【完結済】女王に体の大切な部分が徐々になくなっていく呪いをかけられ絶望の縁に立たされていた貴族令嬢が元王子と出会って革命を起こします!!

寿(ひさ)

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前編

33.針鼠が革命を起こす理由(2)

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 次の日の朝、食堂に行くと、虎頭の獣人の男がバイオリンを弾いていた。彼はあの恐ろしい顔をした『弟ドラ』ではない。『弟ドラ』の兄、『兄ドラ』だ。兄ドラは弟と違い温厚な性格で、エラは兄ドラが好きだった。何と言ってもバイオリンがとても上手で、いつまで聴いていても聴き飽きない。いつもは、エラは近くに行って聴き入るのだが、今日は慌てて止めた。

「兄ドラさん、多分針鼠まだ寝てるわよ!」

 朝の今の時間は白い教会に住まうメンバーは皆起きている。だが、針鼠だけは夜にどこかへ出かける事が多く、朝が他より遅い。今はまだぐっすり寝ている時間だ。楽器なんて弾いていたら、蹴り殺されてしまうだろう。

「いいんだよ。今日ぐらい。明日はいよいよ『白い教会』にとって重要な作戦の日になるんだ。あいつも今日は好きにさせてくれるさ。」

「……そっか……明日いよいよ……。」

 明日の作戦というのは、前に針鼠が言っていた『城に忍び込んでを盗み出す』という作戦の事だろう。『ある物』がなんなのか、それを盗む事が革命の何につながるのかは、捕虜であるエラは一切話を聞いていない。結局、エラの目が見えなくなった事で、エラが城案内をするという話もなくなった。ただ、作戦の決行日がいよいよ明日だというのは聞いていた。城は少人数で侵入する事になっていて、この兄ドラも選ばれたメンバーの一人だ。

「昨日鼠太郎ねずみたろうにこっぴどくやられたんだって?イシちゃん。」

 兄ドラが器用にバイオリンを弾きながらエラに話しかけてきた。エラは素人目でも、慣れてないとできなそうだなと思った。
 エラはこくり、と頭に乗ったカゴを揺らしてうなずいた。

「鼠太郎はともかく、他の奴らはちょっとずつお前さんを認める奴も増えてきたよ。辛い境遇だろうが、文句一つ言わずに頑張ってて偉いよ、イシちゃん。」

 エラは頬が熱くなるのを感じた。兄ドラはいつもエラの事を気にかけてくれて優しい言葉で元気づけてくれるのだ。

「バイオリン、弾いてみる?」

「いいの?」

 兄ドラはニッコリ笑った。兄ドラはバイオリンと弓を持っていて、エラに先にバイオリンを渡した。バイオリンは獣人用なのかかなり大きくて、エラはバイオリンを顎で固定するのに苦労した。位置が固定できたところで弓をもたせた。

「これがG線、D線、A線、E線だ。ここを左手で抑えれば_ほら、ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ドってなる。」

 エラは言われた通りに音を鳴らした。それっぽく音が鳴り、気持ちが昂る。ずっと楽器を触ってみたいと思っていたのだ。

「全然音あってないねぇ。」

 意外に兄ドラは辛口だった。エラは少し落ち込んだ。

「初めてにしては上手くできてるでしょ?もう少しやらせて。」

 エラは何度かドレミファソラシドを練習してみた。だが、微妙な音の違いとかが全然わからない。兄ドラは何度も首を横にふった。

「目が見えないんだから大目に見てよ。左手が見えればもっと正確な位置がわかるわ!」

「こういうのは目に頼るもんじゃないよ、イシちゃん。こういうのはバイオリンさんとお友達にならないと。」

「___え。」

 エラはキョトンとした。

「よく集中して、耳をすませてごらんよ。音があってる時、バイオリンさんが『そう、そこ!』って言ってくれるはずだよ。」

「……えええ……。」

 エラが戸惑っていると、兄ドラは「ここから少しずつ音を高くしてみて。」と言ってエラの左手の指を抑え直した。エラは言われた通りに低いドを少しずつ、少しずつ高くしていく。
 ある時ドが、ポーンッ_と鳴り響いた。
 エラは身体中がぞわりとした。明らかに一点だけ響きが違っていた。

「ほ、本当だ。なんで気がつかなかったんだろう。」

「ずっと、目が見えてれば……って思ってたからじゃないの?世の中案外目に頼らなくていいもの_むしろ、頼らない方がいいものが結構あるのかもしれないねぇ。」

「!!」

 エラは血が沸き立つのを感じた。

 ずっと目が見えない自分に希望を見出せずにいた。兄ドラがバイオリンを触らせてくれたのは、そんなエラを元気づけるつもりだったのかもしれない。

「もうちょっとバイオリンを触らせてもらってもいい?」

「もちろん。」

 兄ドラは快諾してくれ、エラは何度もドレミファソラシドを弾き続けた。
 ある時、それなりに納得できるドレミファソラシドが弾けた。その時、ふと、視界の隅で真っ白い何かが舞っているのに気がついた。この間、初めての魔法の練習の時に見た白い蝶だ。
 エラの目は依然として見えない。だが、暗闇の中でその白い蝶だけはしっかりと見えた。エラはその蝶をよく見た。今度は何度も見直しても部屋の隅で舞っていた。最初は一匹だったのに、二匹、三匹と、どこかから増えていく。

「兄ドラさん、あの白い蝶見える?」

「蝶? 蝶なんてどこにいるんだ?」

 兄ドラはキョロキョロと周りを見回した。

(なんで、私、あの蝶が見えるのかしら。目が見えないのに。)

 エラは疑問に思った。
 そして、兄ドラがさっき言っていた事を思い出した。

_世の中案外目に頼らなくていいもの_むしろ、頼らない方がいいものが結構あるのかもしれないねぇ。

(……え?)

 その時、エラの視界に異変が起こった。正しくは視界ではない。脳の奥でパチパチと光が明滅するのを感じた。

「兄ドラさん……。これ、兄ドラさんよね…?」

 エラは、兄ドラの虎頭をもふもふと触った。

「あ、ああ。」

「これ、椅子よね……?これはテーブルよね?……窓よね?」

 エラは部屋にある家具を手当たり次第触り出した。混乱していた兄ドラもさすがにエラに何が起きたのか理解したようだった。

「い、イシちゃん、目が見えるようになったのかい?」

「ううん。でも、どこに何があるのかがわかるの……!なんでかわからないけど……。」

 兄ドラは目を大きく開いた。
 確かに、エラの目は見えないままだった。だが、自然と頭に物や人の位置が浮かんでくるのだ。人の表情など細かい物はわからない。大まかに何がどこにあるかが伝わってくるのだ。

 すぐに黒目を連れてきて、エラを診てもらった。黒目は白い教会には住んでいないが、近所で暮らしていて、朝早いにもかかわらずすぐに来てくれた。

「私、物体の_内包的な部分まで見えてくるみたいなの。物だったら、その役割が、人だったら感情が伝わってくるわ。何を考えているかまではわからないけど。」

 エラは手にりんごを乗せて見せた。

「例えば、今だったら、これが甘くて皆が好きな物っていうのが頭に伝わってくるのよ。」

「驚いた。……魔法の一種なのかもしれないな。」

「魔法?誰の?」

「……多分、お前自身だ。」

「__っ」

「お前はもしかしたら自分で気づいていないだけで、大きな魔力を秘めているのかもしれないな。」

 黒目はそう言ってベルトに挟んでいた魔法の杖を取り出した。エラはごくりと唾を飲み込んで、杖を持った。

 エラは、暖炉に向けて杖をふった。

「も、燃えろ!」




___________________ッ……シュボッ……


 一瞬、小さな火の玉が光ったかどうか人によって議論が分かれる程度にかすかに燃え上がり、すぐに消えた。

「……少し、火が大きくなったような……?」

「無理にフォローしなくていいわよ……。」

 エラはガクンと肩を落とした。

「___だが、これで、城の案内をさせる事ができるな。」

 急に背後から声がして、エラ達は振り返った。いつの間にか、食堂の出入り口に針鼠が立っていた。
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