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前編

19.追手を振り切って逃げたは良いもののこの後どうすればいいのか途方に暮れるエラ。そうこうするうちに危なそうな人たちに絡まれます…!(3)

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「___っ」

「悪い悪い。豚共がくっせえ息吐きながら、ぴいぴい怯えてんのがあんまりにも可笑しくてなあ!つい、笑っちまった!…ヒヒッ…ひ…」

 青年はさっきとは全く別人のように、馬鹿にした目つきでひたすら笑っていた。気でも触れたのだろうか。

「……な……なんだとてめェッ!」

 呆気にとられていたドワーフが我に返って殴りかかった。しかし、ナイフは使わない。脅威ではないと感じたためか、それともまだ後で青年を楽しみたいと思っていたのか。
 だが、その判断は致命的な誤りだった。

「___っ!!」

 突如、突風のような蹴りがドワーフに直撃した。
 ドワーフの体がぐらりと横に倒れる。
 その場にいた誰もが一瞬何が起きたか理解できなかった。

 蹴りを入れたのは、さっきまで散々殴られてぐったり倒れていた、青年だ!
 後ろ手に縛られた状態でドワーフに回し蹴りをくらわしたのだ。

「…鼻ァ_折れ…アあ」

「____!!!」

 ドワーフは鼻を抑えている。抑えた手の中から赤黒い液体が流れ出て、痛みで涙が出ている。

(……ち、血が……。)

 エラは一気に体が寒くなるのを感じ、心臓がバクバクした。

 ドワーフが壁際に倒れ込むと青年は容赦なくドワーフの頭を壁に踏みつけた。ドワーフは口からも血を吐いた。ドワーフは倒れて動かなくなった。

__一瞬、時が止まったようだった。

 『歩く月』達は何が起きたか理解できない。皆、口を開けて動かない。
 一番頭が追いついていなかったのは、エラだった。ドワーフはいっこうに起き上がるそぶりを見せない。エラはドワーフの姿を視界に入れる勇気すらなかった。

 トカゲ頭の男が急いでドワーフに駆け寄る。

「……死んでる。」

 一言、呟いた。
 エラは地面に尻をついた。

(……し、死んだ?今の、い、一瞬で……?)

 今度こそ体が完全に使い物にならないくらいに震え上がる。

「……兄貴!て、てめ、なにしてくれんだ!」

 どうやらドワーフの弟分らしいノドム二人が青筋立てて剣を抜いた。
 青年は目を疑うような軽やかさで跳躍し壁を思い切り蹴って反動で高く跳ぶと片方のノドムの顔面を蹴り上げた。ゴキリッ……と嫌な鈍い音がする。
 ついで、他方のノドムの顔に3発、胴体に7発、また顔に3発蹴りを入れて、最後に地面に叩きつけるように回し蹴りした。ノドム達は武器を持っていたにもかかわらず、青年の動きが素早過ぎて抗う事なく倒されてしまった。青年は赤髪のノドムが持っていた剣の先を使って縄を切った。青年は手の拘束が解け自由になる。

「貴様……!何者だ!」

 トカゲ頭の男が剣を抜き構えた。青年も腰にさげた短剣を抜いたが構えずに手の上で器用に転がしもてあそんだ。

「……馬鹿な奴らが、この俺に何の相談もせず勝手に襲撃して勝手に捕まっちまったんだ。正直俺はあいつらがどうなろうと知ったこっちゃないが、この状況利用しない手はないからな。だから、お前らからの公開処刑の日を聞きたかった。本当は拷問なりなんなりで吐かせたかったが…お前ら『拷問されたら死ぬ』なんていう意味わからない魔法契約してるだろ?」

 青年の言葉は返答になっていなかった。トカゲ頭の男がイライラしながら青年を睨みつけた。

「だから何者だと聞いてるんだ!!」

 青年は碧眼を光らせ口角をつりあげて言った。





「_____『針鼠』だよ。」



 トカゲ頭の男は絶句した。

「……いや、まさかそんな…奴は1年前に処刑されたはず……。そもそも、こんな若造が……?」

「もういいか?俺が誰かなんてあんま関係ないだろ。お前はここで死んで、俺が殺す。それだけだ。」

 トカゲ頭の男は怒りで体を震わせ、剣を構えた。エラならば両手で持っても持ち上げられなさそうな大剣を片手で軽々と持っている。対して青年はおもちゃのような短剣だけだ。どう考えても青年の方が不利だ。だが、トカゲ頭の男はきっと負けるだろう、とエラは直感した。

 その予感は的中した。針鼠はさっきまでふざけた構え方をしていたにも関わらず、風のようなスピードで相手の懐に入りこんで右脇から左肩までを斬りつけた。が、浅い。トカゲ頭の男はギョロリと目を向け、大剣を握りしめる。しかし、やはり針鼠は相手に反撃する余地を与えなかった。くるっと回転して胸を斬り強く蹴ってトカゲ頭は数メートル先までぶっ飛んだ。
 激しく体を強打して動けなくなったトカゲ頭の男の胸を針鼠は踏みつけた。

「クッ……ぅ……たす……け」

__ガッ

 針鼠は容赦なくトカゲ頭の男の首を短剣で斬った。血が吹き出し、針鼠の顔に少しかかった。


「___当初の計画と大分違うようですが?もう少し向こうの路地まで誘き寄せる手筈でしたでしょう。それに、しとめるのも皆で確実に、のはずでしたが?」

 突然、別の声が聞こえた。今度こそ、知らない人間の声だ。

「___っ」

 エラは唖然とした。ついさっきまで人気のない路地だったのに、建物の屋根や奥の道からぞろぞろと人がでてきた。エラはもう頭がパンクしそうになった。どうやら人々は針鼠の仲間のようだった。

「……ちょっと予定外の収穫があったんでな。」

 針鼠はようやくエラをまともに見た。
 彼の碧い瞳は、ギラギラと狂った光を放っていた。

と、思った瞬間、エラの腹に衝撃が走った。痛みに苦しむ事もなくエラは目の前が真っ暗になり、気を失った。
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