない。チビは、歌が聴こえていないはずなのに、うっとりしてギョロ目を閉じた。
(容姿も身分も家族も友人も目も奪われて、もう自分には何もないとおもってたけど、残された物が確かにあったのね……。)
エラは歌っている内に、目から一筋の涙がこぼれた。どんどん、気持ちが昂ってくる。最初は遠慮してささやくように歌っていたのが段々と声を大きくしていった。
『愛の歌声』の作曲者、ベン・ケンプは故郷の誰かを想ってこの曲を作ったらしい。今ならエラはベン・ケンプの気持ちが痛いほどわかった。
(叔父様、叔母様……。不甲斐ない私をお赦しください。どうか、ご無事でいてください。)
エラは最後には祈る気持ちで歌を歌った。
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