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前編

26.2番目に奪われた大切なモノ(1)

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 エラは今、『白い教会』の本拠地の外にいた。

 正確には外庭で、本拠地の敷居内である。外にでると、空は快晴で風の通りも良く少しだけ晴れやかな気分になった。
 『白い教会』の本拠地は屋根に十字架が立っていて本当に白い教会だった。今は太陽の光を白い壁で存分に反射していて眩しい。
 外庭はよく見ると、透明な液体のような魔法の壁に覆われている。中からは外の景色が見えるが、外からは見えない_というか、見えてもすぐに忘れてしまうという魔法らしい。魔法の壁の外は、街外れのように草地が広がっていて人気がないが、遠目に下級街の建物が立ち並んでいるのが見える。
 エラは魔法の壁の話を聞いてホッとした。本拠地が丸裸ではすぐに女王の手の者に見つかってしまうと思ったからだ。

 今この場には黒目と昇り藤、そして後何故かチビがいる。エラの背後には人二人分程度の高さの木があり、木が生えている部分だけちょっとした丘になっている。昇り藤とチビはこの木の下で仲良く座って黒目とエラを観ていた。

「私を簡単に建物に出しちゃっていいの?」

 エラは訝しく思い尋ねた。すんなり建物の外に出してもらえて内心驚いていた。

「逃げないだろ?」

「……まあ、今は。」

 エラはしぶしぶ頷いた。
 今後どうなるかはわからないが、少なくとも今は『白い教会』はエラに危害を加える気はなさそうだ。このまま『白い教会』にいればホール家について何かわかる事があるかもしれない。それに、たとえ今逃げ出したとして、エラは行くあてがなかった。彷徨っていればまた『歩く月』のように怖い人たちに襲われてしまうかもしれない。エラを受け入れてくれる所がなくのたれ死んでしまうかもしれない。そういう意味でむしろ『白い教会』は居心地が良かった。針鼠がエラに利用価値を見出している間は衣食住が保証されているのだ。

「黒目達はどうなの?」

「何が?」

「逃げたら、私を殺すの?」

「……ああ。昇り藤は優しいから無理だろうが、私は違う。これ以上仲間を失望させる訳にはいかない。『白い教会』の内部情報を知ってしまった捕虜をみすみす逃す気はない。」

「内部情報を知ってしまったって…、無理矢理連れてきたのはあなた達じゃない。」

「そうだな。だが、どんな事情であれ、お前が逃げるものなら殺す。」

「……。」

 黒目は真っ直ぐにエラを見た。黒い瞳から真剣さが伝わる。その時が来たら彼女は本気でエラを殺すつもりだろう。エラは黒目と仲良くなったつもりはないが、それでも今まで普通に会話していた相手に簡単に「殺す」と言われてショックだった。

「……いつ殺すかもわからない捕虜になんで魔法を仕込むの?」

「折角の捕虜を最大限に有効活用するためだ。お前、ボウシ族は音楽や美術など芸術に特化した種族なのは知ってるよな。それと同じように私達イシ族にも特化した物があるんだ。_それが魔法だよ。」

「……!」

 黒目は自身のズボンのベルトにさしてあった棒状の物を取り出す。棒は20cm程度で先端が尖っている。魔法の杖だ。

「ちょ、ちょっと待って!! 魔法なんて、使えないわよ! それにイシ族が魔法に特化した種族なんて聞いた事もないわ!」

「それはお前達貴族の多くが魔法に関する知識を身につけようとしないからだ。お前も今まで魔法を使おうとしなかっただけで、練習すれば習得出来るはずだ。」

 黒目の目の前には、さっき昇り藤が持ってきた細い木の枝が置かれていた。黒目は杖を構えた。

「燃えろ!」

 ボワンッと音を出して枝は燃え上がった。だが、すぐに火は消えて黒焦げになった枝のみが残る。

「……あなた魔法使いだったのね。」

 この国では魔法使いが結構珍しい。上級街の方では魔法使いが召し抱えられているのでよく魔法を目にする機会があるが、下級街では本当にレアだろう。後から聞いた話だが、ここの魔法の壁も黒目の魔法だそうだ。
 黒目は少し自慢げに口角をあげた。

「ああ、『白い教会』で唯一の魔法使い__正確には魔法戦士だ。魔法使いを見るのは初めてか?」

 エラは首を横にふって、無言で頭に乗ったカゴを触る。

「悪い、馬鹿な質問をしてしまったな。女王は、ただでさえ珍しい魔法使いの中でも相当強力な魔女だ。今私が放った魔法は現代魔法だが、女王はこの他に『古い人々』の時代の呪いを自在に操れる。」

「『古い人々』の……呪い?」

「古代魔法だよ。これは現代魔法とは比べ物にならない程強力な魔法だ。名前さえ分かれば相手を古代魔法で呪う事が出来る。病気になるように呪えば病気になるし、死ねと呪えば死ぬ。」

「……!ま、待って!!じゃあ、私にかかった呪いって…」

「ああ、女王はエラ・ド・ホール_お前の名前を知っているから呪う事ができたんだ。そして、魔法を使える私もお前の名前を知ってしまった。だから、私もお前を呪う事ができるんだ。…どんな呪いが使えるかは言えないがな。」

「……。」

 黒目は少し申し訳なさそうに一瞬沈黙した。
 最初に針鼠がエラに名乗らせたのは、黒目にエラをいつでも呪わせられるようにするためだった、という事か。

「……ここではお互いに相手の名前を知らない。知っていても呼ばないようにしている。咄嗟に敵の前で名前を叫んだりしないようにな。だが、貴族達は違う。奴らは魔法を知らな過ぎだ。平気で真の名を口にする。だから女王は好き勝手人を呪う事が出来るし、誰も女王に逆らえなくなる。」

「そんな……、そんな事が……。」

 エラはあまりにも受け入れ難い真実に頭がついていけていなかった。

「このまま女王を野放しにしていればこの国は必ず崩壊するだろう。私達はそうなる前に動かなければならない。だが、女王や周辺の幹部らを暗殺しても国が瓦解するだけだ。針鼠を王にする必要がある。」
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