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前編

27.2番目に奪われた大切なモノ(2)

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「あなた達は本気なの…?本気で、あんな、冷酷で他人を常に蔑んでいるような人を王にしようと思ってるの?」

「……奴は頭が切れるし、感情に振り回される事がない。少なくとも今よりは良い国になると信じてる。それにこのまま南の国ヒートンとの全面戦争が始まれば、母のように飢えに苦しむ人々が大勢出てくる事だろう。私はなんとしてもそれを防ぎたい。他の奴らも皆、家族や友人、大切な人を守りたいんだ。だから『白い教会』に入った。」

「……。」

 エラが黙っていると、黒目が「やってみろ。」と言って魔法の杖を差し出してきた。エラは少し緊張しながら杖を受け取り、構える。昇り藤がいそいそと新しい細い枝をエラ達の前に置いていく。

(自分が魔法を使う日が来るとは思わなかったわ。魔法を使うってどんな感覚なのかしら。)

 緊張でドキドキと胸が高鳴った。

「も、燃えろ!」

 エラは叫ぶ。

……だが、何も起こらなかった。

「もっと強く炎をイメージするんだ。」

 エラはその後も何度か「燃えろ」と叫ぶ。だが、何も怒らない。

「や、やっぱり私に魔法なんて無理だわ……。」

「お前がイシ族である以上、魔法は必ず使えるはずだ。だが、まあ、才能はなさそうだな。」

 エラは肩を落とした。黒目も残念そうだ。エラが魔法使いになれば、『白い教会』でも数少ない魔法要員が増えるかもしれなかったのだから惜しいのだろう。
 エラは深いため息をついた。ひょっとしたら、勉強ができず特技もない自分には魔法という特別な才能があったのかもしれないと、ほんの少しだけ期待していたのだ。

(私って、ダメダメね……。)



_その時、ふと視界の端に白い蝶が舞うように飛んでいるのが見えた。

「……!」

 エラは思わず白い蝶をもう一度見た。だが、もうそこには蝶がいなかった。
 エラは昔から不吉な事が起こる時たまに赤い蝶を見る。だが、白い蝶は見た事がなかった。白い蝶は一瞬しか見れなかったが、とても不思議な蝶だ。チラチラと日の光を反射して何かエラに力を与えてくれるような気がした。

「もういいか?この後針鼠達と話し合いがあるんだ。」

 黒目が杖を返すようにと片手を出した。

「も、もう一度だけやらせて!」

 エラは思わず叫んで杖を構えた。黒目は怪訝な顔をしたが、止めなかった。
 エラはスウッと冷たい空気を吸う。

「燃えろ!」

 途端、身体中の力が抜ける感覚がエラを襲った。
 ジュッと音がなって細い木の枝の小さな一点が少し黒く焦げた。
 エラはペタンと地面に座り込んだ。今までにない疲労感を感じる。上級街を何周か走り回ったみたいだ。

「こ、これだけ……?」

「ま、まあ、上出来なんじゃないか?…お前にしては。」

 黒目が微妙にフォローになっていない一言を言って杖をベルトに戻した。


 その後は一旦本拠地の中に戻った。
 中では針鼠らがロウサ城の地図を作っていた。地図は空白が多く、エラは補完を要求された。

 エラの知っている範囲で地図の補完が終わると、黒目だけが針鼠らと残り、エラは部屋を追い出された。その後は何故か昇り藤に食べ物の買い出しに行こうと誘われた。

(昇り藤は少し警戒心がないわね……。)

 エラは逃げる気は確かになかったが、なんの警戒もなく捕虜を買い出しに連れて行こうとする昇り藤が心配になった。それにエラは国の牢屋を抜け出してきた身だ。兵士などに見つかる訳にもいかない。その事を昇り藤に伝えると、「今のあなたはどこからどう見てもただのボウシ族だよ。」と言われ、少し強引に外に連れ出された。

「黒目は私を最大限に利用するために魔法を教えてくれると言っていたけど、きっと黒目の望むようにはならないわ。」

 エラは歩きながらさっきの魔法の特訓の話をした。昇り藤が驚いたように大きな目を更に大きくした。

「あら、黒ちゃんがそんな事を言ってたの?ふふっ素直じゃないんだから。」

「……?」

「黒ちゃんはイシちゃんが魔法使いになれば他の人達にイシちゃんの事を仲間として認めてもらえると思ったんだよ。」

「……!まさか。」

 そんな話をしていると、エラ達は下級街の大通りに出た。すると、すぐに昇り藤は顔を曇らせた。エラも同様だ。

 大通りは忙しく人々が行き交っている。下級街に来て最初の時はエラは気づかなかったが、皆痩せていて疲れ切った顔をしている。ボロ切れのような布を羽織って痩せこけた老人が壁にもたれていた。痩せた子供が出店から果物を盗もうとして店主に捕まり、必要以上に怒鳴られ殴られている。道にはゴミが散乱し、端には人が横たわっていて死体なのかどうかわからない。

(下級街の人達の暮らし……初めて見たわ。本当に酷い……。私はこの人達の事を少しも知ろうとしなかったのね……。)

 物乞いをしていた子供がじっとエラ達を見ているのに気づいた。正気のない目だった。昇り藤が小さな手でぎゅっとエラの服の裾を掴む。彼女が何故買い出しにエラを連れてきたのかわかった気がした。この街の荒み様を知っていたらエラも一人で買い出しに行く勇気はなかっただろう。

 エラ達はしばらく周りを見ないように意識しながら素早く食材を買った。食材を買い終わった頃には辺りは少しだけ暗くなっていて、夕方の一歩手前といった時間帯になった。
 白い教会への帰り道、昇り藤はいつもより口数が少なく暗かった。帰り道の途中の大通りで、エラ達は人だかりに道を塞がられた。

「イシちゃん、何があるか見える?」

 ホビットである昇り藤は身長が低く、状況が分からなかった。エラは大通りを、馬のない魔法の馬車が何台も通っているのを見た。人々は馬車にひかれないように道端に避けていて、それが人だかりとなってエラ達の行く手を阻んでいた。

「フィンドレイ家の次男坊が亡くなったんだとさ。」

(……!)

 エラは息が詰まった。
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